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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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(・決戦前夜)


「……いつまでも臥せってたって仕方ねーな」
 自分が整備を行った偵察部隊――特攻野郎Aチームは帰ってこなかった。
 佐野 誠一(さの・せいいち)はその事実に落ち込みながらも、何とか気を持ち直して整備を始めようとする。
「やりましょう、誠一さん。私達に出来るのは、常にイコンを最高のコンディションにすることなんですから」
 結城 真奈美(ゆうき・まなみ)が誠一を元気付けようと声をかける。とはいえ、おそらくやり切れない気持ちは彼女も一緒だろう。
 彼らが念入りに整備を行うのは、{SNM9998857#辻永 翔}とアリサ・ダリン(ありさ・だりん)のイーグリットと、山葉 聡サクラ・アーヴィングのコームラントの二機だ。
 前の戦いからそれほど時間が経っていない、加えてこちらには大きな被害はないことから、出撃するパイロットにはプラント戦と同じ機体が与えられることになった。
 聡は新規で乗り込むため、翔の機体に比べて調整する箇所が多い。とはいえ、多少の損傷を追っている翔機も再調整が必要なことに変わりはない。
「お、来たか」
 イコンハンガーに、聡とサクラの二人がやって来る。少し遅れて、翔とアリサも入って来た。
「翔、お前も来たのかよ」
「ああ。機体の確認もあるからな」
 聡がばつの悪そうな顔をしている。「明日の戦い、無事に帰れるように頑張ろうぜ!」と言って別れたのに、またここで顔を合わせたせいだろう。
 そういう事情は知らないが、彼らが浮かない顔をしているのを見て、誠一が口を開く。
「なあ、仲間が墜とされて、しかも助けに行けなくて憤ってるのはお前らだけじゃないんだぜ。俺なんてな、出撃前にあいつらの機体の調整をしてたんだ」
 悔しさがこみ上げてくる。
「いくら相手が、昔のアニメに出てくるような『白い悪魔』並の桁外れな性能を持っていたとしても、『もっと上手にやれ(整備し)てれば結果が違ったんじゃないか?』そう思わずにはいられなくて、憤りに加えて自分の腕への不甲斐なさで一杯だ」
 まだ誠一達は偵察部隊の持ち帰った映像をじっくりと確認したわけではない。あくまで報告を断片的に聞いたのみだ。
 それでも、「もしも」の可能性を考えると、自分の力不足を実感せずにはいられなかったのだ。
「そんなわけでだ……格好悪くてもいい、撃墜されても死ぬんじゃねーぞ。お前らの機体のオプションの取り付けや最終調整はやっとくから、希望があったら言ってくれ」
 二機の整備に関して要望を受ける誠一。
「私達はデフォルトでいいだろう。新しく追加された武器はまだ使いこなせるわけではないからな」
「そうだな。機動力を生かすなら、いつもの方がいい。
 俺達は追加武装はなしだ」
 あくまでもいつも通りに戦おうとする翔達。
「聡さん、どうしますの?」
「そうだな……コームラントもいつも通り、追加武装はなしでいい。ただ、後方支援に徹するのも俺達らしくないからな。速度を出しやすいように調整してくれると助かるぜ」
 聡の方も追加武装はなし。
 速度を出すことで、中、長距離の戦いをしやすくしようという意図があるのだろう。
「オーケー、ちゃんとやっとくぜ」
 彼らからの要望を聞き、すぐに整備へと戻っていく。
 今回は念入りに整備するだけの時間がある。誠一、真奈美、カーマ スートラ(かーま・すーとら)の三人は、学院に登録されたパーソナルデータを元にして徹底的に調整を行う。
 今度は墜とされてたまるか、という強い思いを抱きながら。

