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リアクション
・交流、対話
一方その頃、研究チームと話す者達がいた。
わずか十人ではあるが、その一人一人が生え抜きのエキスパートである。
「さっきはサロゲート・エイコーンの研究って言ってたけど、皆さんそうなのかな?」
朝野 未沙(あさの・みさ)は研究員の一人に質問した。
「厳密には、半々かな。元々、うちの研究所は強化人間の研究の方が先だったからね」
天御柱学院にさらなる技術をもたらすため、彼らは派遣されているようだ。
「じゃあ、天御柱学院の新しい校長先生も研究者で、今後のイコン開発に重要な人だったりする?」
「それは教えられないよ。機密事項だからね」
「どうしても?」
「うん。到着まで、天御柱学院の生徒にも伝えるなって指示がきてるから。まあ、海京に着けば情報は開示するみたいだけどね」
研究員も頑なに口をつぐんでいる。未沙は学院の生徒ではないが、ここまで徹底していることを不思議に思う。
教えられないのは、校長が研究所の最新技術で誕生した強化人間のような、普通の人間ではないからではないのかと推測してしまうくらいだ。
「イコンに興味があるみたいだね。機械いじりとか、好きなのかな?」
研究員の方から今度は彼女に質問してくる。
「そうよ。パラミタでは機晶姫の修理屋とかもやってるの。だから、将来はイコンを開発したり、修理したり、改造したり……そういうことが出来るようになりたいなーって」
「へえ、その歳で……すごいな。これは開示されてるデータからだけど――」
彼が未沙に見せたのは、イコン研究に関する基礎情報だった。
「機晶石っていう地球にはない鉱物が動力源になってる。不思議なのは、搭乗者から発せられるある種の『波長』を感じて初めてフル稼働する仕組みになってることだよ。パラミタ人から放出される特殊物質、『パラミタ粒子』と仮称しているけど、それがあって始めて力を発揮する。『魔力』って言ってしまえば楽なんだけど、科学に従事する者としては、やっぱり素直にそういう単語は使いたくなかったりするんだよね」
それから、研究員は丁寧にイコンの仕組みを説明した。
パラミタ人抜きでも操縦は出来るが、その場合は本来の3割程度の力しか発揮出来ないこと。
内部構造についてはまだまだブラックボックスが多いこと。
地球の最先端技術を用い、同じような機構でイコンを再現しても、まともに動作しなかったこと。
その最たる要因が、動力源である機晶石と、そこから検出されるエネルギーにあるということ。
「ただ、なんであんな石で機械を動かせるのかはよく分からないんだけどね」
苦笑する研究員。
機晶石、という単語が出たことで、反応を覚えた人物が話に入ってくる。
「パラミタの機械は、全て機晶石で動いている。ヒラニプラには専門の技師もいるくらいだ」
月島 悠(つきしま・ゆう)だ。シャンバラ教導団の一員でありヒラニプラにいる身としては、その辺りのこともある程度は熟知している。
「その人達は、原理を知ってるのかい?」
「全員が、というわけではない。ただ、パラミタは科学ではなく、魔法が中心なところがあるからな。そういう理屈を気にする人間はそれほど多くない」
そういうもの、として浸透していれば人は意外と気にしないものだ。自動車を運転する時、いちいち車がどうして動くのかを考えることがないのと同じである。キーを回せばエンジンがかかる、そのエンジンはガソリンで動く、じゃあ、なぜガソリンで動くのか……などと考えていてはキリがない。
そういうのが気になるのは、それに対して馴染みがない者達だけである。
「我々はパラミタに関する研究を行ってるわけだが、実際に行ったことのない者の方が多い。よければどういった雰囲気なのか教えてくれないか?」
別の研究員が悠に尋ねる。
「技術だけなら、地球の方が上だ。空京のような一部の都市は除くが。まあ、剣と魔法のファンタジーを想像するのが一番いい。ああいった光景が広がっている」
「その世界に巨大ロボット兵器か。奇妙なもんだな」
「遥か昔は今の地球とは比べ物にならない超文明があった。そういった技術も発掘されている」
イコンも、その一つだ。
「昔本で読んだ、幻の超古代文明ってのを想像するな。まあ、イコンってもんが実際にある以上、本当にあったんだなって実感が持てるわけだが」
この研究員はきっと宇宙人とかを信じている質だろう。それはそうとして、イコンという単語が出たことで、悠はそのことについて尋ねる。
「イコンで気になったんだが、もし生身で戦う場合の対処方法とかはあるのか?」
「装甲は頑丈で、現代兵器じゃまともに傷なんてつけられない。まあ、それでも関節系とカメラやセンサーの類は若干薄くなってる。そこを集団で重点的に狙えば、なんとかなるかもしれないな」
その内容をメモに残す。教導団の火力を生かしそのやり方を使えば、今後対イコンの幅が広がるかもしれないと考えてのことだ。
「まあ、詳しいことは大佐に聞けば一番……っと、また席を外してるのか。まあ、あの人か中尉あたりに聞いた方がいいかもな」
