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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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第11章 通信



 薔薇の学舎では、ラルクをさらわれた砕音が自身を呪っていた。
 ヘルとラルクの携帯電話に何度も電話したが、どちらも出る様子は無い。
「くそっ……俺がもっと早く黒田の件で手を打っていれば……」
 砕音は壁を殴り、そのまま力が抜けたように座りこんだ。薔薇の学舎生徒の雪催薺(ゆきもよい・なずな)が彼に近づく。
「先生ばかりの責任じゃねぇよ。他の誰も、黒田が危険だって気づいちゃいなかったんだ」
 ラルクのパートナーで彼の育ての親でもあるドラゴニュートアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)も言う。
「すまないな。まったく、あいつは人様に迷惑かけて……。だが、あいつだって大人しく人質として捕まったままでいるとは思わないぜ」
「……うん。……タバコ、吸ってきていいかな……?」
 砕音は床に視線を落としたまま、つぶやくように聞いた。薺が答える。
「ああ。今は非常事態なんだ。先生の場合は特別なケースってぇことで、ここで吸ったっていいんじゃないか?」
 薺は周囲に、異論を封じるように鋭い視線を巡らした。
「ん……雪催、ありがとう」
 砕音は窓を開け、青野武(せい・やぶ)にもらった自爆装置付携帯空気清浄機を手に、タバコを吸う。

 タバコ二本を吸って、砕音は室内に向きなおる。
「ちょっとラルクに別手段で交信を試みてみる。集中状態に入るから、まわりの警戒は頼む」
「そのくらい、任せとけ」
 薺が言い、アインも大きくうなずいた。
 砕音は床に座ると、自分の携帯電話を額に当てて目をつぶる。


 穴の底でラルクは、どうにか縄を緩められないか試みていた。智彦と話もしてみたが、決まりきった言葉しか返ってこないので会話はひとまず諦めている。
(……ラルク?)
「うおわっ?!」
 突然、頭の中で砕音の声がして、ラルクは飛び上がった。
(どうやら……まだ無事らしいな。よかった……)
 混乱しつつラルクは、砕音に聞いた。
「センセーか? これはテレパシーなのか?」」
(絆の深いパートナーどうしなら、携帯が無くても離れた状態で話せるって言うだろ? その拡張版だと思ってくれ。理論上は可能だとは思っていたけど、俺も実際にパートナー以外の誰かと、こうやって話すのは初めてだ)
「おっ、そりゃ嬉しい話だな」
 砕音は少し黙って考えた。
(……変な事を頼むけど……今から少しラルクの体を貸してもらえないか?)
「おぉ、俺でよきゃガンガン貸すぜ」
 ラルクが快諾したので、砕音は戸惑う。
(なんで、とか、どうやって、とか聞かないのか?)
 ラルクはにやりと笑って答える。
「センセーのためなら俺はなんだってできるって言っただろ」
(……ありがとう)
 ラルクは突然、砕音の気配を強く感じた。まるで砕音を抱きしめているような感覚だ。
(こ、これがラルクの体……。あ……)
 先程より砕音の声が明瞭に、ラルクの頭に響く。
「センセー、来たのか?」
(う、うん。……なんだか恥ずかしいな、これ)
「そーか? まあ、遠慮なく使ってくれよ」
 すると、ラルクを縛っていた魔法のロープがゆるみ、外れた。ラルクの体が勝手に動いて、智彦の肩を触る。
「なにー? ぷゅしゅうぅぅぅ」
 智彦は変な声を出して、動きを止めた。
(一時的に機能停止してもらった)
 頭の中で砕音が説明する。
 つづけてラルクの手が、穴の底に触る。ラルク自身には、砕音が何をしているのか分からない。今度はその姿勢のまま、数分が経過する。
(……見つけた。エンジェル・ブラッドはやっぱり、ナラカから来る地脈に浸されているな。地下50m前後だ)
「50m?! そりゃ掘るとなると大変だなぁ」
(いや、エンジェル・ブラッドに関しては、こっちに協力してくれる奴がいるから大丈夫だ。……これ以上、ここでできる事はもう無いから、交信切るな。後で必ず助けに来るから……!)
「おう。だが、あんまり気負いこまねぇでくれよ」
 砕音の気配がなくなり、頭の中の声もしなくなった。


