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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●ロンウェル:ロノウェ居城内

 その日も魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)はロンウェルの居城で早朝からずっと執務室にこもっていた。
 ここ数日、彼女の執務はただ1つのことに集中し、そのせいで忙殺されている。
 それは、人間と共同で進めることになった魔族地上移住プロジェクトだった。その窓口となることを表明した直後、彼女の元には我こそはという声がひきも切らず寄せられ、申請を求める者が殺到した。最初の2日、それらを捌くだけで城の者は手一杯だった。申請書の提出が必要というワンクッションを置いたおかげである程度沈静化したが、今度はその申請書のチェックに追い立てられることになっている。
 今もロノウェの執務机の前列には高さ40センチはあろうかという紙の山が3つ、壁のように積まれており、ドアをくぐった者に見えるのは紙の束の上で動く非対称のツノのみという状態だった。


「――ほとんど進んでないのです」
 本館2階のフロアに設置された机に両手とほっぺを投げ出して、ロノウェの副官ヨミはそうぼやいた。
 机の下、投げ出された足がぷらーんぷらーん揺れている。
「プロジェクトの成否は最初の1陣にかかっているからと、ロノウェ様のチェックが厳しくて」
「ああ、なるほどね」
 向かい側で書類に「不可」のハンコを押していたアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)が、さもありなんとうなずく。
「融通のきかない優等生だから。どうせ、重箱の隅つつきになってるんでしょ。それこそ、言い回しとか誤字1字までチェックして」
 目に見えるようだわ、と肩をすくめる彼女の横で、連れてきた2人の事務員が彼女から回ってくる書類を三つ折りにし、宛名の書かれた封筒に押し込んでいた。
「ふむ。だからこうして返送される方が多いというわけか」
 完成した封書を手元のリストでチェックし、しるしをつけていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が手を止め、あらためて移住希望者リストを眺める。そこに記された名前は膨大な数にのぼり、ただのリストだというのに厚さ2センチに到達しかねない量だったが、最初の2ページだけでほぼ8割近くに赤で×印を入れる結果になっていた。
 その目を、アルテミシアの隣に積まれた書類の山と、さらに足もとにたまっている箱の中の書類に向ける。どう見ても、リストの8割が書類不備による返送だ。
「記入要項も多い。それもほとんどがチェック項目ではなく自由記述だ。こうなるともはや心理テストだな。たしかに移住の意図を探るにはこの方がいいのかもしれないが」
「これで一番試されるのは、全員の忍耐力よ。そうにきまってるわ」
 嘆息しつつ、アルテミシアは一番上の書類をつまみ上げた。
 ヨミの手伝いを開始して2時間。事務的にハンコを押すことにすっかり飽きていた。しかもまだ3分の1も終わってない。増えこそすれ減ることはないのだと思うと、ますます気が滅入った。
 緩ませた指から、はらりと書類が落ちる。
「ねえ。いっそ、裏庭で燃やしちゃわない? さんざ苦労して記入した書類が戻ってきたことから走る凶行も止められるし、私たちもせいせいするし。一石二鳥じゃない?」
 ついでにおイモでも焼けば、おいしくてロノウェも満足よ、とまで言う。
 それを聞いて、あわててヨミが身を起こした。
「だ、駄目なのですっ!」
「はいはい、ヨミちゃんサマ。だれもそんなことしないからあわてないの」
 ひょい、と後ろから伸びた手が脇に入り、ヨミを椅子から抱き上げた。そのまま肩車するゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)
「無礼な! ヨミ様と呼ぶのですっ」
 ぽかぽかぽか。
「いてっ、いてっ」
 しまった、肩車するんじゃなかったか。
「アホですか、あなたは」
 書類が山盛り入った箱を運んできたシメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)が後ろで呆れ返る。そして、箱をアルテミシアの足元に下ろした。
「追加だそうです」
 それを見た瞬間、アルテミシアは叫んだ。
「ああ、もういや! いや! いや!! ねえ、だれか焼いていい? この際だれでもいいわ、書類を焼くのが駄目なら魔族に火をつけて、火だるまにしてあげましょうよ」
「おおう。過激だねぇ、アルテミシアちゃん」
 やりたいなら止めないけど、でもヨミちゃんサマは勘弁、とゲドーはすっかり目の座った彼女の視界から一歩身をずらす。
「まぁまぁ。大きいのはこれが最後ですよ。ロノウェ様の机を見た感じでは、せいぜいあと1束というところでした」
「本当?」
「彼らも張り切ってますからね、かなり書類の不備は軽減するでしょう」
 手すりに両腕を預けたシメオンが階下のフロアを目線で指す。正面玄関前ホールでは、直接申請に訪れた魔族たちがごった返す中、神崎 優(かんざき・ゆう)神崎 零(かんざき・れい)が受付として奮闘していた。
「……ですから、書類は講座を受講後にお渡しすることになっているんです」
 憤慨している魔族を前に、なるたけ穏便にすませようと、優は今日何十回目になるか分からない説明を繰り返した。
「なんでだよ? 紙受け取って記入すりゃ終わりって聞いて来たんだぜ?」
「ええ。昨日まではそうだったんですが、あまりに記入間違いが多いので、今日から申請前に受講することがきまりになったんです」
「あなたも、せっかく申請したのに差し戻されてまた最初からやり直しになるのはいやでしょう? 講座は1時間程度ですぐすみますから」
 零が横からフォローを入れる。
 機嫌の悪い魔族ににらまれても、2人とも笑顔を崩さない。
「受講すりゃ、それがないってんだな?」
「はい」
「そうなるように、係りの者が懇切丁寧にご説明させていただいていますので」
 と、そのとき、タイミングがいいのか悪いのか、「講義中」と書かれた紙が貼ってあったドアがバターンと開いて、中からローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)が元気よく飛び出した。
「はーい! 皆さんお待たせー! 午前の部2回目の講座が終わったよー!! 10分休憩はさんでから3回目を開始するから、それまでもうちょっと待っててねーっ」
 ホールは待合室もかねている。奥の長椅子に腰かけている魔族たちににこにこ笑顔を振りまくローリーの後ろから、講座を受け終わった魔族がぞろぞろホールへ出てきた。
 何か納得がいかないのか、ほとんどの者が眉間にしわを寄せ、ぶつぶつ何事かつぶやいている。
「あっ、受け終わった皆さーん! 出口で申請書類受け取るのを忘れないでねー」
 そう注意を促す間も、教壇から移動したマリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)が、ドアをくぐる魔族1人ひとりに書類一式の入ったビニール袋を手渡していた。
「受講いただきましてありがとうございます。中に、先ほど説明しました記載に際しての注意事項をまとめた紙が入っておりますので、よろしければご記入前にもう一度目を通してください」
「……あれがそうか?」
 様子を伺っていた先の魔族が、うさんくさげにつぶやく。どうやら講師が人間であることが気にくわないらしい。表情、声でそれと読みとって、優は重ねて説得した。
「そうです。とても優秀な講師で、皆さんに分かりやすく説明してくださいます。聞いている途中で質問があれば、何でもお訊きください。それが、申請通過への一番の近道ですから」
 最後、ちくりと釘を差す。
「――ちっ。わーったよ」
 いかにもしぶしぶといった様子で、魔族は零の差し出した受講希望リストに名前を書き、開講を待つ長椅子へときびすを返した。
「……ああいう方が申請を通るのは難しいでしょうね」
 周囲には聞こえない声で、ぽつっと零がつぶやいた。
「彼はまだ偏見の少ない方だよ。あの程度なら、地上へ出て人と触れ合う機会を持てば払しょくされる可能性は十分ある」
 人に偏見を持っていない魔族はほぼいないだろう。だけど、人と契約した魔鎧や悪魔たちだって、おそらく最初はそうだったに違いなかった。それが地上を知り、人を知ることで変わっていった。
 形ないものはいくらだって変えることができる。心は、何度でも変わることができるのだ。そうありたいと望む限り。
 自分だってそうではないか。零と出会う前の自分と、出会ってからの自分では、天と地ほども違う。
 自分を見つめる目にそんな優の思いを感じてか、零はほほ笑んで見返した。