 休憩時間になった。
「皆さん、食事はどうかしら?」
 カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)は整備科の面々に対し、料理を差し入れる。
 焼きたてのパンや、すぐに食べられる串カツや唐揚げ、さらにはスープと、バリエーションは豊富だ。
 とはいえ、彼女も整備科の一員。給仕を行いながらも、同じ整備科の人とイコンについて話し、多くのことを知ろうとする。
「ありがと、カーリンねーちゃん」
 高峯 秋(たかみね・しゅう)エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)も、このときはイコンハンガー内にいた。
 戦闘データを元に、シミュレーションを行うには実機の方がいいと判断したためだ。イコンシミュレーターのように仮想現実にダイブするわけではないが、実機にもシミュレート機能が導入されている。
「明日までに、出来る限りにことはしないとね」
 敵の強さを身に染みて味わったからこそ、秋は真剣だった。
「レプンカムイと機体に記録された戦闘データ、それと寺院のイコンのデータを使えば、シミュレーションは出来そうだよ」
 エルノが秋と目を合わせる。
「ちょっとやり方を確かめてみるわね」
 カーリンが整備科のマニュアルを開く。レーダーの記録を元に、その動きと機体を解析すればある程度のパターンはシミュレート出来るとある。
「あとは、レプンカムイで取得出来る相手の情報をこの機体からでも確認出来たら一番いいんだけど……難しいよね」
「明日までにシステムをβ版にするってことだけど、リアルタイムでの共有は難しいと思う」
 それは、基幹となるイコンのレーダーやセンサー類をこれ以上強化出来ないからだ。
 ただ、敵を知っていれば、予想は出来るようになるだろう。
 秋達と同じ小隊のシャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)は、カーリンの料理を加えながらパソコンをいじりデータの解析を進めている。
「特に重要なのはあの二機……グエナ・ダールトンとエヴァン・ロッテンマイヤーの機体ですね。何か癖やパターンが見つかればいいのですが」
 問題は、その二機のデータがあまりに少なすぎることだ。
 改めてデータを見ると、グエナ機は他の機体ほどに動いておらず、エヴァン機はあまりにデタラメな動きだ。
 蹴りを繰り出したり、腰をひねって回転して急旋回したり、現状のデータでは計り知れないものがある。
「私達が考えるイコン戦術の、さらに一歩先をいってる気がするよ」
 クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が呟く。
「それでも、あの人達は超えなきゃいけない。戦いを終わらせるためにも」
 天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)がクローディアの言葉に応じた。
 敵が単なるテロリストならば、あんな言葉を投げかけては来ないだろう。グエナ・ダールトンという男は、学院――西シャンバラの掲げる理念や正義をおそらく理解している。
 それでもなお、彼らの持つ何かのために、対立の道を選んでいるのだ。
 生半可な気持ちで挑んでいい相手ではない。
「うん。技術では及ばないかもしれないけど、気持ちでまで負けてられないよね。あたし達だって、ただ学院の言いなりで戦ってるわけじゃないんだから」
 気合を入れ、クローディアが整備に戻る。
 わずかな時間でも、それぞれが出来ることをするために。


「あとは、明日の最終調整か」
 気付いたら夜になっていた。
 ハンガーの中からは整備科の人間が次々と帰り始めている。先日のような緊急出動ではないため、追加武装の取り付けもこの日のうちに行われた。
 とはいえ、動作確認の全てはパイロットがいないと出来ないため、結局明日は朝から搭乗者達と調整することになるのだが。
「山葉さんや辻永さんも、やはり気にはしていた様子ですわね。仲間が撃墜され、しかも消息不明。学院は全員死亡として判断もしてるようですわ」
「そうだろうな。じゃなかったら、この出撃表にはベトナム救援部隊も入ってるはずだ」
「わたくし達は常に『死』と隣り合わせの状況にいる、ということは、改めて実感出来ましたか?」
 それはパイロットに限ったことではない。
 今後は、現地にベースを展開し、そこで整備を行うこともあるだろう。そうなれば、整備だからといって安全であるとは言い切れないのだ。
 それが、「戦争」に関わるということである。
「ああ。今の情勢を考えても、俺達が明日どうなるかは分からないからな」
「死亡扱いの彼らも、まだ死んだと決まったわけではありませんが、覚悟はしておかなければいけない。もちろん、自分自身についても自覚はしなくてはいけませんわ。悔いを残さないよう『生』を満喫するのも大切ですわよ」
 こういう状況だからこそ、暗くなっていてはいけないのだとカーマは諭しているのだろう。
 一見真面目なようだが、
「童貞のまま死ぬのが嫌なら、いつでもお相手しますわよ」
 と、胸元を少しちらせながら冗談めかした風に言った。せいの字が違う。
「お、おいいきなり何言い出すんだ!? って真奈美も、そんな目で見るなって!」
 彼女によるならば、こういう些細な会話も、天学生にとっては大事なのだ。
 いつそれが出来なくなるとも限らないのだから。

