天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション公開中!

一夏のアバンチュールをしませんか?
一夏のアバンチュールをしませんか? 一夏のアバンチュールをしませんか?

リアクション


第7章 浴 場

「ふわ〜、ひろーい〜」
 ガラリと脱衣所の引き戸を開け、浴場に入ったリブロは、開口一番、驚きともため息ともつかない声で呟いた。
 30人ぐらい楽に入れそうなここは、浴場というより大浴場だった。
 ジェトバス、サウナ室、水風呂、打たせ湯と、個性豊かな風呂がある中で、真ん中に大きなひのき風呂がしつらえられている。しかも日本文化に造詣の深いジェイダスの意向で作られた湯船は丸く、桶のような形をしていた。
 中世時代の王城的な概観や舞踏会ホール、寝室と全く違う、純和風なおもむきは、まるでここだけ日本を切り取って持ってきたかのようである。
「ん〜、いいにおーい」
 深呼吸して、胸いっぱいにひのきの香りを吸い込む。
「リブロちゃん、すきありっ」
「きゃわわっ」
 いきなり後ろから抱きつき、胸を触られて、リブロはパッとしゃがみこんだ。
 隙をつかれたとっさの出来事に、どう反応していいか分からない。「触らないで」はおかしいし「やめて」も、もう終わってるし…。
 そんなリブロの混乱も知らず、Kは高らかに指を掲げた。
「1ちっぱいげっとぉ〜」
「ちっぱいって……ちっぱいって…」
「あっ、大丈夫よ、リブロちゃん! Kもちっぱいだから!」
 えっへん。
 ない胸を張って、Kは言う。
「ほ、ほんとだ……Kちゃんもちっちゃいのね」
 さわ、さわ。さわさわ、さわ。
「きゃっ、くすぐったいですぅ〜」
 遠慮がちにリブロに触られて、Kも思わず胸をかばってしまう。
 リブロは次に自分の胸を触って、感触を比べてみて、やっぱり自分の方が小さいと分かると、ずーんと落ち込んでしまった。
(やっぱり……やっぱりリブロは、世界一ちっぱいなのかな…)
 ガクッ。その場に崩れ落ちたリブロは、目元を覆った蒼いマスクの影でこっそり涙をぬぐった。
 そして、這うようにひのき風呂に近づいて桶を取ると、静かに体を洗い始める。
「……Kちゃん、そこで何してるの?」
 引き戸の死角に背中を貼りつけて、何か待ち伏せしているみたいに見える。
「しッ。
 リブロちゃん、内緒だからねっ」
「う、うん…?」
 って、何を?
 そのとき、ガラリと引き戸が開いて、だれかが入ってきた。
「れーいーちゃーんっ」
 Kは、まるで相手がだれか確信していたかのように即座に相手にしがみつき、胸にスリスリと顔をこすりつけた。
「Kちゃん、それ、変態っぽいよ……っていうか、変態だと思う…」
「やーん、零ちゃんってば、意外と胸あるー。着やせするのね〜」
 リブロの弱々しいツッコミなどものともせず、Kはスリスリスリスリ、普段では絶対に味わえない、素肌の感触を思う存分堪能している。
「ふかふかのお胸が気持ちい〜」
「あ、あ、あのっ、これって…」
 浴室に一歩踏み出した瞬間の出来事に、硬直していた零のフリーズがようやく解けたらしく、妙に甲高いうわずった声を出す。
「何って零ちゃん、スキンシップよ? もちろん。日本のお風呂は裸と裸で心を割ってコミュニケーションがとれる場所なの。聞いたことない?」
「それは、あるような…」
「でしょ? それで、とる方法っていったらもちろん肌と肌の触れ合いしかないでしょ? だって裸同士なんだから。
 だからKはこうしてるの。こうしたら、Kと零ちゃんは仲良くなれるでしょ」
「ええっ? 浴場ってそういう場所だったんですか?」
「そうなの。だからもうちょっと、こうしていようね〜」
 スリスリ。スリスリ。
「いやっ……あっ、そんな……くすぐっ……」
「やーん、きれいなお肌〜。きめ細かくて、すいついてくる感じっ」
 スリスリスリン。
「……ふ、にゃあ〜〜っ」
「違うから。零ちゃん、騙されてるから」
 もちろん、リブロのツッコミは2人の耳まで届いていない。
 至福の笑みを浮かべているKの頬を挟んでいる零の大きな胸を見て、自分のを見て、リブロはちゃぷんと湯船につかった。
「騒がしいね。あんた達何してるんだい、こんな所で。入る者の邪魔じゃないか」
