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あなたの街に、魔法少女。

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あなたの街に、魔法少女。

リアクション

「はー、一段落つきましたねー」
「ええ、そうですね。……しかし、話は変わりますが、部屋の作りはこれでよろしかったのですか?
 確かにこれは、私たちにとって馴染み深いものではありますが」
 ふぅ、と息を吐く豊美ちゃんに、馬宿が尋ねる。というのも、豊美ちゃんが『豊浦宮』で普段を過ごす部屋は、例えば会社の社長室のように隔離された部屋ではなく、豊美ちゃんからは周りが見え、周りからは豊美ちゃんが見えない特殊な作りの仕切りで囲まれた一空間でしかなかったからである。
「うーん、色々見させてもらいましたけど、私にはこれが一番合ってると思いますー。皆さんが気軽に話しかけてくれるようにするのが、大切だと思うんですよー」
「まあ、天皇の時は、皆やけに畏まってましたからね。……ですが、常に社長に見張られている中で仕事をするというのは、なかなかに苦痛ではありますよ」
「大丈夫ですよー、私、そんなに怖がられるような人じゃないですからー」
「それはそうですが――っと、何だ、社長に用事があるのか?」
 人の接近を察知した馬宿が、そちらを向いて応対する。『豊浦宮』は普段は、オフィスに人が集まって働く形態を取らないため、人の数は他の会社と比べて極端に少ないのだが、それでも総務などの事務仕事は必要ということで、何人かが手伝いに来ていた。
「あたしよ。社長に確認してもらいたい書類があるの」
 仕切りの外から、パートナーと総務を担当していた茅野 菫(ちの・すみれ)の声が聞こえてくる。
「よろしい、入れ」
 馬宿が仕切りを外し、菫が中に入り、豊美ちゃんに書類を提出する。豊美ちゃんが上から下へ視線を動かす隣で、ちゃんと馬宿は書類の内容を確認していた。別に豊美ちゃんが頼りないわけではなく、馬宿は一から十まで自分が知っていないと落ち着かない性質なのである。
「……はい、確認しましたー」
 豊美ちゃんが確認の捺印をして、菫に返す。受け取った菫が踵を返……さず、少しの沈黙の後、口を開く。
「ねー、社長、いや、あたしはいいんだけどさ。やっぱり、これ、やめた方がよくない?」
「? 菫さん、どうしてですか?」
 単純にどうして、と首を傾げる豊美ちゃんに、菫の言葉が続けられる。
「だってさー、例えば、例えばの話よ? ある女の子を魔法少女が助けたとするじゃない? そんときにさ、困ったときにはここに連絡してね、なんて名刺渡されたら……女の子の夢壊しちゃうと思うのよ。やっぱり、魔法少女には謎めいていてほしいっていうかさ。こう、なんて言うの? ロマン?
 それに社長、いつも言ってるじゃん。魔法少女はなりたいって気持ちが大切だってさ。まあ、最近はヒーローも魔法使いも会社とかの所属って流行ってるみたいだけどさ。それだったら、やっぱり魔法少女は最後の砦じゃない? そうは思わない?」
 菫の言葉を真っ直ぐに受け取った豊美ちゃんが、うーん、と考え込むのを見て、馬宿が代わりに口を挟む。
「菫の言うことには一理あるだろう。……しかし事実、『INQB』の騒動によって、魔法少女という存在は公になりつつある。これがいい方向にならまだしも、悪い方向に知られかねないとなれば、それはおば……豊美ちゃんにとっても不利益になりかねん。そうならないために、こちらも行動を起こした次第だ」
「私も、このようなことをするのは初めてですからねー。正しいか間違ってるかは、正直、分からないですー。
 もしかしたら、私のやってることは菫さんが思ってるようなことなのかもしれないですー。でも私は、魔法少女は皆さんに平和で安心な暮らしをお届けするもの、だと思ってますよー」
 豊美ちゃんも自分の考えを口にし、菫がうーん、と考え込んだところで、電話番兼受付を担当していた崇徳院 顕仁(すとくいん・あきひと)が恭しく一礼して声を発する。
「大伯母さま、大伯母さまが席を空けている間に、数件問い合わせがありましたので、確認お願いいたします」
「あ、はーい。……あの、その『大伯母さま』って何とかなりませんかー? 確かにそうかも知れませんけど、今は豊美ちゃんですー」
 苦笑いを浮かべる豊美ちゃんの横で、馬宿が「俺に対しては即お仕置きだというのに……」と愚痴をこぼしていた。
「そんな、大伯母さまをちゃん付けで呼ぶなんて恐れ多い。ボクの偉大なご先祖さまなのですから。……まあ、まさかあれを始めた方にお会いできるとは思いませんでしたが。ほんと、伝統だと思えばこそ我慢もしましたが……ああ、あの装束の理由を知りたくなかった……」
「え? え? わ、私何かしましたかー?」
 ワケがわからないといった様子の豊美ちゃんを尻目に、そそくさと顕仁が姿を隠してしまう。
「おお、丁度いい所に。豊美殿、新作の衣装が出来た、着てみてくれぬか」
 代わりに、相馬 小次郎(そうま・こじろう)が魔法少女用の衣装を持って現れる。豊美ちゃんがはい、と頷く前に慣れた手つきで、豊美ちゃんの服を脱がし、持っていた服を着せてしまう。
「な、何だか凄いですねー。……あれ、この服、何だか胸のところがスースーしますー」
「おお、これは失礼した。サイズはピッタリのはずだったが、胸のことを計算に入れ忘れておった。豊美殿はもう! 成長しないのであったな」
 一部分だけ強調して言う小次郎の言葉に、豊美ちゃんは「もー!」と怒る……のではなく、
「小次郎さん……私がいつまでも、怒ると思ったら間違いですよー……」
 どこか寂しげにも、悲しげにも聞こえる口調で答えるのであった。
(おば上……すみません、もう身体の特徴のことを口にしたりしません)
 その様子に言い知れぬ恐怖を感じた馬宿が、心の中で豊美ちゃんに謝ったところで、
「ちょっと、何遊んでるの? 仕事をしなさい、仕事を。会社を潰す気?」
 大量の本や書類を抱えた菅原 道真(すがわらの・みちざね)が姿を現す。
「はいこれ。社長も、これを今日中に目、通しておいて。後、これも勉強しておくように」
 小次郎を追い払った後で、道真が豊美ちゃんの前に大量の書類と、『社長として勉強すべき』と道真が用意した本を数冊積み上げる。
「こ、こんなにですかー!?」
「そうよ。会社って大変なの。派遣の交通費も馬鹿にならないし、休暇の管理とか、やることが多いのよ。社長だからといってのんびりしてもらっちゃ困るわけ」
「なるほど、正論だな」
 道真の論理に、馬宿が賛同する。二対一、豊美ちゃんの負け。
「うぅ……会社って、大変なんですねー……」
 目尻に涙を浮かばせる豊美ちゃんは、ちょっとだけ、『豊浦宮』を設立したことが正しかったのかと思い始めていた――。


