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あなたの街に、魔法少女。

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あなたの街に、魔法少女。

リアクション

 人口が爆発的に肥大化し、それに伴い仕事が増えた空京では、親が子供を四六時中面倒を見ることが難しくなっていた。また、鏖殺寺院やエリュシオン帝国との戦争で不幸にも両親を亡くした子供も、少なからず存在していた。
 そういった子供たちの面倒を見る保育所や孤児院も、ここ数年でようやく整備され、空京の各所に建設が進められていた。王国同様それらはまだ組織としても幼く、苦労続きながらも、将来を担う子供たちに辛く苦しい思いをさせまいと、懸命の運営を続けているのであった。

「わー、ほんとにまほーしょーじょのおねえちゃんだー!」
 ネコ耳とネコしっぽを生やした『ネコミミ魔法少女』へ変身を果たした蓮見 朱里(はすみ・しゅり)を、大勢の子供たちが取り囲む。『豊浦宮』所属の魔法少女として、同じく魔法少女のピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)と共に、未来を担う子供たちに夢と希望を与えんと、今日は保育所や孤児院の慰問に訪れていた。
「ねーねー、こっちきていっしょにあそぼー!」
「えー、おねーちゃんはこっちー!」
「おねーちゃーん、なかでえほんよんでー!」
「おなかすいたよー、ごはんまだー?」
 集まった子供たちから、口々に要望が飛んでくる。前述の保育所や孤児院はまだまだ数が少なく、増大する人口に対応しきれていないため、ここにいるだけでも百名を超える子供たちがいた。いくら魔法少女であっても、三人では全員を相手するのは難しかった。
「ママ、どうしよう?」
「まさかこれほどとは思いませんでしたよう」
 ピュリアとハルモニアに視線を向けられ、朱里が安心させるように笑顔を向けて答える。
「さっき、『豊浦宮』に事情を説明したの。出来る限り考慮する、って言っていたけど、でも、他の魔法少女の皆さんだって忙しいと思うし……」
 その時、何も無い所から急に、ポン、と一人の魔法少女と、その魔法少女に案内されるように複数の人が現れる。
「到着ですー。あっ、朱里さん、ウマヤドから連絡がありましたので、私たちもお手伝いに来ましたー」
「豊美ちゃん! よかった、来てくれたんだね――」
 朱里が言うか言わないかの間に、新たに現れた魔法少女(と子供たちは判断した)である豊美ちゃんの元に、子供たちが密集する。
「わわわ、は、話のとおり、凄いですねー。……わ、こ、転んじゃいますー。ダメです見えちゃいますー」
 纏わり付くように振る舞う子供たちに、バランスを崩されそうになって慌てて豊美ちゃんがスカートを押さえる。子供の無邪気ぶりは、時に羨ましく……ゲフンゲフン、恐ろしくもある。

 ともかく、魔法少女、もしくは魔法少女に興味を持った者たちはここで、子供たちの世話などをすることになった――。


「そっか、魔法少女ってどんなことをするのかって思ってたけど、こんな仕事もするんだね」
 豊美ちゃんに「『魔法少女』とは何かを勉強させて欲しい」と同行を願い出た五月葉 終夏(さつきば・おりが)が、あちこちで戯れる子供たちと魔法少女を眺めながら、隣に立つ豊美ちゃんに尋ねるように聞く。
「そうですねー。これは魔法少女が、というよりは、私が子供好きというのもあるんですけどね。夢や希望をたくさん持っている子供たちが幸せでいられる国を作りたい、そう思っていました」
「そういえば先生、日本の天皇さまだったんだもんね。……うん、その考え、いいと思うな。
 ……私も、夢や希望、笑顔を届けることが出来るかな」
 ぽつり、と終夏がその言葉を口にする。浮かんだ影を吹き飛ばすように、豊美ちゃんの言葉が吹き抜ける。
「終夏さんにも出来ますよー。聞きましたよ、ヴァイオリンの演奏が上手いんですよね?
 終夏さんがよかったらですけど、ぜひ聞かせてあげてくださいー。きっと皆さん、笑顔になりますよ」
「……はは。うん……思った通りだ。
 夢や希望や笑顔を届けることと、音楽を届けることは、同じことなんだね」
 納得したような表情を浮かべ、終夏が持ってきていたヴァイオリンのケースを開き、演奏の準備を始める。
「わー、あれ、なんだろー?」
「いってみよー!」
 見慣れないものを見つけて、興味を惹かれたように複数の子供たちが集まってくる。
「それでは一曲……お耳汚し、どうかご容赦あれ!」
 演奏する時の口上を口にし――それはどこか、魔法少女な名乗りに通ずるものがあるかもしれない――、終夏がヴァイオリンの弓を弦に当てる。

