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リアクション
第二章
・巡回開始
ウラジオストクを出発したタンカーは、日本海からオホーツク海を経由し、太平洋に出る航路をとることになっている。
「では、よろしく頼むよ。契約者諸君」
艦長は社交辞令的な挨拶を生徒達にすると、すぐに艦橋へと去っていった。そこからは皆、それぞれの役割に就く。
「到着までまだ時間はあります。海軍の方々も同乗していますので、適宜交代しつつ行動して下さい」
乗組員の一人が、補足する。
どうにも、ロシア内部でも極東新大陸研究所と海軍の間では、パラミタに関わる人間への認識にズレがあるらしい。
遠回しに、「警備は我々海軍でやるから、お前達は研究者共の面倒でも見てろ」とでも言いたげな、そんな雰囲気が漂っている。
「は、初めましてっ! 天御柱学院の芝姫 椿です。あの、よろしくお願いします」
研究チームの面々がそれぞれの作業を始める前、芝姫 椿(しばひめ・つばき)が研究員達に挨拶をする。緊張の色は隠せない、といった様子だ。
「そ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
彼女に応じたのは、若い青年だった。彼もまた、どこかたどたどしい雰囲気をかもし出している。
「こっちとしては艦内の巡回をする人と、僕達の手伝いをする人とに分かれてもらうと助かりますね……それにしても、遅いなあ」
そわそわしながら、彼はどうやら研究チームの責任者を待っているようだった。その人物に指示を仰ぎたいのだろう。
その時、部屋の入口に一人の女性が入ってきた。
「あ、来た。お疲れ様です、大佐」
「ご苦労、中尉。これで全員か」
黒いロングコートを着たその人が、生徒達を見渡す。
「はい。こちら、名簿になります。様子はどうでしたか?」
「特に変わりはない」
一度中尉と呼ばれた青年と目を合わせ、すぐに生徒へと視線を戻す。
「失礼。少々、君達の学校の校長になる人の様子を見に行ってたものでな。今のところ艦内に異常はない。が、それは海軍の連中の判断だ」
彼女は続ける。
「まずは内部構造を把握するために、一通り見て回って欲しい。外観こそはタンカーだが、内部はかなり改造されているからな。その際、不審な気配がないか調べてくれると助かる。まあ、全員で行けとは言わない。他にも仕事はあるからな」
彼女は軍の人間よりも、契約者に期待している節があるようだ。
「えーっと、あなたが研究チームの責任者の方ですよね?」
相沢 理恵(あいざわ・りえ)が尋ねる。
「ええ。この方が、サロゲート・エイコーン研究主任の……」
「中尉、彼女は私に質問しているのだ。口を挟むな」
「し、失礼しました」
どうやらこの研究チームをまとめているのが彼女で間違いはないようだ。
「相沢理恵です。研究チームの護衛をさせて頂きますので、よろしくお願いします」
まずは挨拶を済ませる。
「期待している」
それだけ口にすると、彼女は研究チームの面々に指示を出し始めた。あとは各自動いてくれ、ということらしい。
そこで、中尉と大佐の二人の意を汲んで、生徒達は二つのグループに分かれることになった。
* * *
巡回組。
「ほら、桃太郎」
「おや、これは……」
山田 桃太郎(やまだ・ももたろう)はアンナ・ドローニン(あんな・どろーにん)からあるものを見せた。
「さっきの研究チームの連中の写真だ。いつでも確認出来るように、残しておいた」
アンナは巡回中にソートグラフィーで研究チーム十名の顔を、携帯電話のカメラの中に写したのである。
「なに、全員ちゃんと覚えておいたさ。僕の記憶力を舐めないでくれよ」
「じゃ、確認してみるか?」
アンナが一人ずつ写真を見せていく。が、彼が答えられたのは半分ほどだった。
「ふ、顔が分かれば問題はない!」
「何開き直ってんだよ。とにかく、怪しいヤツがいねーか、念入りに見てった方が良さそうだ。ロシア人は正直気にくわねーがな」
二人が巡回していると、なぜか各所を警備している軍の兵が冷めた視線を送っている。
「見なよ、アーニャ。みんなが僕の美しさに見とれているよ! 僕の魅力は世界共通なのさ!」
華麗にステップを踏みながら視線の中を掻い潜っていく。
「……その格好のせいだろ、どう見ても」
桃太郎はアイドルコスチュームに身を包んでいた。ピンク色の髪に、きらびやかな衣装は、あまりにも任務には似つかわしくない。むしろ、なぜ追い出されなかったのかが不思議なくらいだ。
「さて、これで半分くらいってとこかな。残りを見回って何事もなければ、一度戻るとしようか」
おそらく、現在進行形で一番不審に思われているのが彼なのだろうが、当然本人に自覚はない。
その頃、別ルートを辿っていたのは、北條 あげは(ほうじょう・あげは)ケイ・ピースァ(けい・ぴーすぁ)だ。
「敵さーん、スパイさーん、いますかー?」
間延び口調で声を発しながら、あげはが見回りを行っている。レビテートでふわふわと地面からわずかに浮きながら。当然、呼んで出てくるものなら苦労はしない。
「てき、てきてきてき……」
その傍らで、ケイがぶつぶつと呻きながら周囲を見渡している。
こちらの二人もまた、ロシア軍の者から訝しげな視線を送られている。強化人間や超能力といった産物の研究の中心がロシアの極東新大陸研究所とはいえ、一般の地球人からしたらやはり馴染みは薄いものに変わりはない。
まして、現代兵器を中心に運用している軍隊の人間からしたら、なおさらだ。
「なんですかねー、ここはー?」
二人は、厳重に閉ざされた部屋を発見する。
「入れませんかねー?」
扉の横にあるパネルを操作しようとするが、エラーが表示されて操作が出来ない。別途カードキーのようなものが必要らしい。
「うーん、戻った時にさっきの大佐って人に聞いてみましょー」
この中にスパイや侵入者が入り込んでいるとは考えにくかった。むしろ、重要な何かが納められている可能性が高い。
「校長せんせーが入ってるかもしれませんねー。どう思います、ケイさん?」
「こ、ここ、校長、い、い、いる」
「そうですか、ケイさんもやっぱりそう思いますかー」
どうやら二人ともそこに校長がいるものだと考えているようだ。
「ケイさん、あげはきっと校長せんせーはこんな顔だと思うんですー」
扉の近くで、ソートグラフィーによる校長の想像図を写し出す。が、彼女の携帯電話に写っているのは、人間とは思えない何かだった。SF映画に出てくる異星人の類が一番近い表現かもしれない。
「お、お、校長、これ、おれ、ひひひ」
一方、ケイも同様に念写したものをあげはに見せる。もはや文章化が困難なほどの前衛的な想像図だった。
「ケイさん、それだともはや人じゃありませんよー」
そう言う当人のだって、人間という概念を超越しているが。
一見ただ遊んでいるようだが、その実本当に重要なことは精神感応によってやり取りをしている。
(動きはありませんねー。この近くにはまだいないようですよー)
(あ、あ、い、い、いない、い、ない)
(とにかく、怪しい人がいないか、軍人さんたちも含めてちゃんと見ておかないとですねー)
二人は適当そうに見えて、しっかりと警備を行っているようだった。艦内の人間で、不審な行動を起こすものはいない。むしろ彼女達同様しっかりと警備の任についているようだった。
しかし、その理由に二人は気付いていないだろう。彼らから見て、不審なのはあげは達なのだ。
(生徒視点で)特に異常のないまま、タンカーは航海を続けていく。
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