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桜吹雪の狂宴祭!?

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桜吹雪の狂宴祭!?

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「さあ、良かったら食ってくれ」
 夜月 鴉(やづき・からす)が弁当を広げた。
「これは……凄いな」
 涼司が中身を見て呟く。厚焼き玉子を始めとした惣菜に、デザートとしてか桜餅。変り種として炙ったシメサバ等色々と詰めてあった。
「鴉ちゃんは料理が上手なんだよ〜」
 自慢げにサクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)が言った。

 精霊と色々歩いている最中、涼司達は夜月達と師王 アスカ(しおう・あすか)達、神代 明日香(かみしろ・あすか)霧雨 透乃(きりさめ・とうの)の花見グループに声をかけられた。
 事情を話し、美羽が食事を分けてもらおうとしたところ『どうせなら食っていけ』と誘われ、同席する事になったのだ。

「ふむ、結構酒のつまみのような物が多いな」
 中身を見た草薙が呟く。
「それか……うちには飲む奴が居るからな」
「飲む奴って、あの人なのよ?」
 精霊が指差す方向には、安来節を踊る魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)がいた。
「って何やってんだ魏延!」
「ん? 見てわかるやろ? 踊ってるんや」
「踊ってるって……もう酔ってるのか!?」
「にゃはははは♪ こんな場で酔わない方がアホや」
 そんな文長を、精霊は顎に手を当てて眺めていた。
「ほほぅ……どじょうすくいとは懐かしいのよ」
「知っているんですか?」
「昔は良く踊っている人がいたのよ」
 昔を懐かしむように、精霊が目を細めた。
「精霊さん、卜部先生〜」
 明日香が精霊と泪の肩を突く。
「ん? 何なのよ?」
「よかったら、食べてくれませんか? 私が作ったんですよ〜」
 そう言って、明日香は弁当箱を広げた。
「いいんですか?」
「是非、感想を聞かせて欲しいです〜」
「なら、遠慮せずいただくのよ」
 そう言って、二人は弁当に手を伸ばす。
「……美味しいのよ、これ」
「本当、美味しいです……」
「本当ですか〜? お口にあってよかったですよ〜。足りなかったらまだまだありますよ〜?」
 そう言って、明日香が取り出したのは積み重なった弁当箱。
「う……」
 泪が思わず、息を呑む。とてもではないが、ここに居る者全員で食べても食べきれるか怪しい量だった。
「遠慮せず、どんどん食べてください〜」
 悪意の無い明日香の笑みに、泪は断る事が出来ず箸を伸ばすしかなかった。
「んむんむんむ……」
「……よく入りますね?」
 口に小動物のように食べ物を詰める精霊に、泪が言った。
「んぐんぐ……私はここの桜の精霊なのよ? 桜の樹に栄養が必要なのよ」
「……ちょっと羨ましいです」
「お茶飲みますか〜?」
「あ、はい。いただきます」
 食べ続け、水気が欲しくなってきた泪は頷いた。
「はい、どうぞ〜」
「ありがとうございま……す……」
 お茶を受けとり、泪が固まる。
「……これは、熱そうですね」
 お茶は見た目こそ普通であるが、かなりの熱さであることが容器を持った手からも伝わった。
「はい、熱々ですよ〜」
 ニコニコと笑顔で明日香が言う。
 水気が欲しい、といってもこれを飲むのは躊躇われる。
「泪先生ー、飲み物いります?」
 その時、透乃が泪にコップを差し出した。
「え? あ、はい。ありがとうございま……ん?」
 一口飲み、液体の味に泪は顔を顰めた。
「こ、これお酒……ですか?」
「そうだよ? 一緒に飲もうよ、泪ちゃん」
「いえ、でも私は見回り中なので……」
「ん? 別に構いませんよ?」
 涼司が言った。
「え? でも……いいんですか?」
「いえいえ、気にしないで下さいよ」
「さっすが涼司ちゃん、話がわかるね〜……涼司ちゃんも飲む?」
「未成年に酒を勧めないで下さい」
「え〜、つれないな〜」
 泪は少し考える素振を見せると、やがて溜息を吐いて頷いた。
「……わかりました、飲んでしまったからには仕方ありませんね」
「おっ、そうこなくっちゃ」
「ん? なんやそっちも飲んでるんか? わても混ぜてぇな」
 文長がふらりと現れる。
「勿論いいよー。お花見はこう盛大に飲み食いしないと!」
 そう言うと、透乃が二人に酒を注いだコップを渡す。
「ふむ、こいつぁ上物やな」
「あら、飲みやすいですね」
「でしょ。けど良かった〜、このままだと一人で飲むところだったよ」
「他に飲む人は居ないんですか?」
「居るには居るんだけど……」
 そう言うと、透乃がちらりと横に目をやった。

