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第六章 B−1グランプリ最終日

 モニターに映った羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)が大きくあくびをしている。横のシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)はドレスの胸元を直していた。
 ふとまゆりが正面を向く。
「え? もう映ってる? 嘘っ! なんで言わないの。マイク! マイク!」
 一旦、画面から外れたまゆりは、マイクを2本持ってくると、カメラに向き直った。
「こんにちは! 裏メニューB−1グランプリもいよいよ最終日です。今日も村木お婆ちゃんの駄菓子屋横からお送りしまーす」
 昨日同様、まゆりは元気良く、シニィは悠然と手を振った。
「さてシニィさん、いよいよ最終日ですが、焼きそばパンを越えるものは出てくるでしょうか」
「うむ、今夜には村木お婆さんが戻ってくるらしいのぉ。良い意味で、驚くような結果を見せたいものじゃな」
「そろそろ今日のエントリーメニューを紹介していきましょう!」

「ええと、こちらは蒼空学園の四谷 大助(しや・だいすけ)さん。メニュー候補はドッキリパンですね」
「はぁ、食べてみます?」
 まゆりは暗い顔の大助が気になったものの、皿の上にのったパンを見る。
「4種類あると聞いたんですが、3つなんですか?」
「1つは試作段階でボツになったんで、こちらの激辛、激甘、激苦の3種類です」
 まゆりは激甘を、シニィは激苦を手に取った。
「こ、これは…………」
 一口食べたまゆりは、途中で噛み締めるのを止めた。
「水、いります?」
 大助からコップを受け取ると一気に飲み干す。お替わりも貰って、都合3杯一気飲みした。
「ふむ、駆けつけ3杯と言うヤツじゃな。わらわも酒があったらのぉ」
 シニィは表情も変わらず激苦パンを食べている。
「すっっっごく、あっっっまいじゃないですかぁ!」
「まぁ、激甘パンですから」
 変わらず大助の表情は冴えない。
「口の中で歯が浮いて踊りだすかと思いましたよ。シニィ、そっちはどう?」
「どうと言われてもな。まぁ、美味くはないが、まずくもない。強いて言えば、酒には合わんじゃろうな」
「そっか、シニィはその尺度か。でも結構売れてますね」
「そうなんですよ。オレのパートナー達が作ったもんで……」
 大助が白麻 戌子(しろま・いぬこ)ルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)を見る。2人とも売り子に励んでいた。
「こんなもん売れるわけ無いと思ったら、買う人がいるんですよね。激苦はともかく、とことん辛いのや甘いのが好きって人がいるらしくって……」
「売れるのは良いことなのでは?」
「あいつらが調子に乗るかと思うと……」
 戌子とルシオンを見て、深いため息をつく。複雑な事情を察したまゆり達は、大助の店を後にした。
「こちらが最後の紹介です。天御柱学院から桜葉 忍(さくらば・しのぶ)カレーパンカラフル揚げパンです」
 忍がペコッと頭を下げた。差し出した皿には、何種類かの揚げパンが乗っている。
「カレーパンは売り切れですか?」
「試食であれば、こっちだけで良いかなと」
「忍、せっかくの“いんたびゅう”なのだから、“かれいぱん”も食べてもらえばよかろう」
 織田 信長(おだ・のぶなが)東峰院 香奈(とうほういん・かな)がカレーパンを持ってくる。
『余計なことしやがって』と忍は思ったが、今更引っ込めるわけには行かない。
「そうですね。じゃあ、まず揚げパンから」
 まゆりとシニィが試食する。
「揚げパンの食感と中に入ってるクルミの歯ごたえが良いアクセントになってますね」
「うむ、いろんな具があって飽きることはないじゃろうな。これでワインがあったら……おい、最後まで言わせんか!」
「次はカレーパンをいただきましょう」
 金色のカレーパンを割ると良い香りがした。まゆりは片方をシニィに渡す。
 忍が信長と香奈に見つからないように注意書きを見せた。カレーパンを買った人向けに、忍が用意していたものだ。まゆりとシニィは、そのまま食べるのではなく、ひと欠けらをちぎって口に入れた。
「こ、これは……、絶妙の味ですね」
「そうであろう」
 まゆりの言葉を聞いた信長が胸を張る。
「シニィさんはいかがですか?」
「そ、そうじゃな、これにあう酒は……よ、よう、養○酒が良いのではないか?」
「そうかもしれませんね。ではどうもありがとうございました」
 忍は「お大事に」とつぶやいた。

