|
|
リアクション
「陰と陽は二つで一つ。あなたのライバル、八卦少女ラッキー★れいりん参上アルよ!
……さ、今日も仕事を始めるアル。あなた、報酬はちゃんと用意してくれるアルね?」
「ええ、ええ、それはもう、お任せください」(ど、どうしましょう……。人の生き血なんて用意できないですよ……)
公衆トイレから出てきた諸葛 霊琳(つーげ・れいりん)が魔法少女な名乗りをあげ、パートナーとして付き添う『INQB』社員、里山 桜舞、マスコット名『コット』と共に、魔法少女への勧誘を始めんとする。
「……あれ? 何かこっちに来ますよ」
コットの声に霊琳が空を見上げると、ペガサスに乗った魔法使いと思しき男性が近付いてくるのが見えた。
「……そちらにいるのは、『INQB』のゆる族ではありませんか? 失礼ですが、これからどちらに?」
ペガサスから降り立った男性、音井 博季(おとい・ひろき)が、警戒するような素振りで霊琳とコットと対峙する。
「ど、どうしましょう。もしかしたら『豊浦宮』の魔法少女かもしれませんよ」
「でも、どうみてもあいつ、男アル。男も魔法少女になれるアルか?」
「魔法少女にこれといった規定はないので、なれるといえばなれますよ。私たちを目の敵にしているようですので、『豊浦宮』所属ではないかと思ったのです」
「なるほど、そうだったアルか
コットと霊琳がひそひそ話をしているのを聞いていた博季は、『魔法少女』という単語にそういえば、と思考に耽る。
(そういえば、何故か最近、僕が魔法少女だって評判になってるみたいだな……。何でだろう? 変身するから?)
と、話を終えたらしき霊琳が進み出て、どこか自信たっぷりな表情を浮かべて口を開く。
「あなたの言う通り、ワタシは確かに『INQB』所属アル。だけど、ワタシは八卦少女を名乗ってるアル。
魔法少女にも流派がいっぱいあって、それぞれ特性が違うアル。ワタシの流派は陽に対する陰、光有る所に闇有り、なくてはならない魔法少女を志しているアルよ」
「えっと、あの……そうなんですか?」
「そうアル!」
えへん、と胸を張る霊琳の、豊かな胸がプルン、と揺れる。
(そうか、魔法少女も奥が深いんだな……リンネさんとどっちが大きいかな……ハッ! い、いかんいかん、任務中に僕は何を考えているんだっ)
苦悶の表情を浮かべて頭を振る博季を見、コットが霊琳に指示する。
「今のうちに逃げましょう。『豊浦宮』と面倒は起こしたくありませんからね」
「分かったアル」
言うが早いか、霊琳とコットが光学迷彩で姿を消し、その場から離脱を図る。
「あっ、ま、待て!」
追いかけようとする博季だが、逃げ足素早い彼らは既に、視界から消え去っていた――。
「魔法少女をちゃんと理解してもらうためにも、今日もパトロールだよ!」
同じ頃、上空を飛ぶ秋月 葵(あきづき・あおい)の姿があった。今日は豊美ちゃんと一緒ということもあって、いつも以上に気合が入っているようである。
「はわわ、葵ちゃん、待ってくださいですぅ」
その後ろを、魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)がちょっぴり泣きそうな顔で付いて行く。本人に「魔法少女って素敵な職業なんですね……」と言ってしまったのが運の尽き、笑顔で「じゃあ体験してみる?」と言われ、そして今に至るのであった。
「みことさん、ちゃんと私の後を付いてきてくださいねー。大丈夫です、危険な目に遭わせたりはしませんよー」
「あ、はい、その……よろしくお願いしますっ」
「あたしがみことを守ってあげるからね! 一緒に魔法少女、がんばろっ!」
一方豊美ちゃんは、『豊浦宮』の魔法少女として所属することになった姫宮 みこと(ひめみや・みこと)と早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)に、新人研修と言うべきか、魔法少女のお仕事風景を見学させようとしていた。
「? ねえ豊美ちゃん、あそこ見て」
そこに、葵から声がかかる。示された場所に豊美ちゃんが目を向けると、魔法使いの格好をした男性が辺りの様子を伺っているのが見えた。
「何かあったんでしょうか。行ってみましょうか」
豊美ちゃんの言葉に皆が了解の意思を浮かべ、そして一行が高度を落とす。
「あっ、豊美さん。豊美さんもパトロールでしたか?」
男性、博季が一行の姿を認め、警戒の姿勢を解いて出迎える。
「はい、そうですー。博季さん、何か探されていたようですが……」
「ええ、先程『INQB』所属の魔法少女を見つけたのですが、僕の不手際で逃げられてしまいまして……」
「そうでしたかー。確かに、気になりますねー。ありがとうございます、私たちの方でも気にかけてみますね」
申し訳無いといった表情で告げる博季に、豊美ちゃんがそう答えたところで――。
「おーっほっほっほ。私は魔女リナリエーテ! 私はここに、魔法少女との対立を目的とする会社『悪の華』を興すわぁ!
