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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第1章 芸術の都 2

 アムドゥスキアスとシャムスは数人の契約者らとともに、街の見世物を観て回った。それには明確なルールなど存在しない。芸術大会の勝敗はアムドゥスキアスがどう『感じるか』にかかっていた。いわば彼の采配によるというわけだ。
 理不尽だと思わなくはない。しかし、ここは彼の街である。そして、経緯や理由はどうあれ、エンヘドゥは彼の手中にある。彼自身が言ったように、シャムスに出来るのは彼を信じることだった。
 と、考え事に耽っていたせいだろう。俯き加減になっていた彼女に気づいた八日市 あうら(ようかいち・あうら)が、顔を覗き込んできた。
「シャムスさん? どうしたの?」
「あ、ああ…………いや、なんでもない」
 苦笑を取り繕ったシャムスは、あうらに心配をかけまいと手を振った。
 が、少女は無論そのことに気づかぬほど鈍感ではないし、なにより彼女はシャムスとはすでに長い付き合いだった。鬱憤や不安を他人に語らず、一人で抱え込んでしまおうとするのは彼女の悪い癖だということも、それが彼女にとって良い意味での力となる原動力であることも、あうらは知っていた。
 そんなとき、いつも彼女はこうする。
「あうら……?」
 あうらはシャムスの手を握り、その手をきゅっと自分の胸元に持ってきて祈るように言った。。
「大丈夫」
 疑う色のない言葉だった。事実、あうらははっきりとそう確信していたのかもしれない。
「シャンバラのみんながいるんだもん」
 彼女は笑顔を浮かべる。
 それを見ていると、不思議とシャムスはそれが確かであると感じられた。純粋で、まっすぐなあうらの瞳。シャムスにはない一途な色合いだからこそ、それが励みとなる。
「……ああ、そうだな」
 シャムスの笑みに覇気が戻って来たのを感じて、あうらは握っていた手を離した。
 と、二人はアムドゥスキアスに目をやった。それまで、道化師の手品ショーや街頭での彫刻家の彫り見世物などに嬉しそうな感嘆の声をあげていた魔神は、今は鍛冶屋の店頭宣伝のような見世物に目を奪われていた。
 店の店員か店主だろう。若い男が剣や槍、戦槌といった武具を広げた布の上に並べて、その一つを手に取る。ロングソード――言わば長剣だった。曲芸さながらにそれを振る男。軽い風を切る音が小気味よく響き、集まっていた観客を沸かせた。
 アムドゥスキアスは満足そうに頷く。が、なにより、彼らの中で一番その見世物に興味を示していたのはレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)だった。彼女と並んで、パートナーのベルナール・アルミュール(べるなーる・あるみゅーる)も剣舞に魅せられている。
「どれ、それじゃわしも一つ……」
「だ、駄目ですって、ベルナールさん……っ」
 剣を抜いて剣舞に参加しようとするベルナールを、レジーヌは必至で止めた。折角の見世物だというのに、邪魔をさせるわけにはいかないのだ。
「ムッ……わしの剣舞は世界一じゃというのに……」
「え、えっと、だから、その…………そ、そう! あの、だから、ここで披露するのはもったいないと……ワタシは……思うんですけど……」
「………………」
 じっとレジーヌを見つめ返すベルナール。なかなか苦しい言い訳だと、レジーヌ自身も思っていた。
 が、老人魔鎧は不承不承といったように進み出ようとしていた足を引き戻した。
「そこまで言うならしかたないの。別におぬしのためではないが、我慢するのじゃ」
「あ、ありがとう、ベルナールさん」
 不本意を気取っているが、心なしかベルナールの頬はニヤついており嬉しそうだった。なんとか大人しくなったベルナールと一緒に、レジーヌは再び剣舞鑑賞に戻る。彼女の視線は自然と布の上に並べられた武具や防具へと降下した。
 と、そのときである。
「何か欲しいものでもあったのか?」
「ひゃんっ!?」
 あまりにも並べられた防具や武具に釘づけになっていたせいだろう。背後から話しかけられたレジーヌは子犬のような鳴き声をあげて飛び上がるように驚いていた。
「シャ、シャムス、さん……び、びっくりしました……」
「そんなに驚かれるなんて、こ、こっちがビックリだ」
「あ、あはは…………」
 それほど意識が傾いていたということだろう。レジーヌは恥ずかしそうに頬を桃色に染めて苦笑した。
 そんな彼女の頬が元の白磁の色を取り戻した頃には、彼女たちは鍛冶屋の男の剣舞を静かに見ていた。と、横目でシャムスを見上げてたレジーヌがふと囁いた。
「よかった……元気になられたんですね」
「え……」
 シャムスは声に気づいてレジーヌに目をやる。聞かれると思っていなかったのか、レジーヌは慌ててパタパタと手を振った。
