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一夏のアバンチュールをしませんか?

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一夏のアバンチュールをしませんか?
一夏のアバンチュールをしませんか? 一夏のアバンチュールをしませんか?

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第10章 ホール

 光の中で影が躍っていた。
 影といっても暗い、黒一色のものではない。
 赤・青・白・黒……さまざまな、カラフルな影がいったりきたりしている。
 光と影と、流れる色のような……噴水のようにきらめいて噴き出している音楽。
(これを完璧に紙面にとらえられたらすてきだろうな…)
 早く部屋に戻って、スケッチしたい。
 指がうずうずする思いで見ていたら。
「ずっと、見ておられるんですね」
 突然話しかけられて、柊はハッとわれに返った。
 見ているというか、ぼんやり影を追っていただけだったのだが。
「……うん」
 じっと見つめられ、初めて返事を促されているのだと気付いて、頷いた。
 彼から反応が返ったことに、ティセラ・リーブラ風白いドレスを着た女性はあきらかにホッとした表情を見せる。
「私、セレナーデと言います」
「……柊…です」
「柊さん。
 何を見ていらっしゃるんですか?」
「……踊ってる人」
「ええ。もちろんそれは存じ上げております。フロアを向いておりますもの。でもどこか、あなたは他の人とは違う何かを見ているように見えたものですから」
 この人は何を言っているんだろう?
 柊は意味をとりかねた。
 柊が何を見ているのか、本当に知りたいかのように、同じフロアを見ている。
 ひとにはどう見えているかなんて、自分は知らない。自分には自分の見え方しか分からない。
 この人に、分かるように説明できるだろうか?
 自分のことを説明するのは、ただ話をするよりも苦手だ。そう思いつつも、柊は努力してみることにした。
「光を見てる。影と、色と、雰囲気。それを感じるんです」
 柊の言葉に、セレナーデは少しとまどったものの、やがて頷いた。
「柊さんは、画家の目をお持ちですのね」
「?」
「画家は、目でとらえているけれど、頭では感じないんだそうです。感じるのは心で。目は心につながり、頭はそれを記憶するためのもの」
 くるり、回転して、セレナーデは柊を真正面に仰いだ。
「でも柊さん、それだけでは不十分ですわ。目と心で感じることは、今まででもう十分お感じになられたでしょう? 今度は、自らそれを体験することで、感じなければ」
 すっ、とセレナーデは腰を落とし、スカートをつまんでおじぎをする。
「ワルツを、私と踊ってください、柊さん」
「…………」
 彼女の言う通りかもしれない。
 柊は右手を差し出した。
「僕と踊ってもらえますか、セレナーデさん」
「はい。よろこんで」
 彼女と手をつなぎ、柊は光と音のシャワーの下へ入り、自らもまた、この世界を構成するカラフルな光の1つとなったのだった。


 ラーレは華奢だった。
 昔から「ラーレちゃんって、ほんときれいねー。女の子みたーい」と、言われ続けてきた。どこへ行ってもおばさまには大歓迎、かわいがってもらえる美少年だった。
 だからといって、男の娘になったりはしない。所属だって教導団だ。男らしい、凛々しい仕事場の選択だと、我ながら思う。
 だが、だからといって無視したりもしない。それを利用して、かつ楽しむぐらいの遊び心は持ち合わせていた。
 虹色のタフタドレスと化粧品を調達し、鏡の前に立ったらば。
「なんだやっぱり自分、いい女じゃないか!」
 思わず賞賛の声が漏れてしまうほどだった。
「すごいぜ自分! 今目の前にいたら、絶対愛しちゃってるよ!」
 ぺたんこの胸は、ミニクッションで代用した。いくらきれいな女でも、胸がなかったらバランスが悪くてインパクトに欠けるからだった。
 どうせやるなら半端なく、と、かなり仕込んだ。巨乳である。ドレスにワイヤーが入っていなかったら、今ごろ垂れ乳になっていたことだろう。
 ラーレとしては、本当は感触も本物にしたかったけど、シリコン胸パッドを取り寄せる時間がなかった。残念だが、これだってもまれなきゃバレたりしないだろう、と考えることにした。
