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リアクション
★ ★ ★
「うちで始まった事件とはいえ、えらいことに発展してやがるぜ」
空京大学のシステムダウンから、大学内を調べていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、苦々しげに言った。
どこからどこへウイルスが侵入したのかはまだ確定できていないが、現在、外部との接続はすべて遮断され、すべてのシステムをスキャン中だ。
未知のウイルスなので、はたしてスキャンに引っかかるかは不明だが、そのへんは詳しい者がやっているので問題ないだろう。だが、異なるOSのマシンでも同様のネットワーク障害が出ていることから考えると、コンピュータ本体にウイルスがいない可能性がある。もっと単純に、無線基地にジャマーを持ったメカ小ババ様が張りついているとか、あるいは逆に、極端に巧妙な場合は、設定保持用のスタスティックRAMやアクセスキャッシュなどに隠れている可能性もある。
「いずれにしろ、敵が携帯の周波数帯を使っているのは分かっているんだ。探知するのは難しくはない」
機材置き場をひっくり返しながら、ラルク・クローディスは極超短波帯のセンサーを見つけだした。さすがは、大学の研究施設だ、ほしい物が明確であれば特殊な物も意外と出てくる。それに、この程度のセンサーであれば、持ち出しもチェック表に記入すれば自由だ。
これが、一般に出回っている盗聴器発見用のセンサーなどでは、周波数帯がまったく違うので役にたたない。おそらく、敵はそのへんも考えに入れて、もっとも雑多に電波が飛び交う携帯の周波数帯を使ったのだろう。これなら、どれがメカ小ババ様のコントロール電波かを、通常の携帯の電波と区別するのは大変だ。だが、今現在は、敵は自ら墓穴を掘ったとも言える。携帯が使用不可能となっている現在、携帯用周波数帯での電波の使用は極端に減っている。現在、主にその周波数帯を使っているのは、メカ小ババ様だけのはずだ。
「むっ、やはり、携帯が使えない状態では、感度センサーは役にたちませんか」
大学内がシステムダウンしている以上、まだ内部にメカ小ババ様がいるのではないかと調査していた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が、参ったなという顔で言った。これでは、手探りで捜索するしかない。
「赤外線通信も、今のところは発見できませんわ」
ノクトビジョンをサーマルビジョンとして使用しているリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、周囲を警戒しながら言った。
そんな二人にばったりと出会ったラルク・クローディスが、すぐに彼らの意図を理解する。
「ありがたい。決め手がなくて困っていたんです」
ラルク・クローディスの持ってきたセンサーを分けてもらい、戦部小次郎が礼を言った。
「これで、確実に見つけだすことができます。うまくすれば、捕獲するなり追跡するなりして、敵の本拠地を見つけだせるかもしれません」
「よし、市内にいるらしい敵と、その本拠地の方は俺がやる。学内のメカ小ババ様は任せたぜ」
「分かりました」
敵拠点が分からず、敵が広範囲に分散している以上、現在は手分けして各個撃破するしかない。ラルク・クローディスたちは、役割分担することにした。
★ ★ ★
「うあああああ、まずい、まずいのだよ。リリが、空京に引導を渡してしまったのだあ!」
頭をかかえながら、リリ・スノーウォーカーは闇雲に空京大学内を激走していた。
反射的に大久保泰輔たちの前から逃げだしたまではよかったが、その後のビジョンがまったくない。
「このへんで強い妨害電波の反応が……」
探知機を使って捜査中の戦部小次郎とリース・バーロットが、リリ・スノーウォーカーの進む方からやってきた。
「ま、まずいのだよ!」
パニック中のリリ・スノーウォーカーが、自分を探していると勝手に勘違いして、すぐそばの部屋に逃げ込んだ。
なんだか、電子機器のある機械室のようであるが、何の部屋なのだろう。
「ここですね」
あろうことか、戦部小次郎たちが、リリ・スノーウォーカーの隠れた部屋へと入ってきた。
「リリは、別に何も……」
思わず起立して勝手に戦部小次郎たちに言い訳を始めようとしたリリ・スノーウォーカーの視界に、何やら見慣れた小物体の姿が映った。メカ小ババ様だ。
「こんな所にいたのか!」
奇しくも、一同の口から同じ台詞がもれる。
「おまんら〜、許さんぜよっ!」
発作的に、リリ・スノーウォーカーが、サンダーブラストを最大出力でぶちかまそうとした。
「リース!」
事態の危険性に逸早く気づいた戦部小次郎が叫んだ。
リース・バーロットが、サイコキネシスでメカ小ババ様を廊下へ弾き飛ばす。メカ小ババ様その物から発生させようとしていたリリ・スノーウォーカーのサンダーブラストが、廊下に出たメカ小ババ様を閃光につつんで破壊した。
