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リアクション
第2章 緒戦
校門を閉めるよう指示を出した砕音は、次に言う。
「対ヤドカリ罠を作る生徒は、すぐに出せる玄関ホールで作業してくれ。工具は美術実習室なら色々そろってるハズだ。必要なら調理室でも工作室でも使ってかまわないだろうが、爆薬を扱うなら火気や火花には気をつけろ」
罠作りをする生徒たちは、爆薬を運んで移動していく。
シャンバラ教導団から来ている研修生青野武(せい・やぶ)が聞いた。
「爆薬から爆弾を作るために、あの大量の金ダライを頂戴できまいか?!」
「あんな物なら、いくらでも使ってくれ」
「おお! これで後は、着発信管の材料を探すだけだ。いや、実習期間中に大量に使うだろうと思って用意はしてきたのだが、これほどたくさん必要になるとは、さすがの我輩も思わなくてな」
野武の言葉に、砕音は普通の調子で言う。
「だったら金ダライのコンテナの二重底に、信管類がしまってあるから使ってくれ。全部使っていいから」
「なんと! さすがトラップの教官殿は用意がいいですな!」
マッドエンジニアの野武は足取り軽く出ていこうとするが、ふとある事を思い出して歩を戻す。
「砕音教官、危急時には我輩作成の自爆装置付携帯空気清浄機を思い出してもらえると嬉しいぞ」
砕音は苦笑して言う。
「あー、そう言えば、もらったね。自爆機能が怖くて使ってなかったけど、今度タバコを吸いたくなったら、ありがたく使わせてもらうよ」
野武はそれに満足して、豪快に笑いながら今度こそコンテナへと向かう。
「ぬぉわははははははは! ちと修了試験にしては手ごわいが……やるしかないのう!」
野武らが出ていくと、砕音は残った生徒に聞く。
「薔薇の学舎の生徒で、誰か今すぐ俺に制服を貸してくれる人いないか? 汚れたり破ける可能性大だけど、弁償はするから」
「俺は……無理そうだな」
薔薇の学舎生徒の雪催薺(ゆきもよい・なずな)が自身の華奢な体つきを見て言う。発展途上の体はしなやかに無駄なく鍛えられているが、砕音とは15cm近くの身長差がある。
「気持ちは嬉しいけど、ボタンとか飛びそうだ……」
すると今度はバロム・アーチェスが言う。
「なら、俺の服を貸そう。でかい分は折ってくれ。俺は部活のジャージを着るよ」
バロムはその場で制服を脱いで、パンツにシャツの姿でロッカーに向かう。砕音はスーツを脱いで、バロムの制服を着る。今度はバロムの方が10cm以上身長があるので、スソは折る。
「多少でかいけど、ヘルに言われて俺を狙う奴の目も少しはゴマかせるだろう」
「先生、肩のラインはもう少し後ろですよ」
守護天使片倉蒼(かたくら・そう)が、彼の上着の背中をつまんで後ろに引く。肩部分を直接持つには、蒼は小柄すぎた。
「おお、ありがとう。……?」
蒼はさりげなく彼にハンカチを渡す。砕音はそれが何か気づいたようで、蒼に笑顔を返す。ハンカチは禁猟区を施したものだ。
砕音はハンカチをポケットにしまう。
蒼はパートナーのエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)に頼まれ、後で彼と合流するまでの間、砕音を守るつもりだ。
なお、この禁猟区は、後で蒼本人も驚くほど威力を発揮することになる。
薺のパートナー、がっしりとした体つき吸血鬼ヴァン・クラクト(う゛ぁん・くらくと)が軽い調子で砕音に言う。
「逃げて時をやり過ごすお姫様に興味はないな」
砕音はぽかんとしてから、後ろを振り返る。誰もいない。向きを戻した砕音は、なぜか照れはじめた。
「いやいやいや、俺なんて上品さの欠片も無いし、かわいげないし、若くもないしー」
「……そんな意味で言ったんじゃないんだがな」
「え。……そ、そいつぁ失礼しました。ハズい〜」
ヒザを抱え、赤らんだ顔を隠して座りこむ砕音。ヴァンは彼の頭をなでてやり、言った。
「で、包容力のある年上の男が好みって、自分を護って甘やかしてくれるから?」
砕音は少し黙ってから、その姿勢のまま答える。
「……親に甘えられた記憶、ほとんど無いから。きっと、その辺りの感情が全部一緒のごっちゃになってるんだ……」
「そんなものなのか?」
ヴァンはまだ砕音の頭をなでる。
