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一夏のアバンチュールをしませんか?

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一夏のアバンチュールをしませんか?
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第5章 プール

 最初の全員参加のダンスを終えたあと。
 ふーにゃんとしーにゃんは互いにキラーンと目で合図を送り、ダッシュでプールまで走った。
「やっぱり舞踏会でダンスなんかするより、プールだよねーっ」
「こんなに毎日暑いんだから、プールに決まってるアル!」
「そうだよね。暑いし、プールがいいよねぇ」
 ウォータースライダー付きの流れるプール! 長さ50メートルの競泳用プール!
 お金持ちの別荘のプールだから、きっとものすごいに決まっているのだ。
 速攻、水着に着替えてプールに出る。
 まるでジャングルを思わせるような緑や岩山、小さな滝が諸所に設置されたプールには、なんと、人っ子1人いなかった。
「ふわーお! やったねっ! 見て見てしーにゃん! この豪華なプールが全部貸し切りーっ」
 後ろのしーにゃんに向かって思わず叫んだふーにゃんの向こうを、そのとき、ぷかー、ぷかー、と何かが右から左に流れていった。
「……ん?」
(何か気配がしたような…)
「……今の、何アルか? 何か、ぷかーと浮かんでたアルよ?」
「しーにゃんも見た? というか、感じた? ふーにゃんは感じたんだけど」
「見ちゃったアルよ。でも、見なかったことにしたいアルよ…」
 2人してプールの床にしゃがみ込む。
 ゴニョゴニョゴニョ。
 ゴニョゴニョ?
 ゴニョ。
 ゴニョゴニョ。
「討議のけっかー、見なかったことにしまーす」
「さんせいアルねー」
 ぷかー、ぷかー、またも流れていくものには背を向け、見ないようにして。
 2人は浮き輪を手に、競泳用プールに向かった。
 本気で50メートル泳ぐ気は全くない。でも、だれもいない貸切状態だから、こういう利用も許されるだろう。
 思った通り、競泳用とはいえ仕切るコースロープはなく、思う存分泳ぐことができそうだった。
「わぁ。涼しいねぇ、しーにゃん」
「最高アル! ほんと、気持ちいいアルねー。ここ、きっと天国アルよー」
 ふーにゃんは浮き輪につかまって、しーにゃんは仰向けになって、お互いぷかぷか浮きながらしみじみ呟く。
 うとうと、眠気まできて、いっそこのまま浮きながら寝てしまおうかとぼんやり考えていたときだった。
「うーきーわー、うーきーわーをかーすーのーじゃー」
 そんな声を繰り返し聞いたような気がして、ふーにゃんはパチっと目を開いた。
「ええい、貸してくれと言っておるのじゃ。くれと言っておるのではない」
「駄目アルねっ。これはふーにゃんの物アル!」
「どうしたの? しーにゃん」
 パチャパチャ。浮き輪を突いて、プールの端に寄って行く。
「ふーにゃん、この子泥棒アル! ここに置いておいた浮き輪を取って行こうとしてたアルよ!」
「ええいっ。泥棒ではないと言うにっ。ここの貸出品と思うておったのじゃ! じゃからこうして、そなたの物と分かったからには、貸してくれと訊いておるのじゃ!」
「訊いてないアル! 返事も待たずそのまま持って行こうとしたアル!」
 浮き輪を持って、2人がお互い引っ張り合いをしている。
 なにしろ相手は小さな子なので、体格差でしーにゃんが優勢のようだが、なんだか子どもをいじめているみたいに見えなくもなかった。
「ねぇ、キミ」
「キミではない、わらわはレノアじゃっ」
 少し大きめの、大人用黒猫マスクの向こうから、ギン、と睨みつけてくる。
「えーと。じゃあレノア。どうして浮き輪がほしいの?」
「浮き輪を使う理由なぞ決まっておる。泳げないからじゃ!」
「って……あーっっ! 思い出したアル! この子、さっきのドザエモンアル!」
 ぷかー、ぷかー、とウォータープールを仰向けに流れていた、身動きしない死体!
「ドザエモンちゃんかー! なんか見たことあるなー? とふーにゃんも思ってたんだ」
「どっ、ドザエモンではない! あれはただ、浮かんで流されておっただけじゃ!!」
「なーんだ。そっかー、ドザエモンちゃん、生きてたのかー」
「ドザエモンではないと言うに! このっ」
 話に気をとられて動きの止まったしーにゃんの手から、すかさず浮き輪を奪う。
「あっ、駄目アルよ、それっ」
「いいよ、しーにゃん。浮き輪ならもう1個あるし」
 浮き輪をプールから上げて、自分もプールから上がったふーにゃんは、あらためてレノアの前に立った。
「それ、貸してあげてもいいよ。でも、キミ、泳げないの? なんだったら教えてあげようか?」
「……そなたも浮き輪を使っておったではないか」
「これは浮かんでいただけだもの。ふーにゃんもしーにゃんも、ちゃんと泳げるよ」
「…………」
「ここ、ふーにゃんたち3人しかいないしさ。練習してても、ちっとも恥ずかしくないと思うよ」
 しーにゃんには意固地な態度をとったものの、ふーにゃんの優しい提案には、レノアも腹をくくったようだった。
「……よろしく頼む」
「うん。こっちこそよろしくね、レノア!
 じゃあもうちょっと端っこに移動しようか? って……ふあ!? ふわわわっ」
 つるり。
 踏み出した途端、ふーにゃんは濡れた床で足をすべらてしまった。
「ふーにゃんっ」
 転びかけたふーにゃんを支えようと、しーにゃんが手を伸ばす。体勢を立て直すべく、伸ばしたふーにゃんの手が掴んだのは、なんと、しーにゃんの腕でなく、ビキニブラだった。
「…………っ…」
 そのまま引きちぎられてしまい、声もなく硬直してしまうしーにゃん。
 床に倒れて、初めて自分が掴んだ物がしーにゃんのビキニだと気づいたふーにゃんは、しーにゃんのむき出しの胸をモロに見上げることになってしまった。
「ごっ、ごごごごごご……ごめん!」
 真っ赤になってそっぽを向いて、ビキニブラを返す。
 幸運にも、ビキニブラはフロントホックが外れただけなので、すぐに元通りにすることはできたのだが。
 しーにゃんも、ふーにゃんも、お互いを見ることができず、真っ赤になって俯くしかなかった。
(ふ……ふーにゃんに見られてしまったアル……恥ずかしくて穴があったら入りたいアルよ…)
「し、しーにゃん、ごめんね……今度から、もっと気をつけるから…」
「う、うん……アル。で、でも、ここにいたの、ふーにゃんだけだったから、まだマシアル…。ふーにゃんになら……見られても…」
 ますます真っ赤になる2人。
「ちッ。青い。青いのう」
 浮き輪を手に、レノアはさっさとプールの端へ移動したのだった。