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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●ロンウェル:街中

 一方、ロンウェルの街では。
 外壁をぶち抜いて侵入を果たした志方 綾乃(しかた・あやの)が、梟雄剣ヴァルザドーンを手に暴虐の限りを尽くしていた。
 目につく物すべてを破壊し、逃げ惑う街の人々の上に建物を破壊して崩落させる。クライ・ハヴォック、チャージブレイク、アナイアレーション――あらゆる魔法を駆使し、最大限の効果を上げていた。
 おびえる魔族を目にしても、彼女は一片の慈悲も見せなかった。彼女にとってこれは神の裁きも同然であり、彼らには当然のむくいだった。
 彼らは一般市民。兵でも戦士でもない。それがどうした?
 おまえたちはしたのか? 炎の街を逃げることしかできなかった人々、女性や子どもにまで追いすがり、その背に刃を突き立てたのはおまえたちの方ではないか。
 すなわち、目には目を、歯には歯を。命のあがないは命でするのがふさわしい。
 アガデの都でロノウェ軍がしたことは、ロンウェルの街の住人があがなえ!
 そして――最も許されざる存在でありながらのうのうと生きている者が、あの城にいる。
「ロノウェ!!」
 復讐に燃える瞳で、綾乃は城に向かって吼えた。
「講和会談に応じると偽り、騙し討ちし、市民へのジェノサイドに加担したあげくその責任を全部「友人」に押しつけ、状況が変われば味方すら中立の名の下に平然と裏切る! アガデの人たちだけじゃない、おまえは同族である魔族すら裏切ったんだ! 都合よく獣と鳥を使い分けるコウモリには、相応の末路があると心得ろ!!」
 できることならラグナでなく、自分が城を襲撃したかった。だが、バルバトスに魂を奪われていることをロノウェは知っている。姿を見た瞬間、彼女は綾乃を操ろうとするだろう。
 いまいましげに城を睨み、綾乃はきびすを返し、蹂躙飛空艇に戻る。
 場所を変えよう、そう思って座席にまたがったときだった。
 ひゅっと風が綾乃のほおをかすめたと思った瞬間、蹂躙飛空艇の装甲に銃弾が当たる音がして跳弾が横の壁にめり込む。銃弾の飛んで来た方角を振り返った綾乃に見えたのは、尖塔に立ってスナイパーライフルをかまえた八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)の姿だった。
「きっと、おまえみたいなやつが1人か2人は来ると思ってたよ」
 綾乃が自分に気付いたのを見て、ライフルを下げる。
「おまえの考えが悪いとは言わない。おまえの言うことには確かに一理も二理もある。
 けどな、そこに「先」はあるか? 過去の一点ばっかり見つめて、そこに思いを固定して。そんなんで未来(さき)なんか作れっこねえ! 未来のねえ思いなんざ、魔族と人間の共存という未来を見つめるここの者たちには、一切不要なんだよ!」
「……だまれええぇっ!!」
 ヴァルザドーンをかまえ、綾乃は壁を蹴って跳躍した。ゴッドスピードで素早さを増した綾乃の動きを優子は回避できない。
「やあっ!」
 別の家屋の屋根にいて、優子を狙う者を警戒していた港町 カシウナ(みなとまち・かしうな)が遠当てを発した。寸前、彼女の存在に気付いた綾乃がヴァルザドーンを盾とする。気弾は剣に当たり、綾乃ははじき飛ばされた。回転して受け身をとり、着地する。
「優子を傷つけさせませんよ! 彼女は私が守ってみせます!」
 ヌンチャクを手に、かまえをとってみせるカシウナ。しかしそれは強がりだった。綾乃が自分よりはるかに強い相手であることはひと目で悟れた。それほどレベルが違う。今のは足場のない空中で、しかも側面だったからうまく隙をつけたにすぎない。
「……優子。私が彼女の相手をしている間に、あなたは逃げて」
(もっとも、30秒もつか怪しいところだけど)
「カシウナ? 何を言ってる!?」
 驚く優子の前、カシウナは「えいっ」と屋根から下に飛び降りた。そしてその勢いを殺さず、綾乃に向かっていく。