私の望む世界に、魔法少女など不要! これからはイケメンが世界を支配する時代なのよ!」
突如辺りが闇に包まれたかと思うと、高らかな笑みと共に、『魔女リナリエーテ』に変身した雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が宣言を果たし、同時に十数名ほどのイケメン――全て男性――が瞳に色を無くした状態で現れる。
「いやあ、しかしこうも男性ばかり集まるとはね。私は至極満足だけど」
「お黙り! 私の目にかなうセクシー女性がいなかっただけよ!」
ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)の物言いに、リナリエーテが激昂して答える。……実際は、フリーの魔法少女は誰も彼も我が強かったことと、何故かは分からないが、セクシー女性がここ数日めっきり数を減らしていたことが要因である。それは、レレッツ・キャットミーヤなる人物が空京を訪れた時期と一致しているとの噂もあったが、あくまで噂レベルである。
「ふふふ……とにかく男! 男ですよ! 悪役だろうと主人公の憧れのお兄さんだろうと……むっ!?」
タキシードをきっちりと着込み、外見はどこか妖しい雰囲気を漂わせつつ、発言が全て台無しなベファーナが、キュピーンと目を光らせ、目にも留まらぬ動きで博季に詰め寄る。
「いいね……正義の魔法使いを堕とし、手駒として扱う……非常にいいね」
「な、何をする、離せ! ぼ、僕には心に決めた人がいるんだ!」
「ふふふ……その人のことも考えられないようにしてあげるよ」
振り解こうと博季がもがくが、ベファーナのここぞとばかりの力に、大分押され気味である。
「そんなことはさせないよ! アルちゃん、一緒に変身して……あれ?」
立ちはだかった葵が、アルに呼びかけようと振り返ると、しかしそこにアルの姿はない。しばらく探した葵は、遠く向こうに小さく震えて縮こまっているアルを見つける。
「……大丈夫、一人でも戦えるよ!」
気を取り直して、葵が魔法少女への変身を行う。光が溢れ、そして晴れた先には、魔法少女姿の葵がいた。
「愛と正義の突撃魔法少女リリカルあおい☆ にお任せだよ♪」
魔法少女な名乗りをあげ、敵であるリナリエーテとベファーナ、配下のイケメン軍団と対峙する。
「みこと、あたしたちも変身だよ! 操られてる人を、それで治してあげよっ!」
「え、こ、これ、そんな効果あるんですか?」
どう見ても注射器にしか見えない飛空艇を指して告げる蘭丸に首をかしげつつ、魔法少女として役に立ちたい思いで、みことが魔法少女へ変身を行う。光が溢れ、同時に二人の服装がパージされ、蘭丸がみことを背後から抱きしめ、正面から抱き合う形になったところで二人の視線が重なると、蘭丸がみことに装着され、そして光が収束していく。
「退魔少女バサラプリンセスみこと、ここに推参!
