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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

リアクション


(・藍色の翼)


 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)は、海京分所でベトナム偵察部隊が持ち帰ったデータの解析を進めていた。現在データが保管されているのが、情報支部として動いていたこの場所だったからである。
「これは……」
 真琴の目に留まったのは、見たこともない青いイコンだ。
「もう一つの偵察部隊と、救援部隊を全滅させたイコンだね。機体性能に関しては、今確認されてる寺院製のよりも圧倒的に高いよ」
 イーグリットに匹敵する機動力を持っているのは確かだろう。
 だが、それよりも彼女達が実際にそれを見て驚いたのは、青い機体の攻撃手段だ。
「武器は持っていませんね。ですが、銃弾を跳ね返すという芸当……超能力の一種、でしょうか」
 何度も映像をスローで見返す。
 銃弾は青いイコンに当たることなく、確かに一瞬空中で静止している。考えられるとするなら、強力な斥力がそこで働いたという可能性だ。
 力場の形成によって、銃弾を跳ね返す。だが、問題はどうやってそれを展開させたのか、ということだ。
「この攻撃の正体を確かめるのが最優先になるね。これが分からない限り、多分あたい達に勝ち目はないと思う」
 映像は、ちょうど密林の一部が消失する場面だった。
 これだけの力を行使されたら、たった一機に天御柱学院のイコンが全滅させられるかもしれない。それほどまでの脅威を感じさせている。
 真琴は整備科にいることの強みを生かし、イコン整備の知識と博識を用いて解析作業を進めていく。
(シュバルツ・フリーゲとシュメッターリング、イーグリットとコームラントにはある種の類似性が見受けられます。前者は上位機種と下位機種、後者は近接型と支援型。これらをベースに考えれば、派生した型は分かりそうなものですが……)
 機体そのものはこれまでに見たイコンとは異なるものだ。
 ただ、その外観は寺院製のイコンよりも、天学製のイコンに近い。
(敵がこちらのイーグリットを元に再現したのであれば、こちらに近くても不思議はありません。こちらが敵の機体を知っている以上、向こうもまったく知らない、ということはないでしょう)
 映像から推定するならば、巡航速度は1.2、最高速度は1.7といったところか。数字だけで見れば、イーグリットと大差はない。
「うーん、映像で見ると超能力っぽいけど……機体に乗りながら外部に出力、そんなこと出来るのかな?」
「仮に出来たとしても、これだけの威力を発揮するには、パイロットも相当な力の持ち主でないと無理でしょう。ただ、インビジブル小隊を海上までは追って来なかったことを考えると、有効範囲や稼働時間、攻撃方法は関係がありそうですね」
 巻き戻しては再生を繰り返し、それを少しでも見極めようとする。
 青いイコンの力は、イコンの真の力なのか、それとも単なる技術の延長に過ぎないのか。

* * *


 海京分所の入口。
「少々お待ち下さい、間もなく来られます」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は、研究員の一人、ドクトルに会うためにこの場所を訪れていた。
 そこで待っていると、見知った顔が入ってくるのを目にする。
「茉莉さん?」
 急いでここまで来たらしい、茉莉だった。
「あら、どうしてここに?」
「今からドクトルさんに会うところだよ」
「本当!? ならちょうどよかった」
 どうやら茉莉もドクトルに用があったらしい。
「あと……生春巻き買って来れなくてごめん。今度こそは、って思ったんだけど……」
「そんな気にしないでよ。大変な任務だったんだし。だけど、ありがとう。気持ちだけで十分だよ」
 今度こそ、という部分が少し引っ掛かったが、それでもお土産のことをまだ気にしていた様子の茉莉に向かって言葉を発する。
 そのとき、研究所の中からドクトルが姿を見せる。
 同時に、外からは何人かの天学生達が駆けて来る。茉莉といい、少し前に何かしていたらしい。
「よく来たね」
 ドクトルは微笑みをもって迎えた。
 そのまま佑一を案内しようとするが、その前に茉莉の姿に気付いたらしく、彼女の話を聞く。
「博士が、『パスワードはドクトルに聞けば分かる』って言ってたんだけど……」
 彼女がドクトルに見せたのは一枚のカードだ。
「大佐がそれを? なるほどね」
 ドクトルが紙とペンを取り出し、さらさらと何かを書いていく。
「パスワードは二十四時間ごとに更新されるから、今日の分――おっと、もうすぐ日付が変わるから早く入力した方がいい。コンピュータールームは向こうだよ」
 ドクトルが指差した方向に向かう茉莉。
 彼女が後から来る者達もそこへ案内していく。
「そうそう、そのカードでは情報の閲覧だけで、データをコピーしたりプリントアウトしたりは出来ないから注意してね」
 機密漏洩が起こらないため、ということらしい。
「おっと、では行こう」
 佑一とミシェルはドクトルに、研究所の一室に通された。

