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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

リアクション


(・プラント調査)


 確保されたばかりのサロゲート・エイコーン製造プラント。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)とこの場所にやって来ていた。
 先日は制御室の掌握を優先していたために、まだ内部調査は行き届いていない。そこで彼女は、西シャンバラロイヤルガードとしてPASDに調査協力を依頼していた。
 PASDからの返答として、天御柱学院の生徒も数名同行するとの旨も伝えられる。実際にイコンを運用している者達がいた方が心強いということもあり、それを受け入れた。
「お待たせ致しました」
 眼鏡をかけた理知的な風貌の青年がやって来る。
「PASDから参りました、調査主任のリヴァルト・ノーツ(りばると・のーつ)です」
 美羽に対し挨拶をした。
「今日は宜しくお願いします」
 彼女もまた頭を下げる。
 リヴァルトからPASDの高性能通信機の端末を受け取り、内部の他の調査員とも密に連絡を取れるようにする。
「中は広いですからね。昨日のうちに機材の準備は済ませ、現在は各所に分かれて調査中です」
 一行はイコンの格納庫の方へと移動していく。
 内部構造はある程度は判明している。制御室に行けば全体の見取り図を入手することは出来そうだが、マザーシステムの承認を得なければ外部への持ち出しは不可能だろう。
 そのため、格納庫へ向かう際に、ベアトリーチェが銃型HCのオートマッピングを用いて、自力でのデータ作成を試みる。
「製造プラントとしてだけでなく、ここを一つの基地として運用していたようですね」
 居住スペースもあることから、そう判断出来た。
 二層構造の、第一層の方には厨房や食堂もある。五千年前当時は、ここに人が詰めていたのだろう。
「生活に必要なものを持ち込めば、すぐにでもここに住めそうだね」
 プラント管理に携わることになれば、ここに何人かが常駐することになりそうだ。
 第一層を調べ、他の調査員からの報告も聞くと、格納庫の中に足を踏み入れる。今は照明もついているため、そこにあるイコンの様相を直に見て取れた。
「これが五千年前のイーグリットとコームラント……」
 外観に大きな違いは見られない。
 だがもしかしたら、ここにある当時の機体になら、イコンの謎を解明する手掛かりがあるのかもしれない。
「それじゃ、この女神みたいなイコンは何ていうのかな?」
 美羽がその機体を見上げた。
 他のイコンとは異なる存在感を放つ、女性型の機体。
「これを調べるには、『彼女』の許可を得る必要がありそうですね。聞いてみましょう」
 通信機を手に取り、リヴァルトは制御室に連絡を行った。
 すると、突然彼らの前に侍女服姿の女性が現れる。
 彼女こそが、マザーシステム「ナイチンゲール」だ。
 そこに存在し、触れることが出来るものの、彼女はシステムが生み出した立体映像である。
『ご用件をお伺い致します』
「このイコンのハッチを開けて下さい」
 中に入って直接調べるため、申し出る。
 ナイチンゲールは頷き、すぐに操作を行った。
「コックピットの中はイーグリットとあまり変わらない感じよね。もしかして、今動かせるかな?」
 幸い、ベアトリーチェも一緒にいる。
 さすがにこれに乗って発進することは難しいが、それでも起動することは出来るかもしれない。
 しかし、上手くはいかなかった。
『こちらはパイロット認証式になっております』
「認証?」
『はい。機体が承認した方以外は、起動することは出来ません』
 パスワードか何かが必要なのだろうか。
 そのことについても美羽は問うてみるが、
『申し訳ありませんが、お答えすることは出来ません。こちらの情報開示にはレベル5以上の権限が必要です』
 なにやらこのイコンには他とは異なる秘密がありそうだ。
 性能については『お答え出来ません』の一点張りだったが、辛うじて機体の名称だけは知ることが出来た。
『こちらの機体もまた「ナイチンゲール」という名称です』
 マザーシステムと同じ名を冠した女神型イコン。
 両者に何らかの関係があるのは確かだが、現時点でそれを知るのは叶わないようだ。