「……ぶはっ!」
 ドン、と音を立てコップを置いたのは蒼灯 鴉(そうひ・からす)
「……ぷはぁっ!」
 それに続き、コップ内の液体を飲み干したのはオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だ。
「どう? そろそろ限界なんじゃないの?」
「ふっ……それはこっちの台詞だな」
 蒼灯とオルベールの間に、火花が散った。彼らの足元には、数多もの酒瓶やら空き缶が転がっていた。
「二人とももう止めようよぉ〜」
 そんな二人を止めようと、アスカが割って入った。
「止めるなアスカ。この女悪魔には引導を渡す必要があるんだ!」
「それはこっちの台詞よバカラス! 悪魔に喧嘩売って後悔させてやるんだから! ルーツちゃん、おかわり!」
「……もう打ち止めだぞ、二人とも」
 オルベールにグラスを突き出されたルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が呆れたように言う。
「打ち止め? 何でよ」
「二人で全部飲んでしまったからに決まっているだろう? そろそろ止めにしたら……」
「ルーツ、買ってきてくれ」
「は? いや、何故我が……」
「つべこべ言わずに買ってきなさい!」
「……何故我が……」
 ぶつぶつと呟きながらも、ルーツは買出しへと出かけた。

「……どうしたんですか? あの二人」
「詳しい事はよぉ知らんが、いきなり口げんかおっぱじめたと思ったらああや」
 文長の言葉に、そうそうと透乃が頷く。
「うぇ〜ん……みんなぁ〜……」
 アスカが半べそをかきながら、透乃の方へとやってきた。
「あれ? そっち居なくていいの?」
「二人の世界に入っちゃってるんだよぉ……こっち混じって一緒に飲んでいい?」
「いい――」
「駄目です!」
 透乃の言葉を、泪が遮った。
「アスカさん、未成年ですよね?」
「え? いえ、私……」
「未成年はお酒飲んじゃ駄目ですよ!」
「私、未成年じゃ……」
「駄目です!」
「……うぅ〜、何とか言ってよぉ〜」
「……こうなったら泪ちゃん、止められないから」
 透乃が、苦笑しつつ言った。
「うぅ〜……仲間外れ悲しいよ〜……」
 アスカはがっくりと肩をおろし、とぼとぼと去っていった。 

