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リアクション
「大ババ様。ニーズヘッグと言えば、エリュシオンのユグドラシルの守護者的存在じゃありませんでしたか?」
予備の身体がずらりと並べられた部屋で作業を行うアーデルハイトへ、赤羽 美央(あかばね・みお)が問いかける。
傍らには 霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)を装着した四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が立ち、アーデルハイトの回答を待っていた。
「……いや、私が記憶している限りでは、あやつはそんな大層な物ではなかった。少なくとも崇められるような存在ではなかったはずじゃ。
それより私が気にしとるのは、ユグドラシルが間接的にとはいえ手を貸していることじゃよ。ニーズヘッグにイルミンスールを喰わせ、後でその力をニーズヘッグから受け取る? ニーズヘッグは単細胞じゃから作戦に乗ることも考えられるが、それにしたってこれほどのことをする理由が読めん。
世界樹同士は基本、争いをせぬものと思うていたが……まさか、本当に喰ってしまうつもりであのようなことを言ったのではあるまいな……?」
何かをぶつぶつと呟くアーデルハイトを見ながら、美央が自らに装着されている魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)に助言を求める。
『……ふむ。ニーズヘッグについては情報が錯綜しているようだ。ならば、今回の襲撃が陽動であるかどうかの可能性を問いただしておくべきだろう』
「……ニーズヘッグ本人の所在も分からない中、殆どの生徒をネットワーク内に送り込んだのは、危険ではないでしょうか?」
「ニーズヘッグはネットワーク内のどこかには必ずおる。ネットワークを徘徊しておる蛇、あれはニーズヘッグから生み出されたもので、ニーズヘッグから極端に離れて活動することが出来ぬはずじゃ。
故に私は、まずコーラルネットワークをしっかりと守り切り、その後情報と状況の整理を行う心積もりじゃった。単細胞じゃがニーズヘッグは強敵、下手をすればイルミンスールを枯らされてしまうでな」
「ニーズヘッグが、何者かに陽動作戦として利用されている可能性は? まさかとは思いますが、ザナドゥが――」
「ザナドゥか。色々とちょっかいを出しとるようじゃが、あやつらが裏で手を引いてるなどということはあり得ん」
「……何故そこまで言い切れるのですか?」
「……先程から妙に機転が利くと思えば、こやつのおかげか」
言ってアーデルハイトが、美央に装着されている鎧の脇腹、ひときわ細くなっている箇所を杖で突付く。
「ぐはっ!」
声が聞こえ、それきり美央に助言の言葉が聞こえなくなった。
「ま、ニーズヘッグが一度の襲撃で手を引くとも思えぬ。次の襲撃に備え、すぐに動ける人間を確保しておく必要はあるの。
目下心配しとるのは……そうじゃな、イナテミスに住まう者たちと、ミーミルか」
「そう! ち……ミーミルはどうなの!?」
唯乃の問いかけに、アーデルハイトが一点を示して口を開く。
「おそらくソアが向かっとるじゃろうがな。おまえたちもよければ、ミーミルを看てやってくれ」
唯乃と美央が向かったそこでは、アーデルハイトの言う通り、ソアとベアがベッドに伏せるミーミルの治療に当たっていた。
「ベア、包帯とサージカルテープを取ってもらえますか?」
傷の具合を確認した上で、ボロボロになった服を脱がせ、一通りの消毒を済ませたソアに言われて、ベアが部屋のあちこちを探し回っている。
「包帯包帯っと……何かワケ分かんねぇモンばっかだな――」
「包帯なら持ってるわよ。私も手伝っていい?」
「あっ、はい、ありがとうございます、唯乃さん」
普段から包帯など、治療に必要な道具を携帯している唯乃が手伝いを申し出、ソアと二人でミーミルの治療に当たる。
「私は……皆さんが治療に専念出来るよう、ここの守りを引き受けましょう。誰も通しませんよ!」
美央が部屋の前に立ち、有事の際の守りを一手に引き受ける。
(ミーミル……早く元気になって……)
ソアの心の声は、未だ瞳を閉じたままのミーミルに届いただろうか――。
備えを施し終え、生徒たちをエリザベートの下へ送り届けたアーデルハイトが校長室に戻って来ると、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)を始めとした【アルマゲスト】のメンバーが情報収集に勤しんでいた。
「状況はどうなっとるかの?」
「はい、アーデルハイト様。皆さん布陣が完了したようです」
アーデルハイトの問いかけに重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が答え、武神 雅(たけがみ・みやび)と龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)とが作成したネットワークに入っていった生徒たちのリストに基づく情報が、事前にアーデルハイトが用意したコーラルネットワークの回線図に同期する形で、緑の点として表示されていた。
「転送ホールbに向かった生徒は、aやcに向かった生徒のおよそ2倍です。
敵の戦力が集中することが予想されるIr3、および両脇のIr2とIr4を突破されないよう守り、その間にIr1、Ir5を制圧した生徒たちで2箇所のウィークポイントへ攻撃を行います」
「現場の者とも緊密に連絡を取り合い、戦力の過剰投入及び過少が発生しないよう、情報の伝達を迅速に行う。