* * *


 制御室。
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は製造プラントのレベル3アクセス権を用いて、プラントの調査を行っていた。
『女神型イコンを調べたい?』
 調査主任のリヴァルトから通信が入る。
「ナイチンゲール、彼らに力を貸してあげられないかしら?」
 彩羽の声に応え、侍女服姿の女性が現れた。
『かしこまりました。レベル3のプロテクトに抵触しない範囲で彼らに協力致します』
 そう言ってしばらくナイチンゲールは一度姿を消した。
 そこは立体映像らしく、このプラント内ならどこにでも瞬時に移動出来るようだ。
「それじゃ、続きをっと。彩華、外は変わりない?」
「異常ないですぅ〜」
 護衛兼警戒役を任せている天貴 彩華(あまむち・あやか)に確認を取る。
 機密情報の漏洩がないように、PASDでも他校生でも基本的に警戒している。アクセス権を持っている以上、何かあったときに責任を負う羽目になってしまうからだ。
 そのため、彩華が制御室扉付近で外を見張り続けている。お菓子を食べながらであるため、どことなく緊張感に欠けるが。
 制御室のメインコンピューターと銃型HCを繋ぎ、天御柱学院のコンピューターとも同時にアクセスをしている。セキュリティに関してはナイチンゲールが干渉しているため、今のところ問題はない。
(学校のデータベースにアクセスするなら今のうちね)
 プラント内部の調査の裏で、彩羽は独自に強化人間管理課のサーバーにもアクセスしていた。
 これまで学院で行われていたであろう、強化人間手術に関する実験情報を手に入れるために。
 全ては姉を変えてしまった風間へ復讐するため。
 当然、彼の経歴も調べた。
 学院の首席卒業生であり、日本政府のエリート。そんな人物が裏で非人道的な実験を行っているという事実があれば、政府は黙っていないだろう。
 しかし、
(どういうこと?)
 確かに、記憶消去や身体強化、精神操作を行っている事実はあった。
 しかし、それらは全て医学的根拠による強化人間の精神不安定克服にやむを得ない処置だという判断が下っている。
 さらに部が悪いことに、それらの処置は被験者に全てを説明し同意を得た上で行われていると、データには記されていた。
 承諾するように風間が促している可能性もあるが、それを証明する手立てはない。
 ぎり、と歯を噛み締めながらも、一旦管理課とのアクセスを切る。
 ちょうどナイチンゲールが戻ってきた。
「ねえ、粒子固定化ってどういう技術? サイコ粒子と関係あるかしら?」
 その技術を実際に使っているナイチンゲールに尋ねてみる。
『物質の最小単位と呼ばれる素粒子を自然界に固定化し、安定させることによって実体を持たせる技術です。例えば、今私は「人間」の姿を投影しておりますが、これは原子レベルで人体構造を把握し、大気中の存在する構成物質を結合して「人間」を模しているためです』
 本人曰く、固定化率100%ならば生身の人間と構造的に変わらないらしいが、基本的には50%程度にしているらしい。声がどこか機械的なのと、わずかに浮遊しているのはそのせいだろう。
『サイコ粒子に関しては、データが存在しておりません。私がスリープ状態にあった五千年の間に人為的に造られたものか、もしくは別の粒子が現在はそう呼ばれていると判断出来ます』
 残念ながらそのサンプルを彩羽は持っていないため、参照してもらうことは出来ない。
『これはデータではなく私の判断機能からの推測ですが、魔法や超能力と現在呼ばれているものを行使する際に、空気中の粒子に変化が生じることが分かっています。ご参考までに』
 表情の変化はほとんど見られないが、少し残念そうな顔をした彩羽を気遣うような素振りを見せた。
「ありがとう。あなたの方が、風間なんかよりもよっぽど人間らしいわ」
『私は単なるシステムであり、機械です。自己判断機能も、このプラントを守り続けるためにマスターから与えられたに過ぎません』
 ただ、彼女自身は人間の感情をある程度理解出来るらしいことは感じ取れた。
 それからプラントのイコンについての調査に入る。
「イーグリット、コームラントの基本情報は閲覧出来るわね。パイロット科にある解析データとほとんど一致している」
 機体の設計図をプラントのデータから入手することが出来た。しかし、「真の力」に関わる部分はレベル3では閲覧出来ないようだ。
 また、女神型機体に関しても名称以外は分からない。
「このイーグリットやコームラントを簡略化した感じのは何?」
『そちらは、「クェイル」です。二機の下位量産型として大量生産されたと記録にあります』
 のちに西シャンバラが投入することになる量産型イコンのデータがそこにはあった。
 他にも気になるデータは多く存在するが、現時点ではこれ以上はアクセス権の限界で調べられない。
 しかし、ナイチンゲールに自己判断能力があることから、アクセス権のレベルが上がる可能性も十分にあり得るのだ。