 《カレーパン注意書き》
1、命の保証はしません。
2、そのまま食べるのは厳禁です。
3、まずは、ひと欠けらだけ食べてください。
4、それで大丈夫だったら、一口食べてください。
5、それで大丈夫だったら、もう一口食べてください。
6、以下5を繰り返してください。
7、全部食べた方、念のために胃薬を飲んでください。

「いろいろありましたが、これで裏メニューB−1グランプリにエントリーしたお店の紹介は終わります」
「酒に合う合わんはともかく、創意工夫が随所に見られるメニューばかりじゃった。エントリーした学生のレベルの高さがわかるじゃろうて」
「グランプリを決めるアンケート結果は、明日発表予定です。楽しみにしてくださいね」
 まゆりが手を振って放送が終わった。

「激甘パンくださーい。5つね」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)ルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)に話しかける。
「はいよッ! あ、また来てくれたんッスね。ひいきにしてくれて感謝ッス!」
 ルシオンが激甘パンを袋に入れる。
「ワタシ、甘いのだーい好きなの」
「おー、それは感謝ッス! 大さん、聞いてるッスか? こんなに好評ッスよ」
「本当にこんなので良いの?」
「うん、アンケートもここに入れるからね」
 ルシオンが泣く真似をする。
「くー、その言葉、田舎の妹達が知ったら、さぞ喜ぶことッス。そう言えばどこか妹達の面影があるような……無いような……
 ノーンの頬に手をそえる。そしてガバッと両腕を上げる。
「なんか燃えてきたッスねー! よーし決めたッス! 今日は全品50%引き……モガッ!?」
 ルシオンの首根っこを大助が引っ張る。
「……ヒソヒソ(ば、バカかお前は! 半額なんかしたら、儲けがまるで出ないだろ! )」
「……ヒソヒソ(大さんは商売を分かってないッス。商いの基本は、損して得取れッスよ)」
「……ヒソヒソ(そりゃ知ってるが、損の穴埋めは誰がするんだ? )」
「……ヒソヒソ(当然、大さんッス。あたしには田舎に妹達が……)」
 ゴンと大きな音がして、「痛いッスよー」とルシオンが頭をさする。
「騒がしくてごめん。アンケートありがと、ひとつおまけしとくね」
 袋を受け取ったノーンは「ありがとう」と言って駆け出していった。

 駄菓子屋の店内では、鉄板の前に鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)が座っていた。
「裏メニューを横目に、あえてもんじゃ焼きだ」
「昼食としては普通だよ」
 どこか力の入っている貴仁に比べて、白羽はリラックスしている。焼きそば、お好み焼きなどもあって、香ばしい匂いが途切れることがない。
「さて、何を頼もうかな……」
 メニューを見て白羽が悩んでいると、貴仁は店内を覗いている2人組みに気付く。

