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リアクション
「ふんふんふーん」
滝宮 沙織(たきのみや・さおり)は、猫耳カチューシャと黒いスカート、黒い猫しっぽを身につけて、イベントを楽しんでいた。
お店で買ってきたコスプレセットをそのまま身につけただけだが、コスプレ初挑戦ではこんなものだろう。着てみた衣装を見下ろして、満足そうにその場で一回転。するとスカートがふんわりと広がって、なかなか楽しい。
「うっわー、あの人達だいたーん」
大事なところだけ包帯で隠しただけの格好の二人を見付けては目を見開いてみたり、
「あ、あの子可愛いなぁー」
小さな魔法少女を見付けては足を止めて頬を緩めてみたり、沙織は一人でもそれなりにイベントを楽しんで見て回る。
「あっ、にゃんこ!」
ついでに黒い子猫を見付けると、黒猫になりきった沙織は、四つんばいになって追いかけ出す。ミニスカートで有ることを気にも留めず、軽やかな動きで、ちょこちょこと逃げる黒猫の後を付いていく。
そのうち黒猫が茂みに飛び込んだ。沙織も迷わず後を付いて飛び込んで――
「うにゃっ!」
何処かに何かが引っかかった。
「えっ、な、なに……どこが……え、あ、しっぽ?! やだ、ぱんつ脱げちゃうー!」
猫しっぽは、スカートのしたのパンツに固定してあるので、変な方向に引っ張られると脱げてしまう仕様だ。沙織は困り果てる。下手に暴れたら本当に脱げてしまうし。
「うー、助けてぇー」
「大丈夫、おねーちゃん?」
じたばたするわけにもいかずに困り果てていた沙織を発見したのは、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。クマラはブラックコートと魔女の短衣を組み合わせた小悪魔の扮装をして、手にはジャックランタンを模したバスケット。幼い外見と相まって、完全にハロウィンモードだ。一方のエースはブラックコートと燕尾服で、吸血鬼風の仮装をしている。
「た、助けてぇー、しっぽが、そこに……」
「ああ、絡まっちゃったんだ」
「それは大変でしたね。どうぞ、お手を」
エースがすかさず手を差し延べ、その間にクマラが手早く尻尾を解いてやる。
「あ、ありがとうございましたー。助ったぁ!」
ちょっと乱れてしまった猫の尻尾を撫でつけながら沙織が頭を下げる。
「いいえ、困っている女性を助けるのは当たり前の事ですから」
エースが気障ったらしく微笑む。それがまた、衣装と相まって非常に絵になる。
「ねえねえおねーちゃん、トリックオアトリート!」
「あ、そうか、お礼しないとね……あ、でも今何もないやぁ……」
沙織は、ポケットに飴が入っていた気がして漁ろうとした。が、今着ているのは生憎衣装のスカート。ポケットは無い。
「えー!! 折角助けたのにー! じゃあ、イタズラしちゃうぞー」
不満そうに口を尖らせるクマラが、ねむれねむれー、と魔法を掛けるような動きで手を動かす。
実際ヒプノシスが発動して、沙織はくらりと眠気に襲われる。
「あ、コラ、クマラ!」
制止の声はあっさり振り切り、クマラはぷーい、と次のターゲットを探しに行ってしまった。
エースは慌てて、ナーシングを使って沙織を起こすと、すみませんすみませんと頭を下げてからクマラを追う。
残された沙織は、ただ呆然と目を丸くするばかりだ。
さて、逃げ出したクマラは次のターゲットを見付けていた。
豊美ちゃんコスプレで園内を回っている、ミーナとフランカの二人だ。
ちょうど、写真撮影を求めてきた女性客が手を振って立ち去ろうとするタイミング。
「トリックオアトリートっ!」
お得意のニッコリ笑顔と共に二人の前に飛び出して、かぼちゃバスケットを差し出して見せる。
「うわぁー、可愛い小悪魔さんだね!」
「こあくまさんー!」
ミーナとフランカは、突然の乱入にも驚かず、楽しそうに手を合わせる。
トリックオアトリート、の意図が通じていないようだ。
「だからぁ、お菓子をくれないとイタズラするぞー!」
クマラは改めて二人に要求を突きつける。が、フランカはキョトンと首を傾げているばかり。もとよりこちらには期待していないけど。
一方のミーナは、お菓子かぁ、と荷物の中を探し始める。しかし。
「ごめんね、衣装持ってくるのに頭がいっぱいで、お菓子の用意はしてないんだぁ」
ミーナの眉がしょぼん、と下がる。
ついでに期待を膨らませていたクマラの眉もしょぼん、と下がる。
「うー、じゃ、イタズラしてやるー!」
