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リアクション
第12章 天使像
時間は遡る。
蒼空学園生徒のエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は美術展示室で天使像に真剣に語りかけていた。
「私は魔獣復活を防ぎたい。どうすれば貴方のように魔獣を封印する事ができる……? そして封印を可能にしたブルーストーンは、いったいどこにあるのですか?」
天使像は何も答えない。
以前、怪盗に火をかけられた時の煤や汚れは、エメが細部まできれいに洗いぬぐっていた。
エメは繰り返し天使像に語りかけるうちに、ふと自分の気持ちに気がついて言葉を止める。
「……違う? ……私は、ただ貴方の声を再び聞きたい……貴方に逢いたいだけなのか…?」
エメは、動かぬ天使像の頬に、そっと口づけた。
その時、エメは頭の中に声を聞いたような声をして、ハッとする。
(……蒼い輝きは、血の色に……)
「血の色……」
エメがつぶやいた時、誰かが美術展示室に入ってきた。振り向いた彼は、驚きの声を出す。
「な、何をしようというのです、君たちは?!」
展示室に入ってきたのは、イルミンスール魔法学校の和原樹(なぎはら・いつき)と、彼のパートナーで吸血鬼のフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)だ。手には、それぞれの魔法の箒とロープを持っている。
エメはロープに嫌な予感を覚えた。樹がさらりと答える。
「何って、像を俺たちの魔法の箒で運んで砕音先生の所まで運ぶんだ」
「……なぜ?」
樹の言葉に、エメは唖然として問うた。これにはフォルクスが答える。
「先生に像を見てもらおうと思ってな。この像にかかっているらしき魔法が解除できないか試みたが、肝心の魔法の正体が分からなくは手が出ないのだよ」
エメは不思議そうに言う。
「それを砕音先生に? あの先生、地理や罠は教えられても魔法は専門外だから、ウィザードが分からない魔法が分かりますかねぇ」
エメとしては、なんという事もない答えだったのだが、樹とフォルクスは視線をかわす。
(吸精幻夜を使うか?)
(その時やもしれぬな)
二人の剣呑な雰囲気に、エメはあわてる。樹の見た目は落ち着いた印象だが、性格は割とやんちゃなようだ。
「まあまあ、落ち着いてください、お二人さん。砕音先生はまだ校舎内にいるのですから、まず先生に展示室まで来ていただけないか尋ねてみてはどうですか?」
「それじゃ戦闘の邪魔にならないか?」
「天使像を先生のいる所まで運ぶ方が、皆さんの邪魔になりかねないですよ」
樹は不承不承、認めた。
彼らは二本の魔法の箒に結びつけた天使像を、地上から十m以上の高度を保って運ぼうと考えていた。
しかし魔法の箒は、魔法使いが触れずに進める事はできない。ただ乗らずとも、箒の端を持って引くならば出来るだろう。これは自転車などを、乗らずにハンドルを持って押して動かすようなものだ。
樹たちが空を飛べない以上、天使像は地上近くを通るしかない。
エメは、砕音の側にいるパートナーの守護天使片倉蒼(かたくら・そう)に電話をかける。そして砕音にかわってもらい、自分は樹に携帯を貸す。
樹から話を聞いた砕音は、少々暗い声で聞いた。
「……それ、俺に見てほしい理由はなんなの?」
「えっ?!」
樹は予想外の事を聞かれ、言葉につまる。砕音は説明するように言う。
「薔薇の学舎にも魔法の先生はいるし、ここの先生の方がより詳しい事を知ってそうなんだけど……。それに、そこに天使像の声を聞いたエメもいるし、和原も試してみようとは思わなかった?」
「でも先生はナラカの事もよく知ってるし、天使像の事も分かるかと思って」
樹にあっさり言われて、砕音はため息をついた。
「……まあ……ヘル・ラージャをどうにかする前に、個人的に像は調べておこうとは思ってたけどな。今は立て込んでいるから、それが一段落したら美術展示室に行くから、悪いけど待っててくれ」
しばらく経ってから、砕音は彼を護衛する生徒たちと共に美術展示室を訪れる。
生徒の中でも、シャンバラ人の薔薇の学舎生徒スガヤキラ(すがや・きら)が特に砕音をせかして、やって来た。
キラはパートナーのココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)がヘルに会うために一人で沼の奥に向かってしまい、別行動となって少々焦っているようだ。
「ヘルに対抗できるとしたら、魔獣ナグルファルを封印した守護天使セイル・アレンか、砕音先生ぐらいだと思うぜ」
「それは、どー考えても過大評価だと思うぞ」
そんな風にせかされてやってきた砕音は、出入口でふと気づいて言う。
「悪いけど、ここの美術品に何かあったら大変なんで、何人か外で見張っててもらえないかな?」
それから砕音は天使像の前まで来る。すでにエメにより、天使像のロープは外されていた。
「実際に見てみると、思ってたより純粋に美青年な感じなんだな」
砕音の感想に、エメが笑って言う。
「それはもう、私が心をつかまれる程ですから」
その横で、キラは首をかしげている。
(あれぇ? 先生と天使像を会わせれば、何かあるかと思ったんだけど……)
「ルビーもないし、石になってる場合じゃねえぞ!」
キラは天使像に呼びかけてみるが、像は像のままだ。
フォルクスがそれにはかまわず、砕音に説明する。
「我が調べたところでは、像全体から防御系統のものか、あるいは石像にこの形を維持させるための魔力らしきものを感じた。ヘルは、天使像から悪意や好奇心でルビーを取ろうとする事を妨害する性質のものと言っていたがな」
「なるほど。……この石は?」
砕音は天使像の胸にはめられた蒼い石を指して聞いた。エンジェル・ブラッドの偽物が溶けた後、そこは無残な穴になっていたのだが、今は蒼く美しい石が輝いていた。
それにはエメが答える。
「この石は、万が一の時の為に、私が禁猟区を施したものです」
「そうか。色々と、この像も受難だったそうだからな。エメは優しいな」
「いえいえ、愛しの君がまた危険にさらされないとも限りませんからね」
エメが真面目な顔で言うと、砕音は微笑んだ。
「じゃあ、その愛しの君の体をちょっと調べさせてもらうけど……いいかな?」
「はい。そうでないと、こちらのお二人が彼を強引にデートへと連れ出しかねませんから」
エメが言うと、砕音はうなずいて天使像に両手を当てて、目を閉じた。しばらくして、そのままの姿勢で砕音は言う。
「……いくつもの魔法が合わさってるから、少し時間かかるぞ」
それからまた二十分近くかかって、ようやく砕音は姿勢を崩した。少々、疲れた様子で彼は言う。
「まず一番新しいのが、おそらくジェイダス校長や高位の魔法使いが協力してかけたらしい儀式魔法だろう。像や宝石の盗難を防止する性質のもので、薔薇の学舎敷地内から出そうとすると、テレポートして元あった場所……この場合はこの美術展示室だな。ここに戻ってくる仕組みになってる。まわりにある高価な絵にも、同じような魔法がかかってるみたいだな。この魔法は破るにしても、大規模な儀式が必要だと思う」
「ぼ、防犯の魔法なんだ……」
樹は少々がっかりする。砕音は苦笑する。
「一番新しいのって言っただろ。それに、この魔法がかかってるって事はエンジェル・ブラッドも薔薇の学舎敷地内から出せないんだろう。だからヘルは宝石を持ち去れずに、無理やり学校敷地内で宝石を『孵す』つもりなのかもな」
「他には、どんな魔法がかかっているのだ?」
フォルクスがせかす。砕音は表情を暗くし、言う。
「……もともとは封印の魔力を秘めたアイテムだけがあったんだ。それが約800年前に何かを封印するためにアイテムが使われ、その代償としてアイテムを使った者が命を失い、その体がこうして石になったのが天使像だ」
エメが息を飲む。
「すると……守護天使セイル・アレンがブルーストーンを使って魔獣ナグルファルを封印した、と繋がりますね」
「ああ。それで魔獣ナグルファルは、像にはまっていたエンジェル・ブラッドの中に封じ込められていたようだ。そして封印者の残留思念が、この像に残ってる。その思念や、封印の力が一体化して、像をこの形に留めるような力として認識したんじゃないかな?」
砕音に聞かれ、フォルクスは呆れと感心がまじったような調子で言う。
「魔術師でもないのに、よくそこまで分かるものだな」