* * *


 生徒達がイコンハンガーを出て行く中、月舘 冴璃(つきだて・さえり)は自分が搭乗するコームラントを見上げていた。
「今回は私が指揮をするんです……もちろん、緊張しますよ。私よりも……姉さんの方が上手く出来るんじゃないでしょうか?」
 傍らにいる、東森 颯希(ひがしもり・さつき)を見遣る。
「私のこと、姉さんとは呼ばないって約束だよ?」
 苦笑いしつつも、颯希が冴璃を励ます。
「冴璃は冷静だから大丈夫! 絶対上手くいくよ!!」
「颯希のその明るさ……見習わないといけませんね」
 わずかに口元を緩め、微笑を浮かべる。
 小隊長としてのプレッシャーは大分薄れた。

 明日に備えているのは、彼女達だけではなかった。
「……一人で思い詰めたりしないで下さいね? 兄さん。兄さん一人で戦っているわけじゃないんですから」
 狭霧 和眞(さぎり・かずま)ルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)だ。
 二人は、プラント戦での戦闘データをコックピット内で閲覧していた。
「分かってるッスよ。だけどオレは……もっと強くなりたい」
 敵の動きをシミュレートするのは難しい。特に、あの二機は。
 だから彼は自分の動きの癖や弱点を客観的に分析し、それを克服することで明日に繋げようとしている。
 すぐに克服するのは難しいかもしれないが、意識するだけでも変わってくるだろう。
 ただ、やはり考え込んでいるように見えたのか、ルーチェが彼と目を合わせてくる。
「私と兄さんと、この子。三人で一つなんですから。だから悩むときは、三人で一緒に悩みましょう」
 操縦桿をゆっくりと撫でた。機体もまたパートナー、なのだ。
「『三人』で一つ……か」
 和眞も、それを意識した。
「俺達には一体何が足りないんだろうな……相棒」
 コンソールを小突きながら呟く。
 敵は強い。
 その強さを超えるためにも、今の自分達にないものを早く見つけたい。
 そこへ、従者を連れたラグナルがやってくる。
「取り込み中で悪いが、レプンカムイの更新作業するから、ちといいか?」
 システムの更新をこの時間から始めるのは、イコンハンガーの整備機器をフルで使えるかららしい。一応の許可もとっているとのことだ。
「了解ッス」
 二人は機体から降りる。
 そして、改めて自分達の相棒の立ち姿を見上げた。

* * *


 天御柱学院のコンピュータールーム。
 ここでは、リュート・エルフォンス(りゅーと・えるふぉんす)が神妙な面持ちでパソコン画面と向き合っていた。
(僕達に欠けているもの、か)
 敵部隊の指揮官、グエナ・ダールトンの残した言葉を頭の中で反芻する。
 天御柱学院としては任務を達成したが、【ダークウィスパー小隊】としての戦果を挙げることは出来なかった。
 そこに言い知れぬ屈辱と苛立ちを感じたが、同時にこのままでは何度やっても彼らには敵わないだろうことも身に染みて感じている。
 そのことが、彼を今も悶々とさせているのだ。
「プラント戦のデータ、もう登録されてますよー」
 ルシア・クリスタリア(るしあ・くりすたりあ)もリュートと一緒に情報収集にあたっている。
 プラント戦における各小隊の戦闘データはパイロット科のメインサーバーにまとめられていた。
 機動力、機体連携、武器の使用といったイコンの基本性能は最大限に引き出せていることが窺える。これも日頃の訓練の賜物だろう。
 敵のイコンについては解析資料としてまとめられているが、機密漏洩を防ぐために、イーグリットとコームラントのデータは学院のアカウントを使用してアクセスしなければ閲覧が出来ない。例外は、極東新大陸研究所のホワイトスノー博士が許可した者だけだ。
「うーん、やっぱり普段の訓練で教えてもらった以上は載ってないね……」
 イコンの解析の大部分が終了していることは、武装の充実やベトナム偵察部隊の改良試作機が造られた事実から、多くの学生の知るところとなっている。
 残るは「真の力」だけだが、これについては依然として謎のままだ。
 リュートは試験的に自小隊に導入した『レプンカムイ』のデータも分析する。
(データリンクによって、各々が適切な連携を行っているように見える。だけど、レーダーの記録だと敵の――あの二機はこちらの連携パターンを全部把握しているかのように動いている)
 客観的に見直して分かったのは、確かに連携は取れているが、それがどこか機械的だったということだ。
 それが、相手に動きを読まれる原因かもしれない。
 だが、パイロットの思考を機体に反映するまでの間に生じるタイムラグを考えると、人の動きを完全に再現するのは困難だ。複座式である以上、これにパートナーの判断も加わる。攻撃とそれ以外に分かれて専念したところで、これは簡単に解消出来ない問題だ。
 対し、敵の動作は非常にスムーズだ。まるで搭乗者二人の思考が繋がっているかのように、機体動作から攻撃に移るまでの間に無駄がない。
「うーん……ねぇ、ルシア」
「はい、リュート様!」
 いきなり名前を呼ばれ、ふと我にかえったルシア。どこかやきもきしていたらしく、情報収集から意識が離れていたようだ。
 プラント戦後のリュートの変化に戸惑いを覚えていたのもあるのだろう。
「そういえばちょっと思ったんだけど、イコンに乗ってるときってなんかいつもと何か違う感じとかするの?」
「ふぇ? ……うーん、特にないと思います。痛いとか、辛いとかそういうのは全然ないです……リュート様は?」
「いや……僕は乗ってても変わらないけどさ、シャンバラの血が混ざってるルシアだったら何か違うところがあるのかもしれないなーと思って。もしかしたら、それがイコンの力を引き出す力になるかなーとも考えたんだよ。
 それに、イコンに乗るのが辛かったりとかしたらあまり乗せたくないしね……僕といるときはあまり辛い思いをして欲しくないから」
 その言葉を聞き、ルシアの顔に安堵の色が浮かんだ。
「ふふ、心配してもらって嬉しいですよ〜」
 リュートの気持ちを知り、気が楽になったのだろう。
 彼女は気合を入れ直し、再びパソコンの画面と顔を合わせた。

