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リアクション
第14章 戦い終わって
タシガン北部にモンスター退治に行っていた薔薇の学舎校長ジェイダス観世院(じぇいだす・かんぜいん)がイエニチェリたちを連れて学舎に戻ってくる。
確たる証拠は無いが、鏖殺寺院が多数の魔物を召還したようだ。その目的は分からないが、今回の薔薇の学舎の騒動に連動した動きである可能性は高い。
薔薇の学舎に帰還したジェイダス校長のもとに、事件時、学舎に残っていた教師が取り急ぎまとめた報告書があがってくる。その内容は、彼にとって少々問題だった。
今回の戦いで戦局に大きく影響を与えた者のリスト(基本、パートナーは省略)が、これだ。
□薔薇の学舎周辺住民へ避難警戒呼びかけ
高月芳樹(たかつき・よしき) イルミンスール魔法学校
西條知哉(さいじょう・ともや) 蒼空学園
菅野葉月(すがの・はづき) 蒼空学園
□罠を設置するまでの時間を稼いた【荒ぶる鋏】
セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた) 蒼空学園
レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん) 蒼空学園
朝野未沙(あさの・みさ) 蒼空学園
月島悠(つきしま・ゆう) シャンバラ教導団
□戦闘に加わらない生徒や教職員を屋上に避難させる
アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー) 蒼空学園
□解けかけていた魔獣の封印を強化し、ヘルの野望を潰す
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと) 蒼空学園
「フッ……なぜ我が校の生徒が一人もいない?」
リストを見たジェイダスがつぶやく。報告書を出した教師があわてる。
「いやっ、アントゥルース先生が蒼空学園の教師ですから、その関係であちらの優秀な生徒さんが我が校に援護に来てくれたのではないかと……。学校同士の距離も近いですし……」
「私が言いたいのは、そういう事ではない」
校長がピシャリと言った。
なお、このリストは薔薇の学舎の教師が、戦闘行動を主眼に即席にまとめたものだ。
そのため、ヘル側に立った者や、ヘルと体を使って交渉したなどの行動、シモンとバロムの仲をとりもった者などは、教師に確認されていない、又は直接戦闘結果には関係ないと判断されて、リストに載っていない。
もちろん、地道にヤドカリの数を減らすために頑張った学舎生徒も数多い。
だが、ここぞという所に薔薇の学舎生徒がいないのが、ジェイダスにはどうにも納得できないようだ。
それでも幸いだったのは、運悪く校庭にいて最初に人食いヤドカリの犠牲になった校庭整備員一人をのぞけば、タシガン市民に死傷者が出ず、建物などの損壊も校内に留められた事だ。
もともとタシガンの住民は、地球人のパラミタ進出に対して反感を抱いている者が多い。地球人に対するレジスタンス運動もあるくらいだ。
もし市民に何人もの被害が出ていれば、タシガンの反地球人感情が大きく刺激され、薔薇の学舎の存続すら危うい事態へとつながる可能性もあったのだ。
ジェイダスは深く、ため息をつく。
(我が校だけでなく他校の生徒もだが……まだまだ教官に付き添ってもらい、指導や助けを受けながらでなければ、危うい状態か。新たなシャンバラの建国も、かなり先のようだな)
「今回の戦いについて、どうしても報告したい事があるんです」
薔薇の学舎生徒、砂原かけたことパンティー教団団員一号(ぱんてぃーきょうだん・だんいんいちごう)は、そう言ってジェイダス校長に面会を頼んだ。彼はヤドカリとの戦いの最中に校長に経過報告を入れた事もあって、許可される。
校長室に入った団員一号はジェイダスに、今回の騒動での砕音の活躍を事細かに説明した。そして本題を口にする。
「砕音先生のおかげで何とかなりました。こんな凄い先生を、このまま蒼空学園に帰してしまっていいんですか? 蒼空学園なんて辞めさせて、是非薔薇学の先生になってもらうべきです!」
彼の必死な願いに、ジェイダス校長は笑みをもらして言う。
「ずいぶんと先生が気に入ったのだね、君は」
「はい! 僕は(教師的な意味で)砕音先生が大好きです! (色々な意味で)もっといろんな事を教えてもらいたいです!」
「だが蒼空学園を辞めさせるというのは穏やかではないな。蒼空学園との関係を険悪にするだけだ」
