リアクション
遺跡のイコン 「すでに周辺を複数のイコンが動き回ったから、単独の痕跡を識別することは不可能か。だが……」 地面に残されたイコンの足跡や痕跡を丹念に調べていた瓜生 コウ(うりゅう・こう)が、遺跡の一面に注視して足を止めた。 他の場所のように多数のイコンがいた痕跡があるが、それらが通りすぎたという痕跡がない。この場所から一斉に飛びたったと言うよりは、遺跡の中に吸い込まれていったかのようだ。 「接近して調べるか……。いや、一人では危険だな」 愛機ドンナーシュラークは、メンテナンスのためにベースに残してきてある。ここで敵対するイコンと遭遇すれば対する方法がない。 慎重を期すると、瓜生コウは自然を装ってその場の近くを通りすぎていった。 「行ったか?」 遺跡内の格納庫から外の様子をうかがっていたラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)が、瓜生コウが充分に離れるのを確認してつぶやいた。 格納庫の扉部分は、それ自体がモニタディスプレイとなっているのか、あるいはヘッドアップディスプレイとなっていて外の様子が投射されているのか、はっきりとした原理は分からないが透けるようにして外の様子が見られるようになっていた。 「ああ、もう、暴れないの。志方ないですね。大人しくするんです」 志方 綾乃(しかた・あやの)が、たくさんのヘルハウンドの子犬をかかえながら、困ったように言った。その足許にも、たまにうっかり踏まれかけながら、何匹ものヘルハウンドの子犬がじゃれつくように、とこまかとついてきている。 「いーれーてー」 ヘルわんこまみれになりながら、志方綾乃が格納庫の扉の前で叫んだ。 「やれやれ」 ラグナ・レギンレイヴが、内部から扉の開閉スイッチを操作する。 遺跡表面にスッと亀裂が走り、重い音をたてて扉が開いていった。それが開ききるのを待ちきれずに、ヘルわんこたちがわらわらと格納庫の中へ飛び込んでくる。 「ああ、待ちなさい」 志方綾乃が慌てて後を追いかけて扉をくぐろうとしたとき、背後に下りてきた四つの影があった。 「増援としてきた。松平 岩造(まつだいら・がんぞう)だ。要請を聞いてやってきた。俺たちも中に入れてもらおう」 それぞれの乗り物を格納庫に滑り込ませながら、ジェットドラゴンに乗った松平岩造が言った。その後から、小型飛空艇ヴォルケーノに乗った武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)とレッサーワイバーンに乗ったドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)が続き、最後に偵察から戻ってきたカナリアを肩に止まらせた武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)が入った。 「今さら増援など、隊長は何を考えているんだ?」 タイミングを逸しているのか、あるいはそれほどまでに遺跡内探索の人手がほしいのか、今さら戦力を増強しようとする隊長の意図を図りかねながら、ラグナ・レギンレイヴが、再び扉を閉めていった。 扉が閉まりきると、武蔵坊弁慶と武者鎧『鉄の龍神』が扉の左右に立って警戒を始めた。自分たちが来たからには、これ以上の不要な戦力や周囲の不審者は見逃さないという感じだ。 「ほう、そうそうたるものだ」 格納庫に集まった多種多様のイコンを見て、松平岩造が言った。 「おや、あれもイコンなのか?」 壁に埋められているイコンを見つけて、松平岩造がドラニオ・フェイロンと共に近づいていった。 途中では、遺跡内探索に赴かなかった面々が、それぞれの愛機をメンテナンスして次回出撃に備えていた。 「よっしゃー、アルヴィトルの改修、ちゃっちゃとすまそー」 ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)が、シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)に言った。イコンホースを外されたアルヴィトルは、予備のシールドをショルダーシールドとして両肩にマウントしている最中であった。 「ミネシアと霊亀がいないので人手は不足していますが、隊長さんがイコン用の作業クレーンとパワーアームを用意してくれていたのでなんとかなりそうですね」 イコンのコックピットの中で、シフ・リンクスクロウが言った。 パワーアームに支えられて持ちあげられたシールドをうまくマウントできるようにと、アルヴィトルの方の姿勢を合わせて調整する。 オベリスク戦闘後のメンテナンスと補給のために用意されていたものだが、これがなければイコンベース以外での補修や換装は困難を極めただろう。 「おーらいー。ハードポイントの位置合わせたら、シールドをジョイントに押し込むからね、動かないでよね」 パワーアームのコントロールをしながら、ココナ・ココナッツがシフ・リンクスクロウに告げた。 他方では、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が荒人の整備をしていた。 馬型のイコンホース黒帝を駆る騎馬武者という姿の荒人ではあるが、今のところ戦闘らしいことはしていない。いまだ、威風堂々と格納庫の中に静かにたたずんでいるというところだ。だが、その周囲は静かとは言いがたかったかもしれない。 「きゃんきゃんきゃん」 なんだか見慣れない場所に来られて楽しいとばかりに、志方綾乃のヘルわんこたちが格納庫内を駆け回って遊んでいた。 