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第七章 二日目の午後

 昼の喧騒はひと段落ついたものの、それから間もなく駄菓子屋の内外に子供達の姿が増えてくる。昨日をはるかに越えて、もんじゃ日和になった。
 鉄板に広がるもんじゃを見つめる鋭い目。木崎 宗次郎(きざき・そうじろう)は多少ぎこちないながらも、食べ頃のもんじゃを提供していた。
「宗次郎さん、素敵! 惚れ直しちゃう!」
 パートナーの木崎 鈴蘭(きざき・すずらん)がうっとりと見惚れる。
「だめだね、そんな目つきじゃ、おいしいもんじゃもまずくなっちまうよ」
「何だって?」
 一転、鈴蘭の鋭い視線が声の主を探る。皆が首をすくめる中で、視線を受け止めたのは御弾 知恵子(みたま・ちえこ)だった。
「てめぇ、宗次郎さんの何が気に入らないんだ?」
「言ったじゃねえか、目つきだよ、め・つ・き」
 鈴蘭の睨みに知恵子は一歩も引かない。鈴蘭が知恵子の制服に気付く。
「その黒セーラー、あんた波羅蜜多だね」
「それがどう……」
 知恵子も鈴蘭の着ているものに気付く。校内で良く見かける波羅蜜多長ランだった。
「年上に対する礼儀ってヤツを教えてやらないとね」
 鈴蘭は金砕棒に柄に手をかける。
「礼儀ねぇ。駄菓子屋は子供の遊び場なんだよ。子供を怖がらせるようなヤツこそ躾が必要だよ」
 知恵子もカルネイジのグリップを握り締めた。
 肝心の木崎宗次郎は「あうあう」と2人に挟まれてフリーズしていた。
 それほど広くない駄菓子屋店内が硬直する。ちょっと暴れただけでも、駄菓子屋そのものが壊滅しそうだ。
「何してるんですか!」
 対峙する2人に割って入ったのは、シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)だった。
「引っ込んでな」
「邪魔するんじゃないよ」
 鈴蘭と知恵子の脅しにも負けずに睨み返す。
「村木お婆ちゃんの留守を預かってるんですよ。そんな時に喧嘩してどうするんです」
 ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)も「ケンカしちゃダメー」と2人の間で通せんぼした。
 3人とも鈴蘭や知恵子から見れば、頭ひとつふたつ小さい子供ばかりだった。さすがに手を出しかねて歯がみする。そこに四瑞 霊亀(しずい・れいき)も姿を見せた。
「いろいろ考えるところもあるでしょうけど、ここで揉め事は厳禁ですよ。この駄菓子屋さんや村木お婆様を好きな人はたくさんいるはずです。その方々に疎まれては困るのではありませんか」
 鈴蘭と知恵子は武器から手を下ろした。店内にホッとした空気が流れる。
「あたいは間違ったことは言っちゃいないよ」
「ですけど、言い方があったかもしれませんね」
 しばらく思い迷っていたが、「悪かったよ」と頭を下げた。
「こっちは何も悪くないだろ」
 鈴蘭に霊亀が諭す。
「せっかく木崎宗次郎さんが、おいしいもんじゃを作っているんですから、笑顔の方がもっとおいしくなると思いますよ」
「そんな、笑顔ったってさぁ」
「この子達にお手本を見せてもらいましょうか」
 ミネシアとココナに耳打ちする。2人は「お姉ちゃん、こうだよー」と口の端に指を当てて引っ張りあげた。 
「こ、こうか?」
 鈴蘭が必死に2人の真似をする。フリーズしていた宗次郎も指を口の端に当てた。
「こっちのお姉ちゃんもー」
 ココナが御弾知恵子にも笑顔を見せる。
「あたいもやるのかい?」
 見れば、店内の視線が知恵子に集まっていた。懸命に笑顔らしきものを作っている、鈴蘭と宗次郎も彼女を見ている。
「やれば良いんだろ」
 指こそ使わなかったが、一生懸命笑顔を作った。狭い駄菓子屋の店内が拍手と歓声に包まれる。
「じゃあ、お仕事に戻りましょう」
 四瑞霊亀の言葉で持ち場に戻って行った。

