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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

リアクション

【4】

 逃げる天音。その天音に抱えられたヨル。追手を振り返りながら走るブルーズ。そして追手である、ラズィーヤ。
 列を為して走る、それを崩したのはフルフェイスの騎士兜をかぶったブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だった。ブルーズが走りぬけたところに仁王立ちし、剣をラズィーヤに向ける。ぴたり、と止まるラズィーヤ。まるで、何の真似だとでも言うように。
「古今東西、魔女を懲らしめるのは騎士の仕事と相場は決まっているのよ。覚悟しなさい、ツインドリルウィッチ。……うん? 魔女ツインドリル、のほうが語呂がいいかしら」
「どっちも失礼だよ、その呼び名」
 ズレたことを呟くブリジットに、少し離れたところから橘 舞(たちばな・まい)がツッコミを入れた。
「何よ、舞。もしかして邪魔するつもり?」
「しないよ。むしろ応援するし協力もするよ」
「そんな離れてどう協力するって言うのよ」
「声援。ふれっふれっブリジット! 頑張れ頑張れブリジッ――」
「大きな声で名前を呼ばないでよ、フルフェイスの意味がないじゃない」
「応援したかったのになぁ……」
「ふむ? そなた、名前を呼ばれたくないのか? ならば仮の名をつけるかや? ……ふむ、今のそなたは大きな仮面をつけておる。でっかめん! これでどうじゃ?」
 声援を止められて落ち込んだ舞を慰めながら、金 仙姫(きむ・そに)が言う。と、ブリジットは騎士兜の下から冷めきった視線を仙姫に送った。
「でかい、と、かめん、をかけておる。我ながらうっとりするネーミングセンスじゃ。さすが『金剛山の女仙』であるわらわよ。気にいったか?」
「いくわけないでしょ。馬鹿?」
「むう。ならばあーるぴぃじぃのびぃじぃえむををわらわの雅な舞と美声で紡いで場を盛り上げてやろう。チャチャリラーラー、チャチャリラッラ〜……」
 仙姫の舞を見るのはやめた。完全に気分が殺がれた。仙姫のあれは、もはや一種の才能だ。憮然とした表情で、ブリジットはラズィーヤを睨みつける。その殺気に反応したのか、ラズィーヤが身構えた。こっちも本気ならあっちも本気だ。
 イルマ・レスト(いるま・れすと)はラズィーヤに剣を向けることは無礼だ、というような意味合いのことを言っていた。どこか曖昧なのは、本音と建前の混ざりまくった発言だったせいだ。言うなら言うで、はっきり言って欲しい。建前だなんて邪魔なだけ。
 それはともかくとして、ブリジットは逆にこう考える。
 ラズィーヤほどの者を相手にするには、真剣に倒そうと考え、刃を向け、手加減などせずに全力でぶつかって行って初めて足止めになるのではないか、と。
 手加減なんて必要はなくて、むしろそんなことをしたら足止めにもならないのではないか、と。さらに言えば失礼なのではないか、と。
「イルマお得意の建前を使うなら、魔女ツインドリルが悪い魔女だからいけないのよ。悪い魔女に正義の騎士が敬意を払う必要なんてないわ」
「本音は、ラズィーヤさんが心配なんだよねー」
「わらわと違ってでっかめんは素直じゃないの。どれ、もっと気分が盛り上がるようびぃじぃえむに力を入れようではないか。チャラララチャチャチャチャ……」
「仙姫」
「なんじゃ?」
「あんたさっきから煩い」
 きっぱりはっきりと言い放つと、仙姫は心なしかしょんぼりとした表情になって、
「ならば、舞のほうに力を入れようではないか! わらわの舞、見よや!」
 けれどまったく懲りずに、それは優雅な舞を披露するのであった。


