|
|
リアクション
6-03 酒場
騎狼部隊のもう一人、バンダロハムに立ち寄ったイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)。丘陵の中ほどで、いちばん大きそうな酒場を見つけ、そこへ入ったのだった。
そこで事件が起ころうとは、もちろん知る由もなしに……。
騎狼は、酒場の裏側にある小屋につながせてもらった。
バンダロハムでは、沼人マーケットの方から流れてくるのか、見たことのない動物や家畜を見かけたが、甲冑を着けたこの大きな狼は、道行く人々に珍しがられた。一度、商人にも声をかけられた。手早く移動したので、人が集まるほどの騒ぎにはならなかったが。
酒場で使われている下男風の男は怖がったが、馴致されているので人は攻撃しない、大丈夫だということを言っておいた。
「相席になりますが……」
「ああ。かまわない」情報を聞き込もうと思っていたので、ちょうどいい。
「では、あそこの大テーブルに」
イレブン、カッティと、騎狼部隊所属のシャンバラ兵数人は、真ん中辺りのテーブル席にかけた。
しっとりしたリズムに乗って、歌が流れている。
透き通った歌声。
店の奥で、楽器隊の伴奏に合わせて、歌っている女性。
乳白の髪は、ちらつく店の明かりで、ときどき金に光って見える。
透き通った白い肌。
アルビノの歌い手、か。
着ているのは……チャイナドレス。みたいだが、あれもこの地方の文化なのか?
「イレブン……何じっと見てるの」ちょいちょい、とカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)がイレブンの肩をつつく。
「あ、ああ。あの楽器、見たことないなあ、と思ってな。おそらく、この地方の独自の文化なのだろう」
「へえ……」
店主が来た。
「何になさいましょうね?」
「わ、色々あるよね! イレブン!
じゃあ、この鯰丼に象魚ラーメンに湖坊主焼きにバンダロハムスッポン鍋に……」
「主人、それと後で持っていきたいのだが、人数分の一週間の食料と、水も用意しておいてもらえないか? あと裏の騎狼にも食べものを」
「へいへい」
すぐ、他の客達が横から話しかけてくる。
「へっへ。兄ちゃん、どこから来なすった。見ない顔だねえ」
「未来から」
「どかーん!(お約束!)」セスタス炸裂! 殴るメイドとして活動中。
「うひゃひゃ。仲良いねえ」「彼氏は相当尻に敷かれとる様子か」「夜はどうじゃの」
酒場だから……ごめんなさい。
「実は、色々お尋ねしたいことがあるのですが」
「お? 急に真面目になりおったぞ」「悩みでもあるのか?」「女のことか?」
セスタス!「……っと待った。
私は真面目ですよ」
料理が来た。
「奢りだからね(イレブンの)。皆も食べて」
「うひゃひゃ。嬢ちゃんは優しいねえ」「何でも聞いてくれや」「何だったら、わしが嬢ちゃんに色々教えちゃうぞ」
カッティは、完全に料理の方に関心が移っていった。
「む、料理長、この隠し味は!」
「……」「……面白くねえ」「……で、何かね、兄ちゃんや」
「この地方の、異端信仰とはどういった宗教なのでしょうか」
「……異端信仰、なあ」「……面白くねえ」「兄ちゃん、あれか学校の宿題か? それとも新興宗教でも立ち上げるかね?」
一人が、とくに話題に乗り気でないながらも答えた。
「あんたらは異端などと言うかも知れんが、奥地の黒羊教、撲殺寺院などは、もともとヒラニプラにある古い宗教じゃ。
儀式や祭典やらに野蛮な習慣が残るので、異端などと悪く言われておるだけじゃろうて」
「ふむ。そのお祭……儀式や祭典ですか、それはどういったものでしょうか」
