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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第1章 芸術の都 1

 芸術大会当日は、早朝から大盛り上がりだった。普段から暇を持て余していたのだろう。滅多にない異文化を観れる機会ということで、魔族たちは観客も見世物の参加者もそれぞれに気合が入っている。
 大会そのものはアムトーシスの街の至る所で芸術の見世物が披露されているわけだが、エンヘドゥのブロンズ像が飾られる噴水広場は運営側の中心地になっていた。
 無論、見世物も自然と噴水広場に集まってくる。近くにはステージも併設されているようで、多くの観客が歓声をあげていた。そんな観客の中を、ニコニコとほほ笑みながら通る男が一人。人の波を涼しい顔で縫うように抜けて、片手に乗せているプレートの上には冷たい飲み物が入ったコップがいくつもあったが、決してそれをこぼすようなことはしなかった。
「お飲み物はいかがですか?」
 まるでパーティ会場にいるボーイのような優雅な仕草だったが、単なる売り子である。
 そうして客に飲み物を売り終えた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が運営テントへと帰ってくると、彼のパートナーである柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が一人の女性と話しこんでいた。
 南カナン領主――シャムスである。
 彼女は翡翠が戻って来たことに気づくと、笑みを浮かべてそれを出迎えた。
「翡翠、ご苦労だったな」
「お久しぶりです、シャムス様」
 礼儀のなっている男だ。彼は恭しく頭を垂れた。もちろん彼は、シャムスがそうした堅苦しい関係が苦手なのも察している。だが、それでも彼女が領主であることは変わりない。せめて挨拶ぐらいは、恥のないように努めるつもりだった。
「本当に……たくさんの人が来られました。みなさん、楽しみにしていたんですね」
 受付嬢として椅子に座っている美鈴が感慨深げにそう言うと、シャムスは頷いた。
「ああ…………まあ、しかし興味本位の野次馬のいるだろうがな。街にいる全ての魔族たちが受け入れてくれたというわけではないだろうが、少なくとも戦いの結末を見届けるつもりは皆、あるのだろう。……エンヘドゥという商品もあることだしな」
 広場の中心で警備兵たちに守られているブロンズ像を見やって、シャムスは苦渋を噛みしめるような表情になった。翡翠は彼女に柔和な笑みを見せる。
「大丈夫ですよ。きっと、取り返せるはずです」
「……だと、いいがな」
 シャムスは、それが気休めに過ぎない言葉だということは気づいていた。だから彼女は、苦笑を浮かべるしかなかった。もちろん、翡翠が何の考えもなく、気安く彼女を励ましたわけではないのは知っている。彼は愚かな男ではない。少なくとも……昼間の間は。
 と、美鈴が何かに気づいて呟いた。
「それにしても…………あの方たちは何をされてるんでしょうか?」
「ん……?」
 シャムスも彼女が見ている方角――エンヘドゥのブロンズ像を見る。
 そこにいたのは二人の女と一匹の二足歩行ウサギだった。
 葛葉 杏(くずのは・あん)橘 早苗(たちばな・さなえ)。それにうさぎの プーチン(うさぎの・ぷーちん)だ。確か、無駄にエンヘドゥをライバル視している自称アイドルではなかったか? と、シャムスは記憶していた。
 そしてそんなアイドル娘は今現在何をしているかと言うと……エンヘドゥのブロンズ像を前にして不気味な笑い声を発している。警備兵たちも怪しさ全開の彼女に警戒を隠せなかった(まあ、戸惑ってもいたが)。
「フッフッフ…………自らブロンズ像になって自分の美しさを世間に知らしめようとは、なかなかやるわねエンヘドゥ!」
 ビシィッ!
 と、指を突き出してポーズを決める杏。取り巻きの早苗がそれに歓声をあげていた。
「かっこいい! かっこいいです杏さん! さすがアイドルスターですぅ!」
「ふふん、まあね。いい? 早苗。この女は私に勝負を挑んできてるのよ。そして勝負とは正々堂々戦うことに意味がある!」
「な、なるほど!」
「つまり、同じ条件で戦い、そして勝つことが重要なのよ! だから私は、エンヘドゥと同じ条件で戦い、そして勝利する!」
「さ、さすがや! 杏さんはほんまもんのアーティストやでぇ!」
 杏のことを尊敬しすぎた称賛しすぎた結果、なぜか早苗はエセ関西弁になっていた。
「……でも、具体的にはどうするの?」
 ビデオカメラを回しながら、プーチンが首をかしげる。待ってましたといわんばかりの不敵な笑みで、杏は言った。
「同じ条件って言ったでしょ〜。だ、か、ら……」
 彼女はプーチンのビデオカメラを持たないもう片方の手にさざれ石の短剣を握らせた。刺した者を石化させてしまうという、曰くつきの短剣である。
 プーチンは感嘆とも呆れともつかず震えていた。
「まさか勝つためにここまでやるとは……」
「よし、プーチンやっちゃって!」
「かつて戦場で『ぷーちゃんだけはガチ』といわれていたかもしれない、このぷーちゃんでさえここまではやらなかったわ」
 プーチンの言う『かつて』が本当かどうかはさておき。
 バッ、とポーズを決めた杏の腕にプーチンは軽く短剣の切っ先を刺した。チクッとした痛みを感じて杏の眉が少し動く。が、次の瞬間には、彼女の身体は見る見るうちに石になってしまった。
 それをエンヘドゥの横に押しやるプーチン。警備兵はどうしようかと思ったが……まあなにせ石像である。戸惑っている間にすでにエンヘドゥの傍に石像は設置された。
 そこでようやく、ハッとした警備兵たちは槍を構えてプーチンたちを威嚇する。
「に、逃げるが勝ちなのよ!」
「ま、待って下さいプーチンさん〜!」
 脱兎(この場合本当の意味で)のごとく逃げ出したプーチンたちを呆然と見送った警備兵たちは、改めてエンヘドゥの横の石像を見やった。
 さて、どうしたものか……?
 お互いに顔を見合わせて考える警備兵。
 しかしやがては――
「まあ、いいか」
 面倒くさくなってそのまま放置を決め込んだ。ただ杏の石像を守るつもりもなかったため、石像を横に追いやった彼らは、エンヘドゥのブロンズ像を守ることだけに専念したのだった。
 プーンと飛んできた小さい虫が、杏の石像の鼻先に乗っても、誰も気にすることはなかった。



