天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション公開中!

一夏のアバンチュールをしませんか?
一夏のアバンチュールをしませんか? 一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション


第6章 ホール

(うーん。かなり出遅れちゃったわね)
 フロアを見渡しながら、サクラ・デ・コーイは内心唸った。
 あと少しでワルツが始まる。踊る人はほとんどみんなフロアに出て場所取りをしているし、その気のない者はテーブル席や壁際で談笑している。
 パートナーがいなくて壁の花となっている者が、少数ながらいないでもなかったが、あいにくとサクラの好みに合うようなイイ男はいなさそうだった。
 1曲諦めるか、それとも相手に妥協するか。
(……諦めようかしら?)
 そう思ったときだった。
「先ほどはお見事でしたね」
 背後から声がして、そちらを振り返る。
 まず目に入ったのは、金色の滝のように流れる美しい髪だった。そして天使のような顔立ちでありながら、酷薄そうな瞳の光が印象的な男だ。
「あなた、どなた?」
「セラフとお呼びください。あなたへの想いに燃える天使です」
 慣れた仕草で彼女の手を取り、口づける。
(かなり場数を踏んだ男ね)
 そう思った。だがこちらとて、この程度でうろたえるような女ではない。
「あたしはサクラ。サクラ・デ・コーイ」
「ええ。知っています。先ほどの一件、近くで拝見させていただきました」
「とんだところを見られちゃったわね。恥ずかしいわ」
 恥じ入った様子を見せつつ、しなをつくって傍らに寄る。
 そっと脇から腕を入れ、タキシードの袖口の内側に指をすべらせた。
 彼女の積極的な誘惑のしぐさに、セラフもまた、笑みを返す。
「あなたは彼の巡らせていた計略に気づいていました。当て馬にされるのだとね」
「そりゃあ女ですもの。今のあたしのように着飾った女性が近づいて、相手がどんな反応を見せるかなんて、すぐ分かるわ」
 あの男は笑顔でありながらも心に揺るぎがなくて、つけ入る隙も見せてくれなかった。
 だから戦うことなく、さっさと退いたのだ。
「あの退場もまた、美しく気高かった。あれを見て、私はあなたとぜひ話してみたいと思ったのです」
「あら? 話すだけ?」
「いいえ」
 いまやもたれかからんばかりに密着したサクラの手を取り、指をすべらせる。指先から手の甲、そして腕を伝い、肘へと。
「ジェイダス校長は、蜉蝣の話をされましたね。あなたは蜉蝣という生き物をご存じですか? 蜉蝣はひと夜の恋のあと、息絶えるといいます。まさに蜉蝣にとって、真実とはただひと夜きりなのです。
 明日という日は決して来ない、ひと夜の真実とは、はたしてどのようなものなのでしょうか。
 私もまた、今夜あなたの腕の中で、この想いに命を燃やし尽くすことを望んでいます。それはきっと、この先も続く私の偽りの暗い人生で、星のように輝くきらめきとなるに違いないのですから」
 指のあとを追うように、セラフの唇が触れていく。
 まるで本当に大切な相手に触れるかのような、その繊細な触れ方に、止めようもなくサクラの膝がわなないた。
 二の腕を伝い、肩口に触れた唇が、耳元で囁く。
「あなたを崇拝しています」
「セラフ…」
 見つめてくる青い瞳。これが手管と分かっていても、心地よかった。
(このまま、流されてもいいかもしれない)
 もとよりサクラとて、本物など求めていない。
 求めたのは今宵のぬくもりと心地よさだ。それを与えてくれる相手として、これほどふさわしい者はいない。