「えっ、きゃぁ、なにするのぉ!」
クマラは素早い動きでミーナの後に回ると、マントをばさぁっとめくり上げる。
スカートめくりの要領だが、生憎ミーナの衣装はスク水がベースなので、捲ったところで水着の土台が見えるだけ。
「なーんだ、ぱんつ見えないのか」
「ぱんつ、みたいの?」
ちぇー、と残念そうに唇を尖らせるクマラに向かって、フランカがどうぞとばかりに自分のスカートを捲り上げる。その中には、豊美ちゃんプリントのお子さまぱんつ。色は白。
「わー、わー、わー、フランカちゃん、やめなさーい!」
「わ、コラ、クマラ! 何してんだ!」
フランカを制止しようとしているミーナのマントの裾をつまんだまま、フランカの突拍子もない行動に目を奪われているクマラ。ハタから見たらかなり異様な光景だ。
ハッと我に返ったクマラは、慌ててミーナのマントを離す。
「すみませんお嬢さん! クマラ、めっ!」
「だ、大丈夫だよ! それよりフランカちゃん、人前でぱんつ出しちゃ駄目ーっ!」
「だめなのー?」
ぺこぺこと頭を下げるエースと、フランカを窘めるミーナ。二人ともちょっとしたパニックだ。
きょとんとしているフランカを余所に、クマラはお菓子を求めてさらに次のターゲットを探す。
「ちぇー、ハロウィンのイベントなのに何でみんなお菓子持ってないんだよー」
クマラはお菓子を持っていそうな人を探しながら、口を尖らせる。
最もだ。
でも仕方がない、みんな「コスプレ」という慣れない行為に意識が持って行かれていて、よほどイベント慣れしているコスプレイヤーでもない限り、ハロウィンだからお菓子を配ろう、ということはすっかり忘れている。
「よし、あの人なら……」
続いてクマラが目を付けたのは、魔女のとんがり帽子と箒が特徴的な衣装の女性――ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。
腰元のねこさんアップリケと、左右で長さの違うブーツがアクセント。
「トリックオアトリートっ!」
クマラは悪戯な笑顔を浮かべてルーシェリアの前に躍り出る。
一瞬驚いたルーシェリアはわぁ、とおっとりした悲鳴を上げた。
「可愛い小悪魔さんですねぇ」
それから改めてクマラの格好を見て、クスリと笑う。
「でも残念ながら、お菓子は持ち合わせていないんですぅ」
反応は好意的。これは期待出来そうだ、とクマラは目を輝かせたが、間髪入れずに返ってきた答えに、またかよー、とがっくりと肩を落とした。
「ちぇー、じゃあイタズラしちゃうぞー!」
「イタズラ、ですかぁ?」
ねむれよいこよー、とクマラがルーシェリアにヒプノシスを掛けようとした瞬間。
おっとりとした雰囲気のルーシェリアが、不意に鋭い気配を発する。
クマラは咄嗟に距離を取った。
ルーシェリアは、にこにこ笑顔を貼り付けたままで、手にした箒を構えている。
「さっきからこの辺りでイタズラしてるのはあなただったんですねぇ。大人しく、お縄を頂戴ですぅ」
「ふ、ふえ?」
「騒ぎを起こす子はぁ、おしおきですよぉ」
きゅるっと箒の柄を捻ると、中からひょっこり現れたのは槍の穂先。仕込み杖ならぬ仕込み箒だ。
実はルーシェリアは参加者ではなくスタッフ。不届き者が居ないよう、参加者に紛れて見回りしていたのだ。
「い、いやぁ、オイラはただお菓子が欲しかっただけだしさぁ」
「問答無用ですぅ」
おっとりした口調からはとても想像が付かない機敏な動きでクマラに肉薄すると、ちゃきっと槍を仕込んだ箒を突きつける。クマラは、降参ーっ、と可愛らしく両手を上げてみせるが、ルーシェリアはにこっと笑うとクマラの首根っこを掴んだ。
「すみませんお嬢さん、俺のパートナーがご迷惑をお掛けして」
とそこへ、やっと追いついたエースがやってきて軽く頭を下げる。
「俺に免じて勘弁してやってくれませんか?」
柔和な、人当たりの良い笑顔を浮かべて、胸に挿していた青紫の薔薇をスッと差し出す。
思わずそれを受け取ってしまって、ルーシェリアはむぅ、と思案する。
「もう悪さしないよう、俺がしっかり監督しますから」
「……約束ですよぉ。次何かあったら、おしおきですぅ」
エースの誠実な謝罪を受け、ルーシェリアは渋々、クマラを引き渡す。
「はぁい……すみませぇん」
流石に懲りたか、はたまたポーズだけかは知らないが、今度はエースに首根っこを押さえられたクマラは、しゅぅんと小さくなって頭を下げた。
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