 胸をもみくちゃにされて立っていられなくなり仰向けになった零と、馬乗りになって本格的に顔をすりつけようとしていたKを見下ろして、セシリア・クラシカが言う。
 彼女もまた立派な胸の持ち主だったが、あねご的なしゃべりや自分を見下ろすパピヨンの仮面姿に、ちょっとアレなものを感じて、Kは黙って従い場を開けた。
「Kちゃん、今のはKちゃんが悪いんだから。ねっ」
 む〜〜〜っと顔をくもらせて、湯船に入ってきたKをリブロがなだめようとする。
「だから落ち込んじゃ駄目よ?」
「――は? 落ち込んだりしてないよ?」
「え? じゃあKちゃん、どうしたの?」
「うん。セシリアさんの胸、大きくてやわらかそうだなぁって。
 ね? どうやったらスリスリできると思う?」
 いや、それを訊かれても…。
 しないことが一番いいんじゃないかな、とは思ったが、あまりに真剣な表情で悩んでいるので、リブロはしぶしぶアドバイスをした。
「背中、洗ってあげたらいいんじゃないかなぁ」
「あっ、そーかっ。それだったらすべったフリして前に手をやって、もめるよね! ありがと、リブロちゃんっ」
 Kは湯船を出ると、勢い込んでセシリアへ向かって行った。
 あああああ。こんなことでお礼を言われても…。
(神様。これもまた、隣人への愛なのでしょうか…)
 ひそかに悩むリブロの前、Kは計画通りのことをしていた。
「ひゃわっ」
「あっ、すべっちゃいましたぁ。ごめんなさ〜〜〜いっ」
「……このっ。あんたもやられてみなっ! あたいが一丁もんでやるからさっ」
「きゃっきゃっ。お背中お流しいたしますぅ。えーいっ」
 ザバーッ。お湯をかけたあと、パッと逃げだそうとするが、もちろん本気で逃げていないので、簡単に捕まってしまう。
「逃がすもんかっ。さあ全身くまなくもんで洗ってやるからねっ」
「やーん、おねえさまったらぁ」
「……あれが、先ほどKさんの言われていた、日本式裸と裸のコミュニケーションというものなんですね…」
 真剣な声でそう呟いたのは、同じく湯船につかっていた零だった。
 白銀色の剣十字型アクセサリーがついた黒仮面では、表情まではよく分からなかったが、かなり本気で言っているらしい。
「零ちゃん…」
(どうしよう? 正してあげるべきなのかな? でもそうしたらKちゃんを裏切ってることにならないかなぁ?)
 逡巡ののち、リブロは心の中で手を合わせた。
(ごめんね、零ちゃん。自分で気づいてね。それも、なるべく早くねっ)
 じゃないと、お風呂の度にもまれちゃうから。
 そしてそれよりも、リブロはもっと真剣に、零に相談したいことがあった。
「あの……あのね、零ちゃん」
「なんでしょう?」
「むね、なんだけど…。ど、どうやったら、たっゆんになれるかなぁ…」
「胸、ですか?」
 自分の胸を見て、リブロの手で隠された胸元を見る。
「それは…」
「簡単だ。太ればいい」
 突然、湯気のカーテンの向こうから声がした。
 てっきり自分たちだけだと思っていたのだが、先客がいたらしい。
 波紋が立って、だれかが近づいてくる気配がする。ほどなく現れたのは、白銀のシンプルなマスクをつけた金髪のナイスバディーな美女だった。
(こ、この人もかなりのたっゆん…)
「あの、あなたは…?」
「私はデア。すまない、先に入っていたんだが、うまくそれを伝えるきっかけがなくて」
「いえ…」
 それはもちろん、入っていきなり胸をもんだりもまれたりしたからで、リブロたちのせいだった。
「デアさんだけですか?」
「あ……いや。私より先に入ってる人がもう1人…」
 ちら、と視線を奥に走らせる。
「でもあの人は静かに入っていたいみたいだから。そっとしておいてあげてくれないかな」
「はい、分かりました」
「そうですね。リブロ達が騒いで、Kちゃんに知られたら、きっと胸もまれちゃうことになるから」
「ありがとう」
 ひと通りあいさつをかわし、デアは本題に入った。
「いいか? 胸を大きくするには、女性ホルモンを活性化させる方法もあるが、これは時間がかかる。きみは注射とか豊胸手術は嫌なんだろう? だったら一番簡単な方法は、太ることだ」
「ふと…っ」
「そう。胸というのは、結局のところ脂肪だ。余分な肉の塊でしかない。だから太れば確実に胸は大きくなる。日本の国技で相撲の力士を知っているか? ほら、あんな感じだ」
 ももももももーーーーーーん。
 でふんでふんでふん。