 いつの間にか壁に背をつけ、彼に覆いかぶさられて、フロアの様子は全く見えない。もっとも、ワルツの真っ最中で、壁にいる自分たちに目を向ける者などいないだろう。
 シャツのボタンを2つほどはずし、両手でじかに彼の熱い肌に触れる。首に回し、うなじを引き寄せた。
 唇が触れ合いそうになった、そのとき。
「パパ…」
 頼りなげな声で、そんな言葉が下から聞こえてきて、2人は閉じかけた目を開いた。
「パパ」
 もう一度、今度はしっかりと聞こえてくる。
 声のした方を見ると、黒のワンピースドレスを着た少女が、セラフのタキシードの裾を引っ張っていた。
「パパ、パパ、パパ、パパ」
 セラフが気づいてくれたことに、裾を引く手の力を強める。
「チェリー…」
 まいった、とセラフは壁に突っ張った両腕の間に頭を落とす。
 もちろん本当の親子ではない。だが、熱くなった2人の熱を一気に冷ますには、なかなか効果的な手段だった。
「妹さんかしら?」
 そうでないことは分かっている、といった目で、サクラが笑う。
 完全に、もう立て直せないほどムードは破壊されてしまったと判断して、セラフも身を起こした。
「すまない。この埋め合わせは、またあとで」
「いいのよ。なかなか楽しかったわ。ありがとう」
 すれ違いざま、彼の頬にキスをして、サクラはいってしまった。


 頬についた紅をぬぐいながら、逃した魚はかなり大きかった、と残念な思いで人混みに紛れていく背中を見送る。
 彼女となら、あと腐れなくひと夏のアバンチュールが楽しめただろうに。
 それもこれも、こいつのせいだ。
「チェリー…。いい子にしていろとあれほど言っておいたでしょう?」
 聞いているのかいないのか、どこか焦点の合っていない、ぼーっとした顔つきで、セラフを見上げている
 これで邪魔をされたのは何度目か。まったくいまいましい。
「それで? あなたの面倒を見てくれているはずの白仮面はどうしたんです? 私が見繕ってきてあげていたでしょう……ってまさかっ」
 チェリーのスカートに隠れていた、もう片方の手に握られたフォークの先端に血がついているのを見て何が起きたかを悟ると、はーっと脱力してその場にへたりこんでしまった。
「……あとでジェイダス校長に、謝罪に行かないといけませんね…」
(まだ怪我をさせた相手が参加者でなかっただけ、マシというものでしょうが)
「チェリー、それを渡しなさい」
 チェリーはいやいやと首を振って、両手でフォークを握り締める。
「それを持っていると危険なんです」
 きみ以外の人がね。
「……?」
「ほら、渡しなさい!」
 セラフの声の強さにビクッと肩を震わせて、チェリーは少し震えながらフォークを差し出した。
「よくできたね。いい子だ」
 頭をなでられ、セラフからの褒め言葉に、少しだけ、チェリーに笑顔が浮かぶ。
「やれやれ。これ以上怪我人を増やさないためにも、寝室へ戻った方がいいんでしょうね」
 まだ舞踏会は半分過ぎたところだと分かっていたが、チェリーがいる限り、同じことが起きて、誘惑がいちからやり直しになるのは分かりきっていた。
 チェリーを寝かしつけてから、1人戻ってくるという手もある。
「さあ、行きましょう」
 彼女の背を押して、前に歩くことを促したとき、何かが上着の内ポケットでカサカサ音を立てていることに気がついた。
 チェリーに気づかれないよう、そっと引き出す。その名刺サイズの紙が何かを知って、セラフは、ホールに戻る必要はないと判断し、また内ポケットに戻した。
 上機嫌で、口笛まで出てしまう。
 あとは、チェリーにさっさと寝てもらうだけだった。


 ポルカ・フランセーズが流れ、人々が踊りに興じる中。ジェイダスは吹き抜けの2階に続く階段を上っていった。
 2階は照明を落としていることもあって、パーティーの参加者は全員階下に集中し、人気はない。