「ちょっと……。火を噴いたり、おしっこしたり、こっちに来るではない」 しっしっとヘルわんこたちを追いやろうとしたエクス・シュペルティアであったが、逆に遊んでくれるのかとヘルわんこたちを呼び集める結果になってしまった。 「もうっ!」 業を煮やしたエクス・シュペルティアが、召喚獣たちを顕現させた。サンダーバードとウェンディゴと大蜘蛛がヘルわんこたちの前に立ちはだかり、ボーボーパチパチヒューヒューシューシューと睨み合いを始めた。 ★ ★ ★ 「また、敵が近づいてきたわよ!」 立てた耳をピコンとふるわせて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が叫んだ。サテライトセル特有の微かな高周波音が遺跡内の壁に反響して聞こえてくる。超感覚を駆使してこそ聞こえるほどのわずかな音であるが、リカイン・フェルマータの耳は確実にその音を拾っていた。 「排除しろ」 隊長が命じた。 通路の内壁に映る影を先行させながら、数体のサテライトセルが宙に浮かびながら通路の中央部を進んできた。ポンチョを羽織ったかのような、丸い頭の二頭身に近い小型の機晶姫だ。自分よりも大きなランスを持って、一直線にこちらへと突っ込んでくる。 「撃墜ポイントは、ギャラに反映させてよ」 しっかりとアピールしながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が梟雄剣ヴァルザドーンを一閃させた。黒い大剣の軌跡そのままにレーザーがサテライトセルを薙ぎ払う。直撃を受けて分断されたサテライトセルが、霧となって消えていった。レーザーは内壁にも一文字に焼け跡を残すかと思われたが、まるで拡散するかのように壁に不思議な幾何学模様を描いて消えてしまった。 「威力が落ちているのかしら……」 それとも何か魔法防御でも施されているのかと、宇都宮祥子がちょっと訝しんだ。 「まだ来るわよ」 「分かっていますわ」 リカイン・フェルマータに言われるまでもなく、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)が矢を放ってサテライトセルを射落とした。 イオテス・サイフォードの攻撃をかいくぐって迫ろうとするサテライトセルは、御凪 真人(みなぎ・まこと)がサンダーブラストで一掃した。 「なんだ、今の壁の輝きは。まるでエネルギーが吸収されて何かの回路を伝わっていったようにも見えるが……」 魔法攻撃のあたった壁を調べながら、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が言った。 「調べてみます」 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が、両手を壁にあててサイコメトリを開始した。 「壁? コンコン……、ああ、ここ隠し扉では?」 リカイン・フェルマータが叩いて調べていた壁の前に立つと、自動ドアのように扉が開いて通路が現れた。 「隠されてもいなかったよね。イオテス、行くわよ。どんどん撃墜数を稼ぐわよ」 宇都宮祥子が、イオテス・サイフォードと共に、勇んで扉の向こうに入っていった。 「各自、手分けして目標を探せ。この程度の敵、ぞろぞろと群れる必要はあるまい」 傭兵たちを小隊にわけて、隊長は探索を進めさせた。 「それにしても、内部でこれだけ抵抗をしてくるんでしたら、なんで格納庫のイコンを使ってこなかったのでしょうか」 隊長と同じ方向に向かってゆっくりと進みながら、御凪真人が言った。格納庫のイコンが攻撃してきたとしたら、遺跡に入る前にパラスアテナをもう一活躍させる機会ができたかもしれないが、実際には格納庫にあったイコンはぴくりとも動かないままだった。 「さあ、あのちっちゃいのがイコンに乗り込んで操縦するはずだったのに、私たちが手早く入ってきたのでその暇がなかったとか」 「それはそれで、お些末じゃないですか」 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の言葉に、それは自分たちにとって都合がよすぎると御凪真人が答えた。 「でも、イコンはパイロットが必要だよね」 いったいどうなってるんだろうと、セルファ・オルドリンが考え込んだ。 「壁が、もの凄く光っています……」 傭兵たちが先に進んでしまった後で、じっとサイコメトリを続けていたヴェルリア・アルカトルが柊真司に告げた。 「うーん、誰か走ってきます。鎧を着た人が三人……四人……。床がゆれていて……、ああっ……」 突然ふわりと平衡をなくして倒れかけたヴェルリア・アルカトルを、柊真司がしっかりと支えた。 「物の記憶では、俯瞰を見ることは難しいか」 サイコメトリで、物の記憶が分かるとはいっても、それはその物の周囲で起こったことである。都合よく、そのときの全容が映画のようにはっきりと見てとれるわけではない。 「きっと、外ではイコン戦が行われていたんだろうな。で、問題のイコンは撃ち落とされたか捕まったか。だとしたら、その上にこの遺跡が建てられたということかな。それとも、イコンの基地だったのか。いずれにしろ、コントロールルームのデータバンクのような物をあたるしかないな」 ヴェルリア・アルカトルをうながすと、柊真司は再び進み始めた。 |
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