「それは……実際のところ、わからんなあ。
何か、生贄だの、神と交わるだの、色んな話がごっちゃになっとるで。信徒でなければ、儀式には立ち会えんからのう。
……じゃが、黒羊郷で行われる復活祭は、今年は百年記念か千年記念かで、一般開放されるのじゃったか」
「ちょうど、時期じゃねえか。ほら、ここにもぼちぼち旅人が増えてるだろ」
「ふむ、ふむ。では、その中にですね、アンテロウム副官……ええっと、こういう人(?)はいませんでしたか。
黒い羊の頭で……」
「なんじゃ? 黒羊教の神ではないのか。
そうか、神は別の土地から来ると言い伝えにあって、それが千年目の年にあたるとか……」
「ふむ……」
イレブンは少し考え込んだ。
「では、あと、北の森の地形など……」
イレブンのその後ろでは、酒を注文し飲んでいるこの男。
「店主。酒だ」
岩造だ。
「店主。私は、この町のことや、ヒラニプラの山奥のことを聞きたいんだがね」
「それから、皆さん」
客らに話すイレブン。
「騎狼部隊に参加したい方がいらっしゃれば、どうですか? 大した給料は出せませんが」
「ほーー」「なんだ兄ちゃん。どっかの隊長さんか?」「雇ってくれるんか? 食い詰め仲間なら沢山いるぜ。食わしてくれるんかい」
後ろで、岩造の耳がぴくん、と動いた。
そんな様子を、少し冷ややかな感じで、歌い手が見ている。
そこへ……
ばだーん。
勢いよく扉を開けて入ってきた者達。
バンダロハムの傭兵だ。
「!」「奴ら、貴族館のお抱えだ。おい、席を空けた方がいい」「兄ちゃん、さっきの話、あいつらには言わない方がいいぜ。あいつら、貴族の手先さ」
ぞろぞろ、店に入ってくる傭兵連中。
どいたどいたと、客を隅に追いやり、どっかとテーブルや椅子に座り陣取る。
カッティが吟味していた皿も取り上げられた。
「あっ。何す……」
イレブンがカッティの口をふさいで、店の隅のテーブルへ連れていく。
岩造も、気付いた。
「む。あいつ、また私の前に現れよったか」
ギズム・ジャトだ。
「おい、裏の小屋につないである、あのでか犬はどいつんだ?」
「あれは……! ……」
イレブンが、またカッティの口をふさぐ。
イレブンはそっと酒場を見渡した。イレブンに奢ってもらった食い詰め者らは押し黙っている。
奥で、店主に、下男風のが、何かひそひそ話している。
「まずいな……」
傭兵らは、客を睨みつけている。
「……まあいい。おい、見張っておけ!」
「ぐっひゃひゃ」「へへー」「くけけ」
「おい。湖の向こうに教導団の連中が来ている。
いいな、お前ら食い詰めども、奴らに味方する者があれば、俺達に殺されるものと知れ」
「……」「……」「……」
緊張し、見守るイレブン。岩造は無言で酒を飲む。
「なあ、なあ、この歌い手の真っ白な姉ちゃん、いいなー。へっへ。こいつ俺が貰っていいか?」
「……いいぞ。続けろ」
「はっはーおいこっち来い」
「違う。歌を続けろ、と言っているのだ」
「は……?」
ジャトの影が飛び、斬馬刀が歌い手の腕を引っ張っていた傭兵を二つに割った。
どっ、倒れる傭兵。
「ひっ」
小さく幾つかの悲鳴が上がったが、すぐに中はしんとなった。
心持ち小さなボリュームで、再び演奏が流れる。それに乗って、歌が。歌は、さっきと変わらず、透き通って美しい。
「いい声だ」
ジャトは目を見開くと、切り殺した仲間の死体を指し、
「逆らう奴は死に値する。空気を読めない奴も死に値する。俺の気に入らない奴もまた、死に値する。
今から、この中に教導団の奴がいないか調べる。誰も外に出るな。
教導団の奴がこのバンダロハムにいたら、殺せ、と貴族は言っておいでだ。