*...***...*


 あの、ラズィーヤに群がるようにしている、ラズィーヤ以外には対して警戒を払っていない愚かな者たちに範囲魔法をぶつけてやろうと精神集中をしている時だった。
 銃声と同時に、足元の地面が抉た。集中が解ける。
 地面に埋まった、自分の邪魔をした弾丸を一瞬だけひどく忌々しそうに冷徹に見降ろしてから、
「威嚇か? 迷わず私を撃たないところが君の弱さだな」
 シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)は、自分に攻撃を仕掛けてきた志位 大地(しい・だいち)へと視線を向けた。
「貴方達が得意とする卑怯な攻撃が苦手なだけですよ」
 その言葉にシャノンは嗤う。
「自分に都合の悪くなる行為をそうやって貶めるように言うことのほうが、私にはよほど卑怯に思えるが……まあいい。口喧嘩をしに来たわけではないのだろう? 目的は、差し詰め私の邪魔をしてヒーロー気取り、といった所か」
 大地は不敵に笑った。その笑みを肯定とみなし、シャノンは杖を構え直す。
「邪魔をするな、と一応は警告しておく」
「それは無理ですね。貴方が他の方々に害を加えないというのなら退きますが」
「私としてもそれは無理だ」
「何故です?」
「背徳者となった彼女は美しい。美しいものをそのままにしておきたいと思うのは、人間も魔族も同じだ。それに背徳者を支援するのが魔族の本懐だろう」
 シャノンは遠くに居るラズィーヤを見て笑う。
 愛しく思う者を愛でる、温かく優しい目で。
「私の邪魔をするのなら大事になる」
 最後の警告。
「覚悟の上です」
 それにも大地は不敵に笑った。
 今ならまだマシであると踏んでいたからだ。
 シャノンの契約者であり、シャノンと同じように事態を混乱させることを快楽とする、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)の姿が見えないのだ。シャノンが百合園の敷地内に入るところを見かけ、嫌な予感に促されるままに後を尾けてきたが一行に彼の姿は見えない。それどころかシャノンは一人で事を起こそうとした。
 もしかしたら、合流することはないのではないか。
 だとしたら、今のうちに彼だけでも止めることができれば。
 この後合流したときも楽になるだろうし、何より今の無事が確定する。
 だから、仲間も居なければ大した作戦もない、普通に考えれば勝算の低い相手に戦いを挑んだ。
「その愚直なまでの思いは評価しよう」
「それはどうも。あまり嬉しくありませんが」
「さておき面倒だな。さっさと終わらせよう」
 シャノンはうっすらと笑みを浮かべて杖を大地に向けた。
 来る、と思った時にはすでに冷気が頬を撫でていた。超感覚を頼りに避けていなければ直撃したであろうブリザード。
 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、大地は銃の引き金を絞った。


*...***...*


 そんな攻防が繰り広げられている一方で、堂々とラズィーヤに加担する者も現れた。
「私は害悪と嫉妬を司る『不和の侯爵』アンドラス」
 アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)は名乗りを上げ、恭しくラズィーヤの手を取った。
「十三人目の魔女様。私は貴方の味方。どうぞ私を手足としてお使いください。そしてハッピーエンドを目指す者どもをたぶらかし、陥れ、抉り、傷つけてやりましょう……!」
 熱っぽいその言葉にも、ラズィーヤは表情を動かさない。ただ、為すがままになっているのを見ると、自分に対して敵意を持っていない者や、瀬蓮を助けようとしていない者には何の行動も起こさないらしい。
 アンドラスとしては、少し反応が欲しかったが別に拒絶されないのなら反応があろうとなかろうと変わらないものだと悟り、ラズィーヤの手を離す。そして、ラズィーヤに味方をする者の出現によって茫然としている面々を見て、低く笑った。
「くくく、その顔。それが見たかったのだ、私は。愉快、愉快……」