 もちろん、ないように感じるだけで、実際にはルドルフの手配で目立たないよう監視カメラや警備の者が控えているはずだった。
 あかりは壁にかけられた絵画への間接的なスポットライトのみだ。そしてそのうちの1つに照らされて、その者はいた。
 白騎士式服に片羽付きの白仮面。金色の髪が肩に流れ落ち、右手は腰のサーベルの上に落ち着いている。
 そして、身動きひとつせず、目の前の絵を見つめている。
 たしか、ファム・レオパールといったか。
「それは、この城を東の方角より描いたものだ」
「東って……雲海では?」
「そうだ。しかも推定600年以上前の物だというから、多分に画家の想像が込められていたに違いない。だが、驚くほど現在の様子に似ていると思わないかね?」
 突然のジェイダスの登場に全く驚いたふうでなく、ファム・レオパールは自然と言葉を返してきた。参加者は、前もって許可された場所――ホール・バーラウンジ・プール・浴場・寝室――以外、立ち入ってはならない。それはマナーであり、エチケットだ。
 それを見つかったというのに、全く悪びれた様子を見せない、その大胆さが好ましく思えて、ジェイダスはあえて注意するのをやめた。
 そもそも分かりきったことを口にしたところで、意味はないのだ。
「本当に、これなんか――」
 彼女の伸ばした手を、そっと止める。
「触れてはいけない。防犯装置が作動する。警備員に駆けつけられたくはないだろう?」
「ああ、そうですね。失礼しました」
「ほう。ずいぶん素直だ。ほかの場所では、きみはかなり手こずらせてくれたようだが」
「あら?」
 くすくす。まるでちょっとしたいたずらでも見つかったように、ファム・レオパールが楽しげに笑う。
 実際は、いたずらではすまないことを彼女はしていたのだが。
「監視カメラや警備員によって、きみはさまざまな場所で目撃されている。この短時間に、あれだけの場所を探りあてるとか。どうやらきみには盗賊の才能があるらしい。もっとも、何も盗まないところをみると、才はあっても意気はないということらしいが」
「盗んだりはしません。好奇心を満たしたかっただけです。あなたの別荘であるここには、きっとすばらしい品があるのだろうと。
 美は心を引きつけます。ときには抑えがたいほどの魅力でもって、魂を揺さぶる存在。それが芸術というものでしょう? それを、盗んだりなど…」
 あり得ないと、ファム・レオパールは首を振って見せた。
「絶対に?」
「ええ、もちろん。それが正当に評価されている限りは」
「なるほど。では私は正当にこれらを評価していると、きみのお墨付きをもらったわけだ」
 ジェイダスは、愉快だと言わんばかりにひとしきり笑ったのち、ファム・レオパールに手を差し出した。
「では私の好奇心も、満たさせてもらおうか」
「それはどんなこと?」
 ふわりと乗った手を引き寄せ、その細い体を腕に抱き込む。
「美は抑えがたく心を引きつける。まさしく。
 わがファム・レオパール、麗しのパルダリスよ。きみはワルツを踊れるかな? 羽根よりも軽く、綿毛のように舞うことができるか?」
「できるわ。鳥のように自由に、花のようにあでやかに」
 そっと、手の甲に誘いのキスを受けて。
 2人はかすかにワルツの聞こえる中、薄闇の中で踊り始めた。


 アベナはペーシュと並んで、壁の花になっていた。
 舞踏会でダンスを踊りたくて来たわけでなく、ただ、スクリーンの向こうの世界というか、このレースヒラヒラ、スパンコールキラキラ、ドレスやタキシード姿の男女が集う別世界の雰囲気を楽しみたかったのだ。
「あれ、いいなぁ」
 とか
「きっとあれ、ペーシュに似合うよ」