かけた=一号は、それでも食い下がる。
「でもでも、パラ実だって先生のことを狙ってるんですよ!」
そう言って、南鮪(みなみ・まぐろ)が砕音をパラ実にスカウトしようとしている事や、砕音がパラ実の{#ラルク・クローディス}と非常に親密な関係にある事などを話す。
ジェイダスはそれを聞いて言った。
「またパラ実か……。正直、私も君と同様に、今後も砕音君には我が校への協力を要請したいところなのだがね。彼の協力は、他校に対して我が校の有力なカードになりえる物だろう。だが報告書によれば、彼に懐疑的もしくは敵対的な我が校生徒が少なくないと言う。この現状で、今すぐ砕音君を我が校に取り込むのは無理があるな」
そう言うジェイダスも、話を聞く一号も、非常に残念そうだった。
エンジェル・ブラッドは、校長が有力な魔術師を集めてさらに封印を施した上で、学内の金庫に厳重にしまわれる事になった。
天使像の方は、胸にエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が作った青い石をはめたまま、美術展示室で今後も展示される。
エメはジェイダス校長に、ある許可を求めていた。
「これからも時々、天使像に逢いに来てもよろしいでしょうか?」
ジェイダス校長は一考して答える。
「君はエンジェル・ブラッドことブルーストーンを使って、魔獣ナグルファルの封印を強化した。いわば今回の事態を収束させた、一番の功労者だからな。平時であれば、いつでも訪ねてくるといい」
タシガン市内の高級ホテル。その宴会場に、各学校の生徒たちが集まっている。
異常事態を知って薔薇の学舎に応援にかけつけた生徒たちや、研修として学舎を訪れていた生徒だ。
援軍として学舎を守って戦った者たちに、礼として豪華な立食パーティが催されたのだ。資金はジェイダス校長のポケットマネーである。
なお、参加者の多くが未成年であるため、飲物はソフトドリンクのみとされた。
それでも普段の学園生活では、なかなかありつけないご馳走がそろっている。
数少ない薔薇の学舎生徒の佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)が言う。
「みんな、ジェイダス校長のオゴリだから、たくさん食べていってねぇ」
弥十郎は今回集まった他校生に知り合いが多い事などから、学舎からホスト側としてパーティへの参加が命じられたのだ。
「わ〜! いっただっきまーす! 後で残った分は、お持ち帰り用のお重につめてネ」
あーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)は大喜びで、バイキングのテーブルに向かう。
なお、砕音はいまだ入院中で、彼に付き添う者もここには来ていない。筐子は彼らの分を「お持ち帰り」して届ける、という事だ。全部、彼女が食べる訳ではない。
【荒ぶる鋏】のセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は友人たちと共に、ヤドカリ踊りについて話し込んでいた。
「あの校長、面妖なだけかと思うておったが、それなりに人としての礼節は持っておったようじゃのう」
青野武(せい・やぶ)は宴会場に、仰々しい機械を持ち込んだ。
「ぬぉわははははははは! これは此度の祝宴に合わせて我輩が作成した、自爆装置付きエスプレッソマシィンである! 緊急の突貫作業だったゆえ、自爆確率が高うなっておるから、各自、爆発に備えつつ珈琲に臨むがよいぞ!」
そんな風に、各学校の生徒たちは思い思いに立食パーティを楽しんた。
一方、薔薇の学舎の生徒には、ジェイダス校長よりオシオキが命じられた。
曰く、(負傷者をのぞく)全校生徒による校舎や設備の補修及び清掃、怪物の死体の処分、三日間。
要は、三日間の大掃除である。戦闘や作戦での貢献度合いには関わらず、連帯責任として全校生徒が協力して行なうように、とのことだ。
学舎生徒のクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は
「騎士は民を守ってこそ美しく輝けるものです。僕は自分の美に従って動きました。その結果として生じた罪は甘んじて受けましょう」
と、みずから進んで、校舎の補修に身を投じた。
彼は内心、口にはできないような仕置きではなく、ホッともしている。まともな仕置きなのは、校長も今回の結果に危機感を感じたからかもしれない。