*...***...*


 天音たちを追いかけて行ったラズィーヤを追いかける形となったブリジット一行を見送って、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)はパートナーのイルマと共にドラゴンを見据えた。
「なんだか上に乗ってる子のせいで近付きにくいわね……」
 ドラゴンに乗って無邪気に笑う真菜華を見て、困ったように千歳が言う。
 そう。困った。
 近付くと銃で威嚇してくるため、容易に近付けない。かといって、近付かなければドラゴンがブレスを放とうとしてくるわけで。
 対峙している者たちが、そうして口を開いたところに術を放って凌いでいる、そんな状態。
「でもなんとかしなければいけませんわ。ラズィーヤ様に剣を向けた上に足止め失敗なんて……」
 イルマが頭を抱えてうなった。
「お近付きなんて言ってられなくなっちゃうものね」
「ええ。立場がありませんわ」
 言いながらイルマはエンデュアを展開。ドラゴンのブレスに少しの耐性をつけたところで、ブロードソードを構えた。
「千歳さん。銃が危険ですけど、別方向から同時に行けば片方はドラゴンに攻撃できると思いますわ」
「そうね」
 言いながら千歳も武器を構える。
「けれど無理はしないでくださいませ。このドラゴンは夢の中のもの。魔法が解ければ消えるはずですから」
「わかってる」
「よろしいですわ」
 二人は同時に地を蹴った。
 右からイルマのチェインスマイトが、左から千歳の爆炎波がドラゴンに襲い掛かる。真菜華がトミーガンを乱射した。狙いがついていないからか、あるいは傷つけることを避けているのか、弾は当たらない。
 二つの技が、同時に炸裂した。
「……まあ、そう簡単にいくなんて思ってないけど」
 銃撃やドラゴンの反撃を警戒してすぐにドラゴンから離れた千歳が呟いた。
 ドラゴンはまだまだ元気だ。
 少し離れたところでイルマも嘆息していた。
「なかなかどうして難儀な相手だな」
 不意に聞こえた声に振り返ると、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が立っていた。隣にはパートナーのアポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)が書物を片手に控えている。
 千歳と綾香の目が合った。
「協力しよう。アポクリファ、アレの足を止めるぞ」
「はぁ〜い」
「助かるわ」
「こちらとしても術を発動させるまでの時間が欲しい。頼んだ」
 頷いて、千歳はイルマに目配せした。イルマもすぐに頷き、武器を構えなおす。千歳もそれに倣う。
 そして再びドラゴンへ向かっていく時、もうひとつ後ろから足音。足音の主はすぐに千歳に並んだ。
 狐の面を被った少女がそこにいた。
「この仮面のメイドナイト、お嬢のピンチを救うため協力します!」
 メイドナイト――ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)は、ランスを携え突っ込んでいく。速い。見る間にドラゴンとの距離を詰めて、飛びあがってドラゴンの目にランスを突き立てようとして、

 ギンッ!

 ランスを撃たれた。
 真菜華だ。
「そう簡単には終わらせないよー!」
 撃たれたことによって勢いを殺され、落下したユウを千歳が受け止めて後退する。
「怪我はない?」
「ええ、ありがとうございます。……一撃必殺は無理がありましたね」
 ランスの代わりにライトブレードと本を取り出し、
「来い、ナコト写本!」
 声を張り上げた。
 手にしたロマール翻訳 ナコト写本(ろまーるほんやく・なことしゃほん)のページが、風もないのにばらばらばらっ、と開いていく。その一枚一枚が、切り取られたように宙に舞い、合わさり、人の姿を形作る。
 瞬く間にそれは金髪碧眼の美少女へと姿を為した。
「お望みのページをご命令ください、使い手」
 恭しく礼をして、ナコトは言う。
「正面からぶつかる他なくなりました。ナコト、火術で援護をお願いします」
「わかりました、使い手」
 ナコトに声をかけると、再びユウは走り出す。千歳もその後を追う。前方ではイルマがドラゴンに攻撃していた。入れ替わりでメイベルとセシリア、フィリッパが攻撃していく。さらにそれに入れ替わるようにして、ユウと千歳が突っ込んだ。ドラゴンが爪を振りまわすが、アポクリファがドラゴンの目元へと見舞った高濃度アシッドミストのせいで視界が効かないのか爪は空振りするばかりだ。
 ドラゴンの上から、真菜華の「撃っちゃうよー? 当たっちゃうよー? いいのっ?」という、焦った声が聞こえてきた。
「撃つのは構わないが、逃げたほうが賢明だと思うぞ」
 静かな、けれどよく通った綾香の声。
 綾香の隣には、皐月とシェリス。二人ともが雷術を唱え、綾香もサンダーブラストを唱え終わっており、三人で増幅させた雷がドラゴンの頭上から一気に――

 轟音。

 ドラゴンが、地に伏した。