「…………」
「…………」
「…………」
「いつまで頭をなでられている?! 俺は、他人の手垢が付いた原石に興味ないな」
ヴァンは砕音の頭を思いきり押し込んだ。
「あ〜。お、思わず、なごんで」
ヴァンは薺の方を差して言う。
「うちの姫さんは外見はあーんな可愛くて頼りなさそうだけど、いざとなったら先生の事、身を呈してでも庇うぜ? 見た目に反した男前っぷりで」
当の薺は(また何か軽口、言ってやがんな)と、ヴァンをすねたように、にらみつける。
砕音は立ち上がり、息をついて言った。
「……神経が焼ききれない程度に、戦闘モードに戻るよ」
ロッカーの前でバロムがジャージを身に着けていると、やはりそこに準備を整えに守護天使グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が来る。
「君もヤドカリと戦いに行くのか」
二人とも身支度を整えながら話す。
「ええ、私のパートナーがヤドカリ対策のトラップを作るって携帯に連絡が来たので、それを手伝いに行くんです。……そういえば、人づてに聞いた事ですが。学舎内のトラップはあなたのパートナーの呼びかけで仕かけられた物だったようですね。私、見事に引っかかってしまいました」
グレッグの言葉に、思わずバロムは手を止める。
「ええっ?! それはすまなかった。なに、人に迷惑かけてんだ、シモンの奴」
バロムはロッカーを閉め、外へと向かう。グレッグも続いた。
足早に廊下を進みながらグレッグは、前を歩くバロムに聞く。
「あなたにとって、パートナーは大切な人ですか?」
「……さあ。最近、よく分からなくなってきた」
グレッグは悲しげに息をついた。
「知る者のいないパラミタに一人でやって来るのは、とても寂しい事かもしれませんよ? 相手の話や気持ちを一度じっくり聞いてみるのも良いかもしれませんね」
バロムは少々黙り、答える。
「……。まあ、この戦いが終わったら考えるよ。今は学校を守る事に集中しないと」
そこで校内放送がかかる。薔薇の学舎としては異例なことに女性の声だ。
放送しているのは、剣の花嫁アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)である。彼女は、薔薇の学舎生徒で以前にも世話になった佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)の手引きで放送が可能になったのだ。
アイリスの声が放送で、全校に響く。
「薔薇の学舎生徒と教職員の皆様方のうち、戦いやその準備に臨まれない方々は、危険ですので屋上に避難なさってくださいませ。その際に、罠として使用させていただきたいので、目覚まし時計をお持ちくださると助かります」
アイリスの放送は、彼女たち【戦乙女の手作り弁当お届け隊】の作戦の一環である。
この放送により、事態を把握していない教職員、生徒が人食いヤドカリに襲われる危険は激減した。
またアイリスたちが意図した事ではなかったが、これにより砕音を狙う生徒が判別しやすくなった。また、それに関わる戦いに他の生徒や職員が巻き込まれる恐れも減ったのである。
やがて数匹のヤドカリが沼をあがってくる。
彼らは虫レベルの脳みそで、目も悪い。沼をあがったヤドカリたちは校舎玄関や校門を目指すことはなく、薔薇の生垣に突っ込んだり、校庭の砂をかいてみたり、その場をグルグル回ったりしている。
だがタシガンの街の方角から人間の匂いがするのだろう。ヤドカリはじわじわと敷地を囲む壁に近づいていた。動きが鈍いのは、まだ近くに獲物を感じていないためだろう。
これは西條知哉(さいじょう・ともや)、高月芳樹(たかつき・よしき)、菅野葉月(すがの・はづき)たちが住民に避難勧告を行なったため、学舎の敷地周辺から人々が姿を消したためだ。
さえぎられていても近くに人間の匂いを感じれば、人食いヤドカリはそこへ一気に近づいていただろう。
特に壁に上って外から校庭をのぞくような行為があれば、その人物に飛びかったヤドカリはそのまま街に出ていたはずだ。
薔薇の学舎の制服に着替えた砕音が、ヤドカリの動きを見て言う。
「罠ができるまで、まだかかるだろうし、街に出そうなヤドカリは先に倒しておいた方がいいな。すぐに戦うつもりで出ていってる生徒もいるけど、ちょっと数が少ないから俺が加勢しよう。と言う訳で、背後の守りはよろしくー」