(……どんな時だって、笑顔で音楽を奏でられる、そんな強さを持ちたい。
 アーデルハイト様に、いつか認めてもらえるように、笑ってもらえるように。
 いつも心配してゲンコツをくれたアーデルハイト様に、今度は私から「心配したんですから!」ってゲンコツを贈れるように)

 そのためには、まずは目の前の『お仕事』を頑張ろう。演奏を聞いてくれる人が、笑顔になれるように。
 そんな思いを胸に、終夏がヴァイオリンの演奏を始める――。


「ああ……この音楽を聞いていると、魔法少女として戦ってきた日々を思い出します……。
 流れてくる音楽を耳にした騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、子守唄や幸せの歌、さらには打撃技や関節技で立ちはだかる敵を蹴散らしてきた日々を思い返す。
「そんな、一見華やかに見える魔法少女の世界……ですが本来は、みんなの夢や希望を守るのが魔法少女の使命なのです。
 おそらくそれは、いばらの道でしょう。時には失敗することもあるでしょう。詩穂も数え切れない失敗をしました。
 ……けれど失敗することで、人も、そして魔法少女も学び、成長していくのです。この手に魔法さえあれば、失敗も挫折もちっぱいも忘れ……って、誰がちっぱいですかー!」
「わわわわわ、し、詩穂さん、私に当たられても困りますー」
 前後に激しく揺すられながら、豊美ちゃんが詩穂を宥めようとする。ちなみにそれほど揺すられても、豊美ちゃんの胸は一向に揺れなかった。
「ハッ! ご、ごめんなさい、つい……。
 あっ、そうでした。豊美ちゃんに相談したいことがあるんでした」
 我に返った詩穂が、自身の悩みを豊美ちゃんに相談する。
「はー、そんな経緯があったんですかー。えっと、サブミッション、蜂蜜まみれ……本気狩る?」
「あ、それで『マジカル』です♪」
 どうやら詩穂は、パラミタのあちこちで魔法少女として活動している間に、色々な二つ名を付けられてしまい、自分でもよく分からなくなってしまったようであった。
「うーん、そうですねー。私は、皆さんが取る手段については、肯定はしても否定は出来ませんよー。なので、サブミッションだったり蜂蜜まみれだったり本気狩るでも、否定はしませんー。
 私が大事にしたいのは、どんな気持ちでたくさんある手段を使うか、ということです。人を傷つけようと思っているのでしたら、私はその人が許せませんし、悲しくなっちゃいますー。
 ……でも、私でも、皆さんがどう思っているのかまでは分からないので、皆さんの行動とそれがもたらした結果から、その人の気持ちを勝手にこう、と決めちゃったりするんですよね」
 てへ、と笑って、話がズレました、と言って、豊美ちゃんが言葉を続ける。
「詩穂さんは既に、「みんなの夢や希望を守るのが魔法少女の使命」と分かっているようですので、私からこうしてください、とは言わないでおきますー。気持ちが同じなら、取る手段が違っていても、行き着く所は同じだと思いますのでー。
 ……うーん、回答になってますかねー?」
「いえいえ、回答ありがとうございます☆ これからも頑張れる思いがしてきました」
 首を傾げる豊美ちゃんに、詩穂が満足気な表情で答える。
「では早速、みんなの夢や希望を守るため、詩穂は行動したいと思います」
 そう言って、詩穂がどこからかステッキ……ではなく、横笛を取り出す。そして、タイミングよく演奏を終えた終夏の元へと歩いて行く。
「混ぜてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。曲はお任せでいいかな?」
「大丈夫です、合わせる自信ならあります!」
「それは頼もしいね。……それじゃ、アンコールといこう!」
 終夏のヴァイオリンに、詩穂のフルートが重なり、即席のコンサートは第二楽章へと続く――。


