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【学校紹介】蒼空学園新入生歓迎会。

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【学校紹介】蒼空学園新入生歓迎会。

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第三章 学生の聖地・食堂であった昼下がりの出来事。


 本日のティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)の服装。
 夏らしい生成りのシフォンワンピースに、裾にレースのあしらわれた七分丈レギンス。
 とても可愛い、夏服のお嬢さん。そんな格好だった。
 過去形である。
 というのも、
「ティエルさん、その恰好はとても可愛らしくて好きなのですが、ここでは浮いてしまいますよ」
 と、恋人である志位 大地(しい・だいち)に助言され、着替えたからである。
 なので、立派に蒼空学園女生徒の姿になったティエルは、着慣れない感じからかスカートの裾を抑えてちょこちょこと歩幅を狭くして歩いていた。
「とてもお似合いですね。いっそこのまま蒼空学園に転入しませんか? 新入生として。そうすればスタンプラリーにも参加できますね」
「スタンプラリーには参加したいけど……でも、僕は転入しません」
「おや、残念」
 だって、近くに居すぎたら、それはそれでなんだか恥ずかしいのだ。
 言うのも恥ずかしいから言わないけれど。
 と、椅子に座ってバリボリゴリと異様な音を立てながら、ティエリーティア曰く『クッキー』を食べていたウィルネスト著 『学期末レポート』(うぃるねすとちょ・がっきまつれぽーと)が「ねーねー」声をかけてきた。
「あっちで新入生が二人を見てぐぬぬって顔してるんだけどーあとクッキーおかわりー」
 と。
 視線をレポートが向けている方へ移動させる。そこには、白銀 司(しろがね・つかさ)とそのパートナーのセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)が居た。


「セアトくん、セアトくん……あの先輩方、いいないいな青春しちゃってるよ……!!」
 司が悔しさと羨ましさが綯い交ぜになった声を上げる。それを「あーはいはい」と面倒くさそうにセアトが受け流す。
 移動の最中、学園青春モノにお約束な『曲がり角でぶつかってドキ☆運命の出会い』がなかった自分に対するあてつけだろうか。そんなはずはないのだけれど、しかしそれゆえに羨ましい。妬ましい。私だっていちゃいちゃしたいんだっ!
 その熱視線に、ラブイチャしていた先輩方は気付いてくれたらしい。ティエリーティアが微笑みながら、おいでおいでと控えめに手招いている。
 初めてリアクションをもらえて、
「どうしようセアトくん」
 情けない声が出た。
「行けばいいだろ、俺は寝てぇよ」
 話を振ってもパートナーは冷たい。「じゃあ行きますよー」と走って行ったところで、
 ズルンッ、
 と、足元が滑った。
 バナナで滑る局所的トラップではない。もっと広範囲にかけられた、そうこれは!
「ワックス!」
「ブー。氷術でぇす」
 サクサクと小気味いい音を立ててクッキーを噛み砕いているレポートに訂正された。
 自分が滑った床を見て触る。冷たかった。なるほど見事に床が凍りついている。
 立ち上がっては滑りかけ、一人であわあわとへたくそな踊りを繰り広げていると、目の前にスッと手が差し伸べられた。ティエリーティアだ。
「ごめんね、僕のパートナーが、っっ!!?」
 そして、転んだ。
「無理もないですよ……。ティエルさん、ご自身ドジっ子であることをご理解ください」
 ティエリーティアを助け起こしながら、大地が苦笑する。凍っていない床に足をつけたティエリーティアが、軽く握った拳であうあうと大地を叩いていた。可愛いなぁこの先輩、とほんのり胸キュンしながら、司も大地に助け起こされる。
「あ、どうもすみませんっ……!」
「いえいえ。新入生の方ですよね? どうぞこちらへ、お茶でも」
「わ! ありがとうございます!」
 案内されるがままに椅子に座り、離れてぼーっとしていたセアトも呼んで、二人並んで座ったところにコトリとグラスが置かれた。紅茶の香りがする。銀色のトレイを持って、ティエリーティアが微笑んでいた。
「冷たいお水で抽出しました。茶葉はセイロンです。あと、お茶受けにクッキーもどうぞ」
 差し出されるままに、紅茶を飲みクッキーを齧る。さくり、さくり。レポートが食べていたのと同じ音。ふんわりバターの香りと、しつこくない、けれど後を引く甘さ。それらを感じながら紅茶を飲むと、すっきりとした味わいが際立った。
「とっても美味しいですっ、先輩!」
「え、えへへ。喜んでもらえると、僕も嬉しいです」
「セアトくんも食べてみてよ、美味しいよ!」
「あー? だから眠いって……」
 言いながらも、セアトはクッキーを手に取った。素直じゃないなあとニコニコしながらそれを眺めていると、
 バギッ、
 と、先程司が食べたものと同じとは思えない異様な音と、
「――っっ??」
 みるみるうちに青くなっていくセアトの顔色に、目が点になった。
 そして、その場でセアトが卒倒する。ガターン、と椅子の倒れる音で我に返って駆け寄った。
「えっ、せ、セアトくん??」
「……ティエルさん、どのような作り方をしたのですか?」
「え、えと、わかんない……です」
「あれほどレシピ通りに作ってくださいと言ったのに……」
 後ろでは先輩方の不穏な会話。
 ああそうか。不意に司は理解する。
「これは……愛の鞭だね!」
 新歓といえば、先輩から後輩へ、愛ゆえの厳しい洗礼と相場は決まっている。
 そんなベタで、かつ憧れのシチュエーション。燃えずにはいられまい。
「ふ、ふふ……! 氷術による足場崩しは序の口だったんですね……! 真正面から受けて立つわ! 見事最後まで立っていられたら、先輩方!
 メアド交換してください!!」
 どーん、と言い放った司は、怒涛の勢いでティエリーティア作のクッキーを食べ始めた。