応援に駆けつけた蒼空学園生リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は、沼を出てきた巨大ヤドカリを見て、危機感をつのらせた。
「まさか、もうヤドカリが沼を出てきているとはね」
リアトリスは、ヤドカリは沼の奥にいるのだと思ってやってきたのだが、実際はもっと悪い状態だ。
しかし百合園女学院生徒のシア・メリシャルア(しあ・めりしゃるあ)がにこにこしながら指摘する。
「相手がどこにいてもぉ、戦わなきゃいけないのは同じだよ、リアお姉ちゃん」
「そうだね。じゃあ陣形を組んでモンスターに立ち向かおう!」
シアが彼を「お姉ちゃん」と呼ぶことは、もうあきらめている。
リアトリスは、パートナーの【ピッツァ大好き】パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)、シアのパートナーのシャンバラ人エマシェルアリナ(え・あ)、そしてシアとチーム【ティアーズ・ブレイド】を結成していた。
前衛はセイバーのリアトリスとナイトのエマシェルで固め、その後ろはソルジャーのシア、さらに後ろの後衛はウィザードのパルマローザが努める。
そこに一匹の巨大ヤドカリが飛びかかってくる。リアトリスとエマシェルはそれぞれのパートナーをかばいながら、左右に分かれる。リアトリスは踊りのような動作で、エマシェルは厚い鎧を生かした防御になる。ガシャリと大きな音を立てて、ヤドカリの巨体が彼らの間に落ちた。
「まずは動きを止めますぅ」
エマシェルはシアを離すと、ランスを巨大ヤドカリのハサミの根元に付きこんだ。リアトリスも逆のハサミに切りつけ、力の限り押し込む。二人がかりで押さえこんだところに、シアが銃弾を浴びせ、パルマローザが火術を打ち込む。ダメージを受けたヤドカリが大きく暴れた。リアトリスは剣ごと跳ね飛ばされる。大きくランスを付きこんでいたエマシェルは飛ばされるのは免れるが、足元をすべらせて尻餅をつく形になる。
(しまった! シアたちが!)
かろうじて受身をとったリアトリスは、背筋に冷たい物を感じつつ飛び起きる。
しかしヤドカリは悲しいかな虫並の頭だった。自由になった方のハサミをふりあげ、ガシャガシャと鳴らしている。目前の「エサ」の事は、今しがたダメージを受けたショックにかき消されたようだ。ヤドカリがふたたび「エサ」に気づく前に、その体にシアの銃弾とパルマローザの雷術が打ち込まれる。
エマシェルは体制を立て直して、ランスにしがみつくようにヤドカリの動きを抑えにかかる。リアトリスは駆け戻り、銃弾で外骨格がボロボロになっている所にめがけて斬りつけた。ヤドカリの体から黄緑色の体液が噴き出す。
「うえっ」
斬りつけたリアトリスは、黄緑色の体液をもろにかぶる。あわててぬぐうが、腐ったヘドロのような匂いがするだけで、特に人体に害は無い。
「邪魔をするから痛い思いをするんです。反省なさい!」
パルマローザはヤドカリに向けて言うが、すでに死んでいる。
シアが、モンスターの体液をぬぐうリアトリスのあわてた様子に笑う。
「どこか、いたいのぉ〜? あたしが癒してあ・げ・る☆」
大きな胸を揺するようにして言われ、リアトリスは気恥ずかしくなって目をそらす。
「戦い終わったら、ゆっくりおフロに入るよ。まだまだヤドカリはいっぱいいる。みんな、行けるかい? 特にパルマローザ」
リアトリスは、ウィザードのパルマローザのSP切れを心配して聞いた。
「魔法が撃てなくなっても、私にはドラゴンアーツがあります。これで石つぶてを投げて攻撃しますからご安心を」
パルマローザの言葉に、リアトリスは安堵の笑顔を浮かべる。
リアトリスが調合してきた「回復薬」はたくさんあるが、あくまで普通の食事レベルの効き目しかなく、ヒールやSPチャージに代るものではないからだ。
「そうか。じゃあ、次のヤドカリに行こう。前に進むには、一歩一歩確実にね♪」
【ティアーズ・ブレイド】のメンバーは、もっとも端にいるヤドカリを目標にふたたび戦いを始めた。
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