「くそっ!」
 カシウナを援護するべく優子がライフルで綾乃を狙撃した。しかし銃弾は綾乃の残像を貫くのみ。ヴァルザドーンの凶刃がカシウナを真っ二つにするかに見えた刹那、ガキッと鋼同士がかみ合うような音がして、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の持つ二刀がヴァルザドーンを受け止めた。
「度胸がおありですねぇ。でも、はっきり無理と分かることで、無茶をしてはいけませんねぇ」
 剣を跳ね返しざま、すかさず蹴りを入れる。
「――はっ」
 よろめいたところへ落ちてきたミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の天のいかづちを、綾乃は横っ飛びに避けた。
 レティシアも綾乃の叫びは耳にしていた。だから、一応呼びかけようとした。すぐに自分たち以外の者も駆けつけてくる、そうなる前にやめて、逃げた方がいいのではないか、と。
 けれど、綾乃の答えは目を見ればあきらかだった。退くつもりは一切ない。もとより背水のかまえで来ている。
(それだけの気概もなしにできることではない、か……こちらさんも、不器用でありますねぇ)
「うおおおおおおーーーっ!!」
 低くかまえをとり、まっすぐ突き込んでくる姿を見て、歴戦の防御術を発動させる。
 綾乃がヴァンダリズムを発動させようとしたときだった。
 さあっと音もなく滑空した召喚獣:サンダーバードが2人の間を分かつようによぎり、次の瞬間彼女に体当たりをかけた。
「きゃあっっ!!」
 2度3度と綾乃を翻弄し、強烈な雷電攻撃を浴びせたサンダーバードは大きく旋回をして、主であるシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)の元へと戻る。そこには、ロノウェの姿もあった。
「ロノウェ!」
「ほらよ」
 ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が意識を失ったラグナを綾乃の足元へ無造作に投げ出す。作戦は失敗したが、それがラグナのせいでないのはロノウェを取り囲む、ゆうに20人を超えたコントラクターの姿からあきらかだった。
 ロノウェを護ろうとする仲間たちの姿――それにすら、綾乃は吐き気がするほど憤りを感じずにいられない。
「……きさまら!!」
 ダメージからまだ回復しきれていない足で、綾乃はよろよろと立ち上がった。痛みよりもなお憤怒が彼女を支配していた。腰だめにヴァルザドーンをかまえ、ロノウェめがけて跳躍しようとする。彼女を、笹野 朔夜(ささの・さくや)のバイタルオーラが射た。
 朔夜としては傷ついた彼女をこれ以上痛めつけたくはなかったが、ロノウェの護衛を自負する者たちに任せては、彼女は八つ裂きにされかねないとの判断からだった。ヨミを殺そうとしたラグナの命を救えたのすら奇跡に等しいというのに、ロノウェを狙えば彼女の命はどうしたって救えない。
「冬月さん」
「ああ」
 地面に倒れた綾乃を冬月が背後から拘束した。ヴァルザドーンはレティシアが拾い上げた。
「ロノウェ! 私と戦え!!」
 背中で両腕をとられ、地に伏せさせられた姿で、なおも綾乃は吼えた。その目はロノウェへの怒りが渦巻いている。しかし怒りの深さでは今のロノウェも負けてはいなかった。
 己の街を破壊され、民を殺害された怒り、ヨミを傷つけられた怒りにロノウェは頭の芯まで激怒していた。
「彼女を放しなさい」
 ロノウェは冬月に命じた。
「身の程を知らぬおろかな人間! おまえなど、一撃で跡形もなく砕いてやる。そこの従者と一緒にね!」
 ロノウェにとってラグナの命は助けたのではない、一時の猶予を与えたにすぎない。主犯たる綾乃とともに葬り去るために。
 パリパリと小さな白光がロノウェの握り締められた手に集中する。それは、ほんの一瞬で白い炎と化す。魔鎧をまとっていたとしても防げない、ロノウェの超級雷電だ。
「お待ちください、ロノウェ様」
