リアクション
お好み焼きの生地を作るため、ガシャガシャとボウルの中身をかき混ぜるチョウコの様子を見に、国頭 武尊(くにがみ・たける)が顔を出した。 ○ ○ ○ バーベキューの食欲をそそる香りから少し離れたところに、真っ白なテントがある。 そこからは、ふんわりと甘い香りが漂っていた。 「何でクレープ……? いや、嫌いじゃないけど」 とは言いつつも、何とも言えない表情で集まった面々の作業を眺める瀬島 壮太(せじま・そうた)。 テントの持ち主のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がにこりと微笑んで答えた。 「私がお菓子作りが得意なの、知っているでしょう?」 「知ってるよ。今日も手際が良いもんな」 エメは壮太と話しながらも次々とクレープ生地を焼き上げていく。 生地だけでもおいしそうだ。 エメはいつものように白色の三つ揃えでいたが、調理をするため上着は脱いでいた。 その代わりだろうか、焼きあがったクレープは白かった。 「飲み物はリュミエールに頼んでくださいね」 「わかった。クレープの具は……あれ、果物ばっか?」 「いえいえ、野菜やウインナーは一番端の容器に入ってますよ」 目で示されたほうへ行くと、新鮮な野菜と高級そうなウインナー、ツナがあった。 壮太はツナを取り分けると適量のマヨネーズを乗せる。 すると、果物を切っていたリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)が壮太に自分にも作ってくれと頼んだ。 「どこから広まったのか、いろんな人からサングリアの注文が入っちゃってさ。手が離せないんだ」 「ああ、それでそんなにたくさんの果物か」 「今作ってるのは、フルーツたっぷりサングリアだよ。昨日の下準備の時、多めに作ろうと思ってよかったよ」 「後でオレのもよろしくな。エメはどうする?」 「壮太君と同じのをお願いします」 「あいよー」 壮太はツナとマヨネーズを三人分に増やした。 隣で手早くあえる壮太の手元を見てリュミエールが楽しそうに言った。 「壮太君も料理の腕があがったのかな? お料理上手は男でも喜ばれるよ」 「……料理なんて別に、あいつが作ってくれるから上手くなくていいし。つーか、ツナと混ぜてるだけだろ。ガキでもできる」 素っ気なく答えた壮太に、リュミエールは先ほどとは違った質の楽しさをにじませた笑顔になった。 「あいつねぇ……壮太君、何か報告忘れてない?」 「……何かあったか?」 「またとぼけちゃって! 壮太君も隅に置けないなぁ。……で、今の感想は?」 何やらノリノリのリュミエールは、マイク代わりにカットしたパイナップルを串に刺して、壮太の前に突き出した。 壮太はそれをぱくりと食べた後、一言。 「幸せだけど」 と、淡泊に答える。 「何かな、その余裕な態度。少しは慌ててくれないとつまらないじゃないか」 「おもしろがるもんでもねぇだろ」 「まあいいか。……で、告白はどっちから? 何て言って口説いたの?」 「人の話を聞けよ」 「式には呼んでよね」 「聞けっつーの」 「こーの、末永く爆発しろー!」 わざとか本気か、最後までマイペースだったリュミエールは、とどめにバチーンと壮太の背を叩いた。 「いてぇよバカ!」 「爆発!? 危ないことはしないでくださいよ?」 爆発しろ、の部分だけ聞こえたエメが慌てた声を出す。 「あははっ、エメ、大丈夫だよ。壮太君のサングリアにパチパチ弾けるキャンディーを山ほど入れただけだから」 「なんだ……よかった」 「よくねぇよ! リュミエールも変なモン作ってんじゃねえ!」 一人で二人を相手に声を枯らし、忙しい壮太だった。 その彼の口元に、今度はリンゴが差し出された。 「まあ、何はともあれ、おめでとう。幸せにね」 「……ありがとう。話せなくてごめんな」 リュミエールの心からの祝福の言葉に、壮太は照れくさそうにリンゴをかじった。 エメもあたたかく壮太を見ていた。 ふと、壮太は連れのミミ・マリー(みみ・まりー)を思い出した。 ほったらかしにするつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったことに気まずさを覚えて、黒髪のボブカットを探すと……。 「クレープの中身は、チョコバナナと生クリームいっぱいがいいなぁ」 エメのところの執事、片倉 蒼(かたくら・そう)と仲良くやっていた。 心配するまでもなかったか、と頬を緩めた。 ミミの要望に応え、焼きあがったクレープに丁寧に生クリームをのせていく蒼。 いつもきちんとした服装の蒼だが、今日はエメから休暇をもらったこともあり、ミミとおそろいのマリンルックだ。 しばらく絞り口から出てくる生クリームを楽しそうに眺めていたミミは、笑顔のまま蒼に言った。 「蒼ちゃんの分は、僕が作るよ」 「ミミちゃんが? ふふ、嬉しいです。じゃあ出来たら半分こで食べましょうか」 「うんっ。何がいい?」 「そうですね……苺とキャラメルアイスでお願いします」 「任せて! エメさん、僕にも一枚焼いて!」 元気に注文したミミに、エメは「少し待っていてくださいね」と微笑んだ。 薄いクレープはすぐに焼き上がり、ミミはさっそく取り掛かる。 蒼もミミも、作る表情は真剣だ。 やがて出来上がったクレープを、白い皿に乗せて並べた。 あまり料理が得意でないミミのは、少しいびつだ。 けれど、そんなことは気にしない。 「さあ食べよう! 蒼ちゃんの手作り、大事にもらうね」 「僕もです。いただきます」 ミミは豪快に、蒼は上品にお互いが作ったクレープに口をつける。 二人の頬は幸せそうに緩み、目を見合わせて微笑んだ。 「お口についてますよ」 気がついた蒼が、清潔なハンカチでミミの口の端についていたクリームをそっと拭った。 ミミは少し恥ずかしそうにしたが、すぐに何かを思いついたように蒼に顔を寄せた。 「ハンカチじゃなくて、口で取ってくれてもいいのに」 と、悪戯っぽく笑う。 蒼はじっとミミを見つめた後に、では、と静かに口を開いた。 「次はそうしますね」 真顔で言われて、ミミは逆に照れて赤くなってしまった。 口をもごもごさせるミミに、蒼はクスッと笑うとミミの手から残りのクレープを取り、自分の分を渡す。 「半分こでしたよね」 「う、うん。……ねぇ、夏になったらまたお休みもらえるかな?」 どもりそうになる舌に無理矢理言うことを聞かせ、ミミは話題を変えた。 「どうでしょう……?」 「もしもらえたら、今度はおそろいの浴衣を着て出かけたいね。女の子の浴衣を着た蒼ちゃん、きっとかわいいよ」 「そ、そうでしょうか」 さっきとは反対に、蒼のほうが落ち着かない様子になってしまった。 ミミはクスクス笑いながら、 「たくさんの人にナンパされちゃうかも」 とからかうように言ってクレープにぱくつく。 苺の甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。 |
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