 砕音が集中を解いて目を開く。
 そこにクリスティーが尋ねてきていた。全身に水をかぶっているのは、人食いヤドカリに熱を感知されるのを少しでも防ぐためだと言う。実際には、妙に甘い汗の匂いをかき消すためなのだが。
「あの、パートナーのせいで信頼してもらえないかもしれないけど……先生に話しておいた方がいいかなって事があって」
 真っ赤になりながらクリスティーは、ヘルが「砕音が奴隷になれば予定を変更してもいい」と語った理由について述べる。
 砕音は考えながら、つぶやくように周囲の生徒に言う。
「前に似たような事を俺に言った奴がいたな……。黒田智彦のゴーレムタイプといい、技能や知識といい、どうも連想する奴がいるんだが。ただ、そいつは年齢性別種族を含めた容貌も違う。出席簿の記録から見ても、ヘル・ラージャとまったく同じ時刻に、別の場所での活動も目撃されてる。どーもスッキリしないな」


 ヘルはテレポートで、沼の奥に広がる草地に戻る。意識を飛ばしたクリストファーは、タシガンの街にある隠れ家の屋敷に寝かせてきた。
(まだ誰も来る様子は無いかなぁ?)
 ヘルは直立した姿勢のまま空中に飛び上がり、その姿勢で沼の上空を飛び回る。ふと地上に何かを見つけて、下降した。
 沼に小島があり、そこにカサが直径4m程のクラゲ状の生物がいる。触手に人間を巻きつけて、体の中央にある胃に直接、取り込もうとしている。
 陸生クラゲに飲まれかけているのは、薔薇の学舎生徒のココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)だ。ヘルは小島に下りた。
「ココじゃないか。何してんの?」
「クラゲに食べられかけてるみたい〜」
 ココが情けない声を出す。ヘルは額をかいて言う。
「えーと、そうじゃなくてね。何しに、こんな沼の奥に来たんだい? って言いたかった」
「キミのことが心配になって話しに来たんだけど、霧で迷っちゃって……。そうだ、これお土産ですー」
 ココはクラゲに飲まれつつ、持ってきたカバンを差し出そうとする。
「なぁんだ。それなら電話の一本もくれれば、僕から迎えに行ったのに」
 ヘルが軽く呪文を唱えると、無数のカマイタチが起こってクラゲを切り刻む。ヘルはココに手を貸して立ち上がらせた。
「うわぁ。ココ、クラゲまみれの泥まみれだ。ちょっと、そのまま立ってな」
 ヘルが空中に魔方陣を描くと、小さな妖精が何人も現れる。妖精たちは、目にも止まらぬ早業でココの汚れを掃除すると消えていった。
 それから周囲の風景が変わり、二人は霧に覆われた草地に立っていた。ヘルがテレポートしたのだ。
「じゃあ、さっそく君のお土産を見せてもらおうか」
「ケーキのお礼に、お茶とおせんべ。あと音楽が好きなのかな、と思ってオルゴールです」
 ココが持ってきた物をヘルに渡す。
「おっ、気が利くねー。ちょっと小腹がすいてきた頃だったんだ」
 ヘルはひとまずオルゴールを聴いてから、お茶とせんべいを食べ始めた。
 ココは意を決して、ヘルに言う。
「キミは好意を持ってくれた人を洗脳して使ってるみたいですけど、それも、いつか本当にキミを好きな人が側にいなくなってしまうよ。手に入れて満たされたと思っても、いつか寂しい気持ちになる時が来るよ。それが心配」
「その時は、また次のコを探すよ♪」
 能天気に答えるヘルに、ココはなおも言う。
「でも、人を脅して好きにさせても、本当にはその人は手に入らないよ。砕音先生の能力が目的だとしても……」
「うーん。そうなんだよね。それが問題なんだよ。砕音の攻略方法が分からなくて」
 ヘルは案外、真面目な顔でうなずいている。そこでココは、がんばり時だと懸命に説得しようとする。
「このままだとまた守護天使に封印されるよ。人として幸せになろうよ」
 しかしヘルはにっこり笑って言う。
「それなら大丈夫。あの宝石の封じる力に抵抗するには、魔法防御力や魔法関連の能力が鍵になるからね。僕の得意分野だもん。ナグルファルは悲しいかな、脳みそがウミウシとかイソギンチャク程度っぽいからね。……あれ?」
 ヘルの携帯電話が鳴る。その発信者を見て、彼は言う。
「ごめんね。ちょーっとヤボ用ができちゃった。帰りは送ってあげるよ」
「あっ、待って……」
「お土産、ありがとう。またね〜」
 ヘルがココの頭をなでる。そしてココは、薔薇の学舎の寮にテレポートされた。
 ココは急いで、砕音やパートナーのスガヤキラ(すがや・きら)を探す。だがタッチの差で、彼らは沼の奥に向けて出発した後だった。携帯をかけてみたが、沼の魔物と戦っているのか、つながらなかった。
 ココはしょんぼりとして肩を落とす。ヘルと会うのが、あれが最後ではないか、と思うと、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。