リアクション
* 貴族邸の別室・客間には、ウルレミラの有力者達のほとんどが、一堂に会していた。 戦部の守護天使リースが町を回り、貴族らとの打ち合わせをとり付けていた。 貴族らにしても、このバンダロハムを刺激しかねない状況で、何らかの話し合いを持つ必要はあると考えていた。 教導団では、この貴族らとのやり取りには、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)がその主任を担っている。彼女の傍らに整然と侍るのは、彼女の守護天使ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)。 「クレア様……」 「うむ」 議論を交わす貴族達。 貴族らには、戦争になってはまずい。という者、それに、この機に教導団と大いに結託して、バンダロハムを抑えてしまうべき、という主戦を唱える者もいた。教導団を迎え入れた、この貴族邸の主もその一人だ。 だが、貴族達は、ウルレミラ貴族としての自分達の評判を落とすわけにはいかなかった。できれば教導団に教導団の名目で討ってもらいたいのだ。しかし、それでは教導団にとっては略奪や暴挙となってしまう。教導団が、それを行うには、理由が要った。それは、たとえばほんのささいなことでも……。 クレアは、なかなか発言できないでいた。 その辺の話は、どこまで着いているのか……それがわからない。 パルボンはただ、本営で座っているだけだし…… クレアとしても、教導団の立場の確保は、最優先事項の一つとして考えていた。 「戦闘になった際……」 クレアが言う。 貴族達が、こちらを見る。 「いや、もし、この三日月湖地方で戦闘になった場合だ。 教導団は、どう動けばいいと、あなた方に何か望むところはあるだろうか?」 「我々は教導団に協力している。 教導団がもとで起こったトラブルは、当然教導団で解決してもらいたいが?」 「では市街戦となった場合などは、教導団の戦闘を認めるのだな」 「もちろん、致し方なかろう。我々、ウルレミラの街を守るためならな。 バンダロハムに攻め込むかは、そちらの判断だ」 やはり、何かあるとしたらバンダロハムだと、決め込んでいるようだな。 クレアは、治安も良く上層部からして教導団をすんなり受け入れたウルレミラ、片や治安も悪く、教導団を追い返そうという動きのあるというバンダロハム。この二都市はもともと、仲が悪いんじゃないか? と読んでいた。教導団がトラブルを起こさずとも、戦闘になる可能性は低くないか……と。教導団がここに駐屯するだけで…… そこへ、慌しく兵が入ってくる。 ハンスが、クレアの横を離れ、兵の方へ行く。 頷くハンス。 クレアのところへ戻り、何か話す。 「何? 皆さん。どうやら、臨戦態勢に入らねばならぬようだ。……黒羊旗を持った軍が迫りつつある。バンダロハムと関係ある勢力であろうか?」 「?」「?」「黒羊旗、だと……?」 最上階の一室へ入ってくる、兵。それから、クレア、ハンス。 玉座にパルボン、その脇に戦部がいる。 「黒羊旗?」 「……ふがっ」 パルボンの鼻ちょうちんが割れた。 「何? 黒羊旗じゃと。 厄介なことになったな……ここ(三日月湖地方)を占拠する前に、先手を打たれたか。それにしても何たる早さ。 ぬうっ、どうしたものか」 「パルボン様!」 すぐ、兵が続報を持ってきた。 「松平元少尉が、食い詰め浪人を龍雷連隊の兵として引き込み、バンダロハム北の境界に陣を築いたようです」 「な、何〜〜!」 「はっ。いかに処分致しましょう?」 「ふふん。ちょうどよい…… 松平元少尉には、そのまま黒羊旗に向かう先鋒を命じよ!」 「は、はあ……??」 「おっほん」 「は、はっ。で、では私は松平元少尉のもとへ向かいますぞ?」 兵は足早に去って行った。 「騎狼部隊は戻っておるか? それから、レーゼマン、香取を呼べ」 「はっ」 「わしはパルボンリッターを出すぞ」 「え、殿もご出陣なさるのですか?」 「うむ。 少し予定と違うが、これでどさくさに紛れてバンダロハムも獲れる。どうせ傭兵どもも騒ぎ出しておろう。 攻め込んできた黒羊旗を追い払ったことにすれば、わしらの名声も上がる。ふふん、やつ等も早まったことをしたな。 これでこの三日月湖地方はわしらのものじゃな。 戦部、クレア。本陣はそなたらに任せたぞ」 パルボンは立ち上がると、どかどかと本営を出て行った。 * 本営を出た後、ウルレミラで一人行動するレーゼマン。黒羊郷のことを聞き出すつもりだ。 路地裏。 「……それで、知ってるのか知らないのかどちらなんだ」 彼の足もとに、強そうな男達が倒れている。その一人を足蹴にする。 「ひ、ひっ。お助け!」 男は逃げ出した。 「ちっ。どうもこのウルレミラじゃ、骨のありそうなやつはおらんな」 レーゼマンは、札束でぱしぱしと気絶している男を叩く。ごろつきを買収するつもりだったのだが。 「おっ。いたいた、レーゼマン殿!」 パルボンの私兵だ。 「おっと……」 「レーゼマン殿? この男達は?」 「ごろつきだ。私に襲いかかってきたものでね」 「そうでしたか。ウルレミラにもこんな輩がいるのですね。 そうだ。レーゼマン殿、パルボン様がお呼びです」 「ん? 私をか……」 兵は、香取のもとへも向かうことになる。 * 「……岩造様」 バンダロハムを一望する丘の上に佇む、ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)。 「ついにこの日が来ましたな」 北の境界には、今、龍雷連隊の兵となった食い詰め者達が展開している。 その数は、……100、200程だろうか。 まだ、連隊というには遠い。が、 「これが、龍雷連隊の始まりなのだよ」 ファルコンは、静かに呟いた。 風が、冷たい。 背中の羽を広げ、ファルコンは叫んだ。 「私のこの翼で大空を駆けめぐる!!!!」 バンダロハム北の境界線に立った岩造。 彼の後ろには、ある者は緊張の面持ちで、ある者は自信あり気に、ある者は誇らしげに、めいめいに武器を取る浪人達。 「おう来いや」「やったるで!」「岩造隊長?!」 「……」 じっと、遠くを見つめる岩造。 北の森から砂塵を上げて、軍勢が迫り来る。黒羊旗。 岩造は、高く剣を掲げた。 「龍雷連隊、突撃せよ!」 |
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