 ふんごごーふんごごーふんごごー。(以上、おスモウさんのイメージでした)
「そ、そんな…」
 ガクン、とリブロの頭が垂れる。
(おスモウさんにはなりたくありません。絶対、絶対です。
 ということは、リブロは一生、ちっぱいのままだということなんでしょうか…)
「リブロさん、気にされない方がよいかと…。大人になっても成長すると聞いたことがあります。リブロさんはまだ10代じゃありませんか」
「零ちゃん…」
 なぐさめてくる零の方を向く。リブロの目の高さに、零の大きな胸がある。
「そうそう。身長とかと違って、胸は一生成長する可能性のあるものだから」
 そう言うデアの大きな胸が、ぷらぷらと横で揺れている。
(……ああっ!
 なぜ、リブロの胸はちっぱいなのでしょうか…。なぜリブロは、ちっぱいに生まれてきてしまったのでしょうか…)
「……ふっ……ふぇぇぇぇーーーーっ!!!」
「あっ、リブロちゃんっ」
 横を駆け抜けて行ったリブロが泣いていたことに気づき、Kが立ち上がる。だが一歩と踏み出す前に、セシリアのまったがかかった。
「あんた、泡まみれじゃないか。いいからここはあたいに任せな」
「セシリアおねえさま…」
「あたいはあんたのねえさんじゃないよ」
「おねえさまですわ。だってあんなに優しく、Kの全てに触れてくださったんですもの…」
「――体洗ってやっただけだろ、ひと聞きの悪い」
 ぽっ、と頬を染めるKを置いて、セシリアはさっさと脱衣所へ入って行った。
(どんなに取り乱して走って行ったって、裸で廊下へ出るわけはないからね)
 きょろきょろとあたりを伺う。
 リブロはバスタオルを巻いただけの状態で、隅っこで壁に向かってうずくまっていた。
「やれやれ。で、どうしたんだい?」
「胸が……ちっぱいで…」
 涙がコロンと頬を伝って落ちる。
「ああ、なるほど。若い娘によくある悩みだね」
「よくなんかありません! リブロは真剣なんです!」
「よくある悩みさ。じゃなけりゃ、どうしてこれだけ世の中に胸を大きくする方法があると思うんだい? 大きくしたいって悩んでいるやつがそれだけ多いってことじゃないか」
 ひゃくっとしゃくりあげ、リブロはセシリアの方を向く。
「ちっぱいはステータスだとか、ちっぱい好きは世の中にたくさんいるから大丈夫とか、言うやつらがいるけどね。ありゃ、ぜーんぶ、ほんとは巨乳が好きか、巨乳になりたいやつの言うことさ。本当にちっぱいの自分で構わないと思ってるやつはそんなことで悩んだりしないし、そんな慰めも必要としないんだ。
 だから、ちっぱいが悩みというやつはあんたが思うよりずっと多くいて、そんなもの、よくある悩みなんだよ」
「セシリアさん…」
「そしてそういうよくある悩みには、ちゃーんといろんな解決方法が世の中にあるんだ。今まで何を試しても駄目だった? そんなの全部試したわけじゃないじゃないか! 世の中には何百、何千って巨乳になる方法はあふれてるんだ。そのうちの数十がうまくいかなかったからといって、このままずっとちっぱいのまま、なんてことは言えないさ!
 がんばんなよ、リブロちゃん。まだまだ、胸が大きくなる可能性はいっぱいあるんだからさ」
「セシリアさん!!」
 セシリアにしがみついたリブロが、その胸に顔をうずめる。
「……あー、いいなー、リブロちゃん。Kもしたいなー」
 引き戸の影から盗み見るようにして中を伺っていたKが、羨望の声で呟いた。


 なんやかやと騒がしい4人が出て行ったあとの大浴場。
「やれやれ。やっと静かになりましたか」
 狐の仮面をつけたクリオネは、湯船の中で、うーんと手足を伸ばした。
 静けさを楽しむように、のんびりとひのき風呂の浴槽にもたれる。
「面白い子達だったな」
 浴槽から出した両腕を枕にしながらデアが言う。
 あの一連の騒乱を思い出して、クリオネはくすりと笑った。
 はじめのうち、いつ見つかるかとひやひやしていたが、胸をもんだりもまれたり、泣いたり走ったりの最後の方ではもう、気にしていた自分がばかみたいに思えてきたのだった。
「さて。次はジェットバスでも楽しませてもらおうかな」
 そう言って湯船から上がったデアは、向かいの壁に設置されているジェットバスへと向かう。
「いや、本当に、あの4人には楽しいものを見させていただきました」
 だれにともなく呟き。
 クリオネは目を閉じて、耳元近くまで湯につかった。