所在が不明であるニーズヘッグが現れた際も、即座に対応出来るはずだ」
灯と雅の報告を聞いて、アーデルハイトがひとまず満足気に頷く。
これらの作業をアーデルハイト一人で行うことは決して無理ではないが、大きな負担がかかることを考えれば、彼らの行動はアーデルハイトにとって有り難いものであった。
「アーデルハイトさん、エリザベート校長の下へは生徒を向かわせたのですか?」
「ああ、行かせた。……正悟、おまえは私の予備の身体を適時観察しておれ。変化があればすぐに知らせるのじゃ。
向かった生徒たちから連絡があった場合もじゃぞ」
「はい、分かりました!」
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に指示を下したアーデルハイトが、彼に付いて行こうとするエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)を呼び止め、事前にエミリアから受け取ったレポートに回答したものを寄越す。
「ま、現時点での回答に過ぎんがの。予定は未定とも言うしな」
「ありがとうございます、参考にさせてもらいます!」
エミリアがそれを受け取り、素早く目を通す。
『コーラルネットワークの防衛については、魔法陣の数と強度を増す以外には考えとらん。回線(以後『根』と記す)自体の強化も検討してみたが、結局他の根の侵攻を防ぐことは出来んからの』
『今の魔法陣は自己修復機能が付いとるが、その内自動迎撃機能、自己成長機能までは付けられるかの。その時はまたおまえたちの力を借りるやも知れぬがな』
内容を理解したエミリアがレポートを仕舞い、正悟の後を追った。
「ふむ……これで今の所、打てる手は打ったかのう……」
一息ついて腰を下ろしたアーデルハイトが、疲れの見える表情でぼんやりと宙に浮かぶ3つのホールを見上げる。
壊れた壁の辺りから聞こえてくる作業の音ですら、今のアーデルハイトには子守唄に聞こえてくる。
「あの、お疲れでしたら少し休まれてはいかがでしょうか? お話を聞いた限り、まだ先は長いように思われますので……」
「むぅ……それはそうなんじゃが……おまえたちを放って私だけ休むのも憚られるでな」
様子を心配にやって来た燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)に気丈に振舞うアーデルハイトだが、ザイエンデの言うことも尤もである。コーラルネットワークからニーズヘッグを退けた所で、数多くある問題の一つを解決したに過ぎないのである。
「大ババちゃんがいなくなっちゃったら、ネットワークからみんな戻ってこれなくなっちゃうんでしょ? あたしたちが大ババちゃんを護るから、大ババちゃんは休んだほうがいいよ!」
「皆さんのために予備の身体を使われてしまったそうですし、大ババ様には万全の体調でいていただかないと」
「大ババちゃん疲れてるの? ララのキッスで元気になる?」
さらに、アーデルハイトを護ると決めたクラーク 波音(くらーく・はのん)とアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の言葉を受けて、観念したようにアーデルハイトが呟く。
「そこまで心配されては、私の方が居た堪れないの。……何かあれば直ぐ起こすのじゃぞ」
そう告げて、アーデルハイトが椅子に腰掛けたまま目を閉じる。
「よ〜し! ララちゃん、一緒に大ババちゃんを護ろうねっ!」
「うん! ララがんばるよ〜!」
「それでは私は、大ババ様がお目覚めになられた時に飲んでいただくハーブティーを用意しておきましょう。波音ちゃん、ララちゃん、十分気をつけてくださいね」
波音とララが意気込んで周囲の警戒に向かい、次いでアンナも校長室を後にする。
(せめて、この僅かな一時の間だけは、アーデルハイト様が安らかにお休みになられますよう……)
一人、アーデルハイトの傍に佇むザイエンデが、そんな思いと共に歌を口ずさむ。
既に寝息を立てるアーデルハイトの顔には、普段の威厳や畏怖といったものはなく、ただ外見年齢相応のあどけなさだけがあった――。
「もう、えーたの馬鹿っ。皆の前で変な理屈並べ立てないでよ恥ずかしいなっ」
「済みません……ですが、私にとっては重要なことなのです。壊れた壁をそのままにはしておけません!」
「はいはい分かった分かった、私も手伝うからさっさと終わらせちゃいましょ」
呆れるように呟いて、ミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)と神野 永太(じんの・えいた)が壊れた壁の修理に勤しんでいた。イナテミスで大工として腕を磨く永太の技術はなかなかのもので、次第にミニスは手持ち無沙汰になっていく。
(ふっふ〜ん、何かレアなアイテムでも落ちてないかな〜っと。……ん?)
場所が校長室ということで、期待に胸を膨らませながら周囲の探索を行っていたミニスが、ある物を見つけて近付いていく。手にしたそれは、エリザベートを模したと思われる掌サイズの人形だった。
(これって……)
人形を見つめながら、ミニスは先程アーデルハイトが話していたことを思い返す。この壊れた壁は、アメイアがミーミルを投げ飛ばした結果だということを。
(……あ、目が取れかかってる。うーん……えーたはほっといても大丈夫だよね。えーた、道具借りてくよ)
ミニスが永太の道具箱からいくつか失敬して、そのまま何かを探すフリをしつつ、人形の修理に取り掛かった――。
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