「ふぅ……疲れるな」
「ルーツ、お疲れ様ー」
 買出しから戻ってきたルーツに、アスカが労いの言葉をかける。
「ルーツも飲む?」
 アスカは手に持っていたコップを、ルーツに差し出した。
「ん? アスカも飲んでいるのか?」
「違うよぉー、これは甘酒」
「アスカちゃん、泪先生に止められちゃったんだよ」
 サクラの言葉に、アスカが頷く。
「未成年は駄目って……私、お酒飲める歳なのにねぇ」
 そう言ってアスカがコップを傾けた。
「そうは見えないのよ」
「それ、喜んでいいのかなぁ……」
 童顔と言われたような気がして、アスカが苦笑する。
「んー……難しいのよ……これ、貰うのよ」
 精霊はというと、先程からずっと明日香の弁当を摘んでいた。
「いっぱい食べてくださいー……そう言えば、精霊さんは何てお名前なんですか?」
 明日香が、精霊に聞いた。
「名前? 名前は無いのよ?」
「そうなのか?」
 ルーツに聞かれ、精霊は頷く。
「大体『精霊』とかそんな感じで呼ばれていたのよ」
「ふむ……『精霊』と呼ぶのも何だしな……良ければ君を『さくや』と呼んでいいかい?」
「さくや……綺麗な名前ですぅ。何から取ったんですか?」
「ああ、花の女神の名前、だったかな?」
「さくや……うん、悪くないのよ」
 口の中で何度か呟き、精霊が頷いた。
「それじゃ、今日はさくやと呼んで欲しいのよ」
「わかったわ〜、さくやちゃん、もっと食べる〜?」
「いただくのよ」
 明日香が差し出した弁当を、精霊――さくやが食べだした。
「さくやちゃん、いい食べっぷりだよ……そういえば、桜の精霊なんだよね?
「そうなのよ……ところで、何で頭に桜の花は咲いてるのよ?」
 さくやがサクラに聞く。
「実はね、私桜の花の妖精なんだよ」
「ほう……私と似た者同士ってことなのよ?」
「そうなんだよ〜」
 共通点を見出した二人は、自然と握手をしていた。
「……ところで、先程から喋っていないがどうした、アスカ?」
 ルーツが先程から黙っているアスカに言葉をかける。
「んふふ〜、らぁにぃ〜?」
「……アスカ?」
 すっかり出来上がっているアスカが、そこに居た。

「……さっさと潰れろ女悪魔が!」
「きゃはははは! なぁ〜にぃ〜? 自分が限界だからって超ウケる〜」
 二人同時にグラスを空にすると、途端に互いを罵倒しだす。
 二人ともそろそろ限界が近づいている。
(そろそろヤバいが……負けなど認めたらどうなる事か……)
(う〜……さすがに飲みすぎたけど、このエロガラスに誰が負けなんて認めるものですか!)
 しかし、お互い自分のプライドで必死に堪えていた。
 その時だった。
「にゃはは〜、かぁらぁすぅ〜」
「な……アスカ?」
 突然、アスカが蒼灯に抱きついたのだ。
「えへへ〜ぎゅー、だよ」
 蒼灯の中でプツリと糸が切れた音がした。
「……アスカ、人前だというのにいい度胸だ」
「ん〜、からすもぎゅーしてくれるの?」
「それ以上のことだ。安心しろ、可愛がっ……て……」
 ぐらり、と蒼灯の身体が揺れるとばたりと倒れた。そのまま彼は失神するように眠ってしまったのだった。
「きゃはははは! 倒れてやんの! だっさー! 超だっさー!」
 オルベールが腹を抱えて大笑いする。
「はーお腹痛い……あー……眠くなっちゃったなー……」
 そして、そのままばったりと横になると眠ってしまった。
「んふふ〜ベルも一緒〜……たのしー……」
 更に、アスカも目を瞑ると穏やかに寝息を立て始めた。
「……はぁ、結局こうなるのか」
 その光景に、ルーツが溜息を吐いた。

「あらら、あっちは潰れちゃったねー」
 透乃がアスカ達から目を戻すと、
「んがぁ〜! んごぉ〜!」
酒瓶を抱えた文鳥が眠っていた。
「あらら、こっちもか……けど泪ちゃん強いねー」
「……ええ」
 先程から口数が少なくなっているが、泪の飲む手は止まらない。
「んー……泪ちゃん、酔うとこうなるのか」
 様子がおかしい泪に、透乃は何か納得したように頷いた。

