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リアクション
【2】
「いやー、素晴らしいです。ラズィーヤ様の隙をついて寮の中に入ってしまうだなんて。鮮やかです。素敵な王子様でした」
先ほど寮に突撃して行った壮太を、高務 野々(たかつかさ・のの)はそう評した。
「けれどその王子様のおかげで、抜かれたラズィーヤ様の負けず嫌い精神に火がつきましたよ? どうしましょう。これでは十二番目の魔女の力を以てしても抗しえるかわかりません」
そう。
壮太がラズィーヤとドラゴンの封鎖する正面を突破してしまったため、彼女のプライドに少しの傷がついたらしく。
もうこれ以上は誰も通してくれそうになかった。
その証明に、というか、ドラゴンもやる気で唸り声をあげているし、ラズィーヤも牽制するように火術を飛ばしてくる。まだ牽制程度で手加減されているため、避けることも弾くこともできるが、いざ本気でかかっていったら無事では済まないかもしれない。けれど多分、決定的な致命傷を一撃で負わされることもない、と野々は踏んでいる。
ならば、子守唄を歌ってラズィーヤの動きを封じたい。抱きついて無力化も。子守唄が上手くいけば抱きつく必要もなく無力化できるが、抱きつくことに意義があるのでそこは譲れない。しかしそのためにはドラゴンが邪魔なのであった。
「抱きついて幸福絶頂時にブレスを吹きかけられたらたまったものではありません。そこでそこの貴方!」
野々は、自分と同じく静香に呼ばれて百合園の寮前に来ていたいフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)を指差した。
「え? 私、ですか?」
突然指名されたフィルは戸惑い、パートナーのシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)を見た。シェリスはふん、と鼻で笑い、
「このわしを利用するか。おぬし、なかなか見る目があるようじゃな」
どこか満足げに言う。そんな、どこかズレた反応をしたシェリスの言葉にフィルは困ったように笑い、野々を見た。野々はフィルを指していた指をすすすっと移動させドラゴンに向けて、
「ドラゴンスレイヤーになりたくないですか?」
と、言った。
ドラゴンスレイヤー。
それは、このパラミタに居る多くの者が憧れて、けれど、憧れるだけに終わるもの。
フィルだって憧れていないわけではない。
だから、素直に言った。
「なりたいです」
野々は満足そうに笑う。
「協力しますから、協力してください」
会話に置いていかれたシェリスが腰に手を当て憮然と言う。
「だからっ。このわしが手助けをするのだ。上手く行かぬ道理などない!」
置いていかれたことが悔しかったのか、言うなりシェリスは光術を放った。敵を前に動こうとしなかった自分たちに、今にも襲い掛かろうとしていたドラゴンがその光に怯む。迫ろうとしていた足が止まる。開かれた口から怒りとも悔しさともとれる呻き声が漏れた。
「ふん。わしに攻撃してこようなど百年早いわ、この爬虫類が!」
豪奢なフリルに飾られたぺたんこの胸を張ってシェリスは威張る。
その直後――
ぐわ、
と、ドラゴンの口が大きく開いた。
熱気。
殺気。
一呼吸後にはブレスが来る。それがわかった。わかったが、わかったけれど、対処が遅れた。逃げるにはもう遅かった。
やばい。
三人がそう思って、互いを庇い合うようにしてやり過ごそうとして――
「『我が身を焦がす業火より護りたまえ』ッ!」
裂帛した叫びがこだました。ふわり、と何かに覆われた気がする。護られている、と感覚でわかった。柔らかな、温かいモノに。
そう感じて刹那の間。頭上でゴウ、と音がした。熱を感じた。ドラゴンが吐いた火だと知った。熱い。けれど、思っていたほどじゃない。ならばこれは。
「ファイア、プロテクト……?」
フィルが呟いた。
「誰かが張ってくれたんですね」
そうして辺りを見回すと、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の姿が見えた。目が合う。皐月が安堵したように笑いかけてくる。
「間に合ったぁ〜……っ」
叫び声を上げた影響で声を掠れさせて皐月が言うと、ルーシュチャ・イクエイション(るーしゅちゃ・いくえいしょん)が嗤う。
「私の力を借りておきながらここまで切羽詰まるとは、な。もっと足掻いてもらわねば私が詰まらぬだろう?」
「そう思うならもう少し協力的になってくれ」
「断る。私は私が煩わしい思いをするのは嫌いなのだよ」
「そうかよ」
期待はしていなかった、とでも言うように肩を軽くすくませて皐月は軽口に似たノリの言葉をルーシュチャに投げる。そしてすぐに庇い合っていた三人の元へ駆け寄った。
「怪我、ねーか?」
「おかげさまでラズィーヤ様に抱きつくための両腕は無事です!」
