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第五章 二日目の朝

 村木お婆ちゃんが湯治に出かけて二日目。店主がいなくても朝は来る。学生達が留守を預かる駄菓子屋にも朝は来た。山葉 涼司(やまは・りょうじ)花音・アームルート(かのん・あーむるーと)の指示の元、今日も開店の支度が進められていた。
 二日目は初日に比べてスムーズにコトが運ぶ。

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は「俺の悪人面が、店番に向くと思うか?」と店の周りの掃除に精を出していた。
 せっせと掃除に集中していたにもかかわらず、通りがかる人から挨拶がある、エヴァルトもあわてて挨拶を返す。いつの間にやらニコヤカに挨拶をするのが似合ってきた。
「昨日より怖くないね」との声もあったが、エヴァルトには何のことは見当もつかない。無論、巨漢ジェイコブのことだったが、彼には知るよしもなかった。

 セルマ・アリス(せるま・ありす)ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は、店内の掃除に取り掛かっていた。ただし昨日の当番の手で既にきれいになっている箇所がほとんどで、あらためて取り掛かるところはほとんどない。軽くさっと掃除するくらいできれいになる。 
 それは村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)リュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)アール・エンディミオン(あーる・えんでぃみおん)にとっても同じだった。自分達が仕入れた菓子も、既に昨日のメンバーがちゃんと並べている。伝達ではそこそこ売れ行きも良かったとある。
「私達の眼力は間違ってなかったってことだよね」
 蛇々やリュナは鼻を高くする。それでも更に売り上げを伸ばそうと、ちょっとだけ目立つように配置を変えた。
「店内も終わってしまったようだな」
 外の掃除を終えたエヴァルトが店に戻ってくる。こうなると午前中の駄菓子屋では、店員の数の方がはるかに多い状態が続く。
「駄菓子屋……何か懐かしいな」
 セルマは店内を見渡した。
「ん?ああ、やっぱり駄菓子屋だしあるんだな、これ」
「ルーマ、何か見つけたの?」
 パートナーのミリィにルーマと呼ばれたセルマは、ケースからよーく冷やされたラムネを取り出した。
「ラムネ」
「ラムネ? へー、キレイな瓶だね〜」
「もっと小さかった時、親に隠れてよく駄菓子屋に行って買って飲んでた。勝手に菓子買うとか禁止されてたし、こっそりラムネ買うのがある意味楽しかった気もするな……」
 取り出して光にすかすと、ガラスとラムネの液体がキラキラ光る。
「中に入ってる丸いのは? ビー玉? コロコロ音がするね!」
 リュナはお目当てのミックス餅を見つける。小さく区切られた中に、四角い色とりどりの餅が並んでいる。
「仕事中なんだから、ひとつだけよ」
 村主蛇々は自分の財布から代金を払うと、ミックス餅をリュナに渡した。
「蛇々おねえちゃん、ありがと」とうれしそうに食べる。最後のひとつを「あーん」と村主蛇々に向けると、蛇々もやれやれと言いつつうれしそうに食べた。
 
「どうやら昨日はチラシを配っていたようだ」
 伝達メモを見ていたエヴァルトが、一箇所を指差して見せる。
裏メニューB−1グランプリか、集客に務めるのも仕事の一つだよね」
 村主蛇々達がチラシを作ると、エヴァルト、セルマ、ミリィが大通りで配るため出かけていく。
「後は頼んだ」
「はーい、いってらっしゃーい」
 蛇々とリュナに見送られて、エヴァルトが手を振る。それを見ていたミリィがセルマに耳打ちする。
「エヴァルトってさ、ロリコンだったりするのかな。なんか女の子を見ている目が尋常じゃないんだよね」
「シッ! 他人に迷惑をかけない限り、個人の嗜好は自由なんだ。失礼なコトを言っちゃいけないよ」
「聞こえてるぞ」
 いつの間にかエヴァルトが後ろに立っている。
「「ごめん!」」
 セルマとミリィが声を揃えて謝罪する。
「まぁ、いいさ、なぜか勘違いされるんだがな。俺のモットーは“女性には礼を失せず、戦う時以外は優しく”だ。必要な時以外は触れることもないんだ」
「じゃあ……」とセルマ。
「……必要だったら」とミリィ。
「そりゃ、止むを得ず触れることも……って、何を言わせるんだ!」
「「ごめん!」」
 再び声を揃えて謝罪した。
「一応、魔法少女のスキル『変身!』……のためにメイドの修行をしてるんだ。今はその発展である魔法少女なんだ。だから女の子から学べるものがあるんじゃないかと思ってな」
「なるほどね」
 セルマとミリィはある程度納得する。
「さて、この辺で配るとするか」
 “自称ゆる族の乙女”であるミリィは立っているだけで人目を引く。チラシは片っ端から貰われていった。これはセルマも似たようなもので、そのかっこいい外見から、女性相手にチラシが飛ぶように貰われていく。
 その一方、エヴァルトは目つきの悪さもあって、チラシどころか露骨に避ける者まで出るくらいだ。
「俺達が配るから、エヴァルトは店に追加のチラシを作ってもらってきてよ」
 とうとう、そう言って店までのお使い役になってしまう。
 ── ある程度は分かっていたが、ここまで差があるのか ──
 エヴァルトが必死で一枚のチラシを渡していた時間で、2人は何枚も渡していく。子供相手ではどうなるだろうと気が重くなった。