「これはカレーライス」
 恍惚に浸るような表情で、イルマ・レスト(いるま・れすと)が言った。
「野菜と肉とそして純白の白米とカレールーが奏でる絶妙のハーモニー! それはまさに芸術作品と呼ぶに相応しいものでしょう! 今回のテーマは小宇宙。すなわちコスモ。数十種類のスパイスとシャンバラ、そしてザナドゥ産の食材が一つなるこることで生み出された新世界。新たな小宇宙への旅立ちなのです!」
 まるでどこかの教団の司祭が神の啓示でも授かったかのような口調で、イルマは語った。
 テーブルの席についてその『カレーライス』なる料理を目の前にしている少年は、なるほど、と相槌を打って嬉しそうにテーマが小宇宙の料理を見ている。
 ニコニコと笑顔を浮かべるその少年はこのアムトーシスを治める魔神――アムドゥスキアスだった。
「いや、待て、おかしいだろう?」
 で、ある。
 そんなアムドゥスキアスを前に自らの芸術作品を朗々と語っていたイルマに対して、彼女の契約者である朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が呆れながら口を挟んだ。
「確かにイルマの作るカレーは本格的だし、魔族には珍しい食べ物だろうし、興味を覚えるかもしれない。しかし、カレーって芸術作品って言っていいのか?」
 最近、彼女は男性口調から女性口調へと改めようと努力しているようだが、今はついつい男性口調になってしまっているようだった。それほど、突っ込まざるをえないところだったのだろう。
 イルマは当然のように答えた。
「ええ、言っていいです」
「食べ物だよな?」
「はい、食べ物です」
「しかも、小宇宙?」
「はい、小宇宙です」
「…………普通のカレーライスの上に生卵を落としただけにしか見えないんだが」
「小宇宙です」
「…………」
 物静かな笑顔を浮かべたまま答えるイルマに、千歳はぽかんとする。
「だから、生卵を落としただけにしか――」
「小宇宙です」
「…………」
 諦めずに突き詰めようとしたが無理だった。
 彼女が小宇宙というのだからそれ小宇宙なのだろう。たとえ卵が辛さを抑えて、初めてカレーライスを食べるだろう魔族たちに受け入れられやすい代物になることが計算ずくだったとしても、それは小宇宙だ。小宇宙の神秘なのだった。
(まあ……いいか)
 実際、生卵の力は偉大で、アムドゥスキアスや他の魔族たちにも食べやすい辛さになっているようだった。むしろそのおかげで噴水広場にある屋外カレーライスの店は繁盛している。
 千歳は諦めて、イルマに言われるままに彼女の手伝いをすることにした。
 と――テーブルに座ってカレーを食べていたアムドゥスキアスのもとにシャムスがやって来た。
「……珍しい光景だな」
 わずかに目を丸くしてシャムスが言った。
「ボクがカレーを食べてること? それとも魔族がカレーを食べてること?」
 彼女に笑いかけてアムドゥスキアスが聞くと、シャムスはクスッと唇を吊り上げた。
「どっちもだな」
「むー……ひどいなー」
「ところで、噴水前の彼女は見たか?」
 言いながら、シャムスは千歳に人差し指を立ててカレーライス一つを注文した。
「ああ、朱里さんだね」
 アムドゥスキアスは思い返すように頷いた。ここからでも見えるが、噴水前では歌姫である蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が自ら作った歌を披露するところだった。先ほど衣装など、パートナーと準備しているのを彼も見かけた。
 千歳がカレーライスをシャムスに運んできた頃――すぅ、と息を吸った朱里が歌い始めた。

