リアクション
* 街の広場。 「こら! そこで何してる!!」 勢いよく駆けつけた、軍服の女性。手にはすでにアサルトカービンを抜いている。背にはライフル銃。 わっ。ひぇー。逃げ散る群衆。 「はあっはあっ、エイミーちゃん。ちょっと待ってくださぁい」 その後を付いてくるのは、メイド服の女の子、……でもやっぱり手に持っているのは、……ハンドガンだ。 集まっていた人々が、急いで立ち退く。 その真ん中にいるのは……パンダだ。パ、パンダ?? 何だか、白黒が反転してる気もするんだけど…… 「オレは、教導団軍曹のエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)! ええいそこのパンダァ! 止まれっ」 「え? え?」 「はあはあ……同じく、教導団伍長の、パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)ですぅ。 悪い人がいたら、捕まえちゃいましょうか」 かちゃ。ハンドガンをパンダに向ける。 「な? な? あ、あの〜。トトー、なんとかしてくれる??」 周囲に集う群衆の中から、現れたのはこちらも教導団軍服。 「ええっと。見回り、ご苦労様だ、かな。 教導団士官候補生、大岡 永谷(おおおか・とと)だ。よろしく」 手を差し伸べてくる。エイミー達とそう年は変わらないくらいの、小さな少年だった。 「あ、ああ。よろしく」 「あれ? 何か早とちりしちゃいました? またしょんぼりですぅ」 この二人、実は本営にいるクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)のパートナー。そういった場所に慣れた様子のハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は、平然とクレアに付き侍るが、エイミーにはどうも貴族の家なんてのは、居心地が悪い。 ちなみに軍曹なのは、「素行が悪い」のでパルボンによって階級を軍曹にされたのだった。 おっとりしてそうなパティの方はと言うと、貴族邸で給仕の手伝いをしようと思ったまではいいが、いきなり高価な食器を割ってしまい、他にも「ドジでいろいろやらかしたせいで」パルボンによって階級を伍長に下げられたのだった。食器(5,000G)は、クレアが弁償しました。 「エイミーちゃん。また気を取り直して(さっき食器を割って本営を追い出されたばかり)、街のパトロールに出ましょう」 「よし、じゃあなるべくトラブル起こさないように……行くとするか! てめえら、喧嘩を見かけたら、街を見回ってるオレ達に知らせなよ! オレが買ってやるから」 エイミーとパティは、そう言うと広場を後にした。 「オシャレなカフェもたくさんありますねぇ。エイミーちゃん、ちょっと寄っていきましょうか?」 「さてとこちらも気を取り直して……って、まだやるべきなの? トト」 「ああ。もちろん、ウルレミラの治安と、教導団のためだ」 「はァ……」 またすぐに人々が寄ってきて、子どもらが前の方に出てくる。 パンダはもちろん、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)。永谷(とと)のパートナーだ。 ウルレミラ巡回の任に着いた永谷独自の着想で、ウルレミラの街頭でちょっとしたイベントをして回ることになった。 パンダ(=福)がそのまま、ただ笹の葉を持って子ども達の前で食べたりとか、ボールの上でごろごろするとか、大きなあくびをするとか……そういうことなのだが。 永谷はと言うと……群衆に混じって、福を眺めている。 「風紀委員への連絡は、すでに取ってありますよ」 ファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)も、福を眺めている。 「……」 (普段と変わらないことするだけだって言ってくれるけどさ、……こう大勢に見られてこんなことするってのは、けっこう疲れるんだよ。 とは言え、それもやっぱり福井にいたときも仕事でやってるし、まあそれなりに慣れてはいるんだけどね……) とか思いつつ、街の真ん中でゴロゴロする福。 珍しそうに、楽しそうに近付いてきて、棒で突っついたり(「あ。それはやめてね……」)する子ども達。 ウルレミラは平和そうだ。 「そろそろ、次のところに移動するかな」 「そうですね」 今日は永谷(ペット)の企画したイベントも上手くいってるし、任務が終わったらマッサージでもしてやって永谷(ペット)の機嫌でもとってやりますか。 もっと調教して、しっかりしたペットにしないといけませんものね。 ウルレミラの治安などは二の次の話で……ファイディアスはやはり、それに最重点を置いて、巡回(いや……巡業?)を続けた。 ウルレミラは、平和だ。 そんなウルレミラの路地の片隅。 「ええ、ええ。女将はん。ウルレミラは至って平和どすなぁ。 ええ。パルボン隊長には、女将はんらは、周辺の散策を兼ねて偵察に出ていると言っときましたえ。 まったく、軍を動かす様子もないどすし。羽を伸ばせというふうなこと言ってはりまして」 携帯で話すのは、山城 樹(やましろ・いつき)。 パートナーの宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)と連絡を取っているらしい。セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)と湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)の姿も見えない。 「むっ。そこのキツネェ。止まれっ!」 「はあはあ……あやしい人がいたら、捕まえちゃいましょうか」 エイミーとパティが来た。 「な? な?」 * こじんまりしたカフェの中では、道明寺 玲が、お茶を吟味している。 「店主、このお茶の葉は何と……? 至極まろやかな味であるな」 「それは、東の方から入ってくる茶の葉で……」 この店は、湖が見渡せる大きな窓もなく、高いところにある小窓から光が流れてくるだけだ。白い壁に二つ三つと、シュルレアリスムに似た架空の風景画が掛けられている。ギターのアルペジオのゆったりしたインストが、小さなボリュームで聞こえている。 同じカウンター席の隅にいるのは、冒頭でも登場した夏野 夢見(なつの・ゆめみ)。 「夢見さん。あの人、教導団のようですね?」 「ええ。ほんとだ」 おさげの位置を下げてベレー帽、という戦闘スタイルで前回(修学旅行)では戦うはめになった夏野。 今日はウルレミラの街にもよく合う深い赤基調の服装で、観光気分で歩いた。ウルレミラ名物の、みずねこまんじゅうも買ったし。 フォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)も一緒に、飲み物と郷土料理を注文して、居合わせた店の常連らしいお爺さんに話しを聞いていたところ。 「お、お嬢ちゃん。……食べるの早いな。爺は驚いたぞ」 「あ。ごめんなさい。(特技は早食いなんだもん。) それで……あと、他にこの三日月湖にまつわる伝承なんかはご存知でしょうか?」 教導団と感じさせない、柔和な態度で。 観光気分もいいけど、(あくまで観光も兼ねて)情報収集も忘れない。 さっきまでは、お爺さんから三日月湖ができるまでの長い話を聞かされていたのだが、とくに有用な情報というものはなかった。 それはもう何千年という歴史の中でだが、もともとは東を流れる蛇行する大河から分離し、この巨大な三日月湖ができたのだ。 「その際に……湖にとり残された竜がおって、これが水神と言われて崇められておったのじゃが、湖賊が屯ろするようになってから、これに退治されてしもうた。ただ、陸に打ち上げられたそれは、竜と呼べるようなものではなく、巨大な魚の奇形のようなものであったらしい」 という話も、聞いた。 三日月湖ができて、奥地にまで行き着かない流れ者などがここに足を留め、集落を作るようになった。湖賊なども早い時期に、東の川からやって来て、最初の頃は付近の魔物などを退治して村を作るのに協力したらしい。 という話も、聞いた。 何度も巡る、お爺さんの話。 軍服の女性……玲も、いつしか耳を傾けていた。 「では、黒羊郷の話はどうでしょう? 何か、わかることはありますか」 フォルテが聞いた。 「わしは、行ったことないでのう。ここからはまだ随分遠いじゃろうのう。店主どうじゃ?」 「黒羊郷ですか。奥地にある古い里で、異端の本拠とも言われていますね。 もとは土着の古い宗教だったのですが、流れて来た異端達の間で流行り、栄えたと言います。また、異端達は独立勢力を作り、かつては十四の小国が奥地に至るまでにあったそうです。ほとんどは滅びましたが……今尚衰えぬ勢力もあり、最北の切り立つ山の麓にあるという黒羊郷へ至るには、危険な道のりだと聞きます。それでも、訪れる人は少なからずいますね」 * 「彼氏とデート?」 なんてことを言われ、舞い上がって更にべったり俊にひっついていた沙織だが……今は。 「にゅぅ〜疲れたよぉ……」 歩き疲れてしまったソフィア。俊に抱っこしてもらっている。 「……」 ちょっと、俊を独り占めされてる気もするけど、……今日は笑顔で。 ウルレミラの商店街はやはり平和な様子で、とくに商人が戦争を儲け話にしようとしているような様子は窺えなかった。沙織は、楽しみつつ、その辺りにも気を配って歩いた。おそらく、バンダロハムでは事情が異なるのだろうけど。 でもそれより。沙織は、とても嬉しい気持ちでいた。 俊が、商店街で、妹達に、とそれぞれ服を買ってプレゼントしてくれたのだ。ウルレミラの湖を思わせる深い青の刺繍の入った服だ。 帰ったら甘えよう、と思う沙織。 俊も、今日は何事もなく、妹達と楽しい一日を過ごせたかな、と思う。 ただ、彼がお店や、街角で人々の話に耳を傾けると、街の人達の不安が聞かれることもあった。ウルレミラの貴族が、教導団を利用しバンダロハムを潰してしまおうと考えているのではないかとか、いやそもそもバンダロハムを乗っ取ろうというのは教導団の意思であり、この街の治安が乱れることになる、とか。それに……最終的には、教導団はウルレミラも己がものとしてしまうのではないか、という声もあった。 「……」 その辺りは、教導団を名乗らず、私服で歩き回った俊だからこそ耳にできた話でもあるが。 このいい街をそんなふうにはしたくない……楽しむことのできた一方で、それを思うと少し複雑な気持ちもある。 「……ん?」 どうしたの? という顔で、俊を見つめる沙織。 「いや、何でもないよ。ソフィーは眠ってしまったみたいだな。そろそろ戻ろうか」 |
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