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リアクション
【3】
一方で、ラズィーヤに対峙している者たちも居た。
「静香さまには、絶対に手を出させません……っ!」
「ええ。校長の安全を確保しなくては」
真口 悠希(まぐち・ゆき)とロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、静香を背に庇い、ラズィーヤに向かって意思の強い声を向けた。
刃は、向けない。静香が悲しむと思ったからだ。
だから悠希はディフェンスシフトを展開し、ラズィーヤの攻撃に備える。幸いにもドラゴンは別の人たちが相手をしてくれている。かといって油断も出来ないが。
うねり、こちらへと伸びてくる茨はロザリンドがランスで薙ぎ、斬り裂いた。
「校長には指一本触れさせません。この場合だと、蔦一本でしょうか」
後ろに居る静香に話しかける。できるなら振り返り微笑みかけたいが、そんな隙だらけの行動はさせてくれないだろう。
「……僕、護られてばっかりで、……あぅ。何も出来ない、なぁ……」
弱弱しい、しょんぼりとした静香の声が聴こえた。思わず悠希は振り返る。
「気にしないで下さい、静香さまはボク達にご連絡下さったり、ご自分にできる事をなさったのですから。
それに……もし、ボクがラズィーヤさまの呪いで『眠り姫』になってしまったら、助けられるのは、静香さまだけですっ」
言葉とともに、静香を安心させるように両手を握った。咄嗟の行動で、すぐに我に返って手を離す。顔を真っ赤にして悠希は俯いた。
「だから、何も出来ないだなんて言わないでください。ボクは、静香さんが居れば――」
その言葉を遮るようにして。
「悠希さん、それではまるでフラグですっ! 後ろ!」
普段から温厚で、滅多に大きな声など出さないロザリンドの叫びにも似た声が響いた。
悠希の背後に茨が迫っていた。
ロザリンドは、静香や自分に迫る茨と、ラズィーヤが徒に放ってくる術を受け流すのに精いっぱいで。
茨は悠希に絡みつく。
「――ぁ、」
力が入らない。立っていられない。その場に膝を着いたと思う。それすら定かではない。
なんだかいい香りがする。温かい。もしかしたら、静香が抱きとめてくれたのかもしれない。
だとしたら、ずっとこのままでもいいかなあ、なんて、無責任にも思った。
「……あら、まあ」
「ど、どうしようロザリンドさん……!」
『眠り姫』と化してしまった悠希を抱きとめた静香は、誰の目にも明らかなほどうろたえてロザリンドに助けを求めた。
「それは、決まっています。眠り姫は王子様のキスで目が覚めるのですから」
ロザリンドは、変わらず静香を茨から、ラズィーヤの術から護りつづける。喋りながらではいなすことに集中できないが、うろたえる静香を放っておくわけにもいかない。せめて話の相槌くらいは打ちたかった。
「悠希さんも仰っていたじゃないですか。自分を目覚めさせることができるのは、校長だけだ、って」
「……う、ん……」
言いながら、思う。
ああ、もしも眠ってしまったのが私だったとして、その時校長は目覚めのキスをしてくれただろうか?
それとも、夢が覚めるまでの長い眠りを、ただ一人で待つのだろうか?
