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リアクション
【14】
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の記憶は少し戻った。
戻った記憶にはメルキオールの姿があった。途切れ途切れの記憶の中で、彼はきっと自分にこの世界の未来を託したのだと、シリウスは思った。
「コルテロのおっさ……聖コルテロ! 少しでいい。オレの話を……懺悔を聞いてくれないか? あんたくらいしか頼れそうにないんだ」
「懺悔だと……?」
記憶喪失で気が付いたらここにいた事。どうも自分は別世界の人間で、メルキオールに世界滅亡の危機を救ってくれと送り込まれたらしい事。危機の原因は司教が作った”何か”のようだが、この世界の司教は自分を敵視してる事。
それらを包み隠さず話すと、コルテロは腕組みをして唸った。
「俺も中二の頃はそんな妄想に取り憑かれていたものだ」
「いや、妄想じゃないんだよ!」
妄想とは思えない焦燥感があった。
「オレの世界の司教はきっと超国家神様なら……ってオレを送り込んだんだと思うんだ。だから、なんとか超国家神に会えないか!? オレはこの事を伝えなきゃいけないんだ!」
「そう言われてもだな……」
その時、二人の話に聞き耳を立てていた玉藻 前(たまもの・まえ)は、そう言えば……と思い出した。
テレパシーで情報を交換してるブルーズ・アッシュワースに、広場で彼が夢の中で超国家神に会ってるという話をしたところ、黒崎天音がその話に興味を示していたことを。
「夢の中に現れる超国家神様にお伺いをたててみてはどうだ?」
「む? 何の話だ?」
「前に話していたではないか、毎晩夢の中で会うと」
「……夢だぞ?」
「なんだお前クラスになると、超国家神様が夢枕に立つのかと思ったぞ」
「なんだと?」
コルテロの眼光が鋭さを増す。
「だとすると、昨夜は超国家神様が”ねぇコル君、キスして……”と迫ってきたが、つまりそれは超国家神様のご意志だと……」
「それは完全にただの夢だな」
それからコルテロはシリウスに言った。
「大体、会えるものなら俺が会いたいのだ。君は頼む相手を間違えている」
そう言ってメルキオールに目をやると、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、彼に話しかけているのが見えた。
二人は記憶障害の影響で以前のことを忘れ、完全に「超国家神様最高!」状態になってしまった。
「超国家神様に祈芸を捧げさせてください!」
「どうかお願いします!」
即席の信仰心とは言え、熱烈な信者になったからにはホログラフィではなく本人に直接祈芸を捧げたい。
「……祈芸の素晴らしさは先ほど拝見させて頂きマシタケド……」
「せっかくだから、メルキオール様も私の祈芸を見てって」
美羽は、両手に持った6色6本のサイリウムを生き物のように操った。放り投げたサイリウムはまるで鳥のように、美羽のまわりをぐるぐると飛び回った。
「……これは教会剣術の秘技”剣の黄金律”と”幸福の黄金鳥”ではありマセンカ。何故、教会に伝わる秘伝の技をアナタが?」
「ある日、夢の中に超国家神様が現れて、教えてくれたんだよ」
彼女はそう思い込んでいるが、実際は違う。以前メルキオールと戦った時、彼がこの奥義を使っているのを見て覚えたのだ。
「それはまことデスカ。そのような奇跡を超国家神様が……」
そこにシリウスが来た。
「司教、オレの話を聞いてくれ! 実はオレ、別の世界から……うわっ!」
「司教! 俺も超国家神様に会わせてくれ!」
シリウスを遮って、コルテロが叫んだ。
「俺の夢にも超国家神様は現れた。俺にだって奇跡は起こってるんだ!」
毎晩見れるのはある意味奇跡かもしれない。
「ほんの少しの時間でいいんです。どうにかお時間を頂けないでしょうか」
コハクがお願いするのに続き、美羽とシリウスとコルテロも頭を下げる。
その熱心な姿に、同じアツイ魂を持つメルキオールは動かされた。
「……わかりマシタ。実はこの祝祭の最終日に、超国家神サマが視察に見えマス。式典を行う前でしたら謁見の時間を少し作れるかもしれマセン」
「あ……ありがとうございます!」
「あれが司教のメルキオール様か」
記憶を失った樹月 刀真(きづき・とうま)は、超国家神を心の拠り所に据えつつあった。
以前の記憶で覚えてるのは自分に戦う力があるということだけ。それなら、彼女のために剣を振るいたいと彼は思った。けれど沸き上がる衝動に反して、クルセイダーに入隊する方法はコルテロにもわからないという。
「だが、あの方に認めて頂ければ……」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は銃型HC・弐式(通信装置組み込み済)に、第6地区の地図と施設情報を登録しながら、刀真の様子を目で追っていた。
彼女も彼と同じく記憶はないが、彼が超国家神のために働きたいと言うなら、自分もそうしようと考えていた。
(ただ、私達には何か大切な目的があったような気がするけど……)
刀真はメルキオールに正直に事情を話すことに決めた。
「……俺には記憶がありません。気が付いたら第8地区の中央広場に居ました。そこで、超国家神様のお姿を拝見したんです。
あの方に祈りを捧げたら、記憶の無い事への不安を解消する事ができるだろうか、と。気が付いたら剣を持って待って舞っていました。そうすると、徐々に記憶を無くした事による不安が薄れ、気持ちがとても落ち着いたんです。