見回すと、大佐の姿がなくなっていた。中尉の方は、生徒の一人と話している。
「前校長の杉原重光さんってどんな方だったか知ってますか?」
理恵である。挨拶をした後、大佐の姿が見えなくなったために、次に詳しそうな中尉に質問したようだ。
「日本政府の要人だったらしい、ってことくらいしか聞いてませんね。所長の話では、なかなか頭のきれる人だとか」
契約者の育成を図る天御柱学院の設立に携わったほどだ。現在シャンバラにある、他の八校の校長に匹敵する人物であっても不思議ではない。
一応の納得をし、彼女が次の質問をする。
「なぜ今度の校長先生は、こんな殺風景なタンカーで護送されているんですか?」
「あ、あれ? 今回の任務について聞いて……まあ、このくらいなら大丈夫か。表向きは、護送じゃなくて、燃料の運搬ってことになってるんですよ。あからさまにそれと分かる船だと、テロリストに狙われるかもしれませんから」
「うーん、でもそれなら貨物船でもいい気がしますが。わざわざ内部を改造してまでこのタンカーでなければならない理由ってなんでしょう? まるで人じゃなくて物を運んでるみたいな……」
同じ艦に乗っているはずなのに、研究者達がほとんど触れないのも妙な感じだ。
「あ、もしかしてほんとに人間じゃない、とか?」
「はは、まさか」
否定するでも肯定するでもなく、中尉が彼女をはぐらかす。
「とにかく、到着すれば分かりますよ。学校の生徒ととしては、ちゃんと知っておきたいところだろうけど、これも決まりなので」
一応、彼は学院の生徒の心情は汲んでいるようだった。
* * *
一方、ブリッジでは。
「この艦には、艦内地図はないの?」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は警戒にあたりながら、乗組員と話している。
「改造前のならある。まあ、この艦は今回の作戦用ってのもあるからな。うちら軍の人間だけ把握してればいいってことで、用意しなかったんだろ」
ご丁寧に地図を設けて、敵の道標になるのも癪だ、という意味もある、と彼は説明した。
「確かにそうよね。一応ここまでの経路は見てきたけど、非常用の通路とかはどうなっているか分かる?」
相手が軍の人間であれ、物怖じせずにフランクに話すローザマリア。彼女自身も元々はアメリカ海軍所属の軍人ということもあるからだろう。もっとも、相手から見たら歳相応の女の子にしか見えてはいないのだろうが。
「非常用通路は、そこの扉の奥だ。すぐに外へ出れるようになっている。ボートは甲板に出りゃすぐだから、逃げ遅れるなんてこともないだろ。もちろん、そこも含めて不審な輩がいないか確認済みだがな」
この乗組員は、そこまで生徒達を無碍に扱うような人物ではないようだ。
「それに、隠れる場所なんてこの艦にはほとんどないぜ。ある程度見て回ったんなら分かるだろうが、備品の類も最低限しかない。それに、通路には嬢ちゃん達みたいな学生と、うちら海軍の人間が見張ってるんだ」
「見た感じ、みんなベテランのようだったわ。やっぱり、ここに乗ってる人は優秀な人なのかしら?」
「あたぼうよ。艦長を始め、十年以上軍でキャリアを積んできた中から選ばれてるんだ。当然、スパイ防止のために厳しい審査は通ってきてるぜ」
と、彼は言う。
乗組員の中にスパイがいるかもしれないと彼女は考えているが、話を聞いた限り軍の中にはいなさそうだった。
(あるいは研究チームか……)
そこへ、大佐と呼ばれた女性が姿を現した。
「お疲れ様です、大佐」
彼女が来ると同時に、乗組員の態度が一変する。
「状況は?」
「問題ありません。予定通りです」
航行に支障はないようだ。
「大佐よ、少しよろしいか?」
グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が大佐に声を掛ける。
「どうした?」
念のため、他の乗組員のは聞こえないように話す。
「万が一に備え、校長のいる部屋のダミーを用意しておいた方がいいと思うのだが。内部にスパイがいる場合、そちらに移ったことにして撹乱すべきだろう」
内部のスパイの存在を考慮し、ライザが提案する。
「その必要はない。あそこに入れるのは私だけだ。無理に開けようとすれば警報が作動する」
研究チームの中で、彼女だけが権限を持っているようだ。
「むしろ、誘い出すにはこのままの方が買えって都合がいいかもしれん」
それだけ告げると、大佐は船員達と軽く言葉を交わして戻っていった。
「しかし、校長とは一体どんな人物だろうか? あれではもはや監禁な気がするが……ウォッカを片手に握ってる髭面の中年ロシア人ってわけではなさそうだな」
「どうにも、ほんとに人なのかも怪しくなってきたわね」
校長に面会出来ないだけでなく、扉の様子からして何かがおかしい。
しかし、その答えを知るのはまだ先のことである。
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