クライスのパートナーで、彼の師匠ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が後片付けを手伝いつつ、言う。
「主よ、次こそ我等が剣にて奴等を打ち砕こうぞ」
クライスは今回の戦いでは、本当は騎士として武器を振るって戦いたかったところを、民を守るためには格好などかまっていられないと罠設置に励んでいた。
「そうだね。そのためには、もっと研鑽をつまないと。まずは薔薇の学舎を元の姿に戻さないとな。学校がボロボロじゃ、街の民もきっと心配になるだろうから」
その一方で、神無月勇(かんなづき・いさみ)は掃除を投げ出し、文句を言っていた。
「ジェイダス校長は砕音の中身を見抜いたのに、ヘル達を見抜くことが出来ず、入学させてしまった。だから今回の様な事件が起きたんじゃないか! 生徒だけがオシオキを受けるのはおかしい!」
だいぶ怒った様子で勇は言う。だが賛同する生徒はいない。
ヘルに操られてエンジェル・ブラッドを隠し持ち、あげくにヘルに渡してしまった勇が、真っ先に立って他人の落ち度をよく責められるものだ、と言うところだろう。
それに、怪盗133を称して校内に混乱を起こしたのが勇たちだという事に、気づいていながら黙っている生徒もいる。
天にツバを吐くヒマがあったら、勇は学友たちに頭を下げるべきだった。
また、戦いが始まるやいなや姿を消した自称パンダマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)はヤドカリが食用に適さないと知り、お仕置の大掃除を聞くやいなや
「我には関係ないアルよ〜」
と、また行方をくらましてしまった。掃除が終わった頃に、どこからともなく戻ってくるだろう。
大掃除などの精神修養はこのように、クライスなどのもはやその必要が無い生徒は一生懸命にやり、その必要がある者に限ってサボるものだ。
事件が終結しても、心穏やかではいられない者もいる。
イルミンスール魔法学校の和原樹(なぎはら・いつき)だ。樹は割り振られた寮の部屋でベッドに横になり、彼に添い寝するように横に寝そべる、パートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)にぽつりと言う。
「ゴーレムとか洗脳とか、ヘルさんは誰も信じてないみたいだよな。もしそうなら、哀しい……淋しい人だ。同情じゃ、ないな。人も死んでるし、やってることは許せない。でも、単純に嫌いにもなれない」
いつになく沈んだ調子の樹に、フォルクスは言う。
「樹は奴に同情するのか? ……そうか。そうだな。安易に他者を憎むより、その方がお前らしい」
フォルクスは微笑んだ。樹は不安そうに言う。
「フォルクス……俺、こうして騒ぎが終わっても、しばらくはあんまり眠れそうにない。だから……」
フォルクスは樹の頭をなで、彼にささやく。
「傍にいる。いつものように、お前が眠るまで。幾日でも、共に明ける空を見よう」
樹はこくりとうなずいた。
「……うん。……でも、変なことしたらぶっ飛ばすからな」
言葉の最後で拳を固めて言われ、フォルクスは苦笑する。
「いい加減、素直になったらどうだ」
だが、樹のいつもの調子にフォルクスは安堵したようだ。
「うわ、大丈夫なのか?!」
戻ってきたヘルを見て、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が目を見開く。もっとも、消し飛んでいた右上半身はすでに再生している。今は大怪我程度の見かけだ。
ヘルはすねた声で言う。
「こんな怪我、なんともないけど、魔獣ナグルファルが〜」
ヘルはエンジェル・ブラッドが再封印されてしまった事を説明する。
「あーあ、もう薔薇の学舎には戻れないし、ハーレム生活もこれで終わりかぁ」
肩を落とすヘルに、クリストファーは不安げな表情になる。
「行っちゃうんだ?」
「そりゃ鏖殺寺院の幹部ってバレちゃったからねー。そうだ! クリストファーのこと、鏖殺寺院にスカウトしちゃおうかな。君、センスあるし♪」
「すかうと?」
軽い調子で言われ、クリストファーは唖然とする。ヘルは彼の頭をクシャクシャととなでた。
「当面は、僕に操られた可哀想な生徒のフリをして薔薇の学舎に戻れば問題ないよ。念のために白輝精……僕であって僕でない謎の美女ちゃんなんだけど、そっちに連絡つけられる携帯番号を教えておくよ。今の僕の番号は使えなくなるだろうから。……それとも一緒に来る?」
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