「い、いえ、その……ずっと、エンヘドゥさんのことで元気がなかったみたいですから……ちょっと……気になっていて……」
「ああ……そうか。……そうだな」
 シャムスは少し呆気にとられたように目を丸くした。同時に、自分はこんなにも仲間に心配をかけていたのかと反省も感じる。いや、あるいはそれは、彼女たちだからこそ気づいていた、のかもしれないが。
「あうらに言われたよ。シャンバラのみんながいるのだから、と」
「あうらさんに?」
「ああ。…………シャンバラの皆がいる。だから、迷うことはないんだと思ってな。仲間がいる心強さを教えられた気がする」
 シャムスは噛みしめるように言った。
 すると、レジーヌは彼女から目を逸らし、小さな声でつぶやいた。
「そっか…………少し……羨ましいな」
「……?」
 今度は聞きとれず、小首をかしげるシャムス。
「な、なんでもないですっ」
 なぜか頬を真っ赤に染めたレジーヌが慌てて言った。シャムスは腑に落ちない表情ではあったが、彼女がそう言うのであればと、それ以上そのことを問いかけることはなかった。
 鍛冶屋の見世物が終わって、再び一行は街道を歩く。
 街頭で絵画を描いている魔族や地上の契約者を見やって、アムドゥスキアスが言った。
「うーん……絵画や彫刻はどこの世界でも共通なんだねー」
 と、そんな彼に、一行の先頭で地図を片手に案内役をしていたヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が返答した。
「さあ、どうだろう?」
 含みのある言葉に、アムドゥスキアスの首が軽く傾げられる。
 ヴィナは微笑を浮かべて続けた。
「確かに絵画や彫刻はどこの世界でも共通概念ではありますが、やはり独自の進化を遂げてはいると思うよ」
「独自の進化?」
「日本という国で言えば水墨画。西洋で言えばコピックなんかも代表的だね。地球でも、国によって大きく芸術の進化は違うんだよ」
 元々英国にいた彼のパートナー、ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)も、彼の話には頷きを返していた。
 そんなウィリアムも、ヴィナのそれに補足を加える。
「確かに地球には多くの芸術が根ざしていますね。地球の芸術は変幻自在とも申しましょうか。生み出されれば不変なれど、国や時代によって芸術の形は大きく変わります。建物であれば建築様式、音楽であれば曲調、絵画であれば画法などがそうですね」
「特に日本の職人の素晴らしさは、外国人である俺も目を見張るものがある。例えば、花火とかはその中でも代表的なものだ」
 二人の息の合った説明に、聞く者は素直な関心を抱く。
「花火?」
 聞き返したのはアムドゥスキアスだけではなく、シャムスもだった。そもそも、地球の文化に関してはシャムス自身も知識は浅い。
「空に、綺麗な形ある火花を打ち上げるものだよ。時代が作った芸術だね。今も職人が一つ一つを手作りで作ってる」
 とは、ヴィナの弁だ。ウィリアムは続けた。
「服装一つとっても時代によって変わってきますから。地球人の一生は短い分、色々な芸術が生まれてきてます。面白いでしょう?」
「地球人は時を超え、世代を超えて伝えられている芸術がある。一度地球に下りて欲しいくらいだ」
 ヴィナは不敵な笑みを浮かべて言った。
「実際、パラミタの人にしろザナドゥの人にしろ、地球を知らなさ過ぎるでしょ? 文化や芸術というものは、聞くだけではなく、目で見て触れて体感してこそのものだと思うよ。ご両人共に地球にある、素晴らしい芸術の数々をお見せしたいかな」
「ボクを勧誘してるつもりかい?」
 ヴィナの微笑に負けないぐらいの不敵な笑みを返したアムドゥスキアスは、からかうように聞いた。ヴィナは軽く笑い飛ばす。
「まさか。この程度で口説けるとは思ってませんし、口説かれてくれないでしょう?」
 その通りだ、とアムドゥスキアスは心の中で思った。
「俺はお誘いしたのは、純粋に地球へお招きしたいと思ったからですよ。地上、パラミタの芸術も勿論素晴らしいものばかりですから、あなたやここの民には一度見て欲しいものですけれどね。――魂は宿ってませんが、魂は込められてますから」
 地球のことを思い返すように話していたヴィナの語りは、そこで終わった。
 その後も、彼らは特に街頭のパフォーマンスを鑑賞しながら街を歩いて回った。目的の場所はあったが、そこに着くまでは自由に目を配って芸術鑑賞に浸ってゆく。
 と、螺旋状になっている街路を進みゆく途中で、月音 詩歌(つきね・しいか)がアムドゥスキアスに聞いた。
「あの、ところで…………この街って、学校とかはあるんでしょうか?」
「学校?」
 アムドゥスキアスは聞き返した。詩歌はこくりと頷く。彼女のパートナーのセリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)は、観察するような視線でアムドゥスキアスを見ていた。
