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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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第十三章 〜思惑〜


「猊下」
 教皇庁にて、マヌエル枢機卿は秘書であるアスタローシェから、ある報告を受けていた。
「EMUで、イコンに関する動きがあるようです。ミスティルテイン騎士団から、技術を手に入れるためパラミタにある閉ざされた国、ポータラカに人材が派遣されていると」
「そう気にするものでもない。EMUが我々の敵というわけではないのだから」
 とはいえ、あまり魔術師達が力をつけるのは、教会にとっては好ましくない。たださえ、欧州全体の主導権はEMUに握られているのだから。
「それに、向こうはクロウリー卿に任せておけばいい。目には目を、魔術師には魔術師を、だ」


・枢機卿


「F.R.A.G.は欧州を中心に活動している。ならば評議会も海外にあるんじゃないかな?」
 霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)は柄にもなく確証の薄い推測を元に、行動を開始した。
 それを常磐城 静留(ときわぎ・しずる)に伝えた後、
「一緒に欧州旅行しよう」
 と誘い、ヨーロッパ行きの飛行機のチケットを取ることになった。
「じゃあ、準備をしないとね」
 学院には当然申請を行う。この時期、授業はほとんどないが訓練はあるため、休むときはちゃんと連絡を行う必要がある。
 海京にいるだけでは真実は掴めない。こういうときは思い切りも肝心である。モロゾフ中尉から「評議会は地球規模の存在かもしれない」と言われたことを思い出し、最近になって台頭したF.R.A.G.のことが気になったのだ。
 無論、その組織が直接評議会には繋がるものではない。ただ、反シャンバラの代表格のようになっていることもあり、手掛かりくらいはあるだろうとナギサは考えていた。
 海京北地区にある空港。
 それほど規模が大きいわけではないが、本数が少ないながらも国際線も運行されている。
(ん、あの人は……)
 静留がチケットを受け取りに行っている間に、空港内で二人組の女性の姿を見つける。ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だ。つい彼女達、特に二人の胸が気になり、フラフラと接近して声を掛ける。
「どちらまで旅行されるんですか?」
 突然小学生くらいの少年に尋ねられ、一瞬困惑したような表情を浮かべるも、
「ヨーロッパよ」
 と普通に返してきた。
「もしかしたら目的地も同じだったりしてね」
「私達はイタリアよ」
 話していると、ちょうど静留が戻ってきた。
 チケットを受け取り、飛行機へと乗り込む一行。ルートは同じのようだ。

* * *


「宇都宮様、猊下がお待ちです」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、前と同じようにフォーマルな格好でヴァチカンを訪れた。丸腰なのも同様だ。
「こんにちは。好みに合うかは分かりませんが、こちらをどうぞ」
「遠路はるばる来てもらったのにすまないね。ありがたく頂戴しよう」
 枢機卿にティセラブレンドティーをお土産として渡す。
「さ、楽にしたまえ」
 前よりも、互いにリラックスして会談に臨む。
「この前に話したとき、猊下がご友人とどんな意見を交わしたのか気になりました」
「パラミタのこと、かね?」
「ええ。パラミタは知れば知るほど興味、関心が尽きない場所です。史学の徒としては、地球各地の文化や神話と似た存在がパラミタに在る点が特に興味深いですね」
「五千年前にも繋がっていたというのなら、一部の神話は当時のパラミタが元になっているのかもしれないよ」
 その当時のパラミタが、「神話」という形で地球に伝わっていても、何ら不思議ではないという。
「一方、聖書にまつわる話は地球独自のようです」
「全ての文化がパラミタ由来、というわけではないはずだ。逆に、もしかしたら地球からパラミタにもたらされた文化もあるのかもしれない」
 聖書神話は地球独自のもの、というよりそれが地球とパラミタでにおける「神」の捉え方の根本的な違いを生み出したようにも思える。
「気になるのは、パラミタから地球へ渡る者はいるのに、パラミタが地球のものを拒み、契約者でないと入り込ませない理由です」
「それについては、私も不思議に思っている。もしかしたら、今のパラミタ人は五千年前にパラミタに渡った地球人の子孫なのではないかとも考えるようになった。それならば、元がこちらの世界の人間であった名残から、地球では拒絶されなくてもそこまでおかしくはない」
「そうなると、純粋なパラミタ人はもういないってことになりますね」
 おそらく、それはないだろうと祥子は思う。
 五千年以上前から姿を変えずに生きているパラミタ人はいる。マヌエルの推測は、残念ながら外れている。
「猊下のご友人方の主張は、一方でパラミタのものを無条件で受け入れる地球の姿とも言え、一方で地球のものを拒絶するパラミタの姿とも言えます」
 二つの世界の融合は地球寄りで、切り離すのはパラミタ寄り、そういう印象を祥子は持っていた。
「もしよろしければ、『今のシャンバラだけが繋がった世界が問題ならどうすればいいのか』という議題で意見をかわしたという、友人達に私を紹介してもらえませんか?」
 パラミタ……シャンバラが出現しなければ、枢機卿と出会うことはおそらくなかっただろう。これが神の導きか、元々の運命なのかは分からないが、そこから連なる縁があるのなら、それを大切にしたい。
「皆多忙な身でね。なかなか全員を集めるのは難しいが……彼女となら会わせられるだろう」
「彼女?」
「今、F.R.A.G.は聖カテリーナアカデミーと提携している。そこの校長を務めている女性だ。だが、会うならば気をつけた方がいい」
 マヌエルの友人であるのは確かなようだが、なかなかの曲者らしい。
「彼女はゲーム好きだ。妙な賭けごとに付き合わされるかもしれない。それでも会いたいというなら、聖カテリーナアカデミーを訪れるといい。紹介状なら用意しよう」
 枢機卿が紹介してくれるとのことだった。
「ありがとうございます。
 それと、最近になってシャンバラでは陰謀論や都市伝説でしかなかった名前の組織が実在視され始めています」
「……十人評議会か」
「ご存知ですか?」
「噂には聞いたことがある」
 枢機卿の耳にも入っているということは、おそらく地球でもかなり有名なのだろう。
「私には、それが何を目指しているかは分かりません。しかし、正義の対極にあるのは別の正義。機会があればそれを知りたいものです。
 ――私達は、話し合うことが出来るのですから」
「ただ、疑問がある。果たしてそんなにもごく少数の人間が、世界を裏から操れるのかと」
「と、申しますと?」
 マヌエルの意見を聞く。
「十人評議会が反シャンバラ思想の元凶だとはよく言われている。だが、そもそも私にしても、F.R.A.G.にしてもそうだが、少なくとも今のシャンバラに疑問を感じていなければ、どれだけそういった運動があろうと耳を傾けることはないだろう。
 十人評議会がではなく、大衆のそういったシャンバラに対する疑問の声が、十人評議会を生み出したのではないかと。実在はしないが、一つの象徴として語られる。歴史において『英雄』が生み出されるのと似たような原理だ」
 歴史を動かすのは、一人の人間ではなく、常に大勢の人であった。だがそれを劇的に語り継ぐために、一人の人間を英雄として祀り上げ、象徴とする。
 評議会も、反シャンバラの代表として実在するかは別として語られている、あるいは騙られているだけなのかもしれない。