 当然、舞踏会場についても、賞賛の眼差しを浴びた。
 ただ、踊り出すとほとんど瞬時に女でないことがバレた。
「おまえ、男だなっ?」
 なにしろ、こうなって初めて気付いたが、女性パートが踊れないのだ。手の置き方はなんとかごまかせても、男性パートしか知らないから鏡に映したように最初の1歩目から頭をぶつけ合う。あるいは足を踏んでしまう。
「ちッ。なんだよ、踊れないのかよ。女装するんならもうちょっとうまくやれよ。おまえ、歩き方だって男のまんまだぞ」
 これにはさすがにラーレもメゲた。やっぱりドレス着ればいいだけの外見と違って、完璧な女になるのはムリだと悟った。仕草や歩き方は付け焼刃じゃうまくいかない。
 仕方ないからもう食べることに専念するか、そう思ってテーブル席についた。
「相席、いいですか?」
 一応断りを入れてから。6人掛けで相手は1人とはいえ、やっぱり相席は相席だ。マナーとしてひと言入れなくてはいけないと思った。
「どうぞ。構いませんよ」
 そう答えたのは、男装の麗人……いや、ただの麗人か? どちらか分からない、とにかくきれいな人だった。
 ただし、ラーレがそうと気付いたのは、席についてからだ。
 バイキング料理を山と盛り、やけ食いをしていたら、ふと、彼の指先に目を奪われた。
 グラスに彫られた鳥をなぞる指の動きがきれいで、目で追ってしまう。肘、肩と徐々に上に上げていって、そこでその人の美しさに気付いた。
 金糸装飾の入った鶯茶色のマント、胸元の飾りポケットに、グラスと同じ鳥の刺繍が入った燕尾服。その肩を覆って流れ落ちる乳白金の髪。
「あなた、きれいですね。すごくきれいだ。で、女性ですか?」
 は? ってなものである。
 いきなり褒めて、侮辱する。今日のラーレのことを知れば出てきても仕方のない言葉だったが、訊かれた方はどちらの反応をするべきか、とまどってしまう。
 だが、相手がワーブラーだったことが、彼の今日一番の幸運だった。
「きみ、面白いねぇ」
 侮辱でも褒め言葉でも、どちらであろうと気にしない。自分というものを揺らぎなく持つワーブラーは、笑ってグラスの赤ワインに口をつけた。
「あ、いや、どっちなんだろうかなぁ、と思って。例えば自分、どっちだと思います?」
「男」
 即答する。
「女性は、料理をそれだけ山に盛ってきませんよ、公式の場ではね。大量に取ってきたとしてもお皿は分けるでしょう。そして取り皿を用意して、小分けに取って食べます」
「あー、そうか。そうですよね」
 見るからに、しゅんとなる。
(子犬のようですね、この人は)
 そう思って見ると、両耳を伏せた子犬がクゥンと鳴いている姿に見えてきて、ワーブラーはくすくす笑ってしまった。
「自分、どうもやっちゃったみたいで…」
 と、これまでの出来事をつれづれとなく話す。
「なんだ、くだらない」
 彼の落ち込みを、一蹴するひと言にグッサリきて、ラーレは初めて自分がこの人の慰めを望んでいたことに気がついた。
「……や、そうなんですが…」
 席を立つワーブラーに、この人にも呆れられてしまった、と思った瞬間。
「ほら、いらっしゃい。まだワルツは半分ほど残っていますよ」
 ワーブラーはそう言って、ラーレをフロアに連れ出した。
「男性パートしか踊れないのなら、踊ればいいんですよ。女装しているからって、どうして女性パートでなければいけないんですか? さあ踊りなさい。お相手をしてあげますから」
 ちなみに私はどちらのパートも踊れますけどね。
「ワーブラーさん…」
「ばかばかしい。キミにそう言った男達だって、女性パートは踊れないんですよ。自分がパートを切り替えることもできないやつらの非難をまともに受けとって、どうするんですか。そんな狭量どもは、鼻で笑ってやりなさい」
 ウィンナワルツで女性パートを難なく踊りながら、ワーブラーが言う。
「なんだったらこれから女性パートを教えてあげても――」
 とり合った手から、彼がぶるぶる震えているのが分かって、ワーブラーはそこで言葉を切った。
「泣いてるんですか? キミ」
 ぶわっと盛り上がった大粒の涙を、滝のように流しながら、ラーレは次の瞬間ワーブラーに抱きついた。
「ああっ、ワーブラーさん! あなたは本当に優しい人だ!! まるで大地を包む木々のように自分を抱いてくださる…!」
 いや、抱きついてるのはキミの方なんですけど…!