「冷や汗をかいたよ」
 滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)は額をぬぐった。
「ああ言うのを見ると、やっぱり子供はある意味で無敵じゃのぉ」
 パートナーの道田 隆政(みちだ・たかまさ)も胸を撫で下ろす。かつての猛将で今は豪快な姉さんも、子供の無邪気さには敵わなかった。
「だよねー。お店が壊れでもしたら、おいしいお酒が飲めないもんね」
 洋介と隆政が見ると、酒瓶を抱えた霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がいた。
「おぬし、なかなか美味そうな酒を持ってるな」
 銘柄を確認した隆政が舌なめずりをする。
「今回は飲まさないって言ったろ!」
「今日は飲ませませんからね!」
 洋介と同時に叫んだのは、透乃のパートナー緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)だった。傍らのアンデッドが透乃の持つ酒瓶を抜き取ると、陽子に渡す。透乃と隆政が「あぁ……」と絶望の嘆きを口にした。
「ホットケーキを焼くんでしたよね。だったらお酒はいらないはずです。さぁ行きますよ!」
 透乃は陽子に引き立てられて行った。
「オレ達も店番に戻ろうか。ほら、子供達が遊んでるよ」
「……そうじゃのう」
 心残りがありそうな隆政を見て、洋介がやれやれとため息をつく。
「無事、終わったら飲めばいいだろ。さっきの2人を誘ってでもさ」
 隆政の顔が「そうじゃな」と明るくなり、子供達の方へ小走りで近寄って行った。

 店先で客引きをするアンデッドに子供達が足を止める。その中に、釣り目で銀髪の少年がいた。
「なんでだがし屋にちえこがいるんだよ。まさかオレの知らないしゃっきんでもあるのか」
 四番型魔装 帝(よんばんがたまそう・みかど)は店に入ると、レジで会計(ザル当番)をする御弾 知恵子(みたま・ちえこ)に近づいた。
「無邪気な子供達は見てて飽きないねぇ。で、…………帝はなんでここにいるんだい?」
「せんそうのごたごたでパラ実の青空きょうしつが中止だったから空京にきてたんだ」
「ああ、そう言えばそうだったね」
「オレこそ聞きたい、なんでだがし屋にちえこがいるんだよ」
 村木お婆ちゃんが湯治に出かけて店番に立候補したことを話す。小さい頃、駄菓子屋に憧れていたことは秘密にしておいた。
「そうか、オレはまたギリチョコを買うためにしゃっきんでもできて、そのためにはたらいているかと思ったぞ」
 知恵子は帝の口をふさぐ。
「余計なこと言うんじゃないよ。冷やかしだったら帰りなよ」
 帝は知恵子の手を振り解く。
「ひやかしもナンだし、ガムでも買ってくぜ」
 帝は店内を歩き回ると、3個いりのガムを手に取った。
「さんこ入りで、いっこだけワサビが入ってるんだ。で、いっこちえこにやるよ! オレのおごりだぞ! いいからくえ!」
 知恵子は食べるフリをすると、胸元に放り込む。「うん、おいしいな」と噛むフリもする。
 不思議そうに見つめる帝を「毎度ありー」と送り出した。
「しょせんガキの浅知恵だねぇ。可愛いもんだ」
「なかなか子供の扱いが上手いじゃない。私に言うだけのことはあるね」
 いつの間にそばに来たのか、木崎 鈴蘭(きざき・すずらん)が知恵子の肩に手を置いた。
「あ……ども」
「さっきはすまなかったね。宗次郎さんのことを言われたもんだから、つい頭に血があがっちまったよ」
「こっちこそ……言い方がまずかったですから」
「こうだろ」と鈴蘭が口の端に指を当てて持ち上げた。
「そうっすね」と知恵子も真似をした。

 芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)は子供達を駄菓子屋に連れてきた。
「こんにちはー」
 一斉に子供達の歓声が増えた。