 吾は此の地守る大樹
 あまねく児の母なりや

 麗しき白花 実となりて児を育む
 陽の光 腕(かいな)に抱き
 地に差す根は 水清むる

 されど世に哀しみの影は尽きせず
 くろがねは 脆きもの砕く
 双眸に溢るるは蒼き涙
 岩肌に流るるは紅き血潮

 たとえ焔この身焦がし
 礫(たびし)の上 屍(かばね)積むとも

 見よ 翠(みどり)児は地に芽吹き
 蒼天を貫かんと仰ぐ

 ああ吾は祈る 愛し児らの明日に
 強き御魂と とこしえの幸あれと

 それは幻想的な声だった。声質はソプラノか。しかし、どこか澄んだ水の波紋を思わせる声だ。
 聖歌や民族音楽を思わせる、不思議な声音。
 アムドゥスキアスとシャムスだけではなく、噴水広場にいた多くの地上人と魔族がその声に魅了されて足を止めていた。まるでそう……天使か神かの光臨の瞬間を見たように。
「歌はいいね。心が洗われるみたいになる」
「……そうだな」
 カレーライスを食べることも忘れて、しばらく二人は彼女の歌を聴き続けていた。やがて歌が終わると、夢想の世界から目覚めたときのように少しぼんやりとする。
 カレーを食べ終えて、シャムスは言った。
「そろそろ行くか」
「そうだね」
「今日は長いぞ。地上の芸術を……刻んでもらうからな」
「楽しみにしてるよ」
 睨むようにして告げたシャムスだったが、アムドゥスキアスは気にもせずに笑った。それは不敵なものにも見えたが――そうでない単なる子供の笑みにも見えた。
 愛し児らの明日のように。