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 ――どうしたらいいか、本当はもう分かっている。ううん、分からなくちゃいけない。
 ぎゅっと拳を握って息を吐く。白く溶ける吐息の向こうに彼を見つめ、ヤチェルはそっと腰をかがめた。
 朔と里也に見られていても、仕方がない。今は気にしてはいけない。強く意思を持って、彼の唇にキスをした。
「……」
 ぱちり、目を覚ました彼に微笑みかける。
「おはよう、カナ君」
「ん……あれ、俺……?」
 唇に手をやって、ぼーっと考え込む叶月。――今、誰かにキスされたような……それとも、夢?
 ヤチェルは首を振った。
「ううん、現実よ。もういいの、カナ君」
「……って、はぁ!?」
 状況を理解するなり起き上がった叶月は、顔を真っ赤にしていた。
「な、なな、何で――っ」
「何でじゃないわよ。さっきの続きだけど、何話してたのか覚えてる?」
「う、うん」
 叶月は片手で顔の下半分を隠し、俯き加減に視線を逸らした。そう、とても大事な話をしていて……。
「カナ君はもう、あたしのお兄ちゃんじゃない。だけどカナ君にはずっと、あたしを守っていてもらいたいの」
「……おう」
「……この意味、分かってる?」
 叶月は答えなかった。分かるが分かりたくない。認めたいが、認めたくないのだ。
 呆れたように息をついて、相変わらずシャイすぎる彼の隣へヤチェルは座った。
「もう……全部あたしに言わせる気なの?」
「っ……そ、そうだよな」
 深呼吸をして高鳴る鼓動を抑える。言わなくてはいけない言葉がある。今だからこそ、本当に伝えられる想いがある。
「……たぶん俺、初めて会ったあの時から、だった。お前のこと、守りたいって、思った。……こ、こんな俺でいいなら」
「いいに決まってるでしょう?」
 と、ヤチェルはにっこり微笑んだ。
「カナ君はちょっと馬鹿で心配性だけど、本当は強くて優しい人だってこと、よく知ってるもの」

 空の向こうが薄っすらと橙色に染まり始めた頃、魔法を解くヒントが屋敷内で囁かれるようになった。
「眠り姫……そうしますと、王子様のキスで目が覚める?」
 つかさはそう呟いて、シズルを見た。
 王子様ではないけれど、キスで目覚めるのなら簡単だ。それにいつまでも寝顔を眺めているわけにもいかない。
 そっとそばへ寄って顔を近づける。――そういえば、上の口へのキスは初めてだったかもしれませんね。
 ふふっ、と小さく笑ったところでシズルのまぶたが反応した。
「あら……これからですのに、起きてしまわれましたか?」
 と、少々残念そうにしながら声をかける。
 シズルはまぶたをゆっくりと開け、こちらをのぞきこんでいるつかさに気がついた。
「つかさ……?」
「おはようございます、シズル。良い夢は見られましたか?」
 にこっと微笑んで言うつかさに、シズルは少し驚いた。眠ってしまったようだと分かったが、そうするとつかさはずっとそばに?
 身体にも特に異変は見られないし……と、思考するシズル。
「どうしました、シズル? そんなに驚いて」
「あ、いえ……ちょっと、珍しいなと思って」
「ふふ、たまには優しくしてさしあげましょうと思いましてね。さて、目が覚めたことですし続きといきましょうか」
 そう言ってつかさはシズルの背に腕を回し、抱きしめた。
「っ!」
 半ば無理やりキスをして、シズルの体温を求めるつかさ……。口には出せないけれど、彼女はシズルを愛していた。

「『眠り姫』だそうだよ」
 と、部屋に戻ってきた戌子が言った。
「眠り姫?」
「それって、あのおとぎ話の……」
 と、すぐにぴんと来る夢悠だが、大助の方は分からない顔をしていた。おとぎ話と言われてもそれの意味するところにたどり着けないらしい。
 少し離れたところで大助を見守る戌子。
 夢悠は大助を気にして、おどおどするばかりだ。彼らがいなければやったかもしれないが、それにしても勇気が必要だ。――お姉ちゃん、って呼んでみたいけど……この状況じゃ、無理だよね。
 使い魔の猫のオツキミを抱き上げ、夢悠は小さく息をついた。
 一方の大助は「眠り姫」の意味を考えるも、分からなくて諦めた。雅羅の寝顔を見ていると、そんなことよりも自分の想いが溢れだしてきて止まらなくなってしまう。
 不幸体質の雅羅の、その異常なほどの前向きさに大助は惹かれていた。それは彼にはないものだった。自分に欠けているものを持つ彼女にいつしか憧れを抱き、守りたいと思った。
 そして彼女と同じ世界を、この目で見たいと思うようになった――。
 しかし、大助は雅羅にこの気持ちを理解してもらえず、悶々としていた。本気なのに、嘘じゃないのに。
「はー、やれやれ」
 小さな声で呟いて、戌子は溜め息をつく。
 じっと雅羅を見つめてうじうじ悩む大助に、戌子は呆れていた。どうにかして背中を押してやりたいが、そんなことで動き出せる大助じゃない。
 残念ながら、雅羅が自然に目覚めるのを待つしかなさそうだった。

 加夜は涼司の髪を撫でていた。
 頬を突いても目を覚まさない彼を魔法から解く方法、それは「キス」だ。
 そうと分かっても、寝顔を見られなくなるのが惜しくて、すぐには行動しなかった。
「涼司くん……」
 何か夢を見ているのだろうか? 安らかな寝顔のその向こうで、もし彼が夢を見ているのなら……。
「ふふ、眠り姫の夢だったりして」
 考えて、くすっと笑う。それならこっちの世界でも、眠り姫ならぬ眠り王子を起こさなくては。
 加夜は彼を愛おしそうに見つめ、そっと頬に触れた。
 そして優しく口付ける。
「涼司くん、起きてくれないとまたキスしちゃいますよ」
 彼のまぶたがぴくっと動いたのが分かったが、加夜は構わずにもう一度キスをした。
 今度こそ両目を開ける涼司。
 重なっている唇の感触に不思議な気持ちを覚えつつ、涼司はそっと離れていく彼女に手を伸ばした。
「加夜……」
「あ、起きましたか?」
 と、とぼける彼女に愛しさを感じ、涼司は起き上がる。
 そして状況を理解する前に愛しい彼女を抱きしめた。
「……で、何が起きたんだ? ここは?」
「眠っちゃったんですよ、涼司くん。だから客間をお借りして休んでいたんです」
 ぎゅっと抱きしめ返して加夜はそう答えた。

 目賀家の屋敷へ戻ったセレンフィリティは、いまだ眠り続けているセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のそばへ寄った。
 そっとベッド脇に手をついて、優しく口付ける。
「おはよう。あたしの可愛い眠り姫」
 目を開けたセレアナは寝ぼけているのか、しばらくぼーっとしていた。
 しかし頭が覚めてくると、上半身をむくりと起こして言い放つ。
「おはよう……じゃないわね。もう夕方よ」
 いつもどおりのセレアナに戻っていた。
 セレンフィリティはそれが何だか嬉しくて、くすっと笑う。
「そうだったわね、セレアナ」
 さあ、帰りましょう――?