「ここがあの駄菓子屋か」
 匂いにつられたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が様子を見に来ていた。
「おいしそうだし、面白そうだよ。もんじゃ焼き、食べてかないか?」
パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、セレンフィリティの腕に手を回している。視線は外に向いていたが、鼻は焦げた匂いを捉えていた。
「良いけど、場所は空いてる?」
 そんな2人に声がかけられる。
「そこの方、どうです? 一緒にもんじゃでも?」
 セレンフィリティとセレアナが声のする方を見ると、鬼龍貴仁が手招きしていた。
「お2人は恋人同士なんですか?」
 簡単に名乗ると、白羽がセレンフィリティに尋ねる。
「分かる?」
「なんとなく、雰囲気で。それに女性同士の恋人も珍しくありませんので」
 セレンフィリティとセレアナは顔を見合わせて微笑む。
「そっちの2人は姓が同じでも、兄弟……ってわけじゃなさそうね」
 セレンフィリティが2人の顔を交互に見て頬杖をつく。
「地球人でもないし、それに……ちょっと失礼」
 セレアナが白羽の胸をトントンと突っつく。
「ばれました?」
 白羽が小さく舌を出す。
「なんで男装してるの? 随分立派なもの持ってそうなのに。私もセレンも負けちゃうかも」
 セレンフィリティも「そうなんだ」と、白羽の胸を突っついた。 
「面白いでしょ」と白羽はニッコリ笑う。
「もしかして貴仁の方に女装趣味があったりして」
「まさか」
 3人の視線が向けられると、貴仁が真っ赤になる。
「鋭いですね。実は先日、百合園の新制服を着てもらったんです。写真、見ます?」
「着てもらったって、なんで写真なんか持ってるんだ!」
 あわてて取り上げようとするが、手を滑らせて、セレンフィリティ達の前に落ちる。
「「かーわいい!」」
 写真では、百合園の新制服を身につけた貴仁が涙を浮かべていた。
「こんな子なら好きになっちゃうかも。私達の前でも着て見せてよ」
 貴仁はどうにでもなれとそっぽを向いた。
 盛り上がったところでもんじゃ焼きを注文する。貴仁とセレンフィリティの注文したのは、奇しくもどちらもプレーンもんじゃ。キャベツ、天かす、ネギ、紅生姜が、小麦粉を水に溶いたものに入っているだけだ。
 ── こんなんで良いの? ──
 白羽とセレアナが同じことを思ったところに、貴仁とセレンフィリティは店内を回ってスナック菓子を持ってくる。
「なーんだ」と貴仁。
「同じこと考えてたのね」とセレンフィリティ。
 袋ごとスナック菓子を砕くと、鉄板で焼けつつあるもんじゃに混ぜ込む。
「そんなのを食べるの?」
 ドン引きしつつあるセレアナ。貴仁が「おいしいんだ」と答えると、セレンフィリティも「なんだ知らなかったんだ」と続けた。
「セレン……あなたは、いつもみたいに無茶苦茶しようとしたんじゃないの?」
「まぁ、いいじゃない。そろそろ焼けるよ」
 火の通ってきたもんじゃの端をコテでそぎ取ると、「はい、あーん」と食べさせようとする。
 セレアナは「いいわよ」と自分で食べようとしたが、セレンフィリティが手を押さえてそうさせなかった。
「ほら、あーん」
 2人の真似をして、貴仁が白羽にコテを差し出す。
「なによ」
「いや、面白いかと思って」
 白羽は「かもね」と、コテに乗ったもんじゃを食べる。
「うまいだろ」
 プレーンもんじゃに混ぜ込まれた数々のスナック菓子が、絶好の歯ごたえと味わいを作り上げていた。
「奇跡のもんじゃか」
「うまけりゃ良いだろ」
 そんな貴仁と白羽を見たセレンフィリティが、もう一度「あーん」とすると、観念したセレアナが口を持っていく。
「どう?」
「うん、悪くない」
「素直においしいって言えば良いのに」
「素直になりすぎると、暴走する相棒がいるからね」
 その後、貴仁がせんべいを作ると、コテで4つに切り分ける。
「貴仁がいてよかったよ。セレンに全部任せておくと、最後まで無事にできるかどうか分からなかった」
 満腹した4人は、再びそれぞれに分かれて駄菓子屋を楽しむ。
 くじをひとつ引くごとに、セレンフィリティの嬌声が店内に響き渡った。
「楽しかった……今度は2人で、また来ようね!」
「……また来るのはいいけど、今度はもっと普通にもんじゃ焼きを作りましょうよ」
 セレアナはセレンフィリティの腕に回す手に力を入れた。

「今度は全員で来ようよ」
「良いけど、写真は置いてこいよ」
「写真って、コレのこと?」
 白羽はトランプよろしく、ポケットから数十枚の写真を取り出し扇状に開く。
「いい加減にしろ!」