「それでは……ほら、しっかりしろ」
 酔い潰れた三人を抱え、ルーツが去っていった。
「大丈夫なのか?」
「ただ寝ているだけみたいだから大丈夫だと思うが。一応救護の場所は教えておいた」
 涼司がそう言った。
「甘酒って酔うのよ?」
「アルコール度数がゼロってわけじゃないから、いっぱい飲むと酔うんだよ」
「んー、そういえばいっぱい飲んでいたのよ、彼女」
 サクラの言葉に、さくやが頷いた時だった。
「おっ、お前が精霊か!」
 ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)がズカズカと、シートに上がりさくやを指差した。
「ん? 何なのよ?」
 さくやが振り返り、首を傾げる。
「今日はおまえを楽しませるっていうんだったな! がはは! 俺様が楽しませてやるぜ」
 そういうなり、ゲブーがさくやに抱きついた。
「にょ! 何するのよ!」
「楽しませてやるって言っただろ! そのちっこい胸でかくしてやるぜ! えーと……桜ちゃんよぉ!」
「何処触ってるのよ! それに私の名前は桜じゃないのよ!」
 さくやが腕を振り回してもがく。しかし腕が当たってもゲブーには全く効いていなかった。
「おいおい、嬉しいからってテレて殴るなよ!」
「テレてなんかいないのよ! にょー! やめて欲しいのよー!」
「がはは! そうか、そんなに嬉しいか!」
 嫌がるさくやに、ゲブーは下品に笑いながら手を止めなかった。
「何やってるんだおい!」
 涼司が叫ぶが、ゲブーは無視した。
「おい、やめないか。嫌がっているだろう」
 草薙が立ち上がり、ゲブーの肩を掴み言う。
「あぁん!? うるせぇな、俺ぁこの精霊を楽しませてやってんだよ! 邪魔すんな!」
「……話にならんな」
 相手の態度に、草薙が拳を握った瞬間、彼の横を何かが通り過ぎた。 
「何してんのよアンタぁー!」
「ぐふぉッ!?」
「で、出たー! 美羽のウリアッ上……じゃなくてラリアットぉぉぉ!」
 気づいたら、美羽がゲブーにラリアットを叩き込んでいた。何故かコハクが実況風に叫ぶ。
 ※ラリアット:凄い簡単に言うと相手の喉に己の腕を叩き込む技。
「な、何しやがる!」
 殴りかかるが、それを美羽はかわした。
「な……!」
 気づいたときには、それは完成していた。
「ぐあああああああ!! 地味にきついぃぃぃぃぃ!」
「出たぁー! 美羽のコブラだぁー!」
 ゲブーの身体に、美羽がコブラツイストで絡み付いていた。
 ※コブラツイスト:凄い簡単に言うと相手のアバラ辺りを痛めつける関節技。地味に痛い。
「マナーを……」
 コブラを解いた美羽は背後に回ると、腕を回してクラッチ。
「守りなさいッ!」
「んぶぅッ!」
 そして背後にブリッジして投げた。
「決まったぁー! バックドロップだぁー!」
 ※バックドロップ:ポイントは相手の背後に回りこみ気合とともに『へそ』で投げる。ちなみにジャーマンスープレックスとはちょっと違うので注意が必要。
「……う……うぅ……」
 地面に叩きつけられたゲブーが呻きながら立ち上がる。
「ちっ、生きてたか!」
「殺す気だったの……?」
 コハクが美羽に突っ込む。
「大丈夫か!?」
「ひ、酷い目にあったのよ……」
 さくやが涼司の元へふらついた足取りで避難する。
「見つけたですっ!」
 そこへ、騒ぎを聞きつけたルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が槍を構えて現れた。
「ちっ、見つかったか!」
「逃げ回るのもここでお終いです! 指名手配犯覚悟するですっ!」
「指名手配……他にも何かやったのか?」
 涼司が聞くと、ルーシェリアが頷いた。
「お店を荒らしたり、他のお花見のお客さんの邪魔をしたり、あと女の人にセクハラ……色々報告がきているです!」
「セクハラ?」
 泪がゆらりと立ち上がった。
「……泪先生?」
 様子が違うことに気づいた涼司が声をかけるが、泪は聞こえていないのか、ズンズンとゲブーに歩み寄る。
「な、何だよ?」
 ゲブーが戸惑いながらも睨みつけると、
「セクハラとは何事だぁッ!」
泪は顔面を拳で思いっきり殴りつけた。
「ぶぼぁッ!?」
 たまらず、吹っ飛ぶゲブー。
「男たるもの、セクハラとは……その腐った根性、私が叩きなおしてくれるッ!」
 ゲブーを睨みつけるその姿に、いつもの泪は居なかった。
「な、泪先生……一体どうしたんだ?」
「……校長、あれを」
 指差す方向を見ると、大量の酒瓶が転がっていた。
「……まさか……酔ってるのか?」
「酔ってなどいないッ!」
「ごめんなさい!」
 泪に怒鳴られ、涼司は咄嗟に謝った。
「……な、なんかやばそうだ……今のうちに……」
 隙を見て逃げようとしたゲブーだったが、
「逃がさないです!」
そこには先回りしたルーシェリアがいた。
「ちっ、ならこっ――」
「逃がさないわよ、女性の敵」
 女性陣が、いつの間にかゲブーを取り囲んでいた。
「覚悟はいい?」
 そして、それぞれ手に凶悪な武器を持っていた。
「ひ、ひぃっ!?」
 ゲブーが悲鳴を上げる。
「お、おいおい! なんで皆あんなもの持ってるんだ……ん?」
 涼司の視界に、あるものが目に入る。
「お買い上げありがとうございましたー♪ 大量大量♪」
 ほくほくとえびす顔になったハルカが、荷物を纏めている所だった。
「ちょ、ちょっと待とうぜ! 話し合えば――」
「「「「「「聞く耳なんか持ってない!!」」」」」」
「ぎゃあああああああああああああ!!」
 ゲブーの悲鳴と共に、鈍い音が聞こえてくる。
「……俺たち、出る幕が無いな」
「とりあえず、食っていよう」
 完全に蚊帳の外にされた男性陣は、残っていたつまみをつつき始めた。