ゆる族だかINQBだか知らないけれど、いたいけな少女をだます魑魅魍魎は許さない!」
「ぼ、僕は少女ではありませんっ!」
「全く失礼だね、これ程素晴らしいイケメンパラダイスを、魑魅魍魎扱いとは」
「そ、そんなこと言われても、名乗りをこれしか用意してなかったんです……」
魔法少女な名乗りをあげるみことへ、博季とベファーナの両者からツッコミが飛び、みことがすまなそうにぺこり、と頭を下げる。
「えーいおまえたち、やっておしまいなさい!」
リナリエーテが言い放ち、今ここに魔法少女と『魔法少女と敵対する悪役』の戦いが幕を開ける――。
――数分後。
「……ああ、私のイケメンパラダイスが……」
博季と葵にコテンパンにされたベファーナが、うぅ、と涙を浮かべて地面に伏せる。
「大丈夫ですか?」
「う、うーん……あれ、どうして俺はこんなことに……」
背後では、操られていたイケメンがみことの治療を受けていた。操られていたイケメンは所詮一般人のため戦力にならず、ベファーナも三人がかりとあっては叶わず、の結果であった。
「お、おのれー! ……フフ、まあいいわ。今日は顔見せ、次に会った時は必ず――」
「次はありません! お仕置きです!」
そして、逃げようとしていたリナリエーテも豊美ちゃんの『陽乃光一貫』の直撃を受けて、「あーれー!!」と空の彼方に飛ばされていった。
「皆さん、ケガはないですか?」
暗闇が晴れ、元の光景を取り戻したのを確認して、豊美ちゃんが一緒に戦った者たちを気遣う。
「博季さん、力を貸していただいてありがとうございますー」
「ああ、いえ、豊美さんにそう言っていただけて、僕も嬉しいです。……それじゃ、僕は見回りを続けますね」
賞賛の声を掛けられた博季が照れくさそうに笑って、ペガサスに乗って上空へと舞い上がる。
「では、私たちもパトロールを続けましょうか」
豊美ちゃんの言葉に皆が頷いて、そして一行は再び大空へと舞い上がる――。
……さて、空京ではひとまず平和な時間が流れている頃、別の都市でも魔法少女としての活動を行う者たちがいた。
(……なにがどうしてこうなった!?)
蒼空学園がある都市、ツァンダの商店街で、興味津々といった瞳を向けてくる子供たちの前で、風森 巽(かぜもり・たつみ)が『仮面ツァンダーソークー1』……ではなく、『速攻魔法少女♪らでぃかる★たつみん』として、同じく魔法少女に変身したティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)と共に魔法少女キャンペーンなるものに参加させられていた。
「みんなー、こんにちはー! ……あれ、声が小さいなあ、もう一回いくよー! こんにちはー!
ふたりで一人の魔法少女、カヤティア☆シーズンのティア☆スプリングだよー! 今日は特別に、『豊浦宮』の魔法少女、らでぃかる★たつみんも来てくれたよー! みんな、聞きたいことがあったらどんどん聞いてねー!」
とうとう魔法少女として活躍出来るからか、ティアはノリノリであるのに対して、巽は笑顔こそ絶やしていないものの、どうしてこうなった、という思いに駆られていた。最初は仮面ツァンダーソークー1の舞台だと聞かされていた分、落胆も大きかったようだ。
「『仮面ツァンダーソークー1たん』の方がよかった?」
「マジ勘弁してください! 仮面ツァンダーのイメージまで崩さないでっ!?」
隣でブンブンと手を振るティアとの会話を思い返して、巽が身震いする思いを抱く。
「魔法も奇跡も、勇気の力! 夢を諦めずに進む勇気があれば、何だって出来るよ」
それでも、子供たちに訴えかけるティアの言葉に、巽はヒーローも魔法少女も、夢と希望、笑顔を届けるという点では共通しているのだと思い至る。
「ねーねー、おねーちゃんはどうしてまほーしょーじょになったの?」
そこに、子供たちから質問が飛んでくる。
(豊美さんからは、『魔法少女に対する夢や希望を壊さないように』と厳命を受けていましたが……ヒーローとしての心構え、でも大丈夫ですね)
魔法少女として活動したことがなかった分、ちゃんと答えられるか不安だった巽も、ヒーローと同じ、という認識に自信を得る。
「そうだねぇ……スカウトみたいなものかな? わ……私はそうだけど、他にも色々あるみたいだよ」
思わず一人称を『我』にしそうになったり、口調に気を使いながら、巽が子供たちの質問に答えていく。
「皆が思い描いているような事ばっかりじゃなくて、大変で、辛い事、逃げたくなる事も沢山あるよ。
でも、誰かの泣き顔が笑顔に変わるなら、それはとっても嬉しいな、って思うんだ」
そう笑顔で発言する巽は、もうすっかり魔法少女であった――。