(……しっかし、早まったかなぁ。考えてみたら魔法少女の会社なんだから、女の子の方が俄然多いに決まってるよなぁ。
 アリスがいなかったら、もっと居心地悪かっただろうなぁ)
 端の方に腰を下ろして、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がはぁ、とため息を吐く。彼がアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)と共にここに来ることになった経緯を振り返ってみると――。

 数時間前、空京をアリスを連れて歩いていたアキラが、ふと思い立って口にする。
「……なんか最近、あちこちで魔法少女を良く見かけるようになったなぁ」
 実際は、空京の人口から見ればごくごく少数なのだが、魔法少女はその格好がいかにもなので、印象に残りやすい。それに、人々の会話にも、「魔法少女がメイドを務める喫茶店がオープンした」など、魔法少女という単語がしばしば見られるようになっていた。
「ナンデモ、空京に魔法少女の会社ができたんデスッテ。そのせいみたいヨ」
 アリスが、聞いた話を口にすると、アキラは驚いた様子で口を開く。
「魔法少女の会社ぁ? ……まあ、魔法少女組合? みたいなもんもあるみたいだし、魔法少女の会社があってもおかしくはないか……。
 しかし、魔法少女ってサラリーマンだったのか……給料とかってどうなるんだ? 大体ああゆうのって無償で手助けしてサッと立ち去って行くもんだと思うんだが」
「ワタシに聞かれても解らないワヨ。そんなに気になるんだったら直接会社に行って聞いてみたらいいんじゃナイ? ……ホラ、ここに住所、書いてあるワヨ」
 言ってアリスが、先程受け取ったチラシの下の部分を示す。確かにそこには、魔法少女の会社『豊浦宮』の住所が記載されていた。
「直接会社に? う〜む……」

 結局、考えつつもアキラは、『豊浦宮』の前まで辿り着く。そして、会社がここにあることを示す看板に添えられたスローガン、『あなたの街に、魔法少女。』を見て、アキラの中で推測が組み立てられていく。

(これってつまり、全ての街や村、集落に最低一人は魔法少女を送り込むってことなのか?
 …………え、それってもしかして、魔法少女の世界征服? うわぁ、すげー面白そう)

「よし、行くぞアリス! 魔法少女に俺は、なる!」
「チョ、チョットアキラ! いきなりドーしちゃったノヨ!?」
 自身の中で結論を得たアキラが、戸惑うアリスを連れて『豊浦宮』へと足を踏み入れる――。

 ……な具合であった。
(結局、俺が思ってたのと結構違ってたしなぁ。月賦制じゃなくて出来高払い制か、まぁそうだよな。……にしても、魔法少女の世界征服って面白いって思ったんだけど)
 ここに出発する前、アキラは馬宿に色々と質問をし、自分の推測と現実とのすれ違いのいくつかを解消していた。会社といっても、ごく一部の社員以外は契約制で、仕事の報酬も出来高払いというのもあれば、決まった時間会社に出勤し、月に一度報酬を受け取るものもあるだろう。まあそもそも、パラミタにおける会社とは何なのかという法律そのものが曖昧であるため、明確に定義出来ない面があるとも馬宿は言っていた。それって言ったもん勝ちじゃねというアキラのツッコミを、馬宿は「まあ、そういうことになるな」とアッサリ認めてもいた。
(ま、こうやって体験学習に来れて、分かったことも色々あるしな。無駄ってわけでもないけどな)
 思考に区切りをつけて、アキラは立ち上がり、子供たちと戯れていた、というよりは、主に身長差の関係から玩具にされていたアリスを、子供たちから救出する。
「ゼエ、ゼエ……アキラ、ワタシが子供の相手苦手なの、知らないわけじゃないワヨネ?」
「いや、子供の遊びって言ったら、人形遊びだろって思って」
 本人曰く散々な目に遭ったと文句を垂れるアリスを宥めながら肩に載せ、アキラが豊美ちゃんの方に視線を向ける。