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灰色の涙

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第三章


・水晶、琥珀


「むむ、一杯出てきたのです」
 それぞれが機甲化兵・改と戦っている中、最下層を目指す五機精達にも敵は迫っていた。
「ですが、この程度わたくし一人で十分な……」
「どうした、クリスタル?」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が彼女を見遣る。禁猟区を使って彼女に危険がないようにはしているが、彼女が何に気付いたのかはすぐに察せるものではなかった。
「むむむ、どうやら今のわたくしでは、意思を持たないただの機械は支配出来ないようです」
 クリスタルは「視た」人の認識を自由に支配する力を持っている。だが、それは相手が生物であった場合だ。
 百パーセントの力を発揮できれば機械のセンサーさえも支配出来るらしいが、三割程度しか力が使えない今の彼女には、機甲化兵を支配する事が出来ないらしい。本人もここに来るまで気付いていなかった、能力の盲点だった。
「クリスさん、私達から離れないで下さい」
 メイベルが彼女の前に出る。
「クリス様、力が通用しない以上、ここはわたくし達で倒しますわ」
 彼女のパートナーのフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も態勢を整える。同じように、もう一人のパートナーであるセシリアもだ。
「そっちが使えなくても、この程度の相手ならどうという事ないのです」
 クリスタルの翼が展開し、宙に浮かぶ。その間にも、機甲化兵・改から銃撃が来る。
「身の程を知れ、です。ガラクタども!」
 翼の光が眼前の機甲化兵・改を跡形もなく消し飛ばす。かつて蛮族を集落ごと消滅させた「光」が、これだ。
 とはいえ、フルパワーではここにいるPASDのメンバーをも巻き込んでしまう。敵にのみ照準を合わせていたために、威力は弱めだ。
 だからこそ、それで全ての機甲化兵・改を殲滅する事は出来なかった。まだ三体ほど、目の前には残っている。
 レキがクロスファイアで、敵に銃弾を浴びせた。だが、いくら星輝銃といえど、強固な装甲を破るには至らない。
 彼女の射撃に合わせて、光学迷彩で姿を隠したレキのパートナー、チムチム・リー(ちむちむ・りー)もまたクロスファイアを浴びせる。
 それにより、注意は一時的にクリスタルから離れた。あとは、ここにいる仲間に合わせて同様の援護射撃を行えばいい。
(どうやらこちらの方がエネルギーの消費が激しいようだな)
 翼から発せられる光の威力が、そのまま彼女のエネルギー消費量に繋がるようだ。これ以上頻発させるのは危険だと、クレアは考える。
「クレア様、出来る限り彼女が戦わないようにしましょう」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がクレアに囁く。彼女が能力の使い過ぎで倒れてしまったら、それこそ大変だ。
 ハンスが剣を構えている機甲化兵・改に向かって轟雷閃を繰り出す。続いてクレアがライトニングブラストを使用する。狙うのは、やはり敵の関節、それも脚部だ。動きをを封じるには、何よりも敵が立てないようにするのが手っ取り早い。
 さらに、それに追い討ちをかけるべく、唯斗が軽身功で機甲化兵・改に接近し、鳳凰の拳をぶつける。もちろん、狙いはクレアとハンスが狙ったのと同じ箇所だ。雷光の鬼気に宿る雷電属性も生かし、そのまま関節部の内部回路を焼ききろうとする。
 しかし、彼一人だけではまだ決定打にはならない。
 クレアとハンスが再び先ほどと同じように関節部を狙う。一度唯斗は引き、態勢を立て直す。
 機甲化兵・改の片脚がショートし、バランスを崩した。
「今だ!」
 その間に、敵の持つ武器をクレアが冷線銃の冷気を浴びせた上で、ライトニングブラストを繰り出して破壊する。
 そして、ハンスが装甲に対して轟雷閃を放つ。パワーブレスを自身にかけた上で。もちろん、彼はその場で攻撃に出る者に対してもかけている。
 武器を破壊しても、強固な装甲はそれ自体が武器になりかねない。唯斗が武器を持っていた方の敵の腕部関節を狙い、攻撃を繰り出す。
 敵は左足と右腕を失い、ほとんど戦闘能力を失っていた。
「終わりだ」
 装甲を猛攻で破り、動力源を破壊する。残りは二体だ。
「一度回復せねばな」
 エクスが唯斗らにヒールを施す。同時に、睡蓮がアリスキッスを行使する。体力、精神力共に取り戻し、残りの敵に挑む事になる。
「いくよ!」
 銃撃型の敵に対して、セシリアが雷術を繰り出す。狙いは銃口だ。
 続いてメイベルがヒロイックアサルトで強化し、轟雷閃を放つ。この敵の持つ銃口は一つだ、それを潰せばいい。
 渾身の一撃によって、武器を無力化する事に成功する。彼女の攻撃の後、さらにフィリッパが轟雷閃を重ねる。今度は内部に浴びせ、麻痺させる事が目的だ。
「これでどうです?」
 続いて、アルティマ・トゥーレを繰り出した。冷気を浴びせる事で、装甲を部分的に凍らせる。セシリアもまた、同じ場所――人工機晶石が納められていると思しきところへアルティマ・トゥーレを食らわせる。
 準備は整った。
 その上から雷術、轟雷閃で装甲が破られた。
「これで、終わりですぅ!」
 メイベルが機体内の人工機晶石を、即天去私で破壊した。
 これで残りは一体。
「みんな、ありがとうなのです」
 今度はクリスタルが動いた。とはいえ、翼の光は使おうとはまだしていない。
 敵の持つ大剣が彼女に向かって振り下ろされるが、それを飛ぶ事で回避する。
「クリスタル!」
 レキがシャープシューターで敵の武器を持つ腕の関節を狙う。彼女の方に敵の注意が向いた瞬間、クリスタルが機甲化兵・改に接近した。
 ほぼゼロ距離で彼女は敵の関節部を全て斬り落した。その翼で。
「これで最後なのです」
 次の瞬間、機甲化兵・改は粉々に砕け散った。
 水晶の四枚翼は、驚異的な強度を誇っている事がここで明らかとなった。雷電属性を持たなければ傷を負わせる事すら容易でないはずの装甲を、いとも簡単に斬り裂いてしまう。彼女自身の能力以上に、強力だ。
「クリスタル、今のうちに。はい」
 レキがクリスタルにチョコレートを手渡した。使った分のエネルギーの補充である。
「むむ、ありがとうです」
 その場で頬張りながら、すぐに先へ向かって進みだそうとするクリスタル。
 彼女自身が無理をしないように、全力でサポートしながら一行は最下層を目指す。二人のワーズワースの結末を見届けるために。