「助かりました」
「うぬ……わしが借りを作るとは」
三者三様の反応を見せ、そのどれもが元気そうだったので皐月は笑う。その笑みがすぐに不敵に変わった。
「――ってと。事件の解決に繋がる眠り姫救出を邪魔される訳にはいかねーし。サクッと倒しちまいますか」
「瀬蓮さんを眠りから覚ましてくれるのですか?」
皐月の発言にフィルが問う。その問いに、皐月はかぶりを振った。
「オレは脇役。王子様はもっと適任が居るだろ? だからオレは道程を護る王の騎士……ってね」
「隙を」
「うん?」
「隙を作ってくだされば、急所を狙い撃ってみせます」
真っ直ぐに皐月の目を見つめ、フィルは言った。それを聞いた皐月はニッ、と笑い、そしてシェリスに向き直る。
「なぁ、ゴスロリっ子。雷術使えるか?」
「愚問じゃな。わしを誰だと心得る?」
「いや、それは知らねーけど」
「わしこそが『パラミタの生き字引』! シェリス・クローネじゃ!」
再びぺたんこの胸を大きく張って、シェリスが言った。フィルが「こら」とそれを制す。そしてその作戦会議の中に入って行こうと、野々が「はいっ」と手を挙げる。
「お三方がドラゴンを止めるのなら、私はラズィーヤ様を止めます!」
「んじゃ、そっちは任せた」
「任されました! ふふふ、これでラズィーヤ様に大義名分を持って抱きつける……♪」
妖しげに微笑む野々を横目に、雷術の詠唱を始める。それに倣い、シェリスも雷術を唱え始めた。皐月の術と併せて増幅していく。光が膨れ上がる。別々に展開した術が混じり、重なり、そしてそれを――放った。
雷鳴。ドラゴンから立ち上る煙。うめき声。そして銃声が響いた。
しかし、ドラゴンは変わらずに絶対的存在として佇んでいる。
先ほどのブレスを思い出した。一度は運良く捌けたが、二度目もあるだろうか? それに、寮の中にまだ生徒は居る。
焦った。それを見通したようにドラゴンが大きく口を開いて――
「お助けしますぅ!」
声とともに、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がドラゴンの口の中に火術を放った。怯んだドラゴンの足首を刈るように、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)がモーニングスターを振りまわす。身体が傾いだところにフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が轟雷閃を叩き込んだ。
その間に、一度体勢を立て直すべく皐月、フィル、シェリスの三人は下がる。
「やっぱりドラゴンさんが相手だとやりやすいですぅ」
「頭の位置が高すぎて後頭部を狙えないけど、それでも倒せるよね、きっと!」
「女の子を護るためなら、たとえ火の中水の中、ドラゴンのブレスの中……ですわ」
こちらも三者三様にドラゴンを攻撃し、前に立ちはだかった。ラズィーヤが何かしてきたらどうしよう、と少し躊躇したが、彼女は自分に刃を向けてくる者の相手に忙しいらしい。こちらには一切手を出してこなかった。
「このままドラゴンさんを倒しちゃいますよー、おーっ」
メイベルが気合を入れた声を上げぐっと拳を握りしめると同時に、
「マナカが居るんだから、そーんな簡単にやらせちゃうわけなーいーじゃんっ♪」
頭上から声が降ってきた。
声の主を真っ先に見つけたのはセシリアだった。どうにかドラゴンの後頭部を殴れないかと見上げていた、そのドラゴンの頭に近い場所にその姿が見えたからだ。
頭に近い場所。
彼女はドラゴンの背に乗っていた。
「ドラゴンナイト、マナカヒトトセ参上〜だよ! 貴様らみたいな三下には負けないのだ〜!」
春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)は名乗りを上げ、そしてそれを終えると同時にトミーガンの引き金を引いた。メイベルたちの足元の地面が抉られる。すかさずフィリッパがメイベルを抱き上げ、銃弾から庇った。
「え……、どうしてですか?」
メイベルが悲しそうな声を上げた。セシリアもフィリッパも、どこか悲しそうに真菜華を見る。真菜華は悪びれもせず、芝居がかった動きで両手を広げて空を仰ぎ、
「お伽噺の世界が具現化したなら、ずーっとこのままのほうが面白いし、ある意味平和なんじゃん?」
自分の考えをぶつけて、
「というわけで、マナカはラズィーヤさんの味方をしちゃいます」
にこり、と綺麗に微笑んだ。芝居がかった動きのために、一度は手放したトミーガンを再び構える。
「ケガしたくなかったら、とっとと立ち去れぇー!」
キャハハハ、という甲高い哄笑と共に放たれる弾丸が地面を穿つ。
安易に近付けなくなった、と皐月は内心で臍を噛んだ。
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