「お、終わりましたぁー……」
 数時間後、ふらふらしながら豊美ちゃんが所定の仕事を終え、きゅう、と床に突っ伏す。
「おば……豊美ちゃん、服がシワになってしまいますよ」
「もう動けませんよー……」
「あら、お疲れのようですわね。どうですか? わたくしオリジナルのドリンクでしたら差し上げますわよ」
 そこに、『豊浦宮』のスポンサーを名乗り出た天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)のパートナー、貴音・ベアトリーチェ(たかね・べあとりーちぇ)が何やら怪しげな雰囲気漂うドリンクを豊美ちゃんの前に差し出す。ヒロユキが『豊浦宮』の外で資金集めに奔走している間、貴音は『豊浦宮』で所属する魔法少女の体調管理という役目を担っていた。
「……待て、まずは俺が毒見をしよう」
 そのいかにも怪しいドリンクを引っ手繰るように馬宿が取り、蓋を開け、匂いを嗅いだだけでまた蓋をして、貴音に突っ返す。
「何を入れたか知らないが、冗談でも豊美ちゃんにこのような代物を飲ませようとするのは、止めてもらえないか」
「嫌ですわ、中身はちゃんとしたものですわよ。魔法少女の皆様に倒れられては、色々と困りますもの」
「……お前がその一端を担いかねんぞ。とにかく、度を越した真似は謹んでもらおうか」
「その辺りは心得ていますのよ。……では、わたくしはこれから仕事がございますので」
 ふふ、と微笑を浮かべ、貴音がその場を後にする。
「……かねてからパラミタには個性的な人物が集まっているとは思っていたが、いざこうして人を集めてみるとそれが実感出来るな……これは、今後の運営も決して一筋縄では行かないだろうな」
 何かをブツブツと呟いた馬宿が振り返ると、豊美ちゃんは床に突っ伏したまま、すぅ、すぅ、と寝息を立てていた。
「……おば上、このような所で眠られては、風邪を引きます。起きて下さい」
「むにゃ……ウマヤドぉ、もう五分だけ待ってくださいですー……」
 何度か揺すっても、豊美ちゃんはすっかり夢の中である。思えば今日一日、色んなことがあった。そのおかげで豊美ちゃんも疲れているのだろう。
「……仕方ありませんね……」
 それが分かっていたからか、馬宿が渋々といった様子ながら、豊美ちゃんを抱え上げ、仮眠室へと運んでいく。
「……お疲れさまです」
 そっと呟いた労いの言葉に、フッ、と豊美ちゃんが笑ったように見えた――。