*...***...*


 闇咲 阿童(やみさき・あどう)は、体育館での新入生歓迎挨拶を終え、学校案内役を任されて食堂に来てからずっと、ハンバーガーを食べていた。元々どうして食堂に居るのか。そんな理由すら忘れそうなほど、ただハンバーガーを食べる。
 ちゃんと案内はするつもりだった。しているつもりでもあった。
 けれど新入生が寄ってこないのだ。
 目を合わせると、男女問わず短く悲鳴を上げて逃げる。たまに話しかけてきたと思っても、こちらが口を開く前に謝って走り去るか、萎縮しきって会話のキャッチボールは一度も成立していない。一体俺が何をしたというのだ、と多少なりともショックを感じて、ショックを食欲に変換していた。それはかなりの変換量で。
 なので、大神 理子(おおかみ・りこ)が阿童をちょっと悲しそうな瞳で見ていることにも、大学部新入生の無限 大吾(むげん・だいご)西表 アリカ(いりおもて・ありか)がすぐ傍まで近寄っていることにも気付かず、
「先輩」
 と呼びかけられて、誇張なしに椅子から飛び上がるほどに驚いた。
「お、おぉ? 何だ?」
「俺、新入生で無限と言います。先輩の食事が落ち着いたら、この場所の案内をしてもらえると助かります」
 震えていない声。はきはきと、流れるようにスムーズに語られる言葉。ああ、俺今普通に話しかけられている、と少し感動。
 また、感動しているのは阿童だけではなく、
「わ、わ、阿童君! すごいね、あんまりないよね! 初対面で怖がられなかったのって!」
 理子まで喜んでいる。阿童の手を持ち上げて、半ば無理矢理なとハイタッチをするほどに。
 が、一方で、
「ねぇ、大吾……ちょっと怖いんだけど……」
 アリカは怯えていた。やはり少なからずショックを受ける。
 しかし大吾は疑問符さえ浮かべていて、
「怖い? なんでだ?」
 問い返す。
「だって、見た目……」
「こら。人を見た目で判断するな。自由時間であるこの時間に、わざわざ新入生に説明をしてくれようっていう人だぞ? 悪い人なはずがない」
「……、うん、そうだよね。先輩、ごめんなさい」
 ぺこり、とアリカが阿童に頭を下げる。理子が「誤解が解けたよ阿童君!」と嬉しそうに笑い、阿童はどういう対応をすればいいのかわからなくなった。
 素直だ。どっちも、とてつもないほど素直でいい子で、だからこそ。
「……愛の鞭には気をつけろよ」
 助言しかできない。大吾もアリカも、きょとんとした顔で阿童を見ていた。