――数分後、
「……ふぅ、気が済んだのよ」
樹の根元に顔だけ出して埋められたゲブーがいた。
「しっかり埋めたんだよ〜」 
「これで安心ですぅ」
 満足げにサクラとルーシェリアが言った。
「うぅ……ん?」
 呻くゲブーの視界に、泪が映る。
「な、何だ……?」
「……吐きそう」
 泪が顔を真っ青にして言った。
「え゛」
「……うぷ」
 泪の頬が、膨らむ。
「ちょ、ちょっとまってくれたんまおねがああああああああああああああ!!」
 ゲブーの悲鳴が、木霊した。

「それじゃ私は巡回に戻るですぅ」
 槍を構えなおしたルーシェリアが涼司に言う。
「……あの、さっきの奴は?」
「存分に寝ているから心配ないです」
 ルーシェリアはきっぱりと言った。
「酔った人が出始めているので、気をつけるです。それでは失礼するですぅ」
 そういうと、ルーシェリアは槍を携え去っていった。
「さて、それじゃ俺達も行きますか」
「はい……あの、美羽さん達や草薙さんは?」
「草薙は見回りの手伝いをするそうで、小鳥遊達は……」
「どうしたんです?」
「先程の事で着物を汚したので、謝りに行くと」
 多分戻ってこないだろうと涼司は思った。何せ、破いてしまったのだから。

