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第1章 避難勧告
窓から様子をうかがうと、すでに一部のヤドカリは沼から出そうだ。
砕音が言う。
「校門はすべて閉めた方がいい。ヤドカリが校外に出たら大変だ。門を飛び越されるかもしれないけど、奴らの知能なら、そこで多少は足止めできるかもしれない」
すると研修生でイルミンスール魔法学校の高月芳樹(たかつき・よしき)が即座に言う。
「なら僕が閉めるよ。ちょうど魔法の箒の機動力を生かして、市民に警戒を呼びかけに行こうと思ったんだ。出がけに閉めて行くから」
「じゃあ正門は任せた。あそこが一番、ヤドカリ沼に近いから至急頼む」
「はいッ!」
芳樹は窓から飛び出し、魔法の箒にまたがって正門へと文字通りに飛んでいく。
砕音は続いて手スキの生徒に、他の門を閉めるよう指示する。
また、ヤドカリは通れないが人は通る事ができる小さい通用門には、やはり手の空いた生徒に待機させて、市民など一般人の侵入を防ぐと共に応援に駆けつけた他校生に状況を説明して校内に案内するように指示した。
正門では、普段は女性の立ち入りを禁じる以外にあまり仕事のない守衛が、集まった人々の対応に追われていた。
「……い、今、職員室から許可が出ました。校長やイニチェリの皆様がおらず、市民に被害が出かねない緊急事態につき、事態打開を手伝ってもらえるなら他校の女子生徒さんも、学舎内に入ってかまいません」
薔薇の学舎上空に、異様な霧が沸きあがった事に胸騒ぎを覚えて駆けつけた者のうち、若干の足止めを食っていた女生徒たちがいっせいに学舎内に入っていく。
だが集まったのは、契約者だけではなかった。
異変を感じ取った付近の住民が、その理由を確かめようと集まってきていたのだ。事態を把握していない守衛は、説明を求められて困った様子だ。そこに箒に乗った芳樹が飛んでくる。
「皆には僕が説明するから、守衛さんは門を閉じて」
芳樹はまず、そこに集まった人々に事態を説明するのが最初の仕事になった。
その様子に蒼空学園の【ひたむきなる剣豪】菅野葉月(すがの・はづき)が助力を申し出る。
「僕も市民への告知を手伝いましょう」
「ありがとう。頼んだぞ」
芳樹が言うと、葉月のパートナー、魔女ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が笑顔でVサインを出す。
「まっかせて! さっそく行ってくるね!」
小型飛空艇に飛び乗って走り出そうとするミーナを、葉月がはっしとハンドルをつかんで止める。
「君は僕と一緒に来てください」
「あらっ、ワタシと離れるのがイヤなんて寂しがりやさんなんだから。しょうがないわね。一緒に行ってあげるわ!」
実は葉月としては、自覚の無い方向音痴のミーナを一人で行かせる事などできなかったのだが。
二人はそれぞれ小型飛空艇に乗り、とりあえず学舎の敷地に沿って避難呼びかけに向かった。
集まった市民への説明が終わった芳樹は、パートナーのヴァルキリーアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)と共に出発する。
「私たちは、あの二人とは反対方向に行った方が効率よさそうね」
アメリアの指摘で、芳樹は葉月たちとは逆まわりに学舎の敷地に沿って移動しながら、避難呼びかけをする事にした。
蒼空学園の研修生西條知哉(さいじょう・ともや)も多少、芳樹たちに遅れて、市民への避難呼びかけに出発する。
知哉は体育教官室から拡声器を借り、彼のパートナー、剣の花嫁ネヴィル・スペンサー(ねゔぃる・すぺんさー)は図書室でタシガンの地図を探していたため、出発には多少かかった。
ネヴィルが地図を広げて説明する。
「ここが薔薇の学舎。見ての通り、周囲はほぼ市街地です。沼の出現した校庭がこの辺りになりますから、ここが一番、人食いヤドカリに近いことになります。まずはこの地点から避難を呼びかけましょう」
知哉たちは小型飛空艇で、ネヴィルが指した場所まで移動する。そこからは知哉の出番だ。
「避難呼びかけだから防災無線っぽくした方がよさそうだな」
