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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 06

 東條 カガチ(とうじょう・かがち)も石造りの遺跡にたどり着いている。緑に包まれ全容はつかめないが、決して小さくはないはずだ。
「これが『緑の心臓』なのかなぁ。異常状態のど真ん中に怪しげな遺跡……どう見ても怪しいけど俺阿呆だから調査とか苦手なんだよねー」
 と斜め後方に視線を送ると、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がこれに応じた。
「ベースキャンプからの連絡によると、森の中には遺跡が十数カ所存在するという。ゆえにこれが目的地とは限らないが、調べる価値はありそうだな」
「少なくともこれは神殿ってことだよな?」
「解読はできないものの、随所にいわくありげな文字が刻まれている。まず、そうと見て間違いないだろう」
「てこたあよ、奥にゃあご神体だとかとかくあんま人が触っちゃいけねえもんがあると思うんだよねえ?」
「そうだな」
「てえこたさ、奥へ行けば行くほどろくでもねえさっきの植物みたいなのとか、或いは未知の脅威なんかがあるかもしれねえ。気ぃ張っていこうぜ」
「理にかなった推理だ。冴えているな」
「そりゃどうも。ところでこの猫耳については気にしないでくれや」
 カガチは小さく笑って、超感覚状態で神殿に足を踏み入れる。イーオンは彼に敬意を表し、超感覚の副産物たる猫耳は見ぬ振りをして続いた。イーオンは一人ではない。美しき双つの華、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)を連れている。
「お先、失礼しますね」
 白きドレスの貴婦人、アルゲオが優雅に一礼して入口に姿を消すのとは対称的に、
「邪魔するぞ」
 謎めいた黒衣の美女フィーネのほうは、他人が自分のために道を開けるのは当然、といった感じで胸を張り、つかつかとイーオンの後を追った。
 ここに集まった一行は、同じ目的のもと合流したメンバーだ。偶然同行した者も少なくない。国頭 武尊(くにがみ・たける)もそうした者の一人であり、
「旅は道連れ、ま、よろしく頼むぜ」
 軽く敬礼して飄然と神殿に入った。
「いよいよ本番、か」
 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は胸の高鳴りを感じていた。ここまで、植物の攻撃を避け、あるいは撃退して進んだが、勝つことより消耗を避けることを主眼に置いてきた。レイディスにとって、外での戦いはあくまで前哨戦だ。彼が求めるは冒険、すなわち浪漫、それはこの中にあると信じている。
 水筒に入れた緑茶を口に含むと、レイディスは暗い中に歩を進めた。
 外の蒸し暑さが嘘のよう、神殿内は肌寒いほどの空気に満ちており、静謐なる闇が支配していた。仲間の灯りだけが頼りだ。
(「感覚を鋭敏にしろ……闇に潜む者、潜んで牙を磨いている存在を感じるんだ」)
 肌を刺すような殺気を感じる。レイディスは唾を飲み込んだ。間違いない、この神殿内には何かがいる。
 わずかな灯りだけを頼りに迷路状の通路を進む。曲がり角に分かれ道を何度かゆくうち、いつの間にか武尊が姿を消していたが、誰もそのことに気づかなかった。

 三十分ほど彷徨っただろうか。
 暗い神殿奥部、広いホール状の場所に一行はたどり着いていた。
「ピラミッドの構造から判断して、ここが重要な場所なのは間違いなさそうだ」
 イーオンがそう口にしたところで、突然明かりが消えた。非常用の松明に火を入れると燦然と燃え上がる。
 そして彼らは知った。植物に包囲されているということを。
「殺気の正体はこれか……出入り口に殺到している!」
 レイディスは植物の狙いを察し声を上げた。部屋の壁に床、天井にいたるまで、びっしりと茨が埋め尽くしていた。茨は脱出路をみるみる塞ぐと、意思を持っているかのように襲いかかる。鉄板すら撃ち抜きそうな勢いで棘が飛び、神経毒で麻痺させようとする。
「案の定襲ってきたか。まあ、狭い通路じゃないだけありがたいってねえ」
 得物を抜いて下段に構え、カガチは円月を描くように回す。銀の刃は飛来する棘を弾き返した。
 イーオンの行動も素早い。
「アルは植物の根元を探しながら進め! フィーネはサンダーブラストでアルを支援、近づく茨を迎撃しろ!」
 指示を下しながらアシッドミストを展開する。
「イオ、了解です」
 淑女然たるアルゲオが、苛烈な戦士へと変わるまでは一瞬、クレセントアックス引っ提げ、たちまち茨をかき分ける。
「良かろう、イーオン、従ってやる」
 フィーネが伸ばした腕の先から、まばゆい雷光がほとばしった。