            * * *

「ふむ、どうしたものかのう」
 アンバーもまたクリスタルと同様に、機甲化兵・改に行く手を阻まれていた。
「最下層に行きたきゃ、倒すしかなさそうだぜ」
 トライブが目の前に迫る敵に雷術を放つ。だが、敵は一体だけではない。
「く……っ!」
 バーストダッシュで駆け寄ってアルティマ・トゥーレを繰り出そうとするが、迫り来る銃弾の前に突破することは容易ではなかった。
「ここはわらわに任せてもらおう」
 アンバーが手に持っている杖を、地面に突き立てる。その先から、電撃が発生し、彼女達の周囲を取り巻く。
「一種の結界のようなものじゃ」
 彼女達に向けて発射される弾丸は、彼女が発生させた磁場によって空中で静止する。さらに、
「お返しじゃ」
 銃弾をそのまま敵に向けて跳ね返す。それも、電磁誘導で加速させた上で。その一発一発がレールガンによって撃ち出されていると言っても過言ではない。
「ふむ、さすがにこのくらいで穴は開かぬか」
 それらは目の前にいる三体の命中したが、決定打にはならなかった。
 続いて、トライブが敵の関節部にアルティマ・トゥーレによって冷気を当てた上で、雷術を放つ。
 アンバーの攻撃と相まって、一体の腕部を破壊するに至った。
「おっと、磁場が乱れておる。システムとやらの魔力が活性化しておるのか?」
 電気や磁場を自在に操れる彼女ではあるが、アークそのもののに何らかの異常が起こり、多少コントロールし難くなっているようだ。
「アンバー!」
 そこへ、再び集中砲火が浴びせられる。トライブが雷術で落すも、それらには限界がある。
「なに、これしきのこと」
 アンバーがトライブの発生させた雷術を操り、自分の前に電気の壁を形成する。元から存在するものが使えないのなら、人の物を使うまでだ。
「悪いが、今のわらわはあまり力を発揮出来んようじゃ。頼むぞ」
 次の瞬間、トライブは身体が軽くなるのを感じた。
「アンバー何をしたんだ?」
「お主の体内を巡る電気信号を操っただけじゃ。済まぬが身体を貸してもらうぞ」
 アンバーによって普段よりも動きが機敏になるトライブ。活動電位をも操り、身体能力を生物学的な限界レベルにまで底上げしているのだ。
 そのまま、彼はアンバーに操作されるがまま機甲化兵に飛び込んでいく。
「これで、どうだ!」
 再び、雷術を放つ。アンバー自身の助力もあり、それは機甲化兵・改にヒットする。あとは、強化された身体能力で一体ずつ倒すだけだ。
 それから先は、さして苦労することはなかった。敵の装甲を凍らせてから破り、中の人工機晶石を砕く。それを繰り返せばいい。
 アンバーに対し信頼を置いているからこそ、肉体を操られた状態でも十二分に動く事が出来たのである。
「だけどよ、これ疲れるな……」
 機甲化兵・改を倒し終え、トライブが膝をついた。普段よりも身体を酷使しているのには変わらないのだ。その負担もバカにはならないだろう。
「すまんな。なに、ちょっと待っておれ」
 アンバーがトライブに電撃を浴びせた。
「……ッ!!!」
「安心せい、マッサージのようなものじゃ。少しはマシになったじゃろう?」
 とはいえ、あくまで気休め程度のものである。
「助かったぞ、わらわ一人じゃどうしようもなかったかもしれぬ」
「れ、礼には及ばないぜ、アンバー」
 苦笑しながらトライブがアンバーと目を合わせる。
 彼らもまた、目的の場所を目指して駆けていく。