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リアクション
「シェリル、聞こえる? 聞こえるなら返事をして」
地面に横倒しにおかれたシリンダーのそばで、ココ・カンパーニュは必死に叫んだ。青白い光条の筒をバンバンと叩くが、びくともしない。もっと強い力でとは思うが、強すぎて中のアルディミアク・ミトゥナを傷つけてしまっては元も子もない。
だが、何度か叩くうちに、ついにアルディミアク・ミトゥナが目を覚ました。メインシステムから切り離されて時間が経ったため、プログラムから解放されて意識が戻ったようだ。だが、まだ意識がはっきりしているとは言い難いのか、ぼんやりとした顔をしている。
「これは、いったいどうやったら開けられるんだ」
泣きそうな顔で、救いを求めるようにココ・カンパーニュが周囲の者に訊ねた。
「それは、一種の光条兵器で作られた壁みたいなものだと思います」
クレア・シルフィアミッドに連れてこられた白乃自由帳が、説明した。安芸宮和輝と安芸宮稔は、敵がココ・カンパーニュたちに近づかないように他の者たちと一緒に奮戦している。
「いったい、どうすればいいのでしょうか」
困ったようにフィオナ・クロスフィールドが言った。せっかくアルディミアク・ミトゥナが目の前にいるのに、助け出すことができない。ぐずぐずしていると、海賊たちに集中攻撃をされる恐れがあった。
「あのときと同じだ……」
ココ・カンパーニュは、昔のことを思い出しながらつぶやいた。彼女が、アルディミアク・ミトゥナと契約を交わしたあの日、それまでの運命が大きく変わってしまったあの時。
ココ・カンパーニュだけの秘密の場所であったはずなのに、彼女の後をつけてきた者たちは、今とまったく同じような機械の中で眠るアルディミアク・ミトゥナを見て、邪な歓喜の声をあげたのだった。そのままでいれば、ココ・カンパーニュも、アルディミアク・ミトゥナも、酷い目に遭うのは目に見えていた。そんな酷い運命から逃れるために、アルディミアク・ミトゥナを連れて逃げるために、ココ・カンパーニュはアルディミアク・ミトゥナを解放したのだ。
それは、アルディミアク・ミトゥナを夢の世界から現実へと引きずり出す行為にも等しかったと、ココ・カンパーニュは幾度となく後悔したものだ。他に方法がなかったとはいえ、ココ・カンパーニュはアルディミアク・ミトゥナに、再び自分の運命に立ちむかうことを強要してしまったのだから。
「でも、やっぱり、彼女を解放するのは、私の責任なんだ」
ココ・カンパーニュは心を決めた。
「シェリル、手をかして。二人で出よう!」
ココ・カンパーニュは、右手をグッと握りしめた。星拳エレメント・ブレーカーが、青白い光につつまれる。ココ・カンパーニュは、その拳をシリンダーの中へ突き込んだ。それまで誰が叩いてもついてもびくともしなかったシリンダーの壁と、星拳エレメント・ブレーカーをつつむ青白い輝きが同化して、ココ・カンパーニュの右手がシリンダーの中に突き通る。
「凄いですわ」
剣の花嫁であるクレア・シルフィアミッドが、興味深くその様子を見つめた。
「くっ」
ココ・カンパーニュが、ぼうっとしたまま横たわるアルディミアク・ミトゥナの手をつかんで引き出そうと、右手を奧へと差しのばす。
「手が……」
星拳エレメント・ブレーカーの範囲から外れた腕をシリンダーの光条が少しずつ焼き始めているのを見て、イングリッド・スウィーニーがあわててココ・カンパーニュの腕を引き抜こうとした。その手がココ・カンパーニュに触れる前に、道明寺玲が遮った。
「邪魔をしてはいけません」
だが、言っている道明寺玲の方が、今にも止めたそうな顔だ。
「シェリル……」
苦痛に耐えながら、ココ・カンパーニュがさらに手をのばした。その右手が、アルディミアク・ミトゥナの左手に触れる。
ピクンと、アルディミアク・ミトゥナの身体が小さく跳ねた。虚ろだった目に、焦点が定まっていく。
「ココ……? ココなの!」
アルディミアク・ミトゥナが叫んだ。そして、ココ・カンパーニュの手を強く握りしめる。
「さあ、こんな物消し飛ばしちまおうよ」
ココ・カンパーニュの言葉に、アルディミアク・ミトゥナがうなずいた。
「アブソーブ」
二人が声を揃えて叫ぶ。
二人を隔てていた壁が消えた。いや、二人の中へと戻っていったのだ。
「手当てを」
エクス・シュペルティアが、ココ・カンパーニュの傷に手をあてて言った。
他の者たちも、ヒールで、手当てで、歌で、ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナの傷と心を癒す。
「立てる?」
「ええ、なんとか」
ココ・カンパーニュに引っぱりあげてもらいながら、アルディミアク・ミトゥナは立ちあがった。
「やれやれ、無事出られたようだな」
元の姿に戻った七尾蒼也が、二人に声をかけてきた。
「よければ、すぐに脱出を勧めるぜ。長居は無用だ」
七尾蒼也がうながした。
そのときだ。
「お嬢ちゃん、どこへ行こうって言うんだい」
ゾブラク・ザーディアであった。アルディミアク・ミトゥナを見据えて、ヴァッサーフォーゲルの上から声をかけてきたのだ。
「まさか、そのままはいおさらばですって、今までの仲間を捨てていくって言うんじゃないだろうねえ」
「何を言うか、散々利用して、姉妹同士で戦わせたくせに。俺はそれで嫌気がさしたんだぜ」
トライブ・ロックスターが、ゾブラク・ザーディアにむかって言い返した。
「よくそんな台詞が吐けるものですね」
気づかれないように、千石朱鷺が小さく溜め息をつく。トライブ・ロックスターの腹の中は、それだけではないだろう。
「あんたには聞いちゃいないよ。あたいが聞いているのは、お嬢ちゃんだ。さあ、アルディミアク・ミトゥナ、答えな!」
ゾブラク・ザーディアが再度うながした。
決意したように、アルディミアク・ミトゥナが、ゾブラク・ザーディアたちの方をむく。
「今までありがとうございました」
アルディミアク・ミトゥナは、深々と頭を下げた。
その言葉に驚く者も多かったが、普段の海賊たちは、それだけ面倒見がよかったのだろう。だとしたら、何が彼らを変えてしまったのだろうか……。
「よし、分かったよ」
そう答えると、ゾブラク・ザーディアがヴァイスハイト・シュトラントに目配せした。間髪入れず、ヴァイスハイト・シュトラントがルミナスライフルでアルディミアク・ミトゥナを狙撃した。
「何をする!」
間一髪、身構えていたココ・カンパーニュが星拳エレメント・ブレーカーで光弾を吸収する。
「やりな」
ゾブラク・ザーディアの合図で、海賊たちが一斉攻撃に転じた。
だが、そこへ爆炎波や火球が雨霰と飛んでくる。
「リーダー、御無事でしたか。早くこちらへ」
キメラたちをかたづけたペコ・フラワリーが、仲間たちとともに現れた。
「よし、逃げるよ!」
ココ・カンパーニュは叫ぶと、アルディミアク・ミトゥナの手を引いて走りだした。