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リアクション
「……この校長室に、エリュシオンの龍騎士を名乗る者が現れおった。
名をアメイア・アマイアと言い、事もあろうにフィリップ・ベレッタを人質に、「イコンを渡せ」と言ってきおった」
『イコン』という単語に、にわかに校長室がざわめく。そのざわめきを制するように、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が進み出てアーデルハイトに問いかける。
「そのイコンとやらは、現時点で確認されているイコンと同系統のものなのか?」
「……いや、違う。何故私等魔法使いが、科学などというまがい物で固めた道具を使わねばならんのじゃ。
ちゃんとイルミンスール魔法学校の生徒が、これまで培った魔法の知識を最大限活かせるようにしておる。
区別のためにも固有の名称をつける必要があるのじゃろうが――ま、それはおいおい決めようぞ。
……ともかく、今はイコンと呼ぶが、それは確かにイルミンスール地下、迷路のように絡み合う根の一角にある」
どうせいずれ分かること、と一部の生徒に視線で示し、簡単に説明した後、話を元に戻して、アーデルハイトが言葉を続ける。
「東シャンバラ王国は形式上、エリュシオンに恭順しているとはいえ、そう易々と受け入れるつもりもない。渡さなかったらどうするつもりかと尋ねたら、あやつめ、『こんな矮小で未熟な樹とその契約者など、私の敵ではない』と抜かしおった。じゃがな――」
言葉を切って、アーデルハイトが崩れた壁に視線を向ける。
「そやつは、物言いに怒ったミーミルが手を出すや否や、一撃で戦闘不能にしおった。
……言うだけの実力は持っとるようじゃな」
「やはり……ミーミルさんを見かけた時、おかしいと思いましたが」
メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)の漏らした言葉を聞き留めて、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が青ざめた表情で問いかける。
「あの、ミーミルは今どこに? 早く行ってミーミルを――」
「これ、まだ話は終わっとらんぞ。……おまえの気持ちも分かるがな」
アーデルハイトに窘められ、ハッとしたソアが申し訳なさそうに口を開く。
「そう……ですね。ごめんなさい、アーデルハイトさん。あの……ごめんなさい」
「状況が状況だ、気にするな。……アーデルハイト、話の続きを」
ソアに頷いて、レンが話の続きをアーデルハイトに促す。
「うむ。……丁度そこに、ニーズヘッグがコーラルネットワークに攻め込んできおった。
あまりにタイミングが良すぎる故、これはエリュシオンの宣戦布告かと私は尋ねた。
それに対してあやつは、『ユグドラシルについては、エリュシオンは不干渉を貫いている。そして私は、私自身の意思に則って行動を起こしている』と返してきた。嘘をついているようには見えんかったが……真意が読めんやつじゃ」
「何それ!? いいわ、そっちがそう言うならこっちにだって言い分はある。
ミーミルに手を出して、ただで帰れると思わないことね!」
「んふ、ならばわしがその龍騎士の真意とやらを暴き出してみせようではないか。
力に驕れる敵を説き伏せる……ゾクゾクするのぅ」
茅野 菫(ちの・すみれ)が今にも飛び出しそうな様子で憤慨し、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が含み笑いを浮かべて佇む。
「ミーミルとフィリップ、それにイコン。言わば3本のアキレス腱を抱えとる中、さらにニーズヘッグの襲撃とあらば、不本意じゃがあやつの言う通りにせねばならんかった。
……私とて流石に、ユグドラシルが間接的にとはいえ手を出してくることまでは予期しとらんかったよ。アメイアの真意も読めぬが、ユグドラシルの真意もまた読めぬ。
もしやイルミンスール、その契約者であるエリザベートなら何か感づいておるのやもしれぬが――」
アーデルハイトが視線を向ける、普段はそこにエリザベートが鎮座しているはずの椅子には、しかし誰の姿もない。
「エリザベートも、傷付いたミーミルを残してきたことを心配しているはずだ。……何より、俺たちはエリザベートとフィリップを救い出したい。
それはここに残った者たちも、コーラルネットワークに入った者たちも、同じ思いだと思う」