「いらっしゃーいませー!」 
 蛇々、リュナ、アールが店番をするところに来たのは、天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)だった。
 蛇々とリュナは元気良く声が出るのに対し、アールは明らかに棒読みで表情も固い。ただ蛇々とリュナの笑顔に隠れてザル当番(レジ係)に専念できていた。
「もんじゃ焼き……と言いたいところだが、ここは敢えてお好み焼きだ。豚玉な」
「はーい、豚玉一つー!」 
 リュナが奥からお好み焼きの用意を持ってくる。蛇々が焼こうとするが、どこか手付きが危なっかしい。
「おいおい、大丈夫か?」
「ちょっと苦手だったりするんだよね」
「そんなんで店番をしてるのか、危なっかしいな」
「午前中はあんまりお客様が来ないかなと思って。それにお店の雰囲気が好きだから、ぜひお手伝いしたくって」
「なるほどな、まぁ良い。俺が自分でやるから、しっかり見てな」
 ヒロユキが慣れた手付きでタネを広げる。熱い鉄板に丸く成形されると、香ばしい匂いが店内に立ち込めた。片面が焼けたところで、ポーンとひっくり返すと、蛇々とリュナが「おー」と拍手した。
「こんなことで拍手が起こるとはな」
 ヒロユキは苦笑した。

 エヴァルトが追加で持っていったチラシを巻き終えると、3人一緒に戻ってくる。駄菓子屋は相変わらず閑散としていた。
「午前中はこんなものか」
 子供の相手をそれほどしなくても済んだエヴァルトは、ホッとしつつも期待外れのため息をもらす。
「あら、あんまりこの場に似合わない顔があるのね」
 エヴァルトが顔をあげると、顔見知りのルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)を連れて入ってくる。
「自覚はしているが、真正面切って言われるとな」
「ごめんごめん、とりあえずチョコもんじゃひとつねー」
「了解、チョコもんじゃひとつ」
「はーい」と注文を受けた蛇々とリュナが一生懸命作る。客として来ていたヒロユキも「危なっかしいな」とばかりに手を貸していた。
「午前中から学校は……と聞かないことにしてやる」
「ありがと、実は昨日の裏メニューでそこそこ儲かったんだ」
 ルカルカが初日の裏メニューの盛り上がりを語った。
「なるほど」
「その代わり淵の機嫌を損ねちゃってね。ちょっと女装させただけなのに」
「ルカ……そりゃ怒るぜ」
「その方が儲かると思ったんだ。実際、売り上げも上がったし」
 ルカルカが夏侯淵を抱き寄せる。エヴァルトも「女装が似合うだろうな」と思ったが、いきさつを聞いては言えるわけがない。
「まぁ、たくさん食べて大きくなることだな。女装なんて似合わないくらいに」
 ルカルカが「ほら、おんなじこと言われた」と笑うと、夏侯淵がむくれる。
「エヴァルトももんじゃ焼きのひとつくらい焼けるようになったらどう? 目つきは別として腕は磨いておいて損はないよね」
 そこでルカルカ・ルー(るかるか・るー)の鉄板焼き教室が開かれ、エヴァルトや他の店番も参加した。
 ルカルカは両手のコテを使いこなすと、もんじゃ焼き、お好み焼き、焼きそばの3つを同時に作っていく。
「ほら、やってみなよ」
 コテを渡されたエヴァルトは手先の器用さもあって上達が早い。蛇々とリュナもなんとか1人で作れるまでにはなった。
「じゃあ、俺にはミックスを作ってくれよ」
 ヒロユキの追加注文にリュナが「はーい」とタネを持ってくる。
 全員の見守る中、蛇々がなんとかきれいにひっくり返すと、一同から拍手が起こった。

「うまかった」とヒロユキが代金を払う。
 すると「教えてくれたのでサービスです」と蛇々から多めのお釣りが返ってきた。
「子供にサービスしてもらうのはなぁ……」
 戸惑うヒロユキは「チップだ、とっとけよ」と蛇々とリュナに半分ずつ渡した。
「ありがとうございました!」
 元気な声に送られて店を後にした。
「そろそろルカ達も帰ろうか」
 満腹した夏侯淵に更に山ほどの駄菓子を持たせてルカルカも帰っていった。