「悪いね。こんな時間に」
「いえいえ、こちらこそ突然申し訳ありません」
 まあ座ってくれ、と促され、佑一達は腰を下ろす。
「強化人間について気になった、ということだったね。この前も同じような子がいたらか説明したんだけど……」
 ドクトルが最初に話してくれたのは、強化人間がどのように誕生し、今の天御柱学院でどのような扱いを受けているかだった。
「精神安定のための記憶消去、ですか」
 その事実を知り、僅かに顔を俯ける。
 佑一自身、契約者となる前の記憶が断片的であるため、どこか思うところがあるのだろう。
「風間君と私では強化人間の見方がかなり異なる。今回の強化人間部隊についても、反対をしたんだが……彼らの有用性を証明する必要がある、との一点張りだったよ」
 彼なりの考えがあるのだろうけど、とドクトルも複雑な心境のようだ。
「もし宜しければ、風間さんやドクトルさんの研究論文や、今の学院の強化人間に関する資料を見せて頂けませんか。もちろん、機密事項に抵触するもの以外で構いません」
「少し待っててくれ」
 強化人間に関しては、一般生徒には秘匿されている情報が多い。強化人間自身、自分の身体がどうなっているのか知らないという者がほとんどなのだ。
「ねえ、佑一さん」
 ミシェルが佑一に声を掛ける。
「風間さんは強化人間を道具みたいに扱ってるような気がするんだけど、ボクの気のせいかなぁ……」
「ドクトルさんのこれまでの話だと、そういう感じはするね」
「それに、生徒の中では風間さん、よく思われてないみたい。噂はよく耳にするよ」
 上層部自体、よく思われていないのだが、その中でも強化人間管理課長という肩書きのせいか、風間はかなり生徒から敵視されている。
「お待たせ。見せられるのはこんなものかな」
 二人が話していると、ドクトルが戻ってきた。
「一応、私と風間君の経歴もここに」
 それを見ると、二人ともかなりのエリートであることが窺えた。
 風間は天御柱学院創設時に入学した生徒で、首席で卒業。本来ならば蒼空学園設立に合わせてパラミタに渡るはずだったが、日本政府からの誘いで、政府内におけるパラミタ政策専門の部署の設立メンバーに抜擢。その後、極東新大陸研究所と天御柱学院の提携に伴い、強化人間研究担当官として学院へ。その後、強化人間の増加に伴い強化人間管理課を正式に立ち上げ、課長としての任に就き今に至る。
「強化人間は非常に精神的に不安定で、暴走することもある。だけど、そのリスクが大きくなれば彼らは上層部によって『処分』されかねない。フォローするわけではないが、風間君が有用性を証明するといってはばからない理由はそこにあるんだよ。彼が他の上層部の人間を抑えているからこそ、強化人間が生き続けていられる」
 だからと言って、彼の行っていることを認めるわけではない、とドクトルは続けた。
「記憶消去は、一時的には有効かもしれない。でも、自分の記憶がない、というのはそれだけでかなりの不安感を伴う。それを人格矯正で無理に拭い去るのは、危険だよ。風間君は、ただ安定させることだけを考えるあまり、個人を疎かにし過ぎている。だけど、一研究者である私に、学院上層部の彼を止める権利はない」
 それでも方法はあると言う。
「いち早く、精神の安定化と脳への負担を軽減する方法を確立し、彼らが普通の人と変わらぬ生活を送れるようにする。それが出来れば、風間君を止めることが出来るかもしれない」
 そのためにも、ドクトルはここで研究をしているのだ。
「ご迷惑でなければ、研究のお手伝いをしたいのですが……」
 佑一が申し出る。
「ボクにも何かお手伝いできること、ありますか?」
 ミシェルもだ。
 風間による強化人間の扱いを変えるためにも、二人は自分に出来ることをしたいと考えたのだ。
「手伝ってくれるというのなら、協力してもらいたいよ。私は大佐ほど出来た人間ではないからね」
 ホワイトスノーとは異なり、ドクトルはすんなりと受け入れた。
「そういえば、精神負担を軽減ということで――携帯型のセルフモニタリング装置なんて作れませんか?」
「それは難しいかな。自分の精神状態が分かっても、それを調整するにはベースが安定していなければいけないからね。強化人間の不安定性は、根底の部分にあるものだから、そこをどうにかしないと始まらないよ。彼らは一般の人がストレスを感じて、感情が安定しなくなるのとは違うから」
 そもそも、自分の精神状態を調整するのは、普通の人間にも簡単に出来るものではない。
「申し訳ないけど、少しだけ席を離れていいかな?」
「いえいえ、こちらこそずっと話しっぱなしですいません」
「資料は適当に見て回ってて構わないよ。見られて困るものはこの部屋には置いてないからね」
 そう言って、一旦ドクトルは部屋を出た。