 路地奥から進み出たのはナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)だった。
 ナナが出たのを見て、あわてて音羽 逢(おとわ・あい)もその横につく。が、内心はかなりドキドキだった。険の立った表情、明度を増した緑の瞳――今のロノウェが激高しているのはだれの目にもあきらか。反論し、へたに怒りを買えば綾乃もろとも雷電をくらうことになる。もちろん逢としてはそのときはナナを突き飛ばし、身代わりとなってもナナを護る心づもりだが、威力の範囲が分からない。突き飛ばしても、ナナを護れないのではないかという不安があった。
「おまえは?」
 ロノウェの視線がナナに突き刺さる。その鋭さに負けまいと、ナナは声に力を込めた。
「かつて、南カナンでロノウェ様に魂を奪われたルースの妻、ナナ・マキャフリーと申します」
 ぴく、とロノウェの眉が反応する。
「……復讐に来たわけではないのです。かけがえのない存在を奪われたあの時のナナの気持ち、今のロノウェ様ならばお解りいただけるかと思います」
「そう。なら、今の私の気持ちも分かるでしょう。どきなさい」
「いいえ、どきません」
 ナナの返答に、ますますロノウェの面が強張った。
「……そう。やはりかばうのね……。
 その2人のしたことは、あなたたちにとっても裏切りのはず! なのにかばうということは、あなたたちも同罪とみなされても仕方のないことよ!」
 ナナは必死に首を振った。
「どうか怒りを鎮めてください。……あくまで彼女たちを殺すというのであれば、ナナはあなたと戦います。人として、人を守るために」
 ――ああ、やはり……!
 罪なき魔族が殺されようが、人間にはどうでもいいことなのだ。犯罪者であろうと、やはり人間にとって人間が大事。魔族を重んじる気など毛頭ない――ロノウェは失望にキリキリと痛む胸でどうにか息をしようとする。
 そんなロノウェを、綾乃が嘲った。
「あーっはっは!! さっそく裏切られたようじゃない? 分かったか、ロノウェ! いくらおまえが人間を信じようが、おまえの周りにいるその裏切り者どもが味方につこうが、人類は決しておまえを信用しない!! おまえを認めない!! なぜならおまえは人間じゃないから!! コウモリは、いくら仲間になりたいとすり寄ろうが、決して仲間には入れてもらえないのよ!!」
「ば、ばか者っ! 何を言うか! ナナ殿のお言葉を曲解するでないっ」
 逢があわてて打ち消しにかかる。ナナは綾乃の言葉を聞いても顔色ひとつ変えず、ロノウェを見つめ続けた。
「ナナは、あなたと戦います。人として人を守るために。そして、ロノウェ様からロノウェ様のお心を守るために……。
 ロノウェ様。復讐や怨念はたしかに原動力にはなりますが、それによって行動しても、だれも『幸せ』にはなれないのです」
 ただの人であるナナと、魔族の神たるロノウェ。住む世界、種族は違えど『大切なモノを失う気持ち』また『愛する気持ち』――即ち、抱く『感情』『心』に違いはない。それを抱ける者同士だからこそ、ともに歩むのだと、ナナは考えていた。
 だからこそ、このことも分かってほしい。
 ひとは、いつだって幸せになるために動くべきだ、と。
「あーあー、まったく。こんなことでいちいち揺らぐなんて、ほんとばかみたいじゃない?」
 大げさなくらい、はーっと息を吐いて、エルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)がロノウェの横に歩み寄った。
「ひとは裏切る? なに当たり前のこと言ってるの。だから私は「人間を信じて」なんて、甘っちょろい幻想を吐く気はないわよ。
 それに、人間だけじゃない、魔族にだって裏切りはあるわ」
 バルバトスのように。
「この世に裏切りがごまんとあるのは当たり前、世界の常識、暗黙の了解ってやつでしょ。だれだってその武器を持っているのよ。私たちだけじゃなく、委員長ちゃんだってね。核武装と同じ。使う人の良心に、それはかかってるの。そんなのいちいち気にしてたら、だれとも付き合えないわよ」
