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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 03

 別れ際に李梅琳とハグをかわした橘 カオル(たちばな・かおる)は、まだ腕に彼女の感覚を覚えていた。
(「梅琳の体、強張ってたな……責任がでかいんだから、無理もないが」)
 出世したな梅琳、総指揮がんばれよ――カオルができるのは、そう言って梅琳を励ますことだけだった。それがもどかしい。同じ作戦に参加しているというのに。だが彼は笑顔を作って、「首尾良く帰ったら梅琳の好きなもの食べに行こうぜ! もち、俺の奢りで」と手を振って別れたのである。
「良かったの? 梅琳のそばにいなくて」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が気遣わしげに問うた。
「気が気でないのなら、今から追うことだって」
 カオルは静かに首を振った。
「ルカさん、よしてくれ。恋人にこういうところ、見せられないだろ?」
 という顔が笑っている。超感覚を発現させた彼は、狼のような耳を頭に生やしておりなんだかラブリーな印象だ。尾まで生えているではないか。
「セルフわんこ参上! がうー!」
 カオルは四つん這いになり、ルカルカの連れている軍用犬に並んでなにやら吠えるマネをしている。これには犬のほうが面食らってしまって、下がって遠巻きにカオルを見ている始末だ。
「あははは、むしろ可愛くて惚れ直すかもよ?」
「オレの男前イメージを崩すわけにはいかないんだぜ!」
 と言ってカオルは出し抜けに、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)にじゃれついてみた。
「ジャンル『男前』仲間としてルースも判るだろ? この気持ち?」
「いきなりですね! 同意してほしいんですかツッコんでほしんですか、どっちなんです?」
 あと、ジャンルって? とルースは肩をすくめ苦笑いして見せた。
 だが本当は、ルカルカもルースもカオルの気持ちを判っている。彼はわざとおどけているのだ。愛する女性が危地に赴くのだから、気にならないはずがない。許されるなら、飛んでいって彼女の盾となりたいと思っている。だがその気持ちを押し殺し、カオルは敢えて、恋人の梅琳とは別の進路を取った。自分が一緒だと、彼女はきっと頑張りすぎてしまう……そう思ったからこそ、ルースの呼びかけに応じ、『鋼鉄の獅子』隊に加わったのだった。すぐ傍にいて守るのも、恋人としての優しさであろう。しかしそれは、隊長としての李梅琳を認めることにはならない。それどころか彼女に無理を強いることになる。同じ戦場にあっても姿を見せず、ただ想っているとだけ伝える――それもまた、一つの優しさだとは言えまいか。
 現在、『鋼鉄の獅子』は梅琳らとは別ルートを選び、森に迷い込んだ人間がいないか注意しながら進んでいた。ジャタの森に異常な状況が生まれていることはまだ一般には知られていない。足を踏み入れ、危険にさらされている人がいないとは限らないのだ。
 もちろん目的はそれだけではなかった。
(「塵殺寺院と聞いて、『彼女』も関わっているかも、と思ったものでね」)
 言葉には出さねどルースは、『彼女』の気配がないか気をつけていた。

 少し、解説を入れたい。
 ここでいう『彼女』とは、塵殺寺院の機晶姫のことだ。名を『クランジ(The CRUNGE)』というが正確には、これは総称(シリーズ名)である。
 クランジはいずれも凄まじいまでの戦闘力を有し、一体だけで一個師団に匹敵する戦力を有するとすら言われている。これまで確認されたのは全部で四機、いずれも少女型で、それぞれにギリシャ語アルファベットの個体名が付けられていた。
 以下三体は、塵殺寺院の秘密工場内に出現した。
 Χ(カイ)が最初に目撃されたクランジである。髪は鮮やかなターコイズブルー、人形のように表情がなく、片腕三本ずつの電磁鞭を自在に操る強敵だった。しかし最終的に、イルミンスール・教導団の共同作戦に敗れ破壊された。
 同じくΨ(サイ)は、イルミンスールの生徒に化けていた。やはり片腕三本ずつの電磁鞭を操る敵であったが、未完成であることを見抜かれ破壊されている。
 秘密工場での戦いではもう一体、同じく電磁鞭の使い手Φ(ファイ)というクランジも出現したものの、最終的には逃走し行方を眩ませている。彼女はダークブロンドの髪、小柄な機体であり、少年に偽装していた。ファイはその後、蒼空学園の夏祭りに来ていたところを確認されている。そのときルカルカらと知り合い友情のようなものを築き上げたことは特筆すべきだろう。『鋼鉄の獅子』隊が姿を求めているのがこの機体なのである。
 ファイとの交流を妨害したのが、夏祭り会場に現れた新たなるクランジΥ(ユプシロン)であった。ユプシロンは菫色の髪、他の三機よりやや大人びた風貌で、手から鋭い鉄串を発射する。その目的はファイの破壊であった。対面した際、ユプシロンはファイを『量産前提の後期型』と呼び、自身を『タイプIII(スリー)』と称している。会場より逃走したファイを追い、彼女もいずこかへ消えてしまったのだった。

(「ファイがとても心配、無事逃げられたかな……」)
 ファイを案じているのはルカルカも同じだ。背嚢から取り出した白衣の匂いを、軍用犬に嗅がせて足跡を探している。この白衣はファイが残したものである。生命力に溢れたこの森は、微生物を大量に生み出しているらしく、ためにか匂いは、様々なものに紛れ消えやすくなっているようだ。それでも役に立つはずとルカルカは信じている。
「ルース、前方に厚い茂みがある。上昇してみないか」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が振り返った。現在ルースは、ダリルの空飛ぶ箒に二人乗りしているのだ。箒は、歩くときと変わらぬ目線の高さで林を浮遊している。
「良いでしょう。頼みま……とっ、返事も聞かずに上昇しないで下さい」
 ルースが答え終わるより前に、箒は急上昇を開始していた。
「返事を聞くまでもなかった。あらゆる状況から判断して、96%の確率でルースはイエスと返答すると計算結果が出たためだ」
「さすがは有機コンピューター……と言いたいところですが、残り4%の確率だったらどうする気だったんです?」
「俺の計算では、ノーとは言うものの結局、ルースは渋々従うというのがうち3%、問題はない」
「残り1%は?」
 乱れた髪をセットし直すルースに、ダリルは平然と答える。
「俺でも予測不能な突飛な行動だろうな。ただしそれも今から俺の言う一言で防ぐことができるゆえ、やはり問題はない」
「それはどういう……?」
『もうじき結婚予定のナナが悲しむからやめなさい』だ」
「……おみそれしました」
「どういたしまして」
 しかし箒は上昇をやめる。カオルが声を上げたためである。
「ちょっと待ってくれ二人とも!」
 彼は足跡を発見したのだ。探索隊のものではない。匂いを調べ、ほんのわずかだがルカルカの手にする白衣と同じ成分を感じ取っている。
「やっぱりファイはここに……!」
 ルカルカは空を見上げ、通信機に連絡を入れた。
 彼らの頭上はるか上方には、夏侯 淵(かこう・えん)が操縦する飛空艇があるのだ。