リアクション
序章 叛逆の騎士
ズガアアアァァァァァン!
「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫とともに、天空城の最上階にある王の間の扉がふき飛んだ。
瓦礫を乗り越えて現れたのは一人の男と、それに付き従う四人の騎士。
その足もとにはかつて盟友であったはずの騎士たちが転がっていた。
その姿を捉えた壮年の騎士団長は苦々しく叫んだ。
「ぐっ…………貴様、アダム! 血迷ったか!?」
「…………」
アダムと呼ばれた男は答えなかった。
代わりに、無言の彼の目線に従って、瞬時に騎士団長を囲んだのは四人の騎士だ。
「ぐぉっ!」
四人の騎士に捕らえられた騎士団長に向かって、アダムはゆっくりと近づいた。
「アダム! おのれ、貴様ぁ……!」
「一つ訂正しておこう、団長」
「なに!?」
「私は裏切ったわけでもなければ、血迷ったわけでもない。もとより、これは運命だったのだ。天上人は、クォーリアの騎士は、私の手で粛清されるべきという、運命――」
「運命だとっ!? 貴様、神にでもなったつもり……」
ドスッ……
「がぁ……っ」
団長が言い終えるよりも早く、まるでその言葉に終止符をつけるように、アダムの剣が彼の胸へと突き立った。
真っ赤な血が静かに溢れる。
事切れた団長からアダムが剣を引き抜いたところで、四人の騎士の一人である顔に紋様を抱く黒髪の男が言った。
「これで、終わりましたね。なにもかも」
「――いや、まだだ」
アダムがそう答えたその直後、
「アダムッ!!」
王の間へと飛びこんできた一人の騎士がいた。
「ヘセドか……」
アダムはその騎士を切なげな瞳で見つめた。
彼にも感傷というものがあった。ヘセドというその男は彼にとって騎士団の中で無二の親友であった男である。
その男と彼はいま、対立している。敵同士だ。道を違えた二人はもはや、相容れることはない。
「……っ!」
ヘセドは騎士団長の身体が物言わぬ身になっているのに気づいて、目を見開いた。
それから、激情した気持ちをそのままアダムにぶつけてきた。
「なぜ……! なぜだ、アダムッ!? どうしてこんなことを……ッ!」
「なぜ、だと……ッ!?」
怒りのあまりに目を剥いたのは、アダムのほうだった。
「お前がそれを口にするのか、ヘセド! イブを失ったことを、忘れたわけではあるまい!」
「それは……」
ヘセドは一瞬沈黙した。だがすぐに、毅然とした顔をあげた。
「しかし、あれは事故だった! それはお前も分かっているはずだ!」
「事故っ!? 事故だとっ!? ふざけるな!」
瞬間、
グオォォォォォ!
アダムの放った剣が、ヘセドの頬を切り裂いて後ろの壁に突き立った。
「私はあんなものを事故などとは、認めない! この世界を、私が変えてやる!」
「なにを、馬鹿なことを……!」
「お前にはもはや話すことなど、ない」
アダムはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
すると一瞬にして、四人の騎士がヘセドを包囲した。
「お前たち……!」
機晶石をその身に埋め込まれた騎士たちは、アダムに忠誠を誓っていた。
いくらヘセドが訴えかけるような顔をしても、なにも意味を持たない。
「くっ」
ガッ、とヘセドは四人に捕らえられた。
「…………連れていけ」
「ハッ!」
「待て、アダム! お前は間違ってる! こんなことをしても、なにも変わりはしない! 悲劇は、大きくなるだけだぞ!」
ヘセドは連行される最中も、アダムに叫び続けていた。
「アダム! アダム――ッ!」
その声が王の間から遠ざかるのを聞きながら、アダムはじっと佇んでいた。
●
「待ってくれ、みんな! 俺は……!」
ヘセドは叫ぶが、仲間の騎士たちはそれを聞き入れてはくれなかった。
彼はいま冷凍睡眠装置に入れられようとしていた。
しかし、そこに入ることが出来るのは一人だけだ。
彼には仲間を見捨てて自分だけが助かるなんてことは出来なかった。
「俺も戦う! あいつを止めるのは、俺の役目なんだ!」
「ヘセド! 誰かが残らなくてはならないんだ! 騎士の血筋をここで潰やすわけにはいかない! 後生に、その魂を残さなくては……!」
「だけど、俺は!」
そのとき、戦火に燃えあがる浮遊大陸に光が迸った。
キュイイイィィン……――チュドオオオオォォォォォン!
天空に浮かぶ城から発射された、無転砲のレーザーである。
その威力はすさまじく、一瞬にして大陸が裂けたのをヘセドは見た。
(死ぬ気だ……!)
ヘセドは仲間たちの覚悟に隠れた意思を感じた。
「みんな、待ってくれ! 俺だけなんて、そんな……!」
なんとか仲間たちの手から脱走とするヘセドだが、彼は無理矢理に睡眠装置に閉じ込められた。
ガシャッ!
ハッチが閉じられて、もはやヘセドの声は仲間たちに届かなくなる。
ガンガンと泣きじゃくった顔で窓を叩く彼を見つめて、仲間たちは言った。
「生きろ、ヘセド……お前だけでも……」
そして彼らはミルバスを装着して飛び立った。
アダムのいる天空城へ向けて。
●
あれからどれだけの時間が経っただろう。
冷凍睡眠装置のハッチ開放時刻が訪れ、ヘセドが目覚めたとき。
浮遊大陸は彼の知っている原形をまるでとどめていなかった。
大陸と呼べるだけの陸地はすべて崩壊し、首都は暗黒のような都市と化していた。
崩壊した大陸の名残だろう。複数の浮遊島が空に浮かんでいる以外には、ヘセドが知りうるものはなかった。
暗闇の都市を当てもなく彷徨い、やがて彼が見つけたのは一筋の輝きを放つ剣である。
それは地面に突き立ったもので、もう長い間そこに眠っていたように見えた。
(騎士の剣……)
機晶石を磨きあげたその剣は、クォーリアの騎士の愛用する武器だ。
様変わりした大陸の姿。そして剣が持ち主を失ってここにあるということは……
ヘセドは自分が過ごした数百年の時の間に何があったのか。それがなぜ起こったことなのか。
多くのことを思いだし、そして悟った。
(みんな…………)
剣を抱きしめた彼の目に浮かぶのは涙だった。
そしてもはや、それをなぐさめる者もいないという現実が、彼の目に重くのし掛かっていた。