 とか、そういうことを言い合って、2人で楽しい時を過ごせたらなー? って考えていたのだが。
 現実。
「ぜひ、お美しいあなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「これほど見事な花が咲いているとは迂闊でした」
「次の曲はぜひとも私と一緒に踊っていただけませんでしょうか?」
 etc。
 まさかひっきりなしに声がかかるとは思っていなかった。
 しかも、ペーシュにだけ。
(たしかにペーシュは美人だ。恋人たるわたしが保証する。
 しか〜し! だからって隣にいるわたしの方は完全スルーってのはないんじゃないの? 実際っ)
 来る男来る男、みんなペーシュに視線が集中して、ペーシュに断られたあともこっちの壁の花には声かけなしってっ。
 これは、全くその気がなくてもさすがにイラッとくる。
(社交辞令的な声かけでもいいからさ、ふつーこっちにも話しかけてくるもんじゃない? ペーシュは倍率高いから、それなら隣に声かけとこか、とかでも。………………うわ。自分で考えてて落ち込んだ。きっつー。きついわ、そりゃ。はははははっ。
 いや、もちろん断るけどさ。そんな場合でも、どんな場合でも。
 大体、ペーシュもさ、なんではっきり断らないのかな? もっとハッキリ、グッサリくるひと言で)
「申し訳ありません。パートナーがおりますので、せっかくのお誘いですが、ご遠慮させてください」
(断る罪悪感丸出しみたいな、そんな顔してやんわり言ってたりしたら、相手だってつけ上がっちゃうよ。そりゃ相手の男だって、もうひと押ししたらこの子受けてくれるな、とか思っちゃうよ)
 イライラ、イライラ。
 本当は、アベナにだって分かっているのだ。どこまでもひとに優しい、断るときですら相手の気持ちを思いやれる、それがペーシュのいいところだっていうのは。
 そういう彼女が好きなんだし。
 もし彼女が「おとといきやがれ、だれがおまえみたいなやつと踊るかよ、鏡見て来い、こんな美女誘えるランクか?」とか言ったりしたら…………いや、これはグッサリ言いすぎだけど。こんなこと言うやついたら、後ろからブン殴ってやるけど…………とにかく、ひとを傷つけるひどい言葉を口にしたりしたら、あたしは絶対ショックを受ける。そんなのペーシュじゃないって思う。だから、今はあたりまえの状況なんだ。
 アベナとしては、耐えるしかないのだが。
「美しいお嬢さん、ぜひ――いたっ」
「はーい、お触り厳禁ね。そこまではわたしも許したりしないから」
 ペーシュの手にキスとかしようものならこんなものじゃすまさないんだからねッ!
 DETHの文字を思い浮かべて睨んだら、男はあせって向こうへ消えて行った。
「まったくもぉ…」
「アベナさま、申し訳ありません」
「何言ってんの。ペーシュが謝ることじゃないよ」
「いえ、そうでなくて。あの…」
 あ。
 ちょっと目を離した隙に、ペーシュの左手が男の両手に握りこまれていた。
「先ほどからずっと見ていましたが、あなたのおっしゃるパートナーとやらは現れないようです。じきにワルツが始まります。この曲だけでもぜひわたしと一緒に――」
「あーっ、もおっ! 黙ってらんないっ! ペーシュに触るな! 彼女に触れてもいいのはわたしだけだ!」
 手をはたき落とし、指をつきつけ男にそう宣言したアベナは、ペーシュに向き直るとその手をむんずと握り締めた。
「踊ろう、ペーシュ。これ以上こんなのと関わってても、全然時間の無駄だよ」
「は、はい、アベナさま…」
 ペーシュの手を握ったまま、ずんずんフロアに出て行く。
(ペーシュはあんたたちとは絶対踊らないってことを、会場中の男達に見せてやるんだ。彼女と踊っていいのは、パートナーのわたしだけだもん!!!)