 ちなみに、そのころレティシアの店では、
「破いたらどうなるか、ってあちき言いましたよねぇ?」
「ひぃぃ! ご、ごめんなさぁぁい!」
といった具合だった。

「先程……うーん……先程、何があったのでしょうか? 何故か憶えてなくて」
 泪が首を傾げる。先程の記憶が無い様であった。
「……思い出さないほうがいいかもしれません」
「え? え? な、何でですか?」
「……しかし、やはり巡回も気をつけたほうがいいかもしれないなぁ」
 泪を無視し、涼司が呟く。先程のように酔った客のトラブルが目立つようになってもおかしくは無い。ルーシェリアが別れ際、見回りを強化するとは言っていたが。
「んー……ん? 山葉校長、あれを……」
 泪が指差すその方向には、
「ま、まあまあ、ここは穏便に……」
豊緑 遥(ほうえん・はるか)が、男性を宥めている姿があった。
「あ? 穏便だぁ? 最初に絡んで来たのはそっちだろうが!」
 遥に向かい、怒鳴る男性。呂律が回っておらず、遠目でも酔っているのがわかった。
「絡んで来ただなんて……あなたがゴミを撒き散らしているから注意しただけで……」
「それが何か悪いって言うのか!? あぁ!?」
 男性は威圧するように、遥を睨みつけている。
「まずいな……行こう」
 その様子を見て、涼司が向かおうとする。
「山葉校長、待ってください」
 涼司を泪が制止する。遥の後ろから、バルシャモ・ヘックリンガー(ばるしゃも・へっくりんがー)が姿を現した。
「遥、下がっていろ。ここはオレに任せてもらおうか」
「うぅ……ゴメン、私じゃちょっとムリみたい」
 遥が、その場から下がった。
「あ? 何だお前は?」
 男性は、突如現れたバルシャモへターゲットを変えた。
「迷惑行為はやめてもらおうか。今ならまだ許そう」
「いきなり出てきてなんだてめぇ!」
 バルシャモの態度に怒りを露わにする男性。そんな彼を見てバルシャモは溜息を吐く。
「やれやれ……どうなるかを見せ付けないとわからないようだな」
 バルシャモはそう言うと、近くにあった桜の樹まで近づき、
「ふんっ!」
思いっきり殴りつける。拳が当たった幹に、穴が開いた。
「う……」
 相手の実力を見て、初めて男性がたじろぐ。
「どうだ、こうなりたくなければ……ん?」
 バルシャモの足元に、さくやが立っていた。
「……何してんのよアンタ」
 さくやはバルシャモを見上げながら睨み付けた。幼い身体に似合わない殺気だ。
「え? な、何だお前は……」
 そんなさくやの気迫に、今度はバルシャモがたじろぐ。
「私は桜の精霊なのよ」
「え゛」
 そこでバルシャモは気づいた。自分が今、とんでもない事をしてしまった事に。
「ま、待て待て待て! 待ってくれ! 今のはついうっかり――」
「問答無用なのよぉーッ!」
 傷つけられた桜から、根が触手のようにバルシャモに絡みつく。
「お、オレが悪かった! 悪かったからああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「開いた穴はアンタの血肉で補えなのよ」
 桜の根はそのままバルシャモを土の中へと引き摺り込んでしまった。
「あ……あ……」
 目の前で起きた光景に、男性はパクパクと口を開閉する。
「……まだ、何かあるのよ?」
 さくやの言葉に、男性は首を大きく横に振るとそそくさと逃げ出してしまった。
「……やっちゃったな」
「……やっちゃいましたね」
 その光景を見ていた、涼司達が呟いた。
「……あの、彼大丈夫なんでしょうか?」
 遥が恐る恐る、涼司達に聞く。
「……諦めたほうがいいかもしれませんね」
 泪が、ゆっくり首を振りながらそう答えた。 

「ひゃっはっはー! 稼いだ稼いだー!」
 獣 ニサト(けもの・にさと)が、歓喜の叫びを上げる。
 今回出店を出したニサトであったが、つい先程商品が完売したのだ。
「ふぅ、疲れた……お、随分と嬉しそうですな」
 奥から疲れた表情の田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)が出て来た。彼女は串物を作っていたのだ。
「これが喜ばずにいられるかよ! 何ていったって商品完売だぜ! ぼろ儲けだ!」
「ほう、それは良かった……ん?」
「てめぇの串物もよく売れてたぜ。よくやった!」
「……おい、どういうことだ」
 クリスティーヌが、商品があった辺りを見回して言った。
「酒が残っていないではないか!」
「あん? そりゃ売っちまったからな」
「何だと!?」
「さっきどっかの団体が飲み比べやってたらしくてな、全部くれって言うから売っちまった」
「……おい、それでは私の報酬はどうなる!?」
 クリスティーヌがニサトに詰め寄る。今回、彼女は店を手伝う代わりに商品の酒を貰う話になっていた。
「それは余ったら、って話だったろうが!」
 ただそれはニサトの言う通り、余ったらの場合という話であったが。
「そういう場合報酬分を残しておくものだろう!」
「知るかよ!」
「……ちょっと来い」
 埒が明かないと判断したのか、クリスティーヌがニサトの胸倉を掴む。
「お、おい何しやがる!」
「只働きなんて嫌だからな。付き合ってもらう」
 そう言って、嫌がるニサトを無理矢理引きずり出した。
――その後、クリスの機嫌が直るまで売り上げを全て使い果たす羽目になるのだが、それはまた別のお話。