「恭順の道を選んだとはいえ、譲れぬものはあるのではないか? 一校の長を好きにさせるほど、皆、腑抜けではないぞ」
「俺は、今ネットワークで戦っている仲間が、この程度の危機を切り抜けると信じている。
そして危機があるのなら、それは全て切り抜けるべきものだ」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)、四条 輪廻(しじょう・りんね)の、意思のこもった力強い言葉に、アーデルハイトがやれやれとため息をついて答える。
「それが分からぬ私ではない。
……じゃが、正直言って今は、万全な備えが出来ているとは言い難い。ここでおまえたちをエリザベート救出に向かわせた所で、何が起きるか予想がつかん。
よいか、決しておまえたちを侮っているわけではないぞ。ただ、私が何も手を出せぬ状態で送り出すことが、心配なだけじゃよ」
「おいおい、いつも「こんなこともあろうかと」って予備の身体で出てきたり、とんでもねぇ秘策を用意してたりする大ババ様がまさか、手も足も出ねぇって言うつもりかぁ!?」
「ベア、アーデルハイトさんに失礼ですよっ」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)をソアが宥め、『大ババ様のことだから、きっともっとすばらしい腹案をお持ちのはず?』と言うような視線を向けるフレデリカとナレディに、アーデルハイトがううむ、と腕を組んで唸り声をあげ、やがてゆっくりと口を開く。
「……正直、取れる方策は限られておる。
そうじゃの、私の予備の身体を使って、おまえたちの受けた攻撃を一部肩代わりさせることなら、可能じゃろう。
ま、せいぜい戦闘不能ダメージが、すぐに動ける重傷レベルになる程度じゃろうな。死なずに済むというだけで、受けた痛みはそのまま受けることになる。
よいか、この備えをせぬ者は、如何な理由があったとしてもエリザベートの下へ行かせん。これはおまえたちを預かる者として絶対の命令じゃ」
「……つまり、エリザベートちゃんと一緒にいる龍騎士さんは、私達が歯が立たないくらい強くて、そして龍騎士さんが攻撃してこない保証もない、ということでしょうか」
神代 明日香(かみしろ・あすか)の、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)と話し合って出した言葉に、アーデルハイトが頷く。
「そうですか。では……龍騎士さんから先に攻撃してきた場合、龍騎士さんを追い返すことは、帝国との敵対になりませんかぁ?」
「私はならん、と思っとるがの。無論、ニーズヘッグについても同じことが言えようか。……おまえまさか――」
「冗談です♪」
「……冗談に聞こえん所が何ともじゃな。
というわけじゃ、どうしてもエリザベートの下へ向かうのであれば、私と共に来い。私用の予備の身体をおまえたちに合わせてから、テレポートで送ってやろう」
言って、おもむろに歩き出すアーデルハイトの後ろを、数名の生徒が付いて行く。
「明日香さん、これは――」
「ノルンちゃん、戦いに行くわけじゃないんですよぉ? 私はあくまでエリザベートちゃんのメイドとして行くんです。……ここで待っててくださいね」
禁忌の書を渡そうとするノルンを制して、明日香も生徒たちの一行に加わり、部屋を出て行く。
「恵、あえて聞きますが……どうするつもりですか?」
生徒と共に部屋を出た所で、峰谷 恵(みねたに・けい)とエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)、グライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)が一団から抜け、辺りに人気がないのを確認した上でエーファが恵に問いかける。
「……ボクの目的は変わらないよ。エリザベートちゃ……校長先生達から見限られることになったとしても、今ここでイルミンスールを失うわけにはいかないんだよ」
首と胸、脇腹、腰をカバーする魔鎧、レスフィナ・バークレイ(れすふぃな・ばーくれい)を装着した恵が、決意のこもった瞳を向けて言い放つ。
「愚問でしたね。では、急ぎましょう。彼らがテレポートで到着する前に先回りしませんと」
三人が頷きを返し合い、そしてアメイアの下へと向かっていく――。
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