|
|
リアクション
・失われた時間
「こちらです」
プラント常駐者のベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の案内で、祠堂 朱音(しどう・あかね)はイコン製造プラントの制御室へと足を踏み入れた。
「お邪魔しますー」
前に海京分所を訪れた際、帰り際に博士達から紹介状をもらえるように、シャルル・メモワール(しゃるる・めもわーる)が頼み込んでいた。
その甲斐もあって、こうやってナイチンゲールと直接顔を会わせることが出来たのだ。
『お久しぶりです』
「ボクのこと、覚えてるの?」
『一度データとして登録されれば、消去されない限りは残り続けます』
侍女服姿の女性は、相変わらず淡々と機械的に話してきた。
(ボクは知りたい、イコンとは何なのかを。だから、こうやってやって来た)
今までは漠然とした思いだった。
知ってその上でどうしたいのか。
天学にいれば、設計図のようなものは入手しようと思えば出来るかもしれない。
だが、それだけでは駄目だ。
自分のイコンを造れるようになりたい。そのためには、ただ造り方が分かるだけでは駄目だ。
だからこそ、その奥にあるイコンの歴史を知る必要がある。
『ご用件をお伺い致します』
「……答えて欲しい。イコンとは何なのかを」
そして、自分に伝えて欲しいと。
『アクセス権限を持たない方に、説明することは出来ません。ですが』
ナイチンゲールが続ける。
『もし、過去を読み取る力をお持ちならば、「視る」ことは可能かもしれません』
このプラントの歴史を。
「覚悟は出来てる」
手を制御室のパネルにかざそうとする。
「朱音」
須藤 香住(すどう・かすみ)が静かに朱音を見る。
「ワタシは……朱音と繋がっている。でも、ワタシの心はただの人と一緒……いいえ、もしかするとただの人より弱いかもしれない」
出来るかは分からないが、自分をバイパスにしてシャルルと繋ぐことにより、朱音の精神への負荷を減らそうとしているらしい。
「ワタシは怖い……知ることが」
だが、朱音は恐れない。
そんな彼女を心配してか、香住は朱音に寄り添った。
「俺は朱音の中に何かを見た。だから、朱音、お前の身体は俺が守ろう」
彼女を支えられるよう、ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)も傍に寄る。
「さあ、朱音。お前がもし情報を受け入れるというなら、僕はそれを支えよう。僕はお前と同じものを見て育つために今ここにいる。だからお前が見てしまっても覚えていたくないものがあったとしたら、それは僕が受け入れる。だから、見ることを、知ることを恐れることはない」
パートナー達に支えられ、朱音はサイコメトリで過去へと飛び立った。
「――ここは?」
朱音は一万年前のプラントらしき場所に立っていた。
正確には、そういう感覚になっているだけだ。あくまでサイコメトリで情報を読み取ってる最中に過ぎない。
「なぜ力を抑制した? 今すぐ元に戻せ」
「嫌よ。この子達を『兵器』として使うなんて、私が認めない!」
一人の女性が、男と向かい合っている。
「そんなのはあの子が――セラが望んでない!」
『――Fixation!』
「ち……管理システムか」
男に対し、敵意の眼差しを向けるナイチンゲールの姿が、そこにはあった。
ニュクスの方ではなくプラントのオリジナルのようだが、感情がある。
『マスター、今のうちに。早く!』
「待って、今のあなたがそんなことしたら……」
『大丈夫。あの人は、ここに来ます』
景色が切り替わる。
「やめろ!」
「まったく、手間を掛けさせてくれる。これらを使えば、『王国』など一瞬で消し去れるというのに」
さっきの女性は捕まり、彼女を人質に取っている男と、一人の青年が向かい合っている。青年は満身創痍だった。
「裏切り者――罪人には、死をもって償ってもらうしかないな」
次の瞬間、女性の身体から鮮血が飛び散った。
「――――!!」
青年が、彼女の名前を叫ぶが、それは聞き取れない。
男は、ゴミを捨てるかのように、彼女の身体を放り投げた。
「私のことはいいから……あなたは……生きて……」
場面が変わる。
「これで……いい。悪いな、ナイチンゲール」
青年はナイチンゲールにプロテクトを施し、二機のイコン――白金と白銀の元へと向かう。
「仕上げた、ジズ、ニュクス。
いつか、こんな世界を変える日が来る。それまで――」
段々切り替わりが早くなっていく。
朱音の頭が耐え切れなくなっているのだ。
「死にたい? なら生かしてやる。ちょうど不死の試薬が出来たところだ。そのまま世界が終わるまで生き続けろ。それがお前への罰だ」
「邪魔者は消えた。代理の聖像は、新たな力として名を轟かせる。我々真の『調律者』の手によって」
そこからさらに時間を逆行していく。
ナイチンゲール、最初に死んだ女性、彼女を助けようとした青年。
イコンを造ろうと奮闘している姿。
そして最後に見たのは、
――ねえ、みんなで一緒に空を飛べたらいいのにね
六枚の翼を持った、ナイチンゲールによく似た少女の姿だった。
「朱音、しっかりしろ!」
ジュラールの声で、朱音は現実に戻ってきた。
断片的にしか読み取れなかったが、彼女はイコンの歴史を垣間見た。
「あんなのって……ないよ」
始まりは一人の少女の言葉。
なのに、最後は「兵器」として使われそうになり、それに最後まで抵抗した二人は無残な最期を遂げた。
『あなたが何を見たのか、それは分かりませんが……それは実際に起こった出来事です』
ナイチンゲールが無感情に、そう告げた。
あの悲劇が、今に通じる歴史の始まり――失われたイコンの真実だ。