「ちょっ……いいから放しなさいっ」
「自分はかんどーしました! あなたのような人は世界中捜してもどこにもいない! ああ……ああ! 自分はこれから先、どこまでもあなたについて行きます! あなたがだれより好きです! あなたを愛しています!! どうか自分のアニキになってください!!」
(しまった、子犬だと思って油断していたら、なつかれてしまった!)
 ちょっと気が向いたからと面倒を見てあげたら、とんだ失態だ、と悔やむワーブラー。
「いいからとにかく離れて――」
 と、がっちり掴まれた手の中から抜け出そうとしたとき。
 ワーブラーのマスクにラーレの手が当たり、マスクがずれてしまった。
 一瞬、ほとんどあらわになったマスクの下の素顔。ワーブラーの赤い目がラーレをとらえる。
「……あ」
 ワーブラーは瞬時にマスクを元に戻したが、遅かった。
「あの……す、すみません、ろく――」
 ガシッとワーブラーの手が口を塞ぎ、爪が顎に食い込むほどの力で締めつける。
 そのままラーレをひざまずかせ、ワーブラーは殺意すらも超えた冷酷な光を放つ赤い目で、彼を見下ろした。
「それ以上騒いだら……どんな手段を用いてでもあなたの正体を突き止め、本名と今の姿、そして過去あなたの犯した後ろ暗い行動をネットでさらしますよ? 例えそれが、根拠なき捏造であろうともね…」
 捏造するのはもちろん私ですよ。おムコに行けないどころか、ニートになってお外コワイと家から一生出られなくなるまで追い込んであげますからねぇ。
 ククっ。それも楽しいかもしれません。何もしなくても、そうしてあげてもいいかもしれませんね。
(悪魔……自分のアニキは悪魔だった…!)
 ラーレは自分を虫ケラでも見るような目で見るワーブラーにおびえながらも、でもこうなる自分もちょっとカッコイイかもしんないなぁ、と思ったりもした。


「月游(ユエヨウ)くん、月游くん。席、決めてないの?」
 人でいっぱいのテーブル席をふらふ歩いていたら名前を呼ばれて、月游はそちらを振り返った。
 黒いドレスを着た、小悪魔が椅子から立って手を振っている。
「あなたは…」
 だぁれ? と言いそうになって、止める。
 見覚えがあった。たしか、一緒にカドリール・ファーストを踊った少女だ。
 名前は………………なんだっけ?
「えーと。ショコラ……さん?」
 だったかな。
「もし決めてないんだったら、ここに座る? ここ、まだ余裕あるから」
 椅子を引き出して勧めてくる彼女に促されるまま、彼女の横の椅子にすとんと腰を落とした。
 6人掛けのテーブル席には、黒装束の、ちょっと怖そうな男の人と、四つ葉のクローバーの髪飾りを付けた女の子、金髪の背の高い女性、それと白いタキシードの男の子が座っている。
(……あ。なんだかこの服、サイズ合ってない?)
 隣の席だったため、白いタキシードの男の子は足元までよく見えた。
 最初は着崩して着ているのかと思ったが、そうではなく、サイズが大きくてブカブカだから崩れてしまっているのだと分かる。
「きみ、その服――」
「Xだ」
「ん?」
「きみではない。自分はXという」
 そう主張しながらも、彼は月游を見ようとしなかった。目の前の皿に乗った料理をパクついている。
「そう。Xは服のサイズいくつ?」
 これ、間違ってるよね、どう見ても。
「知らぬ」
 あ、やっぱり。
(裾もちょっと埃まみれになっちゃってるみたいだ。靴跡もついちゃってる。自分で踏んじゃったのかな?)
