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リアクション
【1】
桜井 静香(さくらい・しずか)が誰を呼ぶよりも早く、百合園学園に向かって走り、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の目さえもかいくぐり、寮の中に入った人物が居た。
瀬島 壮太(せじま・そうた)とミミ・マリー(みみ・まりー)だ。
「ユズ姉さん!」
寮に入るや否や、壮太は大きな声を上げて名前を呼んだ。するとどこからともなく「ここです」と声が聞こえてくる。声のした方に視線を巡らせると、居た。ユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)が、一人で。
いつも隣に居る遠鳴 真希(とおなり・まき)の姿は、ない。
「真希は!?」
壮太は今にも掴みかからんとするばかりの勢いでユズに問う。対してユズは風のない湖のように変わらない表情と態度で、
「真希様のお部屋までご案内いたします」
とだけ言って、身を翻した。慌ててその背を追う壮太。さらにその二人の大きな歩幅に置いて行かれないようにと、小走り状態で廊下を行くミミ。そんなミミに気付いて、ユズが少しだけ歩く速度を落とした。
ユズを先頭に、壮太が続きその壮太の隣をミミが歩く。
視界に入ってくるのは緑色の茨。
それぞれが意思を持つように蠢き、襲い掛かろうとしてくるそれを、壮太は銃撃し
不意に、ユズが口を開いた。
「見ての通り、百合園の寮全体が『眠れる森の美女』の世界に囚われてしまっております」
「『眠れる森の美女』?」
「あらすじは省きますが――百年間眠りつづける呪いをかけられたお姫様の話です」
「そんなに寝ちゃうならお腹すいちゃうねー」
ミミが場違いに明るい声で言う。それに対して壮太が「そういう問題じゃねーだろ」と言って、ユズを見た。話を促す。
壮太の視線など見えないはずだが、前を歩くユズは見えているかのようなタイミングで話を続けた。
「呼び出してこんな話をするのですから、わかっていると思いますが。真希様も茨に触れ、眠ってしまいました」
「……じゃあ、百年間眠りつづけるのか?」
「遠鳴さんもおなかすいちゃう?」
「だから、腹減るとかそういう問題じゃねーって! ユズ姉さん、起こす方法ねーのかよ」
「あります。『眠れる森の美女』では、呪いを解くのは王子様のキスです」
「キ……!? つか、王子なんていねーだろこのご時世に」
「そういう意味ではございません。真希様は、たとえ本物の王子様が目の前に居ても王子様とは思わないでしょう」
「はあ?」
「真希様の王子様は、瀬島様のみなのです」
ユズが足を止めて振り返った。壮太の目と、ユズの目が真っ直ぐに合う。ただ一人置いていかれ気味なミミが、絡みつこうとしてくる茨を火術で焼いて二人の邪魔をさせないように奮闘していた。二人はそれすら気付かない。
壮太は考える。
つまり、何をすればいいのか、と。
真希は眠り姫になってしまった。
眠り姫を起こすのは王子。
そしてその王子は自分しか居ないという。
「まさか、オレがキスするのか?」
「はい。不本意ではありますが」
壮太の眼を見据えて、ユズは言う。壮太は信じられないものを見るかのようにユズを見たが、彼女は何も言わずにくるりと振り返ると背にしていたドアを開けた。
「着きました。真希様をお助け下さるようお願いします」
言って、すぐに部屋の中へ入って行ってしまう。壮太はその背姿をぼうっと見ていたが、ミミに脇腹をつつかれて我に帰った。
「ん、な……えぇ!?」
部屋の中では茨がうねっていて、入るのが一瞬躊躇われた。が、真希のことを考えるとこのままで居るわけにはいかない。部屋に飛び込んだ。
部屋にあるベッドの上で、女の子らしいパジャマに身を包んだ真希が眠っていた。
「え、……おぉ? 嘘だろ、これ普通に眠ってるだけじゃねーの? 真希? 朝だぞー?」
壮太は真希に話しかけてみるが、反応はない。焦る。
本当にキスをしなければいけないのだろうか。
部屋をうろうろし、かと思えば突然立ち止まり頭を抱えてしゃがみこむ。ミミが声をかけようとすると立ち上がり、がりがりと頭を掻く。
だって真希はまだ子供だし、ファーストキスだってまだだと言っていた。真希は、初めてを大事にするだろう。いや、大事にしたいと思うだろう。告白の返事すらできていない自分が簡単に触れていいはずはない。
そんな葛藤から動き回っているのだが、はたから見ている側としては、
「なかなか面白い動きですね」
「こんな壮太、初めて見るよ。だっていつもならさくっとキスしちゃうし。壮太らしくなーい」
「うるせぇミミ、おまえあっち向いてろ!」
ユズとミミが茶化すように話していると、悩める本人から大声が飛ばされた。
「ねーねーユズさん、遠鳴さんは本当に起きないの?」
「はい。普段でしたら飛び起きるようなことを言ったりしたりしてみましたが起きませんので、尋常ならざる事態です」
「……いったい何をしたの?」
「……聞きたいですか?」
間を開けて、嫣然と笑いユズが言うのでミミは苦笑いをして「やっぱいいや」と言って真希に近付いた。ヒールやナーシングを試してみるためだ。
精神を集中させて、手をかざして。光が真希を包んで、それから。
「…………起きないね」
ミミが言い、
「瀬島様」
ユズが壮太を呼んだ。
「〜〜っ、わかったよ!」
真希のベッドから離れて見守っていた壮太が、近付いた。
そっと、少しずつ、近付いていく。
あともう少しで、唇が触れそうな距離。
自分の心臓の音が相手に聞こえるのではないか、なんて眠っている相手にするべきではない心配をして。
壮太は、真希の唇の端に、触れるだけのキスをした。
静寂。
「起きねーじゃ――」
変わらないことに顔を赤くして声を荒げようとした瞬間。
「あ、壮太ぁ……。おかえりなさぃ……」
寝ぼけたような真希の声が聴こえて、振り返り真希を見て、真希は何故か顔を真っ赤にしていて、そしてその赤い顔を隠すように壮太の胸に顔を埋めた。
どうして真希が顔を真っ赤にしているのか、そして自分の胸に顔を埋めているのかわからないし、背後のユズの視線はどこかトゲトゲしく痛く、ミミのきゃぁきゃぁ言う声が煩わしくもあったが。
「そ、壮太さん。あの……」
「おう。……おはよう」
ただそう言って、真希の頭を撫でた。
*...***...*
そんな、一人の眠り姫が眠りから覚めたとき。
寮の前ではもっと大変なことが起こっているのだった。
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