一人ずつ前へ出ろ」
「ぐっひゃひゃ」「へへー」「くけー」
どうする……「イレブン殿……」騎狼部隊の兵と顔を見合わせるイレブン。
岩造は、剣の柄に手をかけた。「……岩造様」いさめる、ファルコン。
どん。
誰かが入ってくる。
「おい、傭兵のリーダー格はいるか?」
いつもの丁寧な口調ではない。鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だ。
「話がしたい」
「ぐっひゃひゃ。おいなんだなんだー」「へへー」「くけけ」
傭兵ら三人が、武器を抜いて取り囲む。
「傭兵の者か。
協力してくれる気はないか? もしくは、教導団に敵対しないでもらいたいのだが」
「何? 教導団……」「……へへー」「……くけー」
酒場の誰もが黙った。
一斉に笑い出す傭兵連。
「ぐっひゃひゃあ! こいつ馬鹿だ」「へへー! 飛んで火にいる甲虫てか」「くけけけけ!」
「何、馬鹿ですって! 言ったわね!」
松本 可奈(まつもと・かな)が、近くのテーブルにあった皿ごと傭兵に投げつける。
がしゃーん。
「ぐひゃ、恐い嫁連れてやがる!」「へへー、でもきゃわいいー!」「くけっ、おい女は置いていけ。お前帰ってよし!」
可奈は、テーブルを持ち上げた。
「おい待て」
ジャトが出る。
傭兵ら、笑いを殺して後ろへ下がる。
斬馬刀が鷹村を向く。
「残念だな。教導団の者は、その場で斬り捨てることになっている」
鷹村は、剣を抜かない。
「わかった。じゃあ、教導団とか関係なしだ。あくまで、俺個人に協力してくれないか?」
鷹村は剣を足もとに置く。
「俺がお前に勝ったらだ。どうだ?」
また一瞬、場が静まり返る。ざわざわ……傭兵達も、笑わずにジャトを見る。
と、
ジャトは、高らかに笑い出すのだった。
「面白れええ。お前が、このギズム・ジャトに勝つ、だと〜〜?!」
「但し、俺は剣を持たない。素手で、だ」
6-04 アルビノの歌い手
「待ちなさい!」
澄み通った声が、酒場に響く。
歌が止んでいた。
しん、と静まった酒場。
つ、と彼らの真ん中に歩み出てくる、女性。
アルビノの歌い手の女。
「迦 陵(か・りょう)と申します」
歩みを止め、述べる。目は閉じたままだ。
「むやみやたらに土地の者と交流し、喧嘩したり、まして戦いを勃発させるなど、絶対に問題を起こすでないぞ」
どこかで聞いた台詞、そう、
「……我々遠征軍の総大将を務めるパルボンの指示です」
「パルボンだぁ?」
「何だぁ。あんたも教導団だって言うのか?」
「で、それがどうした。アルビノの姉ちゃんよお?」
驚いた表情の傭兵達。ギズム・ジャトは無言だ。鷹村も彼女の方を見つめている。
「……」
迦陵は続ける。
「血気盛んな教導団員であれば、この言葉をこう捉えるでしょう。つまり、」
皆が、迦陵を見つめる。
「問題を起こさせ、この地へ攻め込む為の大義名分を得ろ。と」
大義名分? イレブンは、パルボンの顔を思い浮かべた(く、はないが)。あの男がそんなものを考えるか? そもそも攻め込む、など?
「問題、なあ」
「しかし、この場で俺達があんたらを片付けちまったらどうだ。あんたらからバンダロハムに入ってきたんだ。
殺されたって文句は言えまいよ」
「姉ちゃんよ、……あんた殺されるぜ」
「教導団を甘く見すぎています」
いぶかしむような、傭兵達の顔。
「なんなんだ、あんたは。一体、それを俺達に教えて、誰の味方だ、あんたは。
教導団じゃねえのか?」
「敵だというなら、私を撃ちますか?」
また、しんとなる場。
「な、何〜〜……??」
「私は……何と戦わなければならないかを、常に考えているのです」