* * *


 プラント戦を終えたその日。
 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は憔悴し切っていた。
 その手で人を殺したという現実からくる精神への負担は、彼女を潰しかねないほどだった。
(私が誰かを殺さなければ、違う誰かが人を殺して辛い思いをする。私が殺せば、その分誰かが殺さなくて、人殺しにならなくて済む……だったら、私が殺し続ければその誰かは救われるよね?)
 そして悩みに悩み抜いた末、彼女は一つの答えに辿り着いた。
(怖いけど、私は戦いたい。殺したい。強くなりたい。
 ――そうか、強くなればいいんだ!)
 その強さを手に入れる方法、それが身近にあることを彼女は知っている。
 だからそれにすがろうとしたのだ。

「用件はなんでしょうか?」
 媛花が訪れたのは、強化人間管理棟。
 会う相手は、そこの責任者である風間だ。
「私を強化人間にして下さい!」
 その言葉に、風間は眉をひそめた。
「すぐに強化人間にはなれないのかもしれない。でも、どんなことにも耐えるから、不完全でもいいから――お願いします!」
 戦い続けるには、恐怖を、感情の問題を克服しなければならない。
 超能力部隊に加わっていたこともあり、断片的にではあるが強化人間のことを彼女は知っている。
 パラミタ内海の要塞制圧戦に導入される強化人間が、『調整』を施された非契約者であることを。その調整が、記憶の消去と感情制御らしいことも。
「すぐに強化人間にするのは不可能ですよ。それに、君は契約者です。仮に強化人間になったとしたら、契約における『矛盾』が生じ、パートナーとの契約は解消になるでしょう。その際、パートナーロストによる後遺症が今の君のパートナー、また君自身にも振りかかってしまいます」
 彼女の身を案じているかのような物言いだ。
「そうなると、程度によりますが例え強化人間化していたとしても、満足な生活を送れない身体になってしまうでしょう。まして、精神の安定性に欠ける強化人間にとって、パートナーロストの症状は致命傷になりかねません」
 廃人確実、彼女の望む戦いも出来なくなってしまうとのことだ。
「しかし」
 薄い笑みを浮かべ、風間が言葉を続ける。
「強化人間化とまではいきませんが、身体能力と感情制御に関しては『調整』可能です。本来ならば戦いとは無縁な子達にとって、戦いにおける精神的負担は大きいですからね。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こさないためにも、精神面に不安を抱えている生徒には処置を施すこともあるのですよ」
 それを知り、媛花は再度頭を下げて頼み込んだ。
 風間は承諾し、その日のうちから『調整』を始めた。

 そして作戦前夜。
「感情制御のためにこれまでの記憶を消去します。本当に宜しいですね?」
「はい……もう、決めたことですから」
 考え直すなら今のうちだ。
 本当に記憶が完全に失われるのかは、彼女には分からない。
 失われたとしたら、そこにはもう今の自分はいないのだから。
「……では、最終調整を開始します」
 手に入るのは力。
 その代償は心。
 
 媛花は静かに目を閉じた。
 風間がその瞬間に浮かべた、不敵な含み笑いに気付くことなく――