 その頃、武尊は隠し部屋にいた。
「このオレがちょっと観察すりゃ、こんなもん見つけるのはわけもないぜ」
 行軍からそっと離れ、宝物がないか神殿内を単独調査していたのだ。銃型HCによるマッピングをチェックし、ここがピラミッドの頂点付近であることを確認する。
「オレは善意の徒ではないんでね。ま、『お仲間』には悪いが、いただけるモンいただいたらとっとと消えるまでさ」
 口笛でも吹き鳴らしたい気分で、広くない部屋の隅々を調べて回った。壁が半回転して入ったこの部屋に、財宝の存在を直感してわくわくするものの、見つかったのは近代的な設備だけであった。明かりを灯さずダークビジョンで調べたが、見落としはないようだ。
「古代の隠し部屋、ってわけじゃねぇのか……いや、かつてそうだったが改造済みってとこか」
 いささか落胆する。そのとき足元が震え、物音が聞こえてきた。武尊のいる場所の真下で戦闘が発生しているらしい。規模も小さくはなさそうだ。
「やれやれご苦労なこった。さって、どうしたものかな、これ」
 操作盤のような設備に、赤いボタンが飛び出している。
「こういうボタンは、押さなきゃトレジャーハンターの名がすたる」
 気軽に押した武尊だが……。

 カガチらは窮地に陥っていた。植物の生命力はあまりに高く、倒しても倒しても新手が出現する。
「キリがねえなこいつは……」
 膝に突き刺さった棘から神経毒が忍び込んでくる。振り返るとイーオンも、その足元にアルゲオがうずくまり、フィーネも肩や首筋から出血し荒い息をついているという状況だ。
「思った以上の抵抗だったな」
 イーオンは呟いた。さしものアルゲオも麻痺しており、細い肩を震わせ、掠れる声を洩らしている。
「……申し訳……ありません…………」
「気にするな、毒さえ消えれば深手ではない。俺は退路を探す。フィーネ、数分でいい、アルを頼めるか」
 だが首を向けるとフィーネは薄笑みを浮かべて、
「やれと言うならやるが、条件がある」
「条件?」
「イーオン、疲れてきたぞ。キスでもして私を励ませ」
 こんな状況でも気丈なフィーネに、イーオンはいくらか助けられるような気がした。
 そのときレイディスが声を上げた。眼前の茨群を切り刻んでいた彼だが、驚いたように手を止めている。
「なんだ……敵が!」
 その変化は、目に見えて大きなものだった。突然植物が勢いを失い、しおれはじめたのだ。理由はわからないがこれこそ好機、
「まずは包囲を解こう!」
 レイディスの呼びかけにカガチも応じる。
「お化け植物も体力切れかぁ?」
 かくてこれを機に、全員団結して茨の包囲を解いたのだった。
 その後ほどなくして、反対側の出口を見つけ、一行は外へと出ることができた。
 外に出て一行は知った。神殿周囲の植物があるいは枯れ、あるいはしぼみ、瀕死の体に至っていたということを。
 この効果は、神殿を中心とした半径百メートルほどの範囲に及んでいたことが後に判明する。

 図らずも味方の窮地を救う格好になった武尊だったが、それ以外に得るものもなく、新たな遺跡を求めて森に消えていった。