 突然、エルサーラはロノウェを抱き締めた。
 まだロノウェの手には力が収束したままだというのにおそれも見せない。
 驚いたロノウェの手から、力が霧散した。
「そんなこと疑いながら生きてたって、つらいだけじゃない。ひとは裏切る。それがどうしたの。今、こうやって私が委員長ちゃんを想って抱きしめた事実は残る。委員長ちゃんが抱き締め返してくれれば、私の中にもね。
 このぬくもりや、そのとき感じた互いの気持ちそのものは信じられる。それでいいじゃない」
 ロノウェは何も言えなかった。
 ただ、おそるおそるエルサーラの背中に触れた。そのぬくもりを感じるとともに、何かがからっぽの胸にしみ込んでくる気がした。
『俺たちを受け入れるスペースが自分の中にできたと思えばいいんだ』
「ロノウェさん」
 ナナの出てきた路地から後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)を伴って天禰 薫(あまね・かおる)が出てきた。彼らはナナや逢とともに、崩壊した家屋の瓦礫から魔族の人たちを救助していたのだった。
「あなたは?」
「我は蒼空学園所属、天禰 薫。
 ロノウェさん。ずっと、あなたと話をしたかった」
「えっ?」
 とまどうロノウェの手を、薫はすくい上げるようにして持つ。つい先ほどまで、ここにいる者全員を即死させかねない力が宿っていた手を。
「アガデの戦乱の後、先のロンウェルでの戦の時も、あなたと話したいと思って……でも叶わなくて。今日、やっとここに来れたの」
 そっと、両手ではさみ込むようにして、包み込んだ。
「あったかい。我たちとおんなじ……」
 薫の面に、やわらかなほほ笑みが浮かぶ。
「あなたの手は、魔族やヨミさんを守る為にある優しい手。……いいなあ」
 不意に薫はアガデで救いきれなかった命の数を思い出してしまった。ロノウェと比べて己のいたらなさに、少し落ち込む。けれど、すぐにそうと気づいて、急いでその考えを頭から放り出した。
 こんなマイナス思考は駄目。コップに水は半分しかないのではない、半分もあると考えるべき。
 あのとき、薫がいたから救われた命もたくさんあったのだと。
 そしてそれができたのは、孝高や騎士といった、ほかの人が一緒にいてくれたからこそ。
「我ね、こうしてだれかと手を取り合うことで、1人では生まれない、もうひとつの可能性が生まれると思うの。だからロノウェさん、我たちと一緒に歩こう。まだ迷いながらでもいいから。大切なものを、この手に抱いているなら……」
「私は――」
 何事かを口にしかけたロノウェの頭に、そのとき、大きな大人の男の手が乗った。
「そうか。おまえ、迷ってるのか。じゃあ、とりあえず100年、ともに在って考えよう。たしかに、人は100年の間に死んでいくけれど……」
 又兵衛はそう言葉にして、どこかさびしげに笑む。
「だが、俺は英霊だ。幸い、英霊の寿命は100年以上。俺なら100年先もまだ生きていて、おまえと薫たちが交わした約束を覚えていられる。
 だからロノウェ、一緒に在ろう。100年の月日が経っても、俺は約束を忘れないで、あんたの傍にいられる。否、必ず在る。……約束するよ」
 なだめるように――あるいは、なぐさめるように――又兵衛はロノウェの頭を優しくなでる。
 と、次の瞬間、又兵衛の頭が後ろからボクン! と殴られた。頭が思わず前傾してしまうくらいの強さで。
「…………」
 ジンジン痛む箇所に手をあて、振り返ると、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が立っている。
「いや、俺様は好きでやったんじゃなくて、ヨミちゃんサマがやれって――」
「無礼者! ロノウェ様の頭に軽々しく触れるななのです!!」
 ゲドーに肩車されたヨミが、ぷんすか怒っていた。
「……そうか。おまえも、なでられたかったんだな」
 よしよしと、今度はヨミの頭をなでる。
 全然分かってない、又兵衛の天然のボケに、周囲がどっと吹き出した。
 ロノウェは、口元に触れてみて、初めて自分が少し笑っていることに気がついた……。