「ね、こっちに足出して?」
「なぜだ」
 初めてXが月游を見た。
「裾、折った方がいいと思うから」
「べつに邪魔ではない」
 そう言いながらも、Xは月游の方に向き直り、プラプラさせていた両足を向けた。
 彼が従ってくれたことに、内心月游はホッとする。
 淡白な物言いに、突き放されたような感じを受けていたからだ。
「ちょっと汚れちゃってるね」
 ぱんぱん。裾をはたいてできるだけ汚れを落としてから、三つ折りにする。
「ありがとう」
 Xは、やっぱりちょっと感情の欠けた、突き放すようなしゃべり方で礼を言うと、再び料理を食べ始めた。
 そうされても、今度は月游も傷つかない。この子はこういう子なんだからと。
(傷つく、って……あれくらいのことで、俺、傷ついたのかな?)
 ふーっと息を吐く。
 それすらも分からない。自分の中ががらんどうで、からっぽで。からっぽの内側に少し傷がついたところで、触れるものもないのに、どうしてその痛みが計れるだろうか?
 ただ、寂しいことは分かった。だから招待に応じたのかもしれない。人の気配のたくさんある所に、身を置きたかった。
「月游くんは?」
「えっ…?」
 突然袖を引かれて我に返る。
 ショコラが月游を覗き込んでいた。
「バレエ見るの初めて? 私、初めて」
「ああ、いえ。地球で何度か」
 お客だった女性と一緒に、とは、このかわいらしい少女には言えなかった。
「ふぅーん。じゃあこの『眠れる森の美女』ってどんなのか分かる?」
「分かります」
 有名な童話だ。地球人なら、そしてこの地へ来られるほどの人物なら、おそらくほとんどの人が知っている。
「わっ。じゃあどんな結末になるか知ってる? これ、最後までしないみたいなの。教えて?」
「ショコラ、ストーリーを聞くには時間が中途半端だから、あとにしたらどうかな」
 反対側の黒装束の男性が諭すように言う。
 黒ずくめで怖そうに見えたけれど、その話し方や声からは丁寧でやさしい印象を受けた。
「はい、ウェアウルフさん」
 素直に彼の言葉をきいて、ショコラはきちんと座り直す。
「王子といつまでも一緒に暮らしました、だよな」
 ボソッと言ったのはXだった。
 さっとショコラを見たが、聞こえていたふうでないことにホッとする。
 ハッピーエンドとはいえ、見終わるまで結末は知らない方がいいに決まっている。
「Xは話を知ってるの?」
 月游は首を振る。
「知らない。だが、童話というのはそういうものだ」
「……そうだね。童話の世界では」
 頷きながら、テーブルに設置されていたパンフを開いた。そこには「眠れる森の美女 第一幕ショート・第三幕公演」とあった。
 大作バレエは3時間前後あって当然なので、抜粋になるのは仕方ない。ストーリー的には第二幕が見せ場だが、バレエとしてはやはり様々な踊りのある第三幕がメインになる。
 はたして見終わったあと、明るくなった室内では、ショコラ、アイナ、Xが難解さに眉を寄せていた。
「ねぇウェアウルフさん、どうしてみんなしゃべらないの?」
「バレエはパントマイムだから」
「そんなのおかしいわ。だって何話してるかちっとも分からないじゃない。ねっ、月游くん」
「……あー、えーと。そのためにパンフレットにストーリーが書かれているんだ」
「どうして動物達が2人を祝福するんだ? 関係ないのに」
 とはX。
「猫がブーツを履いているとは? なぜ2本足で立っている猫が出てきて、だれも驚かないんですか?」
 ゆる族?
「それは『長靴を履いた猫』という童話があるからだよ、アイナ」
 隣の翔が答えて、ぽんぽんとなだめるように腕を叩く。
「月游、なんで赤ずきんが狼と一緒に踊ってるんだ? たしかあの童話は敵対している同士じゃなかったか?」
「ええっ! Xくん、狼って女の子食べちゃうの? どうして食べられた女の子が生きてるの?」
 あああああああ……もう収集が…。
 気がつけば、そこかしこのテーブルで、同じようなことが起きていた。次々と質問をぶつけるパラミタ人と、答えに追われる地球人。
 あるいはこの状況も、ジェイダスのねらいだったのかもしれない。
 翔とウェアウルフだけでは対処しきれない3人の問いへの返答に追われるうち、月游も知らず知らず――ときには童話の矛盾を疑問としてぶつける側に回りさえしながら――笑って、5人との話に没頭していたのだった。