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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第1章 芸術の都 3

 芸術大会は賑わいを見せていた。
 人間も魔族も関係なく、芸術を愛する者たちが自らの芸術を披露する。そこには、これまでの垣根などまるでないように思えた。少なくとも、この街で一人の魔族と契約した契約者――雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)にとっては。
「お、押さないでください〜!」
 彼女がいるブティックのその奥では、パートナーであるアドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)が悲鳴にも似た声を発していた。
 ここはそのアドラマリア自身の店である。
 アムトーシスでブティックを経営する彼女の店には現在、シャンバラに広がる各地の学校の制服が展示されていた。そして、その『制服』なる地上の文化を一目見ようと、街の者たちが集まってきているのであった。
(ここまで人気が出るのも面白い話ねぇ……)
 心中、リナリエッタはそんなことを呟いてほくそ笑む。
 というのも、元々はこれほど盛況となる予定ではなかったのだ。第一、そもそも発端は制服の裾がほつれてきたのを見て、リナリエッタが「そろそろ買いなおさなきゃなぁ……」と言っただけのことである。
 それを耳にしたアドラマリアが「制服ってなんですか?」と首を傾げて聞いたため、教えてやったわけなのだが――それがこうして店の展示物として披露されることになろうとは、そのときは考えていなかった。
 アドラマリアは悩んでいたのだ。
 せっかくの芸術大会。とても楽しみだが何を出せばよいのか……と。
「おお! それは素敵ですね! よし、では私はパラミタの制服を作ります!」
 制服の話を聞いてそんなことを叫んだのにはリナリエッタも驚いたものだ。気が弱く内気なだけの性格かと思っていたが、やはりアムトーシスの住人――芸術にはまっすぐなのだろう。彼女は目を輝かせていた。
(もし魔族がこのまま侵攻してパラミタ全土を制圧。なんてことになっても、学校を気に入ってくれればそんなにひどい破壊はない……なんて……思いたいわぁ)
 百合園女学院の制服を着込んだリナリエッタはそんなことを思う。
「リ、リナリエッタさん〜! て、手伝ってください〜! 私一人じゃ無理ですぅ〜!」
「はいはい。いま行くわよぉ」
 ぜひ制服を着てみたいという客の相手で、裾上げをほどこしているアドラマリアが、涙目で助けを呼んだ。リナリエッタは制服のスカートを翻し、モデルらしい優雅な歩き方で店を闊歩した。
 それが無意識のアピールだと気づいた時、彼女は自分を嘲るように苦笑したのだった。



 緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は拳を振るう。
「ッ!?」
 暗闇に閉ざされた視界に一瞬の惑いを見せるも、横合いから隙を狙って飛んできた鎖に気づいたからだ。鮮烈の一撃は炎を纏い、前方に見える敵の懐に入ろうと画策していたが、軌道修正。
(避けるのではなく……弾く!)
 鎖は言わば敵の手足同様だった。仮に避けたとしても、相手が手首を返すだけでそれはブイ字を描いてこちらに戻ってくるだろう。ならば弾き飛ばすのが先決だ。
「……クッ!」
 鎖が弾かれたのを感じたのだろう。多少は晴れつつある暗闇の向こうから渋い声が聞こえた。
 戦いは見極めが肝心だと、透乃は本能的に理解していた。
 勝負は自分の間合いに入ってから。それまではいかに傷つき、長引こうと――不屈の堅気と練気で耐え凌ぐ。炎の拳は一撃必殺の拳撃である。外すのは許されない。一発で、一瞬で、勝負を決める。
 暗黒の霧が晴れたとき、透乃が対峙していた相手の姿がはっきりと現れた。彼女の妻でありパートナーでもある剣の花嫁――緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)だった。彼女は透乃をじっと見据え、ひと時も目を離すことはなかった。
 なぜならこれは、戦いだからである。
 闘舞でも剣舞でもなく、相手を殺すことを目的に己が力をぶつけ合う命の削り合い。目を離せば距離を詰められ、その時に全てが終わる。死を意味する。陽子はそれを分かっていた。
 そんな対峙し合う二人を、透乃のもう一人のパートナーである月美 芽美(つきみ・めいみ)
は、戦いの熱気に沸き上がる観客の前で見物していた。
(二人とも……本気ね)
 お互いの瞳に宿るのは刃のような殺意。
 観客の魔族たちがそれに気づいているのかどうかは分からぬが、少なくとも彼女たちに情けと容赦はなく、そんな『懸命に何かをする人物』の絵を描くため、芽美はスケッチブックを片手に時を待っていた。
 横には三脚固定したビデオカメラもあるが、これは大したものでもない。気休め程度といったところだ。
 戦いの最高の瞬間。最高のシーンを絵に収める。それこそが彼女なりの芸術だった。
 芽美の肌に予感が撫でる。
 再度。
「……ッ!」
 互いに地を蹴って、二人はぶつかり合った。
 距離を詰めようと速度を加速させる透乃だが、そうはさせまいと陽子の鎖がそれを阻む。先ほどは不意打ちに近いエンドレス・ナイトメアによる視界妨害だったが、一度見せてしまった手の内を二度使えるほど透乃は甘くない。ナイトメアの発動を感じると透乃は跳躍し、暗闇ごとそれを飛び越えた。
 接近、というほどではない。だが遠くはない。
 半端な間合いになっては、これ以上の遠距離による戦い方は不利だ。陽子はエンドレス・ナイトメアを放ちつつ、左手に赤く光るナックルを生み出した。
 光条兵器――“緋想”である。
 接近戦は避けられない。ならばこそ、こちらも最後の手を使う。
 わずか数秒も経たぬうちに、驚異のスピードで透乃は近づいていた。炎の拳が、陽子を叩く。吹き飛ばすのではなく、めり込むような鈍重の打撃。幾度とそれを叩きこむ。が、しかし……陽子の痛覚は常人のそれを超えて遮断されていた。
「く……あぁッ!」
 炎の拳が叩きこまれるのも構わずに、陽子は反撃に打って出てナックルで透乃を吹き飛ばした。間合いを広げるつもりだ。そしてその間に、彼女は回復魔法を使用してしまう。
(――させ、ない!)
 その前に、終わらせる。
 透乃はそう心に刻んで、最後の一撃を叩きこむために突貫した。烈火の戦気。そして等活地獄。二つの属性が混ざり合った拳は、紅蓮の色を帯びる。まるで不死鳥が空を飛ぶように、炎が尾を引いた。
 陽子は対して、アルティマ・トゥーレを光条兵器に纏わせた。一撃には一撃を。最後の拳は、空の不死鳥に突き立つ氷山だった。
 そして――
「!?」
 ぶつかり合った力の奔流は、街路の大地をえぐって壁を破砕し、その場に巨大なクレーターのような穴を作りあげた。戦い合っていた二人は、互いに腕や足から血を流して血まみれになって倒れている。起き上がる気力もなく、しばらくして二人は気絶してしまった。
 観客は唖然としてそれを見つめていた。
 そして芽美は、最後に二人の拳がぶつかり合う瞬間をスケッチブックに描き始めていた。



 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)にとっては、それはささいな興じ事に過ぎなかった。
 同時に、道化師としての自分の力量を計ることでもある。芸術大会で何を美しいと感じるかは千差万別であるし、魔族に媚びるような気も到底ない。ナガンとしては、作品を創り上げている最中の芸術家の姿こそが、全てを魅了する可能性があるのでは? と考えているが、無論、それもまた千差万別の内の一つである。唯一なことなど何もありはしない。
 ただ少なくとも――ナガンの手の中にあるトランプが宙を舞ったとき、彼の手品ショーを観ていた観客が感嘆の声を漏らしたのは、まぎれもない事実だった。
(さて……)
 続いて宙を飛び交うトランプ。
 そのうちの一枚を、なんてことのない木の葉が舞うような仕草で抜き出す。人差し指と中指でトランプを挟み込んだナガンは、観客の中で、一歩踏み出して自分と相対していた女性にその絵柄を見せた。
「君が選んだのは、これかい?」
「は、はい……」
 唖然とした女性がおずおずと答えた。
 しばしの間を置いて、ようやく現実に気づいた観客がわっと沸く。歓声の中で、ナガンは内心ながらにやりとした笑みを浮かべていた。無論、おくびには出すまい。
 手品はいつの時代だって人の興味をそそるものである。種も仕掛けもありませんという前口上がありつつも、人はそこに種も仕掛けもあるであろうこと――つまりトリックがあることを知ってはいるが、知っていたとしてもやはりワクワクさせられる。
 ナガンはトランプマジックを終えると、今度は物質化を利用して物の移動マジックを見せることにした。使うのはもちろん、観客の持ち物である。一人の男を選出し、彼からコインを借り受ける。そして手の中に消えたと思ったコインは、男自身のポケットの中から出てくるのだ。
 古典的だが、洗練された仕草と言動が要求される。
 魔族たちの歓声を受けて、ナガンは自分のやり口がバレていないことを手品の『芸術』が勝ったのだと感じる。知られぬことこそが、芸術なのだ。
 そして彼は道化へと興じる。
 誰にも知られぬまま、単なるピエロとして。