知哉は拡声器のスイッチを入れ、呼びかけを始める。
「現在、薔薇の学舎周辺は非常事態になっています。学舎校庭から多数の人食いモンスターが現れたので、付近の住民の皆さんは家から出ないでください。もし見慣れない生き物を見かけたら近寄らず、急いで逃げてください」
拡声器による呼びかけは、より広く、そして建物内にいた人々まで伝わる。
一方ネヴィルは、より効率よく巡回できる道順を地図から割り出して知哉を先導する。
これにより避難呼びかけは、一気に進んだ。
もっとも市民の誰もが、素直に従ったわけでもない。
「ああ?! 店をたためってなら売り上げ分の金、出してもらおうかい!」
とすごむガラの悪い露店商。
芳樹はなだめるように露店商に言う。
「この辺りは避難勧告を出しているから、どんどん人通りは無くなるぞ。雨が降ったと思って、今日は家に戻ってくれ」
「はぁ〜? ヤドカリごときが怖くて商売できるかってんだ!」
「人より大きい人食いモンスターだぞ。すでに食われた人もいるんだ」
そうして問答した末に、どうにか露店商も避難を認めた。
「だいぶ時間を取られてしまったわ。急ぎましょう」
「ああ。市民に犠牲を出すわけにはいかないからな」
アメリアに促され、芳樹はふたたび魔法の箒にまたがった。
「こぉら! ボクたち、そこで何してんの?!」
ミーナに大声を出され、学舎の塀によじのぼろうとしていた子供が動きを止める。
小型飛空艇から降りたミーナは、数人の子供たちにつかつかと歩みよる。
「あぶないから、おうちに帰りなさい」
「えー。でっかいヤドカリ、見たいよー!」
「そーだそーだ!」
「ペチャパイ姉ちゃんは、だまっててよー」
ミーナは腰に手を当て、子供たちをギロリとにらむ。
「ちゃんと言いつけを守らない子は……魔女のお姉さんがナベでグツグツ煮こんじゃうわよ?!」
魔女ミーナが手の平にパチパチと雷の球を出しながらすごむ。子供たちは「うわー!」などと言いながら逃げ散った。
「すぐにおうちに帰りなさいよー!」
子供たちの後姿にミーナが呼びかける。その様子を見ていた葉月が「さすがですね」とつぶやく。
「あらっ、ワタシのこと見直した? 惚れ直した? 嬉しいぃ〜」
ミーナは葉月にもたれかかってくる。
「……さあ、次に行きましょう」
「えー。もう、恥ずかしがりやさんなだから!」
「なに?! 今日は店を閉めろだと?」
そう言って知哉をねめつけたのは、学舎近くのカフェレストランの店主だ。店はカウンター以外、オープンテラスである。
「ああ、いつモンスターが来るかも分からないんだ。営業どころじゃないだろう?」
知哉は店主の説得にかかる。店主は彼が着る蒼空学園制服を見て言う。
「そんな事を言ったって、君は蒼空学園の生徒だろう? こういう事は薔薇の学舎の関係者が出てきて言う事じゃないのか?」
そう言われても、今、市民に避難勧告をしている生徒に薔薇の学舎生徒はいない。知哉が困っていると、ウェイトレスの少女が助け舟を出してきた。
「もう、お父さんったらブーブー言わないの! この人は他校生なのに、親切で言ってきてくれてるんだから! それに何度かウチに来てくれてるお客さんだよ」
娘に言われて店主も考え直す。
「むう、そうか、お客さんか……。なら……本日のところは閉店とするか」
話をまとめて店を出ていきながら、知哉はウェイトレスに礼を言う。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ。よかったら、またお店に来てねー」
ウェイトレスは知哉にウィンクして手を振ると、テラスの片付けに向かった。
ネヴィルが思わず、つぶやく。
「あのコ、ウィンクしてましたね……」
「なに言ってんの。営業スマイルだろ。騒ぎが住んだら二人で何か食べに来よう」
いつもは美形のネヴィルが妙に狙われて、知哉が複雑な気持ちになるのだが、今日は、ネヴィルの方が穏やかでない気持ちになったようだ。
学舎の方角から爆発音が響く。人食いヤドカリとの戦いが本格的に始まったようだ。
知哉たちは表情をひきしめ、住民への避難勧告に戻った。
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