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リアクション
■■公園内にて■■
「視線下さい!」
立派なカメラを構える青年の声に笑顔で応じているのは綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)のふたりだ。
さゆみは魔女をモチーフにしたゴスロリ系の衣装に身を包んでいる。黒のとんがり帽子に、ちょっとフリルは抑えめのワンピースドレスにシルバーアクセサリーの数々。
対するアデリーヌは、さゆみが上から下までコーディネートしてあげた吸血鬼風の衣装だ。十字架や血痕の柄が大胆な変形ジャケットに、白のフリルブラウス、黒い細身のパンツには飾りファスナーがあしらわれている。チョーカーなどのアクセサリーはガンメタルで統一されている。因みに牙は天然物だ。
二人並ぶと、実に絵になる。その証拠に、更衣室を出てきた時からちらりほらり、途切れることなく撮影を頼まれている。
「吸血鬼さんすみません、魔女さんの顎に指掛けて貰えませんか?」
「え……こうですか?」
「そうそう、吸っちゃうぞー、みたいな!」
青年の指示に従って、アデリーヌは戸惑いがちにさゆみの顎を人指し指で持ち上げる。
「ほら、もっと近づいて」
根っからのコスプレイヤーであるさゆみは、ポージングなどお手の物。アデリーヌの腰に手を回すとぐっと引き寄せる。
ちなみに二人以上で写真に収まるときは、頬が触れ合うくらい密着した方がいい構図で取れる。これマメ知識。
もちろんさゆみの行為もそれを知っての事だが、不慣れなアデリーヌはぽっと頬を染める。唇が触れ合いそうな距離まで近づいた状態のまま、数回シャッターが降りる音を聞く。
「ありがとうございました!」
カメラを下ろして満足そうに頭を下げる青年に手を振ると、さゆみはにっこり笑ってアデリーヌをじっと見る。
「段々様になってきたんじゃない?」
もう写真を撮られるのは数度目だ。最初のうちはポーズの指定をされても戸惑うばかりで、さゆみと顔を近付けるのも躊躇いがちだったアデリーヌはしかし、それでも慣れてきたのか顔は近付けられるようになってきた。無表情気味だった表情も、時折は吸血鬼らしい、加虐的な笑みを浮かべる瞬間がある。それに気付かないしさゆみではない。
「そ……そうでしょうか」
アデリーヌは謙遜するが、しかし満更でもない様子だ。
「連れてきた甲斐があったなぁ」
『吸血鬼って事を忘れてるんじゃない』というさゆみの言には些か納得がいっていなかったアデリーヌだが、こうしてふふ、と笑うさゆみの顔を見ると、来て良かったと思える。
「あっ……! ねえアディ、ちょっとあの人たちの写真撮りに行かせて!」
そう言うが早いか、さゆみは荷物からデジカメを取り出すと小走りで目的の人物の元へと向かう。ほんわかした気分に浸っていたアデリーヌは、え、え、え、と戸惑ってから、置き去りにされた荷物を回収して、慌ててさゆみの後を追う。
さゆみが向かった先に居たのは、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)とアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の二人だ。
「あの、お写真お願いします!」
「え、俺達? オッケー、大歓迎だぜ」
「ちょ、ちょっとアルフ……」
にっこり笑って応じるアルフとは反対に、エールヴァントは恥ずかしそうにオロオロしている。
その頭には、ふさふさのうさぎ耳が付いている。実は武器なのだが、今日は専用のふさふさカバーを付けて仮装用品として使っている。それに、赤と白のコントラストがスタイリッシュなライダーズジャケットに細身のチノパンという組み合わせ。
コスプレ初体験のエールヴァントは、照れくささが勝り、少しでも顔がバレないようにと伊達眼鏡を掛けている。何故かレンズが横長の六角形。
「良いから良いから、ほらポーズ取れよエルヴァ」
そう言ってエールヴァントの背中を押すアルフの頭には、エールヴァントに作らせたトラ耳付きのカチューシャが乗っている。衣装は緑のシャツに白いベスト、黒い細身のスラックス――から生えるトラのなりきりしっポーチ。
衣装自体はあり合わせなのだが、実はアルフ、超人的肉体&精神で迫力をプラスしつつ、自分自身にヒプノシスを弱めに掛ける事で、ちょっとぽやんとした雰囲気を演出する……という涙ぐましい努力を実行中だ。
「ポーズって言ったって……」
「ハンサムっぽい感じが良いと思うぞー」
「え、ええっ?」
ヒプノシスの所為でちょっぴり朦朧としているのは秘密だ。アルフはエルヴァと並んで立つと、少しおどけた格好でポーズを決める。
その足元で、二人が連れているわたげうさぎと虎猫も一緒になって格好を付けている。かわいい。
さゆみはきゃあとテンションを上げて、手にしたデジカメのシャッターを何度か下ろす。
「ありがとうございました! それ、『ウサギちゃんとトラおじさん』コスですよね! あ、良かったら名刺貰って下さい!」
さゆみは手際よくポケットから名刺ケースを取り出すと、二人に名刺を差し出した。コスプレしたさゆみの写真の隅っこに、「SAYUMIN」の名前、それからメールアドレスが小さく書かれている。名刺よりもフォトカードと呼んだ方が良いんじゃないかというデザインだ。
……因みに、さゆみの言う「ウサギちゃんとトラおじさん」とは、ウサギ系半獣人の美青年とトラ系半獣人のナイスミドルが森の平和を守る、という筋の、本来はお子さま向けヒーローアニメである。ちなみに、何故か若い女性のファンが多いことで有名。
「あ、ごめんね、俺達こういうイベント初めてで、名刺とか持ってないんだ……でも、よかったら連絡させてもらうからいてててて」
「アルフ、下心見え見え」
溜息交じりのエールヴァントに耳を引っ張られ悲鳴を上げるアルフ、という構図を楽しそうに見守っていたさゆみだったが、きりの良いところでぺこりとお辞儀をするとそのまま立ち去った。
「はぁ……やっぱり恥ずかしいよ、こういうの。犬にコスプレさせてくるだけで良かったかも」
「パンの着ぐるみ着せてホットドッグ、ってあれか? イベントなめんなよー。こうやってコスプレしてるからこそ、さっきみたいに女の子達が……」
「やっぱり女の子目当てだったんだ」
はあ、とわたげうさぎを抱き上げてもふもふしながら、エールヴァントは冷たい視線をアルフに送る。
嫌にコスプレしようと熱心に誘ってくると思ったらそういうことか。
「え、いや、そ、そーゆーつもりじゃ」
「まあ、来ちゃったものは仕方ないけど、ナンパは禁止だからね」
ジト目でアルフを睨めば、小さな声でハイ、と返事が返ってくる。
実のところ、仮にアルフがナンパに成功して何処かに行ってしまったら、この格好で一人取り残されれてしまう。それが耐えられそうにない、という思いもあるのだけれど、それは内緒だ。
しかし、女性に人気の作品だけあって、その日二人は次から次へと女性客から声を掛けられ、アルフとしてはしてやったりの、エールヴァントとしては気の休まる暇がない一日となったのだった。
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