「マリーさん、ローリーちゃん、お疲れー」
 最後の魔族が退室したのを見届けて、飲み物の入ったトレイを手にソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が現れた。
「はいこれ。俺と翔からの差し入れ。のどにいいハチミツレモン」
 と、飲み物を2人に手渡しする。星の形をした氷が浮かんでいるのを見て、ぱっとローリーの目が輝いた。
「わーい。ありがとう、ソールちゃん」
「そこに座っててよ。今、ざっと部屋を整えちゃうからさ」
 シャツを腕まくりして、ソールは手近な机から整え始めた。動いてゆがんだ位置を元に戻して、椅子を正しい位置へとそろえる。きっちり、美しく。
「2人とも、何か不愉快なことはされなかった?」
 ホワイトボードの文字や絵を消して隅々まできれいにしながら、ソールは訊いた。
 なにしろ、相手はつい数日前まで戦っていた魔族ばかりだし。軽口で何気ないふうを装ってはいても、ちょっと心配だった。なんといっても2人はかわいい女の子だから。
 その質問に、どう答えたものか、マリーは一瞬考え込む。
「……少々不愉快なことがあるかもしれないというのは想定済みです。昨日まで敵とみなしていた地上人といきなり手を結ぼうというのですから、彼ら自身、割り切れない思いがあるのはどうしようもないでしょう。ですが、それでも地上に焦がれて、わたくしたちの講座を受けてでも申請しようとする彼らの行動は、尊敬に値すると思います」
 コップを両手で持ち、歪みのない姿勢でまっすぐに彼の目を見て話す姿に彼女のひととなりを見て、ソールはうなずいた。
「そっか。うん、そうだね」
「それに、大丈夫だよ。素行が査定に入るって最初に言ったら、ぶつぶつ言ってた人たちもみんなお行儀よくなって、マリちゃんの言うこと真剣に聞いたりメモとってたから」
 やはりこちらも何も問題はないと信じるに足る、満点の笑顔でローリーはにこっと笑った。