「何してるんです。施設を壊すつもりですか」
戦部小次郎が、リリ・スノーウォーカーを叱責した。
「いや、そのう……、やってもうた?」
少し落ち着いたリリ・スノーウォーカーが、つぶやくように言う。
「ここは携帯用のアンテナ基地局みたいですね。さっきの電撃で大丈夫だったのかな?」
「調べてみます」
戦部小次郎に言われて、リース・バーロットが機器を調べた。
「異常はないようですが、念のために初期化しておきます」
どのみち、現在通信は使い物にならないのだ。リース・バーロットが、ためらうことなく関連機器を初期化した。以前携帯電話用のアプリを組んだほどである。このタイプの中継基地の機器も、仕様を把握している程度には博識だ。
「再起動させました」
完全初期化を終えたリース・バーロットが言った。勝手に再設定したので、後で大学の事務局に報告しないとまずいだろう。
「直ったのであるのか?」
なんとなく、リリ・スノーウォーカーが携帯電話を出して言った。
アンテナが立つ。
「直った!?」
一同が顔を見合わす。だが、すぐにまたアンテナが消えた。
「どういうことであるのだ?」
訳が分からないと、リリ・スノーウォーカーが溜め息をついた。
「分かるか?」
戦部小次郎が、リース・バーロットに訊ねる。
「可能性ですが、コンピュータに感染したトロイの木馬が、まず発症して感染を広げ、時間差でルーターの通信プロトコルを変更した後に自身を消去して痕跡を消したのではないかと考えられます」
それであれば、いくらパソコンを調べても発見しにくいはずだ。たとえパソコンを初期化しても、回復はしない。さらに、メカ小ババ様による電波妨害によって確実に移動体通信を殺すと共に、そちらへ注目させることによって書き換えに気づかせないようにしているのではないだろうか。
「手がかりがあれば、対処はできますね。すぐに広めて、対策を練りましょう」
戦部小次郎が、部屋を飛び出していく。
「これは……、もしかして、リリのおかげ? いや、ははははは、さすがリリなのだ。まさに、これはやったなのだよ」
一気に立ちなおったリリ・スノーウォーカーは、高らかに自画自賛した。
★ ★ ★
「チャンスだね」
空京警察のデータベース近くで、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)がほくそ笑んだ。
何やら、浮遊島が近づいてきているという噂もあるが、そんなことよりも現在の混乱の方が重要だ。この機に乗じて、鏖殺寺院を含む反体制勢力のデータを抹消することができれば、彼らと接触するときの大きな手土産となる。
「ゴースト・イチロー、ジロー。中に入って、カギを開けてきてくれ」
人が出払っているのを確認して、裏口から入ろうとした甲賀三郎であったのだが。
「オカエリヤガレ、ゴシュジンサマ!」
突然、閃光が走ったかと思うと、ペットのゴーストが吹っ飛ばされた。
「なんだ、見つかったのか!?」
身構える甲賀三郎の前に、数体のメイドロボとメカ小ババ様が現れた。
「何だ、こいつらは。行け、ゾンビ・ポチ!」
ペットのゾンビをけしかけるも、メイドロボのミサイルを受けてあっけなく粉砕されてしまった。
「段取りがめちゃくちゃだが、しかたない」
甲賀三郎が、左胸に手をあてた。そこに刻まれた刻印から黒い炎が浮かびあがり、右の掌に燃え移った。
「召! メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)!」
突き出した右手の炎が眼前の空間に燃え移るように広がり、収束して人の姿になった。
新たな者の登場に、メイドロボがギラリとその目をむける。
メフィス・デーヴィーが持っていた一升瓶を投げつけるのと、メイドロボのビームが日本酒に命中して爆発するのは同時であった。大きな音と共に、周囲に酒の臭いが立ち込める。
「せっかくの酒が……。なんということをするのでございますか!」
とんでもないときに召喚してくれたものだと、メフィス・デーヴィーが甲賀三郎に文句を言う。
「なんで、お酒なんて飲んでいたのです!?」
「その、出番が遅いので待ちくたびれていたのでございます。もっと、さっさとお呼びいただいていれば。でも、人を盾になさるのは、いかがなものかと……」
「文句を言っている暇はないですよ」
甲賀三郎が、ファイアストームを放った。逃げ遅れたメカ小ババ様が爆発する。
「これでは、作戦になりません。特定情報を消去したマスターデータをスレイブに同期させて情報操作をしようというのに、データバンクを破壊してしまっては意味がございません」
「そうですね。ここは撤退すべきですか」
「そうでございますね。では、お先に失礼させていただきます」
撤収が決定すると、メフィス・デーヴィーはさっさと姿を消してしまった。
「おい、おいていくな!」
もう一度ファイアストームを放つと、甲賀三郎は光学迷彩で姿を消した。
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