どちらにせよ――
静香からのキスで目覚める悠希が、少しだけ羨ましかった。
なので一つだけ我儘を言うことにした。
「校長」
「ふぇ!?」
おそらくは行為に及ぼうとした瞬間に声をかけてしまったのであろう、素っ頓狂な声。
「『眠れる森の美女』の夢から全てが覚めたら、踊っていただけませんか?」
場違いなダンスの誘いにも、静香は「うん」と明るい声で返事をした。
少しモチベーションが上がった。
まだ頑張れる。
*...***...*
「僕なりに考えてこんなものを用意したよ」
黒崎 天音(くろさき・あまね)はコートのポケットから『イモリの黒焼き』、『トカゲのまる干しセット』、『ヘビの瓶詰め(毒牙処理済)』を取り出した。
ヘビの瓶詰めなどは、どうしてコートのポケットに入ったのだろうかと疑うほどの立派なもので、死んでいるとわかっていても鳥丘 ヨル(とりおか・よる)は一歩後ずさった。
「怖いかい?」
「うーん……怖いと言うより、気持ち悪いかなぁ……。これ本当にゴム製? リアルだぁー……」
ヨルはそう言いながらも、好奇心からかトカゲのまる干しセットを掴み、振りまわし、手のひらに載せて観察していた。言葉と裏腹のその行動を見て、天音は笑みを浮かべる。
「ふん。まるで子供の悪戯の準備だな……」
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が呆れたように呟いたので、天音は皮肉めいた笑みを返した。
「……何だ、その笑いは」
「子供の悪戯と思って馬鹿にしてはいけないよ、ブルーズ。そういうものの方が効果を発揮することもある」
「……まあ、一理あるが」
「それより問題は寮に入れないことかな……。エネメアが持っているという女王器。もし何か女王器のことがわかることがあれば、成り行きを見届けて欲しかったんだけど」
「入れないのでは仕方がないだろう。もとよりお前たち二人に任せるのは心配だ。保護者の役を買って出てやる」
ふぅ、とため息を吐いて言うブルーズに、ヨルが「ふふふ」と笑った。
「ブルーズ、お母さんみたい!」
「な――」
「頼りにしてまーっす。じゃあ天音! ボクはこれ、ラズィーヤさんに投げて引きつけてみるよ!」
言って、それまで手のひらで弄んでいたトカゲのまる干しセットを振りまわしてラズィーヤの元へ走っていく。天音はそれを見届け、こちらに逃げてくることがあれば驚かせて、あわよくば失神させてしまおうとヘビの瓶詰めを背中に隠して待ち伏せる。
しかし、思ったようにはいかなかった。
ヨルがトカゲのまる干しセットを、投げる。「鬼はー、外!」という場違いに元気な声も聞こえた。
驚いたように手で顔を覆うラズィーヤ。しかし彼女は悲鳴の一つも上げることなく、ただ光の失せた目でジロリとヨルを睨んだ。ヨルが慌ててこちらへ走ってくる。
「……おかしいな。爬虫類が苦手って聞いていたのだけど」
天音は隠していた瓶詰めと睨み合う。普通の女の子であるなら、悲鳴を上げて怯えるような代物。ヨルが投げたものだって、ゴム製ではあるが本物そっくりだし、少しくらい怯えてもいいと思ったのだが。
「操られているのだろう?」
ブルーズが言う。
「本来、怖いと思うはずのものをそう感じなくなるような作用があってもおかしくはなかろうな」
「……なるほど、その可能性まで考えなかった。失策だ」
見る間にヨルが近付いてくる。手が届く距離まで来たところで、天音はヨルを抱き上げた。
「うひゃぁ!? 何これきゃー恥ずかしー!」
恥ずかしいというよりも、どこか楽しそうに嬉しそうに騒ぐヨルを無視して、天音は走りだした。
「ヨル、プラン変更だよ。これから僕たちはラズィーヤさんをオニと見立てて鬼ごっこだ」
「楽しそうだね! っていうか楽しいね!」
「うーん」
捕まったらただでは済まないと思うし、背後から術が飛んでくるかもしれないが。
まあ、ラズィーヤの気を引くことには成功したし、彼女に危害も加えていない。なかなか上々の成果とも言えたので。
「そうだね。楽しいかもしれないね」
天音はいつもと変わらぬ笑みを浮かべるのだった。
ただ、ブルーズが「馬鹿者め……!」と苦虫を噛みつぶしたような顔をしただけで。
*...***...*
松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は、静香からの連絡を受けてなお、百合園学園寮には出向かなかった。一人自室で考え事を続ける。
いろいろと訊きたかった。
しかし、エネメアはいまこの地に居ない。
環菜やアーデルハイトを呼ぼうと思った。けれど環菜がここに来る義理はなく、また、アーデルハイトは別の件で手いっぱいだ。だから一人で考え続ける。
なぜ、エネメアは三人を童話のヒロインにさせたのか。また、ハッピーエンドではなくバッドエンドを迎えさせるのか。
何が目的なのだろうか。
どうして夢に閉じ込めるのだろうか。
考えが辿り着く先は、そう多くはない。そして、そのうちの一つに辿り着いた。
エネメアは、彼女はまだ、ティセラに操られているのではないか?
「……クソッ」
噛み締めた奥歯がギリリと鳴った。
「ここにあいつらが居れば、教導団へ連行できるのに……!」
事件を解決したい。
その気持ちからの推理。
ただ、それは今の自分では手が届かない答えで。
拳を握り、強く机に打ち付けた。
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