* * *


 イタリア。
 ローザマリアは行き先が一緒だった天御柱学院のナギサ達と車でイタリア半島を南下していた。
 空港で降りた後、再びナギサ達と会ったところ、彼らは十人評議会の手掛かりを探るため、F.R.A.G.を調べたいとのことだった。
 自分達も目的はF.R.A.G.――その養成校とされている聖カテリーナアカデミーの見学であり、所在地は共に同じ島であるため、一緒に向かうこととなった。
 テレパシーでマヌエル枢機卿に口利きを頼んだところ、
(単に見学するだけなら、彼女は拒まないだろう)
 とのことだった。
 そして、フィレンツェのホテルで一泊することにする。
(ごきげんよう、枢機卿。お約束通り、イタリアへ来てみたわ今はフィレンツェよ)
 チェックイン後、宿泊室からテレパシーを送る。
(ようこそ、イタリアへ。私は今日、友人と話をしたところだ)
 軽く挨拶を済ませ、本題に入る。
(今日、北部独立を唱える極右政党の分離主義者に会ってきたの。多角的な観点から物ごとを見るという意味で彼らの主張を聞いてみようと思って、ね)
(何か収穫はあったかい?)
 マヌエルやF.R.A.G.についてもさりげなく質問したが、そこまで悪い印象は抱いていないようだった。とはいえ、枢機卿は腹の底が読めない男だ危険視されているようだったが。
(確かに、この国は南北で経済格差が著しく、対立の要因になっているわ。そして貧困は、容易にテロリストを生む温床となる。ただ、歴史では往々にして大義を掲げて逆にそれらを潰そうとする白色テロに代表される強大なテロリストが生まれることがある)
(つまり、F.R.A.G.はそのようなテロリストになりかねないと?)
(そういうことよ。そして私が感じたのは、私が会った極右政治家の政治的主張と同様、シャンバラを含めた意見を異にする者の主張を、貴方は真理の一言で片付けてしまってはいないかという懸念よ。相容れない、そうかもしれない。ならば……卿、貴方にとっての終焉は奈辺にあるというの?)
(私は真理の一言で片付けてなどいない。演説は、公式のものとして閲覧出来る。私が本当に伝えようとしていることを、今一度考えてみてくれ)
 そうとだけ枢機卿は言い残した。
「ライザ、どうしたの?」
 どこか様子がおかしいライザに問いかける。
 彼女は、どこかよそよそしい口振りで返してきた。
「ローザよ、思い違いをしてもらっては困るな。妾はInquisiterなのだ。かつてのKing of Englandたるエリザベス1世としてではなく、一人のイングランド人としてヴァチカンを断罪し刃を振るう、カトリックを浄化する為の存在、それが今世の妾にほかならぬ」
 そこにあるのは、強い憎悪だった。
「あのマヌエルは、妾を破門したピウス5世と同じ匂いがする」