 店の前で子供達の相手をしていた道田 隆政(みちだ・たかまさ)に「子供を脅かしちゃいかんぞ」、荀灌に「あなたの見た目がいけない」と注意されたのは30秒前。

 プチキレした郁乃が子供達の首根っこをつかんで、「高校生に見えるよね」と迫りうなずかせたのは1分前。

 「みんなぁ〜、今日はお姉ちゃんがおごっちゃうぞぉ〜」と言ったところ、同級生と見られていたことが判明したのは3分前。

 2アウト満塁一打サヨナラの場面で見事ホームランを打って、一躍ヒーローになったのは20分前。

 荀灌と二人で歩いて下校中に、偶然出会った子供達に、野球の助っ人頼まれたのは1時間前のことだった。

 郁乃にとって、常々子供同然に見られるのは不満だったが、高いところにあるお菓子を取ろうとして、滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)木崎 鈴蘭(きざき・すずらん)に「はい、どうぞ」と取られてしまうのは口惜しかった。親切でされているだけに、文句を言うわけにもいかない。
「みんな、ホットケーキ焼いたげようか? それとももんじゃが良い?」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が聞くと、銘々に「もんじゃ焼きー」「ホットケーキ」と答える。
 もんじゃ焼きは木崎 宗次郎(きざき・そうじろう)が、ホットケーキは透乃が担当する。香ばしい匂いと甘い匂いに、子供の歓声が途切れることはなかった。
「何か探してるの?」
 荀 灌(じゅん・かん)に話しかけたのは、さらに小柄なミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)だった。
 戸惑う荀灌に「何でも聞いて、ワタシ達もお手伝いしてるんだよ」とミネシアが言う。
 ホッとした荀灌は、袋に入った金平糖を手に取ると「これが気に入ったの」と明かりにかざした。
「きれいだもんね」と意気投合した3人は、いろんなお菓子やオモチャを見て回る。
 そのうちもんじゃの匂いに引かれたココナが「もんじゃ食べようよ」と鉄板の前に連れて行った。
「もんじゃを一番上手く焼けるのはだれだー! ココナちゃんだー!」
 一方的に宣戦布告された木崎宗次郎だったが、かろうじて笑顔(らしきもの)を崩さずにもんじゃを焼いた。
 頭のココナッツが重くて、一回はもんじゃの種をぶちまけたココナも、2回目はなんとかココナッツミルク入りのもんじゃを焼き上げた。
「おいしい!」
 何の奇跡か偶然か。できあがったもんじゃを荀灌がおいしく味わった。しかし他の子供達から「こっちの方がおいしいぞ」「ホットケーキが一番だ」との声があがる。
 ミネシアとココナも負けてはいない。言い合いが口げんかになり、もんじゃの欠片を飛ばし合うようになり、コテや箸が飛び交うようになった。
「やめなさーい!」
 いつも冷静なシフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)が大声を出すと、子供達の騒動がピタリと止んだ。
「食べ物を粗末にしてはいけません。いつも言ってますよね。遊ぶものでもないんですから、投げるなんてもってのほかです。みんなは野球をするようですけど、投げるのはボールだけに……」
 四瑞 霊亀(しずい・れいき)に肩を突付かれて、ミネシアとココナ、そして子供達が誰もいないのに気付く。残っているのは、焼き担当の宗次郎と透乃だけだった。
「シフも大変なのはわかりますが、あんまり気にしすぎるとシワが増えますよ」
 ハッとして、シフは目じりや額に手を当てた。
 
 あれほどいた子供達が少しずつ帰って行く。店がガランとした頃には、すっかり日も落ちていた。
 芦原 郁乃(あはら・いくの)荀 灌(じゅん・かん)も帰路に着く。
「楽しかった?」
 郁乃の問いかけに、荀灌は大きくうなずく。
「練りあめと麩菓子と金平糖が気に入りました。もんじゃ焼きもおいしかったです」
「そう、良かった」
「また、みんなと来たいです」
 今度は郁乃が大きくうなずいた。

「そろそろ店じまいにしましょうか」
 シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)の言葉を合図に皆が片付けを始めた。
 ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)も遊び疲れたのか、眠い目をこすりながら大人しく四瑞 霊亀(しずい・れいき)の手伝いをしている。
「お疲れ様でしたー」
 それぞれの帰り道につこうとした時、滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)は腕を思いっきり引っ張られた。
「さ、飲みに行くぞ」
 道田 隆政(みちだ・たかまさ)が、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)の方に引っ張っていく。
「働いた後の酒は美味いからな。飲み仲間もおるし、今日は良い酒になりそうじゃ」
「オレは……酒は……」
「わかっとる、素面のヤツがおらんと落ち着いて飲めんじゃろう」
「きれいどころが3人もいてうれしいよねー」
「洋介さん、今日はよろしくおねがいします」
 透乃と陽子もすっかり飲むスイッチが入っている。
「やだー、面倒くさいー!」と必死で抵抗したが、女3人に敵うわけもなく洋介の運命は酒と共に流されていった。