「聞いておいて、そー言うかい……」
天使像の魔法が、解除してよい性質のものではないと聞いて、樹とフォルクスは困ってしまう。
もともと二人は、魔法を解除してどうしたいのか、何が目的なのかを特に考えておらず、砕音に聞くことが目的になってしまっていたくらいだ。その後の行動に困る。
エメは砕音に先程、頭に響いた声について伝える。
「『蒼い輝きは、血の色に』との言葉を彼からもらったのですが……これがブルーストーンの手がかりなのでしょうか?」
「また声を聞いたのか。さすがだな。……だとすると、うーん」
砕音が考えこんでいると、エメが言う。
「もしも聖なるサファイアを入手できれば、それを使うのに躊躇はしません」
「……サファイア? そうかブルーストーンがサファイアだったね。コランダムの色が、魔力放出で青から赤に変わったかなぁ。……よし、分かった。これで沼の奥に行ける」
砕音のもとにドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)があわてた様子でやってくる。
「大変だよ! コユキが……コユキがヘルにさらわれちゃった!」
砕音がファルをなだめにかかる。
「どうしたんだ? 何があったのか説明してごらん」
「えっと……コユキがヘルと話してたら姿が消えちゃったんだよ」
話を聞いてみると、ファルのパートナーで薔薇の学舎生徒の早川呼雪(はやかわ・こゆき)がヘルにテレポートでさらわれたらしい。
他にも独自にヘルに連絡し、連れ去られたまま戻らない生徒がいるようだと、砕音も把握する。
「これは、さらわれたままになってる生徒も助けないといけないな。すぐにもヘルに会いに行かないと……」
薔薇の学舎生徒の雪催薺(ゆきもよい・なずな)が砕音に言う。
「ヘルに会いに行くっつー理由が、アンタが向こうの条件飲むっつーなら、縛ってでも止めるぞ。これ以上の面倒はゴメンだな」
砕音は思わず、笑う。
「ないない。奴の好きにさせる気はないし、ラルクもエンジェル・ブラッドも取り返すつもりだよ。それに……ヘル・ラージャの正体が俺の予想通りなら、あいつに『お仕置』するのは俺の役目だ」
薺は砕音が明確な意志を持って「沼地の奥に行く」と言っていると感じた。ならば止めはしない。
「”先生らしく”向こうを止めたいっつーなら、それはアンタの仕事だ。文句は言わねぇよ。けれど一人じゃ行かさねぇ。俺等も一緒に行く」
薺は、たとえ断られても一緒に行くつもりだった。
砕音はにっこり微笑んだ。
「来てくれると、心強いよ。ただ無理はしないでくれよ」
それから砕音は同行を申し出た生徒たちと、沼の奥に向かう準備を始める。
防災用倉庫から学舎教師の確認を取って、たたんだままのゴムボートを持ち出す。
その他、ロープや火薬、長い棒など使いそうな物をまとめ、自分の持っている中でもジャングルブーツや防水性のある服など沼地での活動になるべく適した服に着替える。
それら深さ30〜50センチの沼を進むための準備を考えていた生徒はほとんどおらず、しかたなく砕音がいちいち指示を出さなければならず、よけいに時間が取られる。
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が小柄な者に自身の小型飛空艇を貸すと表明し、パートナー早川呼雪(はやかわ・こゆき)を取り戻そうと沼に向かうファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が借り受けた。
蒼空学園からの研修生久慈宿儺(くじ・すくな)が、砕音のもとに来る。
「情けないが、ヘルを我等では止められません。手荒ですけど、一時的に覚醒して貰います」
宿儺は、砕音に過去を決算、決別して目覚めてもらおうと、彼に大祓詞(おおはらえのことば)を奏上した。毎朝行ってるので祝詞効果はある、と宿儺は考えていた。
だが彼はバトラーであり、パートナーも剣の花嫁だ。他者の精神に働きかけるスキルを持っていないのだから、祝詞が効果を示すこともない。
なお、博識によるバッドステータス耐性の効果があるのは自分自身だけだ。
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