 着席して、大吾は愛の鞭発言やら何やらに少し緊張しながら、説明を受けることになった。
「食堂では仲間を誘って依頼をこなすことができる。あとは腹が減ったら飯が食える。
 ……なあ、理子。あとは何を言えばいい?」
「ちょ、ちょっと阿童君しっかりしてよねー。あとは、えぇと……」
 簡潔すぎるほど簡潔な説明と、阿童と一緒に悩みだした理子を見ながら、やはり気になるのは愛の鞭発言で。
 多少硬さの残る大吾たちの目の前に差し出されたのは皿に乗ったハンバーガーだった。さきほどまで阿童が食べていたものと同じだろう。ふかふかのバンズ、みずみずしい野菜。それらに挟まれたチーズと、肉汁溢れるハンバーガー。ごくりと大吾の喉が鳴る。アリカも、その大きな瞳をきらきらと輝かせてハンバーガーを見ていた。
「どうぞ!」
 そして、声がかけられる。
「召し上がれー!」
 声の主――ミミ・マリー(みみ・まりー)に勧められるがままに、大吾とアリカはハンバーガーを手に取る。かなり大きい。思い切ってかぶりつくと、今までに食べたどのハンバーガーよりも美味しくて、思わず「美味い」と口に出していた。
 それを聞いたミミは、嬉しそうに楽しそうに微笑んで、踵を返す。それから水の入ったグラスを持って戻って来て、大吾と、大きなハンバーガーに苦戦するアリカの近くに置いた。
 それからテーブル席の正面に座り、
「食堂での詳しい説明は壮太がしてくれるみたいだから、僕はここでのおいしいメニューを教えるね」
 よろしくお願いします、とミミがぺこり。思わず大吾も頭を下げた。
 ミミはメニューをてのひらで示す。
「毎日の日替わりランチもおいしいんだけど、なによりおすすめなのは今二人に食べてもらってるハンバーガー! すっごくおいしいって僕は思うんだ。
 さっき闇咲さんも食べてたよね。おすすめだよって言ったら食べるって言ってくれて、もう、すーっごいいっぱい食べてたんだ! 本当、いくらでも食べられるくらいおいしいの!」
「だからって、ミミは食い過ぎなんだよ」
 だんだん熱を帯びてきたミミの発言を遮って、少し呆れたように瀬島 壮太(せじま・そうた)が言った。
「別に食べすぎじゃないよ。普通だよ。ほんとだよ」
「どーだか。闇咲に怖がって新入生が入ってこないことをいいことに、『冷めちゃうから』『冷めたら美味しくなくなっちゃうから』『あったかくて一番美味しい瞬間に!』とか言って、おまえハンバーガーいくつ食べた?」
「そ、そんなに食べてないよ。ほんとだってば」
 あわあわと否定するミミと、「どーだか」と取り合う気のない壮太を見ながら、大悟はハンバーガーを完食する。ミミが褒めちぎるのが頷けるくらい美味かった。
「ごちそうさまでした」
 律義に手を合わせて言葉を発すると、そこで壮太が「あぁ、悪ぃ」と謝ってきた。そういえばまだ施設説明を受けていない。職務放棄を謝ったのなら真面目な先輩だなと認識する。
「じゃ、食堂の説明な。さっき闇咲が説明した通りで大体は合ってる。
 だけどな一番気をつけるべき点に闇咲は触れてねぇ」
「一番気をつけるべき点……?」
「ああ」
 壮太は神妙な顔で間を取った。
 一拍。二拍。
 なんだろう、とても緊張する。次の言葉をこんなにも待ち望んだことはあっただろうか。
 ハンバーガーを前にした時とは違った意味で唾を飲み込み、言葉を待つ。
 そして壮太が口を開いて言った言葉は、
「それはな、『一部の依頼には金がかかる』ってことだ」
「「「………………」」」
 一同、沈黙するばかりだった。
「……オイ、ちゃんと意味を受け取れよ」
「いや、どんな命に関わるような重大なことかと……」
「ざけんな。金は大事だろうが、命に関わることだろうが。無限はその認識が足りてねぇ。
 いいか? だって金がかかるんだぞ? 気付いたら何千Gって大金が一瞬で消えてくんだぞ。
 パートナーを何人も連れて行ったら、そりゃ楽しいだろうけどめちゃくちゃ恐ろしいことになるんだぞ。
 そこんとこちゃんとわかってんのか? 何千Gってあったら何ができるか、わかってんのか?」
 ずい、と詰め寄られた。正直なところ、金銭について真剣に考えていなかった。その分、ひどく考えさせられる。
 何千G。そんなにあったら何ができるか。腕を組んで考えて、考えて――
「おいしかったー! ごちそうさま!」
 アリカの底抜けに明るい声に、思考が掻き乱された。
「ねえねえ、大悟! またハンバーガー食べに来ようね! おいしいハンバーガー、また食べたいな!」
 口の周りをソースで汚して、でも満面の笑みでアリカが言う。ミミがその口元を紙ナプキンで拭っているのを見ながら、
「何千ってあったら……そうだな、また食べに来たいな。アリカと一緒に、できれば先輩方とも一緒に」
「おぉ。俺は食べることならいつでも誘いを受けるぞ」
「阿童君が行くならもちろん僕も行くよ」
「オレはハンバーガーにそこまで執着しねぇけど。ま、ミミが食いたがるからな」
「だって、ハンバーガーは地球で壮太と契約したときに一番最初に食べさせてもらった――」
「あーそれ以上言うなうるせぇ。
 ……こんな賑やかでいいなら、いつでも呼べよ」
 そう言って、壮太が、続いてミミ、理子、阿童と手を差し伸べる。その手と握手しながら、大吾は思う。
 きっと上手くやっていける、と。