「おっと、危ない」
 動線が交差し、ぶつかりかけたカップルを避けてターンする。1拍入れるため、御園にナチュラルターンをかけた灯火は、キャミソールワンピースの裾を軽やかに揺らして戻ってきた御園とともに何事もなかったように再びダンスの流れに乗った。
「灯火ってほんと、こういうの上手よねー」
「おいおい。こういうのって、どんなだよ?」
「卒がないっていうか。女の子が喜びそうなこと」
「おまえねー…」
「格好も、すごく様になってるし」
 と、ターンの合間に視線を走らせる。
 丈の長い緋色の上着、フリル付きの白いブラウス、リボンタイ。さすがにブリーチズは嫌らしく、黒いスラックスをはいていて、そこがちょっと違うけれど、うなじでリボンでまとめられた髪型とか、赤と金のバタフライモチーフのマスクとか、いかにも中世貴族風だ。
「あんた、その時代にもこんなことしてたの?」
「ノーコメント」
「……してたんだ」
 ふーん、ふーん。
「あー、もお。吉野のやつ、どこに消えたんだよっ」
 めいっぱい想像を働かせてニヤニヤ笑っている御園に、灯火がぼやく。
(ジェイダス校長に礼を言ったのは、早まったかもしれないなぁ。今だったら「よけいな会を開いてくれて、どうもありがとうございました」とイヤミのひとつも言ってやるんだが)
 いや、今からでも遅くないかな? そんなことを考えていたとき。
「吉野はねぇ、このあとのバレエ鑑賞のために一番いいテーブル席を確保してくれてるの。ウィンナワルツは踊れないからって」
「へぇ。認めたんだ」
「あたりまえよ。吉野は真面目で誠実だもの。そのへんのやつと違って、絶対にごまかしたりしないわ」
「はいはい」
 それは御園に限ってのことだとは思ったが、賢明にも、灯火は口に出したりしなかった。
「カドリールとラストワルツは一緒に踊ろうって約束したの」
「ああ、よかった。俺を解放してくれるんですね。これで俺もまた美女達と――」
「もおっ。へらず口!」
「いてっ」
 ギュムっとわざと足をヒールで踏んずけて、前に出る。それでどちらも転んだりしないのはさすがだ。
「でも、よかったですね、吉野と踊れて」
「うん。……えへへっ。吉野がいっぱい努力してくれたおかげだよ」
 そう思うと、今まで出てきたどんなパーティーより、すごく楽しい。
 笑顔の御園を見て、イヤミを言うのはやっぱりやめておいてやるかと、灯火は考え直したのだった。


「楽しいですか? ニックスさん」
 ワルツのゆったりとした調べに乗りながら、リンクスは囁いた。
「ええ。リンクスさん、ダンスがお上手ですから。こんな楽しい場に誘っていただけて、とても感謝しています」
「招待状を見たとき、すぐ、あなたを思い出したんです。あなたはいつも元気で、明るい方だから、一緒に踊れたらきっと楽しいだろうと思って、それで今回お誘いさせていただいたんです。
 お誘いして、よかった」
 オオヤマネコの仮面の向こうで、うれしそうに笑う目を見上げて、ニックスは「でも」と言った。
「でも、私達2人で踊るのは、この1曲で最後にしましょう」
「えっ…」
「カドリール、ポルカ、ワルツと踊りました。2人だけというのもいいですけれど、せっかくこんなに大勢の方がいらっしゃる場にいるのですもの。できるだけたくさんの皆さんと仲良くしたいわ。そう思わなくて?」
「はぁ、それはまぁ、そうですが」
 そのたくさんの中でも、ニックスとより親しくなりたいと思っていたリンクスは、ちょっと素直に頷く気にはなれない。
 それを自信のなさと受け止めたのか、ニックスはにっこり笑ってみせた。
「リンクスさんはお上手ですから、きっと皆さん踊ってほしいと思われていますわ」
 くるり、ターンをするニックス。
 ふわりとタフタのドレスが広がって、花のように舞い降りる。
(ああ、やっぱり彼女はきれいだ…)
 伸びきった2人の手をリバースターンで引き戻し、再び彼女の細い体を腕の中に収めて、リンクスはほかのカップルとぶつからないよう動きの先を読みながら、生まれる空間へと彼女をリードしていく。
 そのセンスの良さは彼の能力の高さを示すもので、だからこんなに気持ちよく踊れるのだと思うと、ニックスもちょっぴり残念だった。
「……そうですね。このあとたしかバレエ鑑賞ですから、だれかと相席になって楽しむのもいいかもしれません」
 そのあと、ポルカ・シュネル、カドリール・パストネル、カドリール・ファイナルと続き、ラストワルツで舞踏会は終わる。
「ですが、ニックスさん。お約束していただけませんか? ラストワルツは僕のためにあけておいてくださると」
 ニックスの腰に添えた手に、知らず、力がこもる。
 ニックスはその手を見、彼を見て、ほほ笑んだ。
「もちろんです。私達はパートナーなんですから」