 確かに、他の契約者たち、ひいてはシャムスにとってもそれは気になるところではあった。皆の視線が集まる中、アムドゥスキアスは答える。
「一応は……ある、かな。と言っても、君たち地球人の学校みたいに大きくはないけどねー。小さな学舎があってね。そこに子供たちが集まって色んな事を学ぶんだー」
「ほう、色んな事……のぅ」
 セリティアが含みある声音で呟く。
 詩歌は興味津々とばかりの表情で聞いた。
「例えば、どんなことを学ぶんですかー?」
「うーん、絵の描き方とか……絵の描き方とか…………絵の描き方とか?」
「…………」
 なるほど実にアムトーシスらしい。もしかしたら、学習プランはアムドゥスキアスが立てているのかもしれないと契約者たちは思った。
「アムトーシスに学校があるということは、ザナドゥにもあるのかのぅ?」
「さあ、どうだろう? ボクは他の街には興味がないからなー」
 アムドゥスキアスはアハハと笑った。実際はどうかわからぬが、少しばかり誤魔化されたような気がしてセリティアは眉根を寄せた。
「でもでもっ! もしザナドゥに学校があったら、私編入したいなぁ!」
 無邪気に詩歌が言う。しかし、アムドゥスキアスはそれに苦笑して返答した。
「それは難しいと思うよ」
「えー……」
 残念そうに、詩歌はしゅんとなる。
「なにせ今は状況が状況だしね。仮にそうでなかったとしても、地上とザナドゥだと厄介なことなるのは間違いないよ。諦めたほうがいいと思うな」
 アムドゥスキアスは気を使って、なるだけ穏やかな声で詩歌に告げた。
 彼女は納得できないように頬を膨らませていたが、それほど聞きわけのない娘でもない。セリティアに諭されたのをきっかけに、彼女は仕方がないと気を取りなおした。
 そんなことを話しているうちに、中心に向かって円錐を描くこのアムトーシスの街の、中心辺りに彼女たちは辿りついていた。わずかだが坂道になっているその街路でも、芸術家たちの見世物は盛り上がりを見せている。
 いつしか、観る者も魅せる者も、それが芸術の戦いであるということを忘れているようであった。
「すごいですぅ……」
 壁一面に絵を描くというパフォーマンスをしている魔族を見て、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が声を漏らした。同様に、隣にいるパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も感嘆している。
 それはシャムスも同じことだったが、どうやらアムドゥスキアスにとってはある種、当たり前の光景のようで、さほど驚くことはなかった。
「アムトーシスじゃあ、こうして自宅の壁に絵を描くってことは意外と多いんだよー」
「じゃあ、もしかして……アレも?」
 セシリアがまさかといったように、遠目に見える住宅街を指さした。絵画――というよりは紋様に近いが、イルカのような生物が海を泳ぐ姿が抽象的に描かれている。
「うん、そうだよー」
「…………てっきり、街の模様かと思ってた」
 唖然としたセシリアの呟きにうんうんとシャムスたちは頷いた。
 言わばこれも芸術文化の違いと言えるのだろうか? と、シャムスはヴィナの言葉を思い起こしながらそんなことを思った。ヴィナを見やると、彼はそれに気づいて不敵に微笑した。
「自由な街なんだなぁ…………面白いや」
「むむ……これはこの街の水路ですかぁ? 綺麗ですぅ……」
 感心して笑うセシリアに、目を凝らして絵を見て、放心したような声を漏らすメイベル。そんな二人を見守るようにして、フィリッパはクスッと笑った。
 素直な言葉と笑みだった。彼女たちのそれに、淀みの色はない。
 登り台に座って絵を描いていた魔族の男は、眼下で自分の絵を褒めてくれる彼女たちに対して、照れくさそうに笑っていた。
 後ろからそんな光景を見ているとどこかほほ笑ましく思えて、シャムスは穏やかな微笑を浮かべていた。フィリッパが、隣でそれを見て口を開く。
「良かった……」
「え?」
「いえ、笑ってらしたので……。心が曇っていると、見えるものも見えなくなります」
 フィリッパは柔和に笑ってみせた。
「きっと……皆さんのおかげですね」
「…………」
 フィリッパは、絵画の前にいるメイベルたちのもとに向かう。
 シャムスはフィリッパの言葉を噛みしめるようにしばらく立ち尽くし、そして壁に描かれた絵画と、それを楽しむ仲間たちを見た。視界にはアムドゥスキアスも映っている。
 すると、メイベルがシャムスに声を張り上げた。
「シャムスさーん! 私たちも壁になにか描いて良いみたいですぅ! 一緒にやりませんかー?」
「……ああ。いま行く」
 どうやら、男の描く壁画にみんなで参加して良いという計らいらしい。筆を片手に、すでにあうらやレジーヌたちも好きなものを描いていた(ちらりと見て取れたのは、ミニサイズのベルナールがはしゃいでいる絵だった)。
 微笑して――シャムスは仲間たちのもとに向かった。