俺はあの方に救われました。だから、この剣をあの方に捧げたいのです。あの方の望みを叶える為に、あの方を傷付けようとするものを討ち払うために、俺をクルセイダーへ入れて下さい! お願いします!」
刀真は土下座をした。
「こ、困りマス。頭をお上げクダサイ」
「お願いします!」
戸惑うメルキオールだったが、しばらくしてこんなことを言った。
「……クルセイダーに必要な要素は何だと思いマスカ?」
「……神への愛でしょうか?」
「違いマス」
「……では、何者もを恐れない心ですか?」
それも違うと首を振る。
「必要なのは”信頼”デス。信頼出来ない人を仲間にすることはとても難しいことデス。そして、今さっき出会った人物を信頼することが出来るデショウカ。ワタシには出来マセン。それが今のワタシとアナタの関係デス」
「……どうすれば信頼が得られるのでしょう?」
「言葉は行動が伴って初めて血が通うのデス。アナタが神のために剣を振るいたいと言うのなら、実際に振るうことデス。その覚悟が本物なら、そして成果を出すことが出来たのなら、おのずと信頼は得られるデショウ」
「神のために……」
そこに宇都宮祥子と宇都宮義弘、那須朱美が現れた。
侵入者である彼女達は、聖堂の熱狂を隠れ蓑にしてメルキオールの元に。
「……司教様、お話があります」
祥子は、超国家神やグランツ教に仇なす人間ではないと断った上で、自分の素性とここに来た経緯を明らかにした。海京がガーディアンの脅威によって崩壊の危機に瀕しており、それを阻止するため2023年の海京から来たこと。そしてこの作戦に2023年のメルキオールも関わっていることを伝えた。
彼女はガーディアン・ナンバーゼロを止めるため、メルキオールとそして教団の協力を仰ごうと考えたのだ。
「ガーディアンが超国家神様に仇なす存在だと……?」
「おそらく私と一緒にいた貴方は今より未来の貴方でしょう。その貴方があのガーディアンを指して、超国家神様に仇なす存在、失敗作と言っていました。私達と貴方達の利害は一致するはずです。ここは呉越同舟といきませんか?」
「……おっしゃることは大体理解出来マシタ。この都市に時空転移して侵入した理由も。ただ、ひとつお訊きしたいことがありマス。ガーディアンを止めるために来たなら、何故我々を攻撃したのデスカ?」
広場で乱闘騒ぎ、第7地区に向かった仲間がクルセイダーを襲撃、そして現在も(仲間ではないが)ヌギルが暴れている。
「それは記憶喪失のせいなのよ。ここに来た時に現状を把握出来ていなくて、それでクルセイダーが出てきたものだから、混乱して実力行使に及んでしまった人間が出てきたしまったんだと思う」
朱美はそう説明して謝った。
話をひととおり聞いたメルキオールは苦笑を浮かべた。
「”未来のワタシ”がアナタ達に協力しているというのはおもしろい設定デスガ、ワタシを欺くには真実味に欠けマスネ……それに、実力行使に及んだ事実を”記憶喪失”で誤摩化すのはチョット苦しいデス」
「待って。そう思うのは仕方ないけど全て事実……」
「もうお話の必要はありマセン」
祥子の言葉を遮った。
「作戦が失敗してしまったのはお気の毒デスガ、アナタにはお礼を言わねばなりマセン。アナタが正体を明かしてくださったおかげで、ガーディアン・ナンバーゼロは成功だと確信することが出来マシタから。だって、わざわざ時空を超えてまで止めに来ているのだから、よほどガーディアンは脅威なのデショウネ」
その時、刀真が目の前に現れた。
神のために剣を振るう。己を認めさせる機会は思いのほかすぐ訪れたようだ。「……司教様。ここは俺にお任せください」
「……なっ!」
「その命、我が剣を神に捧げる身の証として貰い受ける……!」
「ちょっと待ちなさい。貴方、こんなところで何を……」
「既に言葉の時間は終わった」
祥子と刀真は顔見知りであるが、記憶を失った彼には何も通じなかった。
刀真は彼女を拘束しようとワイヤークローを放った。
祥子は魔鎧化した朱美を身に纏い、義弘を日本刀(同田貫)型に変形させ、ワイヤークローを断つ。しかし刀真のほうを見ると姿がない。
彼は月夜を抱きかかえて飛んでいた。何も思い出せないがわかることもある。それは彼女が”剣”で自分がその”使い手”であるということ。
「顕現せよ……黒の剣!」
「……ちょっと本気でやるつもり?」
彼のことは知っている。だからこそ本気で来るなら本気で返さなければ。
祥子は阿修羅の如き斬撃を繰り出した。一瞬で六度刃を繰り出す技。刀真は一撃目、二撃目は防ぎきったものの残りを捌ききれなかった。右肩と左脇腹、右頬と左脚、どれも刹那の体捌きでかすめた程度に抑えたが一筋の血が滲む。
「クルセイダーになろうなんて、馬鹿な考えはやめなさい」
「超国家神様は俺の光! 光を曇らせる闇は、俺の剣で全て斬り伏せる!」
「……目を覚まさせてあげるわ」
再び技を繰り出そうと構えたその時、刀真の放った神子の波動に貫かれた。
「しまった……」
「はあああああああああああっ!!」
刀真の一撃が肩を掠める。
「……くっ!」
祥子は素早く刀真を蹴り飛ばし、間合いを広げると氷雪比翼を展開した。このまま刃を交えればどちらも深手を負うことになると判断したのだ。
「次に会う時までに正気を取り戻しておくことね」
祥子は第6地区から飛び去った。
「……待て!」
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